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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第三章 紡がれる運命
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Ⅰ-Ⅲ 魂の冒涜

2017.5/20 更新分 1/1 ・6/15 誤字を修正

「****……******!!」


 タウロ=ヨシュが、北の言葉で何がわめいていた。

 言葉の意味は、まったくわからない。しかし、その声に満ちあふれた怒りと嘆きの激情を聞き違えることはなかった。


 彼の故郷――自由開拓民の集落の、丸く切り開かれた広場の中央に、何十体という無残な亡骸が放置されていたのだ。

 しかもその亡骸は、いずれも氷漬けにされていた。

 まるでついさきほどまで生きていたかのような生々しさで、苦悶に頭をかきむしったり、天に両腕を差しのべたり――あるいは、愛する同胞と抱き合ったりした姿のまま、凍てついてしまっていたのである。


 金褐色の髪も、紫色の瞳も、恐怖と絶望に引きつった形相も、透明な氷雪に覆われて、生前の姿をそのまま封じ込められてしまっている。そんな亡骸が、数十体――下手をしたら百体ばかりも、そこにはずらりと並べられていたのだった。


「……いったいどういうことなんだろうね、これは」


 と、こんなときでも冷静さを失わないナーニャの声が、静かに響いた。


「すべての人間が凍りついてしまっている。しかも全員が地面に立った姿でだ。これじゃあまるで……生きたまま、一瞬の内に氷漬けにされたかのようじゃないか」


 ナーニャは、わなわなと震えているタウロ=ヨシュのほうに視線を向けた。


「ねえ、タウロ=ヨシュ。マヒュドラの息吹――北の地の吹雪というやつは、そんなに恐ろしいものであるのかい? 『骨まで凍る』という言葉を何かの書物で見たことはあるけれど、さすがにこれほどのものとは想像していなかったのだよね」


 タウロ=ヨシュは、激情に引きつった顔でナーニャを振り返った。


「*****! ************!!」


「タウロ=ヨシュ。申し訳ないけれど、北の言葉はあまりわからないんだよ。こんなことはありえない……って言ったのかな?」


「あたりまえだ! ちちなるマヒュドラのいぶきでこのようにおそろしいことがおきるわけはないし、そもそもこのちはおうこくのりょうどでもない! よんだいしんのかごからはずれた、へんきょうのちだ!」


「うん、やっぱりそうだよね。で、この地でこんな惨劇が起きたのも初めてのことなのかな?」


「*****! ……ああ、そのとおりだ! こんなこと……どうして、こんなことに……!」


 タウロ=ヨシュは、両手で頭をかきむしった。

 その悲嘆にくれた姿を見ているだけで、リヴェルは心臓を握り潰されてしまいそうだった。


 わずか数日離れていただけで、故郷の人々がすべて死に絶えてしまったのだ。

 まだ家の中などを調べたわけではないが、その家自体も氷雪に覆われてしまっているのである。これで生き残りの人間がいるなどとは、リヴェルにもとうてい思えなかった。


「と、とにかく、とっととズラかろうよ! もうこんな場所には何の用事もないだろう?」


 震える声でチチアがそう言うと、タウロ=ヨシュが火のような目でそれをにらみつけた。


「おまえたちは、かってにするがいい。おれは……このちは、おれのこきょうなのだ!」


 言うなり、タウロ=ヨシュは凍てついた集落の中に飛び込んでいった。

「やれやれ」とナーニャは肩をすくめている。


「とりあえず、僕たちも彼の後を追おう。このまま逃げだしても、危険の度合いに変わりはないだろうからね」


「ど、どうしてさ! あたしはあんな気色の悪い死に様をさらすのはごめんだよ!」


「でも、原因がわからなかったら逃げようもないだろう? すでに夜が近づいているのに、いつ訪れるとも知れない氷雪の脅威に怯えながら一夜を明かそうというのかい?」


「だ、だけど……!」


「これはひょっとしたら、蛇神ケットゥアよりもよほど厄介な存在がからんでいるのかもしれない。僕としては、とうてい見過ごせない話だね」


 と、ナーニャはふいにリヴェルの手をつかんできた。

 息が白くなるほどの寒さであるのに、やはりナーニャの手は溶けた鉄が流れているかのように熱い。


「さ、行こうか。ゼッドはなるべくチチアのことを守ってあげてね」


「なるべくって何だよ! あたしは絶対に行かないからね!」


「それじゃあ、一人で待っているのかい? それとも、夜の森に身を投じるのかな? 何にせよ、それでは危険が増すばかりだと思うよ」


 チチアは半分泣きべそのような顔でゼッドの顔を見上げた。

 彫像のごとき無表情のまま、ゼッドは小さくうなずいている。

 チチアはしばらく煩悶してから、やがてゼッドの纏った外套の端を握りしめた。


「うん、いい判断だね。ゼッドの腕をつかんだりしたら、刀を振り回すのに邪魔だろうからさ」


「いちいちうるさいよ! 用事があるなら、とっとと片付けろ!」


 そうして四名もまた、凍てついた集落に足を踏み入れていった。

 家も、樹木も、地面も凍てついている。すべてが白くて透明な氷雪に分厚く覆われているのだ。足を踏み出すと氷雪が潰れて、ぎゅっ、ぎゅっという聞き覚えのない音をかすかに響かせた。


 それ以外は、無音の世界である。

 野鳥の声すら、聞こえてこない。まるでここだけ、世界が死んでしまったかのようだった。


 また実際、それは真実であったのだろう。目に見えている人間ばかりでなく、樹木や、そこに住む鳥や、地中に潜む虫なども、おそらくは死に絶えてしまっているのだ。それはまるで、この地が神の怒りに触れてしまったかのような有り様であった。


 足を進めるにつれて、広場に並べられた奇怪な亡骸の姿もいっそうはっきり見えてくる。

 やはり、人形などではない。いずれも人間の亡骸だ。


 その大半は、タウロ=ヨシュにも負けない魁偉な姿をした男衆で、彼らは手に手に斧や棍棒などを握りしめていた。

 それに守られるようにして、女衆や幼子や老人たちが身を寄せ合っている。中には初着にくるまれた赤子なども含まれており、リヴェルにはとうてい正視することもできなかった。


「何だよ、こりゃ。いったいどれほどの悪さをしたら、こんな惨たらしい死に様をさらす羽目になっちまうんだろうね」


 チチアが、低くつぶやいた。

 その声は、恐怖ともうひとつの感情――まぎれもない「怒り」に震えているように感じられた。


「ふうん。チチアだったら、その答えを知っていると思うんだけどねぇ」


「ああん? あたしが何だってんだよ? また何か難癖をつけようってのかい?」


「いやいや、古代の神に仕えていた君にならわかるだろう? そういう人間にとっては、四大神の子であるということそのものが大いなる罪なのさ」


 チチアは唇を噛んでナーニャの横顔をにらみつけた。

 死の彫像を眺めながら広場を横切っているナーニャは、世間話のような口調で言葉を重ねていく。


「このアムスホルンにおいては、四大神とその眷族である七小神しか崇めることを許されていない。それ以外の古き神々に仕える人間は、そういった世界の有り様そのものに叛逆しているんだろう? だからこそ、罪もない人間の首を裂いたり、沼に沈めたりしても、罪悪感にとらわれることもなかったんじゃないのかな」


「だ、だけどあたしは――!」


「うん、君の手はまだ血で汚れていないという話だったよね。でもきっと、フィーナを始めとする蛇神の巫女たちなら、何のためらいもなくこれと同じ真似ができるはずだよ。古き神々に魂を捧げるというのは、そういうことなのさ」


 その蛇神の巫女としての証は、昨晩ナーニャの炎で焼かれている。

 いささかならず強引なやり口ではあったが、やはりあれは正しい行いであったのだ。リヴェルには、そう信じることができた。


「そ、それじゃあ、ナーニャは……これもまた、古き神々というものに仕える邪教徒のもたらした災厄だと考えているのですか?」


「うーん、どうだろうね。それよりも厄介な存在かもしれない、とは考えているよ」


「じゃ、邪教徒や邪神よりも厄介な存在などというものがありえるのですか?」


「うん。それが何かは、リヴェルもすでに知っているはずだけど」


 そんなものは、絶対に知らない。

 リヴェルがそう答えようとしたとき、ナーニャが「あ」と声をあげた。


「タウロ=ヨシュだ。ひょっとしたら、あそこが彼の家なのかな」


 確かに広場の向こう側に、タウロ=ヨシュの姿が見えた。

 小さな木造りの家の前で、呆然とたたずんでいる。その家は玄関の戸が開けられたままであり、彼はそこから室内の様子を見つめている様子だった。


「やあ、タウロ=ヨシュ。大丈夫かい?」


 ナーニャが、低くひそめた声でそのように呼びかけた。

 しかしタウロ=ヨシュは、彼自身も氷の彫像と化してしまったかのように動かない。


 ナーニャたちは彼のすぐそばまで歩を進めたが、リヴェルはどうしてもそこに待ち受けている光景を目に収める覚悟が固められず、うつむいてしまった。

 そんなナーニャの耳に、タウロ=ヨシュの虚ろな声が聞こえてくる。


「みんな、しんでしまった……おれのははも、いもうとも……うまれたばかりの、おとうとも……」


「……お父君は、もともと亡くされていたのかな?」


「ちちは、ひろばでしんでいた……ちょうろうも、しゅうらくでいちばんのゆうしゃも……おとこしゅうも、おんなしゅうもみんな……おれをのこして、すべてしにたえてしまったのだ」


 じゃりっと凍った地面を踏みにじる音が聞こえた。

 タウロ=ヨシュが、ナーニャのほうに向きなおったのだ。


「なーにゃ……おまえにひとつ、たのみがある……」


「うん、何だろう?」


「……なきがらをすべてひろばにあつめるので、おまえのほのおでやいてくれないだろうか……?」


「炎で魂を浄化しようというのかい? 僕の魔術は、禁忌の手管なのだけれど……」


「えたいのしれないまほうでも、ほのおであることにかわりはない。このままでは……かぞくやどうほうもまひゅどらのもとまでたどりつけるかわからない……おれには、かれらのたましいがからだごとこおらされてしまっているようにかんじられるのだ……」


「うん、まあ、ある意味でそれは正しい認識かもしれないね」


 リヴェルの手を握ったまま、ナーニャは杖の柄で頭をかいた。


「だけど、どうだろうね。以前にも言った通り、僕の炎は敵を焼き尽くすことしかできないんだよ。それなら、薪や油を使って焼いたほうが、まだしも確実なんじゃないのかな」


「あぶら……あぶらか……」


 タウロ=ヨシュの声からさきほどまでの激情が消えてしまっていることが、リヴェルにはまた耐え難かった。

 どうして彼がこのような悲運に見舞われなくてはいけないのか。その心情を思うだけで、涙がこぼれそうになってしまう。


 こんなことが、絶対に許されるはずがなかった。

 自由開拓民の集落を襲って皆殺しにするなど、大国間の戦争でもありえない事態である。王国からの庇護を受けられない分、彼らは自由に生きていく資格があるはずだった。


「でもね、タウロ=ヨシュ。さっきも言ったけど、この場にはとてつもない瘴気がわだかまっているんだ。同胞を弔うよりも、先にやることがあるかもしれないよ」


「や、やめておくれよ。まさか、また化け物でも現れるっていうんじゃないだろうね?」


 チチアの言葉に、ナーニャはうっすらと妖しく笑った。


「残念ながら、その通りだ。まずは尖兵の登場だね」


 ゼッドが、すらりと長剣を引き抜いた。

 チチアは「ひい!」とその背中に隠れ込む。


 気づくと五人は、異形の怪物に囲まれてしまっていた。

 氷雪に全身を覆われた、四本足の獣たち――腐肉喰らいのムントである。

 かつては生ける屍として襲いかかってきたムントの大群が、今度は氷雪の魔物として姿を現したのである。


「やれやれ。ムントは死の国からの使者という伝承もあるけれど、役目を果たすたびに本人たちまで魂を召されてしまうのでは気の毒なばかりだね」


「な、何を呑気なことを言ってるのさ! あいつら、氷漬けなのにどうして動けるの!?」


「魔力で新たな生命を吹き込まれたんだろう。厳密には、生命とも呼べないようなかりそめの力だけどね」


 ともあれ、そのムントたちが魔物であることに疑いはなかった。

 全身が氷雪に覆われているにも拘らず、ぎくしゃくと四肢を動かして、リヴェルたちを取り囲んでいるのだ。ぞろりと牙の生えそろったその口からも、白い息が吐かれることはなかった。


 ムントというのは、それほど大きな獣ではない。体長は、リヴェルよりも小さいぐらいだろう。

 その代わりに、肉を引き裂く爪と牙を有している。飢えれば自力でも人間を襲ったりする、もともと凶暴な獣であるのだ。


 ただしこのムントどもは、それほど俊敏には動けないようだった。

 全身が凍てついているのだから、それも当然だ。身体を動かすたびに氷雪の皮膜はひび割れて、白い結晶がパラパラと四散していた。


 しかしその数は、二十体以上にも及んでいただろう。家を背にしたリヴェルたちを完全に包囲した格好だ。荒っぽい手段を使わずに切り抜けることはできそうになかった。


「なんだ、このむんとどもは……こいつらが、おれのかぞくのかたきなのか?」


 タウロ=ヨシュが底ごもる声でうなりながら、腰の手斧をつかみ取った。

 魔物どもの姿を睥睨しながら、ナーニャは「いや」と首を振っている。


「これらは尖兵に過ぎないよ。というか、もとを質せば同じ手管で魂を奪われた犠牲者なのだろうね」


「ならば、そのようなのろいからはときはなってくれよう」


 魔物どもは、じりじりと近づいてきている。

 動きが緩慢なのが、まだ救いであった。

 そして、リヴェルの手を握ったナーニャの指先が、炎のように熱くなっていく。


「ゼッド、タウロ=ヨシュ、まずは僕の魔法を試させてもらってもいいかな?」


 ナーニャの指先が、リヴェルの手から離れた。

 その指先が自分の懐をまさぐり、そこから小さな黒い葉を引っ張り出す。薪に火をつけるための、ラナの葉だ。


「みんな、巻き添えをくわないように気をつけてね」


 言うなり、ナーニャが杖の頭にラナの葉をこすりつけた。

 ぽっ、と赤い火花が弾け――それは一瞬にして、炎の竜に生まれ変わった。


「うひゃあ!」とチチアが悲鳴をあげる。

 炎の竜は、手近な魔物を三体まとめて呑み込んだ。


 が、紅蓮の炎に包まれたまま、魔物どもはじりじりと前進してくる。

 途中で、その内の一体がぐしゃりと力尽きた。


 そうして、炎は消え失せる。

 二体の魔物は、ほとんど氷雪の皮膜を溶かされて、醜いムントの本性を剥き出しにされていた。

 茶色い毛皮が、じっとりと湿っている。が、ほとんど焦げついたりはしていない。そしてその目は、青い鬼火のごとく爛々と燃えさかっていた。


「やっぱりこんな小さな火種じゃ、魔法も長続きしないみたいだね。おまけに、体内を凍てつかせている氷雪まで溶かさないと、この魔物どもを滅ぼすことはできないみたいだ」


「何だよ、とんだ役立たずじゃないか!」


「一体は仕留めたんだから、少しは感謝しておくれよ。でもこれは、なかなか剣呑な事態であるのかもね」


「かまわない。それならば、おれがほろぼしてやる」


 タウロ=ヨシュが大きく踏み込み、その手の斧を振り払った。

 一体の魔物が頭を断ち割られて、包囲の外まで弾き飛ばされていく。身体の芯まで凍っているのか、血や体液が流れることもなかった。


 それと同時に、ゼッドがあらぬ方向に長剣を振りかざす。

 何か小さなものが空中で弾け散り、氷雪の大地にぱらぱらと降り注がれた。黒色と赤褐色をした、奇怪な氷片だ。


「今のはひょっとしたら、森の夜鳴き鳥かな? やっぱりこの集落のそばにいた獣たちも、のきなみ魔物と化してしまったようだね」


 言っているそばから、また黒い影が頭上から降ってきた。たとえそれが夜鳴き鳥の成れの果てだとしても、優雅に翼をはためかせることもできないのだろう。梢の陰から、石つぶてでも投じられているようなものであった。


 ゼッドはそれらを撃退する役割を担い、タウロ=ヨシュは地上の魔物に応戦していた。北の民の怪力で斧がふるわれるたびに、ムントであった魔物の肉体が砕かれていく。動きが緩慢であるために、タウロ=ヨシュ一人でも二十体ばかりの魔物を相手取ることが可能であるようだった。


 だが、氷雪の魔物はなかなか息絶えなかった。頭を砕かれても、背骨をへし折られても、またのろのろと起き上がって、リヴェルたちのほうに近づいてこようとするのだ。両方の前足を砕かれた魔物などは、頭をべったりと地面につけたまま、後ろ足だけでずりずりと前身しようとしていた。


「こ、こんなやつらを相手にしてたらキリがないよ! 動きは鈍いんだし、走って逃げたほうがいいんじゃないの!?」


「そうかもしれないけど、どこまで逃げればあきらめてくれるのかな。さすがに一晩中、森の中を走り続けるわけにもいかないしね」


 そのように答えながら、ナーニャは新たなラナの葉を取り出していた。

 が、火をつけようとはしないまま、それを白い指先でまさぐっている。


「それに、ムントよりも厄介な第二陣がやってきたみたいだ。いよいよこいつは、正念場だね」


 ナーニャの視線は、広場のほうに向けられていた。

 おそるおそるそちらに目をやったリヴェルは、絶望のあまり倒れそうになってしまった。


 氷漬けにされた北の民たちが、両足を引きずるようにして、こちらに近づいてきていたのである。

 百名にも及ぶ亡骸がかりそめの生命を得て、ムントや夜鳴き鳥と同じように魔物と化してしまったのだ。

 そして、別の方向に目を向けていたチチアも、「きゃー!」と魂消る悲鳴をあげていた。


「こ、こっち! こっちからも! 何とかしてよ、剣士さん!」


 今度こそ、リヴェルも悲鳴をあげてしまった。

 リヴェルたちが背にしていたタウロ=ヨシュの家からも、同様の魔物たちが出現していたのだ。

 氷漬けにされた壮年の女衆と、まだうら若い娘――それは、タウロ=ヨシュの母と妹であるはずだった。


「******! ……きさまら、おれのかぞくのたましいまでをもけがすきか!」


 タウロ=ヨシュが、咆哮のような怒声をあげた。

 その内に潜められた苦悶と絶望の響きに、リヴェルはついに涙をこぼしてしまった。


「こいつはひどいね。蛇神の巫女たちは、まだしも自らの意思で自分の運命を選び取ったわけだけど……この集落の人々は、古き神々に魂を捧げた覚えなどないはずだ」


 ナーニャは、そのように囁いていた。

 何か得体の知れない激情が、その玲瓏なる声に満ちみちている。

 そしてその面には、復讐の女神を思わせる悽愴なる笑みが浮かべられていた。


「いくら何でも、これはやりすぎだ。どこの誰かは知らないが、こんな真似をしたやつには相応の代償を払ってもらおう。……そして僕は、自分が正しい道を選んでいたということを痛感させられたよ」


 その言葉の意味はわからなかったが、ともあれナーニャがこれほどまでに深甚なる激情を覗かせたのは初めてかもしれなかった。

 その間に、百体にも及ぶ氷雪の魔物たちは五人の目前にまで迫ってしまっていた。

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