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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第二章 ねじれゆく世界
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Ⅴ-Ⅲ 陥穽

2017.2/19 更新分 1/1

「走れ走れ! 足を止めたら、追いつかれるぞ!」


 激しく揺れる荷台の中にまで、傭兵たちのあげるそんな声が響いてきた。

 夜明けと同時に急襲を受け、峡谷の底を東へと突き進んでいるさなかである。大鰐の鱗の外套をその長身に纏いつけながら、メナ=ファムは窓の外に目を向けてみたが、そこに見えるのは断崖の岩肌ばかりであった。


「こっちの手勢は百名ちょっとで、敵さんのほうは二百名。もしも追いつかれちまったら、勝ち目はないだろうね」


 荷台の中に潜んでいるのは、メナ=ファムと偽王子シルファのみである。白銀の兜に白革の外套と甲冑をその身に纏ったシルファは、不思議な宝石のような瞳でメナ=ファムを見つめていた。


「ですが、この団に集められたのは、いずれも一騎当千の猛者たちです。たとえ相手が王都の軍勢であっても、むざむざとやられはしないと思います」


「あんた、一騎当千の意味をわかってるのかい? たった一人で千人の敵を討ち倒せるやつなんて、神話の中にしか存在しないんだよ」


 笑いながら、メナ=ファムは木箱の上に腰を下ろした。


「しかも、百名ちょっとの中でもともと傭兵だったのは、せいぜい七十名ってところだろ。残りの三十名ちょっとは、そこらの村や町からかき集めた有象無象さ。そいつらにはトトスも与えられてないし、剣や弓の腕だって素人そのものだ。あんな連中は、せいぜい敵を食い止めるための捨て石ぐらいにしかならないだろうね」


「…………」


「それでもあいつらは、これが王国のためだと信じながら、喜んで死んでいくのかね。大鰐を狩るしか能のないあたしなんかには理解しきれない心情さ」


「メナ=ファムは……わたしのことを責めているのですね」


「それで責められていると思うんなら、あんたには覚悟が足りてないってことさ」


 メナ=ファムは、赤い髪をかき回しながらそのように述べたててみせた。


「あんたに付き従っている百名ちょっとの人間は、みんなあんたとエルヴィルの言葉に踊らされてるんだ。あんたたちの嘘を真実と信じて、神に魂を返す覚悟を決めてるんだよ。だったらあんたには、百名以上の人間を騙してその生命をいいように扱おうっていう覚悟が必要なんじゃないのかねえ?」


「…………」


「あたしだったら、とうていそんなものは背負えない。王国を救うためだろうと何だろうと、虚言の罪で魂を砕かれるのは御免さ」


 王国の民にはこういう言い方が効果的なのではなかろうかと考えながら、メナ=ファムはそんな風に言ってみた。

 しかしシルファは、血の色を透かせた青灰色の瞳を瞬かせながら、偽王子の凛然とした表情になってしまっている。


「ミザの修道院で生きていた頃のわたしは、人に迷惑をかけるだけのどうしようもない存在にすぎませんでした。こんなわたしが生命を捧げることで、王国が正しい姿を取り戻せるなら……こんなわたしでも、この世に生を受けた意味があるのだと思うことができます」


「ご大層な言葉だね。人間なんてのは、誰だって人に迷惑をかけながら生きてるもんだよ」


「ええ。わたしは今もメナ=ファムにご迷惑をおかけしてしまっていますしね」


 顔つきは凛然としているのに、言葉づかいはシルファのままだ。それがメナ=ファムには、やたらと気に食わなかった。シルファは頼りないところが可愛らしくて、偽王子は誰よりも凛々しいところが魅惑的であるのに、それがごちゃまぜになってしまうと、何だかまた見知らぬ人間と相対しているような心地にされてしまうのだ。


(こいつは、どういう娘なんだろう。まるで心の中に何人もの人間を隠し持ってるみたいだ)


 メナ=ファムは、シルファの端麗なる面をじろじろとねめつける。

 するとシルファは、偽王子の表情で静かに微笑んだ。


「わたしは許されざる虚言で人を惑わす大罪人です。もしもそれに我慢がならなくなってしまったら――どうぞメナ=ファムは自分の道をお進みください。今ならまだ、罪を犯す前に引き返すことがかないます」


「ふん! あんたみたいな娘っ子に指図されなくても、あたしは好きなようにやらせてもらうよ」


 メナ=ファムは自分の膝に片腕を乗せて、シルファのほうにずいっと顔を突き出した。


「ところでさ、あらためて聞かせてほしい話があるんだけどね」


「はい、何でしょう?」


「あのエルヴィルって男前は、いったい何者なのさ? 元は王都のちょっとした隊長様だったって話だけど、そいつは本当のことなのかい?」


「はい。エルヴィルは数年前から傭兵として王都の軍に加わっていたそうですが、そこで名のある将軍に目をかけられて、千名の兵の長に任じられたそうです。……王都では、千獅子長と呼ばれる身分であったそうですね」


「その千獅子長様が、どうして王都を飛び出す羽目になっちまったんだい?」


「それは……何かの宴で貴族の子息を傷つけてしまい、王都を追放されたのだと聞きました。もう三ヶ月以上も前のことですが……」


「ってことは、前の王様が宮殿ごと燃やされたときには、王都を離れてたってことになるね。それなのに、どうしてあいつは第四王子とやらに罪はないだとか、そんな話を断言できるんだろう? あいつはその第四王子ってやつとそんなに懇意にしてたのかい?」


「いえ。第四王子と顔をあわせたことはないようです。ただ、白膚病の美しい王子である、という噂を聞いていたので、わたしを代役に立てる決心をしたようです」


 自らを美しいと認めているような言葉であるのに、シルファは取りすました顔をしている。それもまた、シルファではなく偽王子の高慢さであった。


「白膚病ってのは何なんだい? あんたのその姿に関係しているのかい?」


「白膚病というのは、色を持たずに生まれてくる病のことです。わたしの瞳に血の色が透けているのも、きっとその病のためなのでしょう。……本当の第四王子カノンは、わたしよりもいっそうはっきりと赤い瞳をした御方であったようですが」


「ふうん。同じ病に生まれついたのが運の尽きってことかい。……それじゃあ、あのエルヴィルってのは、あんたにとって何なんだい? 王都から遠く離れた港町で暮らしていたあんたと、王都の隊長様だったあいつと、どんな縁があったってのさ?」


「それは――」とシルファが答えかけたとき、いきなり荷車が激しい揺れを見せた。

 メナ=ファムはとっさに腕をのばし、転びかけたシルファの身体を抱きとめる。


「何だい、乱暴な運転だね! ついに追いつかれちまったのかい!?」


「峡谷を出た! このまま南に下っていくぞ!」


 御者台のほうから、やけくそのような声が返ってくる。

 どうやら挟み撃ちにされる心配だけはなくなったようだった。


「……大丈夫かい、シルファ?」


 メナ=ファムがそのように呼びかけると、シルファはびっくりしたように顔をあげてきた。

 白い面から、偽王子としての凛然とした表情がかき消えている。


「何だい、どこか痛めたのかい?」


「いえ……ただ、初めてメナ=ファムに本当の名前を呼ばれたもので……」


「そりゃあ、本当の名前を知ったのは昨晩のことだからね。そうそう呼びつける機会はなかったよ」


 シルファはきゅっと唇を噛んで、メナ=ファムの胸もとに取りすがってきた。


「その名は、すでに捨てました。エルヴィルも、二度とわたしをその名で呼ぶことはないでしょう。……でも、メナ=ファムにとっては、今でもわたしはシルファのままなのですね」


「そりゃあそうだろ。偽の名前と知っててカノンとか呼ぶ気にはなれないからね」


 メナ=ファムの顔を間近から見上げながら、シルファは泣き笑いのような表情を浮かべた。


「メナ=ファム……あなたは何の見返りも求めずに、ただわたしの身を案じてここまで行動をともにしてくださいました。そんなあなたに、ともに滅んでほしいと願うことはできませんが……あなたと出会えた幸運を、ミザとセルヴァに深く感謝したいと思います」


「何だい、まるでお別れの挨拶みたいだね」


「はい……これ以上わたしとともにあれば、あなたも叛逆の大罪人と見なされてしまいます。そうしたら、もうシャーリの狩人として生きていくこともできなくなってしまうでしょう。あなたの豊かな人生を、わたしなどと関わってしまったことで無茶苦茶にしたくはありません」


 そう言って、シルファはいっそう悲しげに微笑んだ。


「このまま無事な場所まで逃げることがかなったら、どうぞあなたは自分の道にお帰りください。ただ……シルファという名を持つ愚かな娘がこの世に存在したということを、あなたが最後まで覚えていてくれたなら……わたしは、それだけで幸福です」


「……そんなちっぽけな幸福で満足するやつがあるかい」


 メナ=ファムは怒って、シルファの華奢な身体をおもいきり抱きすくめてやった。

 たとえ甲冑を纏っていても、メナ=ファムとは比べるべくもない小さな身体である。メナ=ファムがその気になったら、甲冑ごと握り潰せてしまえそうなほどであった。


「メ、メナ=ファム、苦しいです……」


「やかましいよ。あんたかあたしのどっちかが男だったら、色仕掛けでたぶらかされているんじゃないかと疑っていたところさ」


「い、色仕掛け……?」


「さっきも言ったけど、あたしの進むべき道はあたしが決める。他の誰にも指図される覚えはないよ」


 メナ=ファムはシルファから手を離し、壁際にそっと座らせてやった。

 それからずかずかと前のほうに歩を進め、外へと通ずる戸を引き開ける。

 とたんに強い風が吹きつけてきたので、メナ=ファムはおもいきり顔をしかめた。こちらに背を向けた御者台の傭兵は、何も気づかずに手綱を操っている。


「南に向かうって言ってたよね。どこかに逃げるあてはあるのかい?」


「うわ、いきなり声をかけるなよ。……団長が言ってたろ。集合場所は、『鬼の口』さ」


「だから、その『鬼の口』ってのはどこにあるんだい」


「団長から聞いてないのか? 『鬼の口』ってのは、ブスマの山麓にある洞穴のことさ。近くに町も村落もないから不自由になっちまうけど、まあしばらく身を隠すにはうってつけだろ」


 シャーリの川辺を離れたこともないメナ=ファムが聞いても、詮無きことであった。ブスマの山などというのは聞いたこともないし、それがここからどれぐらいの距離であるのかもわからない。

 それを質してみるべきかと思い悩んでいると、隣に別の荷車が並走してきた。


「メナ=ファム、無事、何よりです」


「何だ、あんたかい。峡谷を出たのに、まだ一緒だったのかい?」


「はい。北の道、細いので、私の荷車、通る、無理そうでした。この道、分かれるまで、一緒です」


 感情を出さないシムの民なので、ラムルエルの内心はまったく読み取れなかった。

 メナ=ファムはひとつ肩をすくめてから、いっそう身を乗り出して左右の様子を探ってみる。


 右の側には、突兀たる岩山が立ちはだかっていた。さきほどの峡谷を懐に抱いた、名も知れぬ岩山だ。これが防壁となっているので、峡谷の西側に出現した敵の軍勢も、エルヴィルの敷いた陣を突破しない限りは追いかけてくることもできない。


 左の側は、鬱蒼たる森林地帯である。徒歩なら進むこともできようが、トトスや荷車が入り込む隙間はない。これで北方には荷車が通れぬほどの細い街道しかのびていないというのなら、一同はひたすら南方に逃げるしかないということだ。


「南方か……噂のゼラド大公国ってのは、まだ遠いのかい?」


「そりゃあ遠いだろ。こんな荷車を引っ張ってたら、半月ぐらいはかかるだろうさ」


「ふうん。だけど、最終的にはそこを頼ろうって目論見なんだろう?」


「そいつはもっと、俺たちが力をつけてからのことだ。そうじゃないと、むこうのいいように利用されちまうからな」


 ゼラド大公国というのは、セルヴァの領内にあって唯一「国」を名乗る対抗勢力であった。南の王国ジャガルと縁が深く、非常な豊かさと軍事力を備えるに至ったので、セルヴァにとっては仇敵マヒュドラと同じぐらい目障りな存在であるはずだった。


「……どれほどの力をつけたって、そのゼラド大公国ってのが大罪人扱いの第四王子を受け入れるもんなのかねえ?」


「知らねえよ。団長には何か考えがあるんだろうさ。あの人は王都で千獅子長をつとめていたぐらいなんだから、ゼラドに対しても詳しいんだろうよ」


 王都の軍人であったのなら、そのゼラド大公国と刃を交えていた立場であったはずである。そんな相手を頼ろうというのも、一介の狩人に過ぎないメナ=ファムには理解の及ばない行いであった。


 そんなことを考えていると、ラムルエルの荷車とは反対の側から騎影が追いすがってきた。

 誰あろう、それは数名の旗本部隊を引き連れたエルヴィル本人であった。


「ああ、団長! 首尾よく逃げ出せたみたいですね!」


「気を抜くな。落石と火の罠をくらわせてやったのでしばらくは足止めできるだろうが、それを突破されたらすぐにでも追いつかれるだろう。今の内に、少しでも距離を空けるんだ」


「距離を空けたって、荷車を引っ張ってる限りはどうしようもないんじゃないのかねえ? 現にあんたも、こうして悠々と追いついてきたわけだしさ」


 メナ=ファムが割り込むと、エルヴィルは火のような目つきでにらみつけてきた。


「……もう半刻ほどトトスを走らせれば、東西にのびる石の街道と交わる場所に出る。そこまで逃げきれば、相手の目をくらますこともできるだろう」


「ふうん。それじゃあ、そこまで逃げきれなかったら?」


「もしもそれまでに敵影が見えたら……この荷車は捨てざるを得ない。王子殿下にも、そのように伝えておけ」


「おやおや、王子殿下の大事なお部屋を捨てちまうのかい。それでこの後を無事に過ごすことができるのかねえ?」


 それはもはや、シルファがシルファでいられる時間をも捨て去ってしまうという意味だ。だからメナ=ファムには黙っていることができなかった。

 エルヴィルは、手負いの獣じみた形相で眉を吊り上げる。


「荷車など、また別の場所で準備をすればいい。ここを無事に切り抜けるには、それしか手立てはないのだ」


「……二百名もの敵を足止めするのに、こっちはどれぐらいの被害だったんだい?」


「なに?」


「近所の町やら村からかき集めた三十名ちょっとの連中はどうなったのかって聞いてるんだよ。あの連中には、トトスの準備もなかったんだろ? みんな首尾よく、この森の中にでも逃げ込めたのかねえ?」


 エルヴィルは、答えようとしなかった。

 メナ=ファムは「ふん!」と鼻息をふいてみせる。


「あんたの大志とやらを全うするのに、これからも色々なものを切り捨てていくんだろうね。それで最後には、いったい何が残るのやら」


 御者台の傭兵が「おいおい」と心配げな声をあげた。


「いったい何だってんだよ、メナ=ファム? こんなときに、余計な口を叩いても――」


 しかし、そこから先の言葉は永久に聞くことがかなわなかった。

 前方から飛来した矢が、男のこめかみを撃ち抜いたのだ。

 男はきょとんとした目でメナ=ファムを見つめてから、地面に転落していった。

 放り出された手綱をつかみ取り、メナ=ファムはトトスを急停止させる。


「前方に敵影! その数――わ、わかりません! おそらく、百名以上!」


 先頭を走っていた男もトトスを止めて、そのように叫んでいた。

 しかしその言葉を聞くまでもなく、メナ=ファムたちにももうその敵影が見えていた。荷車が並走できるぐらい立派な街道が、甲冑を纏った兵士たちで埋め尽くされていたのだ。


 白い鎧に赤い飾りをあしらった、王都の軍勢である。高々と掲げられた緋色の旗にも、アルグラッドの象徴たる銀の獅子が刺繍されている。

 最前列の兵士たちは地面に片膝をつき、二列目の兵士たちは立ったまま、それぞれ弓をかまえている。そうして三列目から後ろは全員がトトスの騎兵であり、鋭い槍の穂先を何本も天空に掲げていた。


「……こういうのも、挟み撃ちっていうのかねえ?」


 溜息まじりにメナ=ファムが述べてみせたが、どこからも返事は返ってこなかった。みんな、呆然としてしまっているのだろう。

 右手側の岩山は半日をかけないと迂回できないという話であったから、やはりこの軍勢は昨晩からこの場所を目指していたのだ。


(それで峡谷の出口をふさぐんじゃなく、ここまで出てくるのを待ちかまえていたってのは、罠か何かを警戒してたのかね。実際、エルヴィルはそいつで最初の連中を撃退したみたいだし)


 それでは、街道の北側は――と考えていると、伝令役の傭兵が大慌てでトトスを走らせてきた。


「き、北の側からも敵影です! 峡谷の罠を突破したのではなく、もともと伏せられていた軍勢のようです!」


 ならばやっぱり、峡谷ではなく街道で挟み撃ちにしたかった、ということだ。

 つまり、最初に襲撃してきた二百名は、傭兵団を峡谷から追い出すための尖兵に過ぎず、こちらのほうが本隊である、ということになるのだろう。


(ってことは、南北あわせて二百名以上の軍勢ってことになるんだろうね。こいつは……いよいよおしまいかな)


 右手は岩山で、左手は森林地帯。トトスを捨てて森の中にまで逃げ込んだところで、あちらも同じように徒歩で追ってくるだけだろう。

 メナ=ファムは新たな矢が飛んできても対応できるように刀の柄をつかんだまま、「王子様!」と荷台に呼びかけた。


「こっちにおいで。もうこの荷車は捨てるしかないから、トトスに直接またがることにしよう」


 顔面蒼白となったエルヴィルが、それでもぎらぎらと両目を燃やしながらメナ=ファムに向きなおってくる。


「こうなったら、あのど真ん中を突破して逃げるしかないだろう? うちの集落にもトトスはいたから、あたしだってそれなりに動かせるよ」


「……貴様に王子殿下の身柄を預けろ、とでも?」


「自分のトトスに乗せたいなら、そうすりゃいいよ。それでまともに戦えるってんならね」


 この申し出を断られるならば、メナ=ファムはシルファを気絶させてでも森林地帯に逃げ込む心づもりであった。

 その思惑が伝わったのか、エルヴィルはぎりっと歯を噛み鳴らす。


「あたしなんかを信用するのは難しいだろうけどさ、ひとつだけは約束してあげようか。……あたしは生命をかけてでも、王子殿下の身を守ってみせるよ」


 言いながら、メナ=ファムはトトスと荷車を繋いでいる留め具を取り去った。

 手綱からは手を離さぬまま、御者台からトトスの背中にと移動する。トトスはきょとんとした顔でなされるがままになっていた。


「どうするね? 敵さんが動く前に決断してもらえるかい?」


「……前方の敵陣を突破する! 王子殿下のトトスを援護しろ!」


 伝令役の傭兵が、その言葉を仲間たちに伝えていく。

 メナ=ファムは前方からの襲撃に備えつつ、荷台のほうに手を差しのべた。


「さ、おいで。あんたはあたしが守ってやるからさ」


 シルファは少女と偽王子の表情を複雑に錯綜させながら、メナ=ファムの手を取ってきた。

 そんなメナ=ファムたちのかたわらでは、「私、どうしましょう?」とラムルエルが無表情に首をひねっていた。

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