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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第二章 ねじれゆく世界
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Ⅱ-Ⅲ 忌々しき舞踏会

2017.2/7 更新分 1/1

 絢爛たる光と嬌声があふれかえったその場所で、クリスフィアはひとり鬱然としていた。

《賢者の塔》と呼ばれる学士の住まいを訪れてから五日後、朱の月の二十日のことである。

 その日は新王ベイギルス二世が、王都を訪れた客人たちを歓迎するために開いた舞踏会の当日であった。


 場所は黒羊宮、舞踏の間。

 余計なものを片付ければちょっとした練兵ができるのではないか、というぐらい広々としたその場所に、百名を数えようかという貴族たちが集められていた。

 余所の土地からの来賓だけでその数には至らないであろうから、もともと王都に住まう貴族たちも存分に含まれているのだろう。何にせよ、全員が贅を尽くした宴衣装の姿である。


 そんな中、クリスフィアも今日の朝一番に届けられた宴衣装にその身を包まれてしまっていた。

 尚武の気風で知られるアブーフにだって宴衣装ぐらいは存在するし、侯爵家の息女たるクリスフィアも何度となくそれを身につけたことはある。しかし、王宮付きの仕立て屋がこしらえたその宴衣装は、実にクリスフィアの気性にそぐわない出来栄えであった。


 まず、温暖なる王都で準備されたものなので、首もとも腕も剥き出しである。胸もとなどはほとんど半分ほども露出してしまうぐらい襟ぐりが開いており、肩紐一本で前後の生地を留められているような状態だ。

 背中のところで固く紐を締められているので、裾を踏んでもそうそう脱げ落ちてしまうことはないのであろうが、頼りないことこの上ない。


 また、その背中の紐というやつも曲者で、クリスフィアは内臓が口から飛び出してしまうのではないかという勢いで、ぎゅうぎゅうに胴体を締めあげられてしまっていた。

 そのおかげで、腰から上の装束は、ぴったりと身体に吸い付いてしまっている。これでは裸身をさらしているのと大差はないのではないかと、クリスフィアはなけなしの羞恥心をかきたてられるほどであった。


 それでいて、腰から下には飾りのひだが何重にも重ねられており、それが足首にまで達してしまっている。その飾りのひだをいかに大きく膨らませるかが、この宴衣装の肝であるようだ。まあクリスフィアの感想としては「歩きにくい」の一言に尽きた。


 で、剥き出しの咽喉もとや腕にはこれでもかというぐらい飾り物をつけられてしまっている。

 その大半は銀や宝石であったので、それがちくちくと素肌にぶつかるのが、クリスフィアにはたとえようもなく気障りであった。


 いつもは結んでいる髪も解かれてしまい、櫛を入れられた上で、またごてごてと飾りつけられてしまっている。飾り紐を編み込まれたり、銀の髪留めで横の髪を引っ張られたり、こちらも違和感がとてつもない。


 で、周囲を見回してみると、貴婦人の大半はクリスフィアと似たり寄ったりの格好をしていた。

 どうやら上半身はぎゅうぎゅうに締めあげて、下半身は馬鹿のように膨らませるというのが、王都の宴衣装の定番であるらしい。はたから見れば、会場のあちこちに大輪の花が咲き誇っているような様相であるが、クリスフィアとしては自分がその一輪となってしまったことを喜ぶ気持ちにはなれなかった。


(誰も彼もが胸もとをさらして、はしたない。足もとを隠せばよいというものではなかろうに)


 クリスフィアはなるべく人の目につかないよう、会場の隅っこでちびちびと果実酒をなめていた。

 あまりに腹を圧迫されているので、せっかくの宴料理もまったく口にする気持ちになれないのだ。


「あの、姫様、何か怒ってらっしゃるのですか?」


 と、かたわらに控えていたフラウが心配そうに呼びかけてくる。

 そちらも普段よりはずっと華美な装いではあるが、侍女のお仕着せなので驚くほどのものではない。その胸もとがしっかり隠蔽されているだけで、クリスフィアには羨ましいぐらいであった。


「別に、怒っているわけではない。果実酒をもう一杯持ってきてくれ。花の匂いのしないやつをな」


「……やっぱり怒ってらっしゃるのですね。フラウに不始末があったのなら、なんべんでもお詫びを申しあげます」


 控えの間では「素敵な宴衣装ですね!」と瞳を輝かせていたフラウも、さすがに憂いげな様子になってしまっている。まあ、クリスフィアがずっとこのような仏頂面でいれば、それも当然のことだろう。


「怒っているとしても、それはフラウに対してではない。フラウは王命に従って仕立て屋を招き入れただけなのだろうからな」


 そして、それはもう五日も前の話である。クリスフィアとて、いつまでもそのようなことで大事な幼友達に憤懣を抱いたりはしなかった。


「わたしはただ、一刻も早く部屋に戻りたいだけなのだ。いったいいつになったら、それが許されるようになるのだろうな」


「それはもちろん、国王陛下がご退去されてからでしょうね。臣下が先に退去するのは、礼を失してしまうでしょう?」


「まったく、馬鹿馬鹿しい。時間と銀貨の無駄遣いだ。それほど銀貨が余っているなら、二万と言わず五万の兵をグワラムに差し向ければいいものを」


 クリスフィアは硝子の酒杯を卓に置き、深々と溜息をついた。

 フラウはますます心配げに身を寄せてくる。


「姫様、もしかしたらお加減でも悪いのでしょうか? 姫様が宴というものを好いていないことは承知していますが、普段でもそこまでお気を悪くされることはないでしょう?」


「こんなに着心地の悪い装束を着させられれば、気分だって悪くなってくる。それに――この五日間も、のきなみ無駄に過ごしてしまったからな」


 クリスフィアが不機嫌である理由の半分は、そちらにあった。

 けっきょく《賢者の塔》でも大した収穫は得られなかったし、それ以降はどちらに進めばいいかもわからないぐらい手詰まりになってしまっていたのだ。


 誰がカノン王子に古代魔術の知識などを与えたのか、ということに着目したのに、魔道書らしき存在は紛失しており、もとの所有者も故人であった。その他の重要そうな文献はすべて書庫の奥深くで保管されており、学士長の許可がなければ閲覧することもかなわない。それで学士長は、いまだにダーム公爵領から帰ってきていないのだ。


(あの王家を見舞った災厄というやつには、不審な点が多すぎる。古の魔術というやつが、それを紐解く手がかりになるのではないかと、直感的に思ったのだが……こうまで念入りに道が閉ざされてしまうとはな)


 だが、そうして道が閉ざされたことによって、クリスフィアはいっそう疑念を深くしていた。

 それが災厄の根幹を成すものだからこそ、人為的に道が閉ざされたのではないかと、そのように思えてきたのだ。


(まず、カノン王子の寝所に膨大な書物を置き去りにしていたエイラの神殿長には、どのような思惑があったのだ? それは前王に許された行いであったのか? 紛失したという書物は、誰が何のために持ち去ったのだ? ……そして、カノン王子は本当に古の魔術などというものを体得していたのか?)


 魔術、という舌に馴染まない言葉が、クリスフィアにはひっかかってしかたがなかったのだった。


 あれらの災厄は、カノン王子とヴァルダヌスの二人だけで行うには、あまりに大がかりなものであった。エイラの神殿から抜け出すことから始まって、厳重に守られているはずの銀獅子宮に忍び込み、王たちを殺害し、王宮に火を放ち、数十名もの人間の生命を奪った。よくよく考えたら、石造りの宮殿をまるまる焼き尽くすということからして、二人の人間の手には余る所業であるはずだった。


(精霊魔法というのは、炎や氷雪や風などを操る手管だなどと言っていた。どうにも信じ難い話だが、そんなことが可能であるのなら、王子とヴァルダヌスだけでも宮殿を焼きはらうことはできるのかもしれない)


 ならば、誰が王子にそのような手管を教えたのか?

 クリスフィアの疑念は、そういった壁に突き当たったのだった。


(しかも、それらの書物は最初から王子の寝所に準備されていたという話だった。もしかしたら、これはわたしたちが考えている以上に根の深い事件なのではないか?)


 何も確証はないままに、クリスフィアはそのように考えていた。

 だが、そこから考えを進める手段を失ってしまっていた。


(何せ、エイラの神殿で暮らしていた人間は、あのご老人を除いてすべて死に絶えてしまったという話であるのだからな。それもまた、都合がよすぎる話ということか)


 クリスフィアがそのように考えたとき、大きな人影が眼前に立ちはだかった。

 見上げると、そこには下卑た笑みを浮かべている髭面があった。


「これはこれは、アブーフの姫君。このような隅っこで、何をそのように打ち沈んでおられるのかな?」


 十二獅子将にして新しき元帥たる、ロネックである。

 長身のクリスフィアよりも頭半分以上は大きい、北の民のごとき大男だ。その褐色の髭に覆われた顔は、ずいぶん酒気に染まってしまっている。


「あなたはロネック将軍と申されたか。わたしは何も打ち沈んでなどはいないが」


「ふふん。衣装が変わっても中身は変わらずか。そのように美麗な姿をしているときぐらい、それに相応しい振る舞いを見せればよかろうに」


 そういうロネックも、胸もとに獅子の顔を刺繍した宴衣装を纏っている。が、ごてごてと飾り物をつけたその姿は、将軍としての白装束よりも似合っているとは言い難い様相であった。


「姫のように勇ましくては、生半可な男に相手はつとまるまい。よかったら、俺が一曲おつきあいいたそうか?」


「……ありがたい申し出だが、無粋な北部の生まれゆえ、舞踏などというものには縁がなかった。お気持ちだけいただいておこう」


「なに? それはいかんな! 俺とて柔弱な舞踏など重んずる男ではないが、これも貴族のたしなみだ。姫も侯爵家の息女として、恥をかかぬていどには身につけておくべきであろう」


 どうやらロネックは、酒が過ぎているようだった。その濁った瞳には好色そうな光が瞬き、クリスフィアの姿をなめるように眺め回している。これでは貴族どころか、宿場町の酔漢も同然である。


(さて、どうしたものだろうな)


 これで相手が無法者なら、力ずくで撃退しておしまいだ。おたがいに丸腰でも、相手は酔っていて隙だらけなので、まったく負ける気はしない。

 が、舞踏に誘っているだけの相手を叩きのめしなどしてしまったら、大変な騒ぎになってしまうだろう。それで新王の面目を潰してしまったら、今後の行動にも支障が出てしまいそうだった。


「さあ、何も恐れることはない。その身を俺にゆだねるがいい」


 酒臭い息とともにそんな言葉を吐きながら、ロネックがいっそう身を寄せてくる。

 いよいよクリスフィアは進退きわまってしまったが――そこに、思いも寄らぬ相手から救いの手を差しのべられることになった。


「お待たせしたね、クリスフィア姫。……おや、何か取り込み中であったかな?」


 ロネックが、うるさそうにそちらを振り返る。

 声をかけてきたのは誰あろう、ヴェヘイム公爵家の気取った若君であった。


「レイフォンか。取り込み中であると知れたのなら、無粋に声などかけるべきではなかろうが?」


「これは失礼いたしました。ですが、クリスフィア姫が私をお呼びであったとのことでしたので……」


 そのように述べながら、レイフォンはいつものすました表情でクリスフィアを見やってきた。

 もちろんクリスフィアは、レイフォンなどを呼びつけた覚えはない。ただ、ロネックの醜態を見かねて声をかけてきただけなのだろう。

 いけ好かない相手に窮地を救われるというのは気が進まなかったが、それでもこのような酔漢を相手に舞踏などを興じるよりは何倍もましであるように思えてしまった。


「公爵家のご子息をぶしつけに呼びたててしまって申し訳ない。ちょっとあなたにお尋ねしたい話があったのだ」


 そうしてクリスフィアが話をあわせてみせると、ロネックは嫌な感じに目を光らせた。


「アブーフの猛き姫君も、優男の手管の前には骨抜きということか。まったく嘆かわしい話だな」


「そのように艶めいた話ではないのだが、ちょっとお話があったもので」


 クリスフィアが冷たい視線を返すと、ロネックは舌打ちをして立ち去っていった。

 その幅広い背中を見送ってから、レイフォンはあらためてクリスフィアに笑いかけてくる。


「本当の無粋者に成り下がらずに済んで幸いであったよ。ロネック殿の酒癖の悪さは、王都では有名だったのでね」


「……あなたに救われたのはこれで二度目だな、レイフォン殿。今日はあの賢そうな従者は一緒ではないのか?」


「ティムトなら、どこかその辺りをうろついているはずだよ。こんな日ぐらいは羽をのばしてもらわないとね」


 そのように述べながら、レイフォンは手に持っていた硝子の酒杯を顔の前に掲げた。


「あまり早くに立ち去ってしまうと、またぞろロネック殿が押しかけてくるかもしれない。しばしは私におつきあいいただけるかな、クリスフィア姫?」


「是非もない。わたしもあなたにはうかがいたいことがあったのだ」


 クリスフィアは、強い眼差しでレイフォンの姿をねめつけてみせる。

 そちらはもう、絵に描いたような貴公子の姿である。紫を基調にした絹の装束で、肩掛けなどは七色に輝いている。もともと面立ちは整っているし、すらりと引き締まった体形をしているので、当たり前の娘であったら誰もがのぼせあがってしまいそうな風情であった。


 しかしクリスフィアは、そのような風情などトトスに食わせてしまえばいい、といった気性である。故郷のキャメルスを思い出させるその風貌は、やっぱりいつまでたってもあまり好感が持てなかった。


「私に話があったのかい? それは嘘から出た何とやらだね」


「五日前にも問い質した話だ。あの日、あなたは何のために《賢者の塔》を訪れたのだ、レイフォン殿?」


 レイフォンは、ほんの少しだけ眉尻を下げつつ、まだ微笑んでいた。


「それはあの日にも答えた通り、つまらない雑事であったのだよ。姫におつきあいをしている内に時間が尽きてしまったので、何も為さずに帰ることになったわけさ」


「だけどあなたは、『書庫に用事がある』と述べていたではないか? それならどうして、一緒に用事を済ませてしまわなかったのだ? あなたは最初から最後まで、ずっとわたしたちとともに書庫に身を置いていたではないか?」


「いや、それはだから――」


「あるいは、わたしたちの目のあるところでは果たせぬ用事であったのかと、最初はそのように考えた。しかし、あの日のあなたはわざわざ守衛を説き伏せてまで、わたしたちと行動をともにしたのだ。人の目をはばかっていたのなら、そのような真似はせずに、わたしたちのことなど放っておいたはずであろう」


 かたわらに控えているフラウがたいそう心配そうな様子でこのやりとりを見守っていたが、クリスフィアは矛を収めるつもりはなかった。ここ数日はどうにも手詰まりになってしまっていたので、このいけ好かない貴公子を叩いて風穴を開けてやろうと決断したのだ。


「それでわたしは、思いなおした。あなたはあの場で、自分の用事をすっかり済ませることができていたのではないのか、とな」


「ふむ? それはどういう意味なのかな?」


「言葉のままの意味だ。あなたはわたしと同じ目的であの場を訪れていたのではないのか? そして、わたしの目的を探るために、あえて守衛を説き伏せてまで、わたしをあの場所に招き入れたのではないのか?」


 それがこの五日間で出した、クリスフィアの結論であった。

 レイフォンはいまだに笑顔であったが、その瞳にははっきりと困惑の光が浮かんでいる。


「クリスフィア姫、あなたは聡明な御方だ。それでいて外見はそのように美しく、なおかつ騎士としての武勇まで備えているというのは、セルヴァのもたらした奇跡なのかもしれないね」


「おほめに預かり、光栄の至りだ。それで、返答は如何に?」


「うん、それは……」と、レイフォンは無意識のように視線をさまよわせた。

 しかし、彼の忠実なる従者は、目の届く場所に存在しない。


(この御仁は、答えに詰まるとあの従者を頼る節がある。それも何だか、あやしい話だ)


 レイフォンの挙動を見守りながら、クリスフィアはしかるべき答えが訪れるのを待ち受けた。

 が、レイフォンの口からそれが語られることはなかった。


「うん、だけどその聡明さは、もっと別の場所でふるわれるべきだろう。わたしの目的が何であったかなんて、本当に瑣末な話なんだよ。姫がそのように勘ぐる価値などはまったくないものさ」


「……それは何の答えにもなっていないようだな、レイフォン殿」


「そうかな? いや、そうかもしれないね。私も少し酒が過ぎているのかもしれない」


 もう少し攻め込めば、その取りすました笑顔を叩き壊すことができそうな気がした。

 しかし、それはさらなる来訪者によって邪魔立てされてしまった。


「このような場所にいたのね、レイフォン。すっかり捜してしまったじゃない」


 それは小柄でほっそりとした、いかにも気の強そうな目つきをした貴婦人であった。

 いや、貴婦人というにはまだ幼さの残された、十四、五歳ぐらいの少女である。縮れた髪を複雑な形に結いあげて、その上から玉虫色の透ける織物を掛けている。その身はひときわ豪奢な宝石に飾られて、足もとのひだは誰よりも大きく膨らんでいた。


「これはこれは、ユリエラ姫。私に何かご用事でありましたか? ……ああ、こちらはアブーフ侯爵家のご息女、クリスフィア姫です。クリスフィア姫、こちらはベイギルス二世陛下のご息女たるユリエラ姫です」


 これが第一王位継承権を持つ姫君か、とクリスフィアは探査の目を走らせた。

 しかし父親たる国王と同様に、あまり突出したものは感じられない。ただその若さと身分に相応しい高慢さが垣間見えるぐらいであった。


「お初にお目にかかる。アブーフ侯爵デリオンの一子、クリスフィアと申します」


 クリスフィアがそのように述べてみせると、若き姫君はうろんげに目を細めてにらみ返してきた。

 それからすぐにぷいっとそっぽを向き、またレイフォンのことをにらみつける。


「あなたを舞踏に誘うよう、父様に申しつけられてしまったのよ。この場には公爵家の第一子息などという身分を上回る人間もいないのだろうから、それを二の次にすることは許されないのでしょうね」


「それは身にあまる光栄です。では、クリスフィア姫、またのちほど」


 レイフォンはほっとしたように息をついてから、ユリエラ姫の手を取って、広間の中央へと導いていった。

 クリスフィアは肩をすくめつつ、頬にかかってくる髪をかきあげる。


「あれが陛下のご息女であられたのですね。まだずいぶんとお若いように感じられます」


「そうだな。いかにも我が儘できかん気の強そうな姫君だ」


 そんなことよりも、レイフォンに逃げられてしまったのが惜しいところであった。どうもあの大人びた従者の少年がそばにないほうが、レイフォンは陥落しやすそうな気配がある。


(機会があれば、あとでもうひとたび仕掛けてみよう。……しかしあの様子では、舞踏会が終わるまで逃げ続けようとするかもしれんな)


 それに、あの態度では半分がた真情をさらしているようなものであった。

 やっぱりあの若君は、クリスフィアと同じ目的で《賢者の塔》を訪れ――なおかつ、クリスフィアの動向を探るために、あえて行動をともにしていたのではないのか。その公算が、ますます高まってきたようだった。


(となると、あやつはひょっとして、証拠を隠蔽するために《賢者の塔》を訪れたのか? ……いや、それにしては、学士の言うことにいちいち意外がっていたようにも見えたが)


 ともあれ、手詰まりであるならば、あの若君を叩いてみる他ないようだった。

 新たな指針が定まって、クリスフィアもようやく胸の空く思いである。


「……ところで、姫様。いいかげんに何かお召し上がりになりませんか? あんなに大食いの姫様が何も食べずにいるのは、とても心配です」


「大食いとはまたずいぶんな言い草だな。しかし、この窮屈な装束を脱ぎ捨てんことには、何を食べる気持ちにもなれないのだ」


 そのように言ってから、クリスフィアはフラウに笑いかけてみせた。


「それに、どの料理を見ても、大して美味そうには思えない。どんな贅を尽くした料理よりも、フラウと一緒に食べた宿場町の料理のほうが、何倍も美味に感じられるだろうさ」


 クリスフィアがひさびさに笑顔を見せたことによって、フラウも嬉しそうに微笑んでくれた。

 しかし、退屈で窮屈な舞踏会とやらは、まだまだしばらくは終わりそうな気配もなかった。

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