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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第二章 ねじれゆく世界
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Ⅳ-Ⅱ 逃亡者と背信者

2017.1/26 更新分 1/1

 祓魔官のゼラが再びダリアスの前に姿を現したのは、初めて顔をあわせてから三日目の夕暮れ刻であった。

 場所はもちろん城下町の、ゼラが準備した隠れ家である。その日もダリアスが寝台に転がって無聊をかこつていると、何の前触れもなく扉が開いて、その人影が入室してきたのだった。


「お待たせいたしました、ダリアス様。お加減はいかがですか?」


「傷の加減など、この家に来る前から――」


 そのように言いかけて、ダリアスは言葉を呑み込むことになった。

 部屋に入ってきたその人物は、確かに聞き覚えのあるゼラの声をしていたのに、すらりと人並みに背が高かったのである。


「お、お前、その姿は……?」


「ああ、失礼いたしました。これは人目をはばかっているのです」


 言うなり、ゼラの身体がぺしゃんと潰れた。

 そして、ぶかぶかの長衣の向こうから、奇妙な形をした杖のようなものが二本、にゅっと突き出されてくる。


「どうにもわたしは人の目につきやすい風体をしておりますため、身分を隠したいときはこうして細工をしているのです」


 ゼラの背丈は、幼子ぐらいしかない。が、その足場のついた杖に乗って歩くことで、身長をごまかしているらしい。まるで旅芸人の奇術師のようだ、とダリアスは呆れることになった。


「……まあいい。よくも俺をこのような場所に三日も閉じ込めてくれたな、祓魔官よ?」


「まことに申し訳ありません。ダリアス様が王都を離れるための準備を進めていたのです」


「俺はまだそのような話に賛同した覚えはないぞ」


 ダリアスは、寝台の上で起き上がり、ゼラの不吉な姿をじっとにらみつけた。

 二本の杖を壁にたてかけてから、ゼラは木の椅子の上によじのぼる。


「しかし、王都に留まるのが良策とは思えませぬ。いずれはこの場所とて、敵方の人間に発見されてしまうでしょう」


「だから、その敵方というのは何者なのだ? 新王か? それとも、ジョルアンか?」


 ゼラは頭巾を深々とかぶっているために、口もとぐらいしか表には見えていない。その口もとが、言葉を探すように蠢いていた。


「新王がどこまでこのたびの陰謀劇に関わっているかは、まだ突き止めることができておりません。……ただし、城下町でダリアス様の行方を捜索しているのは、ジョルアン将軍の命を受けた者たちであるようですね」


「やはり、ジョルアンか! あの小ずるいだけの陰謀家め……!」


「しかし、ジョルアン将軍ご自身も、他の何者かの命令に従っているだけなのやもしれません。このように敵方の正体がわからぬ内に王宮へと向かわれるのは、非常に危険かと思われます」


「ふん。敵方だけではなく、俺にはお前の正体もわかっていないのだがな」


 ダリアスは半分腰を浮かせながら、ゼラのほうに顔を寄せた。


「とにかく、俺をこの場に留めておきたいならば、今日こそすべてを話してもらうぞ。そうでなければ、俺はお前を斬り捨ててでも城門に向かう」


「何もお隠しする気持ちはございません。……しかし、まだまだ真実は闇の向こうなのです」


 そのように述べつつ、ゼラは低い声音で語り始めた。


「現在わかっているのは、前王が何者かに鏖殺されたこと……その犯人が、カノン王子とヴァルダヌス将軍の両名であるとされていること……そして、その裏にはもう何名かの人間が潜んでいるらしいこと……そればかりでございます」


「その裏に潜んでいる人間というのは何者なのだ? そいつらこそが、前王カイロス陛下を弑逆した張本人なのではないのか?」


「その可能性も、否定はできません。少なくとも、ヴァルダヌス将軍の協力だけでは、カノン王子もエイラの神殿から脱することはできなかったでしょう。……それに、ウェンダ将軍の件もございます」


「病死されたウェンダ殿か。やはり、ウェンダ殿は――」


「あれは、暗殺でございます。病死ではございません」


 ダリアスは、思わずゼラのしなびた肩につかみかかりそうになってしまった。


「それは、真実か? ウェンダ殿が、暗殺者などの手にかけられたというのか?」


「はい、まずは間違いないことでしょう。そのために、わたしはウェンダ将軍の墓を暴くことになったのです」


 ダリアスはぎょっとして、今度は無意識に身を引いてしまった。


「ご遺骸を確認しましたが、右のこめかみに不審な傷痕を見つけることがかないました。ウェンダ将軍は毛髪が豊かであったので、検分をした医術師も見逃すことになったのでしょう。その傷痕の周囲の皮膚は黒く爛れておりましたので、シムの特別な毒が使われたのだと思われます」


「ずいぶん思い切ったことをしたものだな。しかし、そのおかげでウェンダ殿の死の真相を知ることもできたわけか」


 ダリアスは大いなるセルヴァに許しを乞う印を切ってから、あらためてゼラのちんまりとした姿をにらみつけてみせた。


「それでお前は、どうしてそれを告発しなかったのだ? いまだにウェンダ殿の死は病死であるとされているはずだぞ?」


「そのような告発をしても、わたしが墓暴きの罪に問われるばかりでございましょう。そうして今度はわたしに暗殺者が差し向けられて、それで終わりです。真実は、闇から闇へと葬り去られてしまうことでしょう」


「それはそうなのかもしれないが……」


「敵は、今でも蜘蛛の巣のように網を張って、我々を見張っているのです。そうであるからこそ、あなたも災厄の日に生命を狙われることになったのですよ、ダリアス様」


「……何だと?」


「敵の目は、王宮や城下町ばかりでなく、五大公爵領にまで行き届いているのです。あの日、城下町を訪れたダリアス様の行動も、すべて監視下に置かれていたのでしょう。それでダリアス様が城門に向かわれたため、叛逆者として抹殺しようと試みたのです」


「まるでその場に居合わせたような口ぶりだな。俺が城門の前で衛兵どもに囲まれたことなど、それこそ襲った張本人にしかわからぬことであるはずだが」


 言いながら、ダリアはそっと長剣の柄に手をのばした。

 しかし、ゼラは椅子の上に収まったまま、ぴくりとも動かない。


「わたしはわたしのつかみ取った事実を口にしているに過ぎません。……半月ほど前に、身元不明の遺骸がセイムの川で発見されたことをご存じですか?」


 セイムの川というのは、アルグラッドとヴェヘイム公爵領の間に流れる川のことであった。アルグラッドは、その川の恵みを起点として栄えた土地なのである。


「遺骸は全身を魚や虫に食い荒らされていたため、どこの誰とも判別のできない状態でありましたが……年格好からして、あれはダリアス様が城下町まで同行させた従士であったのでしょう」


「…………ッ!」


「その遺骸はわたしも検分いたしましたが、背中に大きな刀傷を確認することができました。そしてわたしは、城門からほど近い区域で血の痕跡を見つけてもおります。また、銀獅子宮の燃えたあの夜に、その場所で衛兵たちが何者かを捕縛しようとしていたという証言を聞くこともできました。……それらの事実から、ダリアス様があの夜にあの場所で襲われたのだという結論を導きだしたのでございます」


「なるほどな。お前が油断のならない人間であるということは、これでますます理解できたようだ」


 長剣の柄に指先を触れさせたまま、ダリアスはそのように言い捨てた。


「それでお前は、あの災厄の日、五大公爵領のすべてに見張りが立てられていた、と言うのだな?」


「正確には、五大公爵領に赴任されている十二獅子将のすべてに、と申すべきなのでしょう。前王の暗殺を邪魔されないように……そして、前王を暗殺した後に、叛逆などを起こされないように、十二獅子将は厳しく監視されていたのだと思われます」


「…………」


「ですから、ダリアス様がいずれかの公爵領に身を寄せるとしても、用心に用心を重ねて身を隠す必要がありましょう。そのために、わたしは今日まで入念な準備を……」


「待て。その前に質しておきたいことがある」


 ダリアスはゼラの言葉をさえぎって、また身を乗り出した。


「前王を弑逆したのは、まことに第四王子とヴァルダヌスなのか? 俺は少なくとも、ヴァルダヌスだけはそのような真似はすまいと信じているのだが……」


「それは、まだ不明です。何者かがカノン王子らをそそのかしたのかもしれませんし、あるいは、何の罪も犯していない王子らに罪をかぶせたという可能性もございましょう」


「では、俺の部下たちはどうなった? 副官のルイドなどは無事なのか?」


「ダリアス様の直下の騎士たちは、のきなみ王都に更迭されております。その中で、ルイドという御方は『裁きの塔』へと身柄を移されたようですね」


「何の罪も犯していないルイドを、虜囚のように扱っているというのか」


 ダリアスは、激しく奥歯を噛み鳴らした。

 ゼラは「はい……」と首肯する。


「しかも、その処遇は王宮内においても秘密裡にされております。先日、ディラーム様はルイドなる人物を旗下に加えたいと申し入れたのですが、それもあえなく却下されることとなりました」


「ディラーム老が? そうか、やはり信用できるのはディラーム老だけだな」


「それはどうでしょう……どうやらディラーム老は、ヴェヘイム公爵家の嫡子たるレイフォン様と、特に懇意にされているようなのです」


「レイフォンだと? そうか、レイフォンは現在、王都で新王のために尽力しているのだという話だったな」


 他ならぬゼラの配下である若者ティートが、確かにそのように述べていた。


「しかし、ディラーム老はもともとヴェヘイム公爵と昵懇の間柄であったはずだ。それなら、陰謀などとは関わりのないところでレイフォンと交流を深めているだけなのではないのか?」


「ですが、ディラーム様は三日と空けずしてレイフォン様のもとに通っておられるのです。そして、レイフォン様は……新王から下された命令に従うばかりでなく、裏で何やら画策されているご様子であるのです」


「画策とは、何だ? あやつとて、野心に身を焦がすような人間だとは思えぬのだが」


「左用でございますか。しかし……その手が玉座にまでかかるとあっては、変心をされても不思議はないのではないでしょうか?」


「玉座? とは、また何の話だ?」


「新王は、レイフォン様をユリエラ姫の伴侶に迎えようと考えておられるようなのです」


 これにはダリアスも、しばし言葉を失うことになった。


「いちおう確認しておくが、ユリエラ姫というのは新王の息女だな? 第一王位継承権を持つ息女の伴侶に、レイフォンを据えるということは――」


「はい。レイフォン様が次代のセルヴァの王、ということです。あるいは、ユリエラ姫が王女にという道もありますが、いずれにせよレイフォン様には宰相の座でも与えられるのでしょうから、さして差はないように思えます」


 それはダリアスにしても、まったく想定していなかった事態であった。

 しかし確かに、レイフォンほどの才覚を持つ人間であれば、ベイギルスなどよりもよほど王の器であると言えるかもしれない。


「し、しかし、レイフォンはヴェヘイム公爵家の第一子息だぞ? 次期の当主たる人間を婿に出すというのは、あまりにも――」


「セルヴァの歴史を紐解いても、例がない話ではございません。また、ヴェヘイム公爵はレイフォン様の他に二名もの御子を生されているのですから、あまりお悩みになることもないのではないでしょうか」


 それは、ゼラの言葉のほうが正しかっただろう。自分の子が国王となることを喜ばぬ貴族など、この世に存在するとも思えない。


「そうであるからこそ、ヴェヘイム公爵家を頼ることはできないのです。ディラーム様のことは置いておくとしても、それは自明のことでありましょう?」


「そうだな。それは納得した。レイフォン自身の思惑はどうあれ、ヴェヘイム公爵家は間違いなく新王を支持することになるだろう」


 ダリアスは強く頭を振ってから、あらためてゼラの姿をねめつけた。


「それでは、最後にもうひとつだけ聞かせてもらおう。ゼラよ、お前はいったい何のために、こうして奔走しているのだ?」


「……何のため、とは?」


「とぼけるな。お前は神官長バウファの従者なのだろうが? 堕落のきわみにある神官どもの一派は、前王カイロス陛下と対立していたはずだ。そんなお前たちにとっては、同じように堕落した王弟ベイギルスに王位が継承されたほうが、よほど都合がよいのではないのか?」


「…………」


「バウファという人間は、俺も多少は知っている。あれは世俗の欲にまみれた俗物だ。王宮内での権勢を得るために、あの男が今回の陰謀劇を企てたのだとしても、俺はまったく驚く気持ちにはなれん。……そんな男の従者であるお前が、どうして前王に肩入れをして、真実を暴こうなどと思いたったのだ?」


「わたしは……セルヴァの神殿で働く下男の子であったのです。生来、身体が弱かったため、下男としての仕事もまともに果たすことはかなわなかったのですが……たまさかバウファ様の目に止まり、祓魔官として生きていく道を開かれることになりました」


 ゼラは深くうつむいて、頭巾の陰から床の上に言葉を落としていく。


「バウファ様なくして、今のわたしはなかったでしょう。下男としての生活に身を置いていれば、いずれわたしは過酷な仕事に堪えかねて、魂を召されていたはずです。……ですからわたしは、バウファ様の忠実な従者として生きていくと誓ったのです……」


「ふん。ならば、これらの行いもすべてバウファの意思であるということか?」


「いえ……わたしがこのような役回りをつとめていることは、バウファ様にもお伝えしておりません……また、わたし自身、バウファ様がこのたびの陰謀に深く関わっているのではないかと疑っております……」


「では、どうして飼い主の手を噛むような行為に手を染めているのだ?」


 ゼラは、口をつぐんでしまった。

 それから、のろのろと短い首を振る。


「わたしは……カノン王子の無念を晴らすために、このような姿をさらすことになったのです……」


「カノン王子? お前とカノン王子で、いったいどのような繋がりがあるというのだ?」


「はい……エイラの神殿は、数年前の流行り病で、ほとんどすべての神官と巫女と下男を失ってしまいました……それでわたしも、しばらくエイラの神殿における仕事を手伝うことになり……そこで、王子と邂逅することになったのです」


 ダリアスは、腰を曲げて頭巾の内側を覗き込もうとした。

 しかし、深くうつむいたゼラの表情を目にすることはかなわなかった。


「王子の寝所に近づくことは許されていなかったので、わたしは言葉を交わしたことも数度しかありません……ですが……それだけで、わたしは王子に魅了されてしまったのです……」


「魅了? 王子にたぶらかされた、ということか?」


「王子のほうは、わたしのことなど気にも止めてはいなかったでしょう。あの御方の眼差しは、この世のどこにも向けられてはおりませんでした」


 そうしてゼラは大きく息をつき、椅子の背もたれにぐったりともたれかかった。


「ですが……わたしは何としてでも、王子の無念を晴らしたいのです……王子が前王を弑逆したというのなら、それでかまいません。王子には、そうするだけの理由があったのでしょう。でも、真実はどうであったのか……誰かが王子の怒りや無念を利用したのではないのか、陰謀の道具にしたのではないのか……その真実を、知りたいと願っているだけなのです」


「おい、もう少し顔を上げてみよ」


「……は?」


「そのようにうつむいていては、顔が見えん。というか、いまだに俺はお前がどのような顔をしているのかも知らんのだぞ」


 ゼラはうろんげに頭を持ち上げる。

 ダリアスは身を屈めたままであったので、それでようやく彼の素顔を見ることができた。


 ぎょろりと目が大きく、鼻は大ぶりで、唇の薄い口もやたらと大きい。ごつごつとした、予想以上に厳つい面立ちであった。

 美醜を問うならば、決して美しい面相とは言えなかっただろう。

 しかし、愛嬌があるように見えなくもない。特に現在は、ダリアスの言葉をいぶかしんで、きょとんと目を見開いているので、いっそうとぼけた顔つきになっていた。


「……とりあえずは納得した。お前は大恩あるバウファに逆らってでも、カノン王子の無念を晴らしたい、というのだな?」


「はい……その言葉に、偽りはございません」


「うむ。最初から頭巾を取らせて喋らせるべきだったな」


 ダリアスは耳に入ってくる言葉と同じぐらい、目に映るものを信じるようにしていた。

 さしあたって、このゼラという男が心情を偽っているようには思えない。ゼラにはゼラなりの理由があって、このたびの陰謀劇に立ち向かおうとしているのだ。それをダリアスは、ようやく心から信じることができた。


「わかった。今のところは、お前の助言に従っておこう。お前は、俺が五大公爵家のいずれかに身を寄せるべきだと考えているのだな?」


「はい。その中でも、選ぶべきはダームかマルランのみとなりましょう。ともに手を取り合うのに、相応しいのはどちらか……それは公爵家の人間や赴任している十二獅子将の人柄にもよりますので、ダリアス様のご意見をうかがいたく思います」


「うむ……ダームの騎士団を統括しているのはシーズで、マルランはグレクス殿か……扱いやすいのは年齢の近いシーズのほうだが、信頼を置けるのはグレクス殿のほうに思えるし……少しばかり、これは難題だな」


「申し訳ありませんが、晩餐が終わるまでには決断していただきたく思います。夜が更けたら、すぐにでも城下町を出立しますので」


「三日ぶりに顔を出したと思ったら、今度はその言い様か。……それとも何か、急がねばならない理由でもあるのか?」


「はい……実は、町を巡回する衛兵たちの動きが不穏であったのです。ひょっとしたら、ダリアス様の父君と、かの鍛冶屋の人間との関係が、敵方にも露見してしまったのやもしれません」


「何だと!?」とダリアスは身を起こした。


「それは、ギムやラナのことだな? どうしてそのようなことが、敵方に――!」


「わたしが突き止められたのですから、敵方に突き止められぬ道理がありますまい。むしろ、わたしが敵方に三日も先んじられたことを僥倖と思うべきでしょう」


 ダリアスは、おもいきり頭をかきむしることになった。


「僥倖もへったくれもあるか! それでは、ギムたちはどうなるのだ? あの者たちは、危険をかえりみずに俺をひと月近くもかくまってくれたのだぞ!?」


「お静かに。階下までお声が響いてしまいます。……何にせよ、あの者たちはこの家の場所も知らぬのですから、ただちにこちらの身が危うくなることはありません」


「俺が案じているのは、自分ではなくギムたちの身だ!」


 ダリアスは、ゼラの胸ぐらをひっつかんだ。


「お前は彼らの身に危険が迫っていると知りながら、何の手も打たずにこのような場所でのうのうとしていたのか? 今からでも使いを出して、ギムたちに身を隠すように伝えろ!」


「そのように身を隠しては、ダリアス様と関わりがあったということを告白するにも等しいでしょう。……また、たとえ関わりがなかったとしても、あの者たちの運命に変わりはありません」


「……それは、どういう意味だ?」


「ダリアス様のご生家とゆかりのあった城下町の人間は、のきなみ捕縛されているのです。かつてご生家で働いていた従者や下男や乳母など、全員が片端から罪人として投獄されており……」


 ダリアスは、最後まで聞いていなかった。

 ゼラの小さな身体を突き放し、壁に掛かっていた外套を身に纏う。


「ダリアス様、いかがなされるおつもりですか……?」


「あの者たちも、一緒に連れていく! 投獄など、決してさせるものか!」


「それは、危険です。それに、足手まといにしかならない人間をともに連れれば、ダリアス様ご自身の身も危うくなりましょう」


「そうだからと言って、放っておけるか!」


 外套の頭巾を引きおろしながら、ダリアスは叫んだ。


「それが許されぬというのなら、お前の言葉には従えぬ! 一人で勝手にカノン王子の幻影を追い続けるがいい! 俺は、俺の道を行く!」


「ダリアス様、お待ちを……」


 ゼラの言葉を振り切って、ダリアスは部屋を飛び出した。

 とたんに、回廊に立っていた何者かと衝突しそうになってしまう。

 それは、晩餐や薬を盆の上に載せた、ティーノであった。


「ダ、ダリアス様、どちらへ……?」


「……世話になったな、ティーノ」


 ダリアスは、木造りの階段を一息に駆け下りた。

 そうして家の外に出ると、世界にはすでに夕闇のとばりが降りていた。

 西の彼方には、朱色をした円盤が半分がた沈みかけている。街道を行き交う人間の数も、だいぶんまばらになっていた。


(無事でいろよ、ラナ、ギム……!)


 そうしてダリアスは、懐かしき鍛冶屋通りに向かって石の街道を走り始めた。

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