Ⅱ-Ⅰ 新たなる王
「ヴェヘイム公爵家第一子息、レイフォン様のご入室です」
小姓の告げる声とともに、巨大な両開きの扉が左右から引き開けられる。
王都アルグラッドの第二の宮、黒羊宮の謁見の間である。第一の宮たる銀獅子宮が玉座や国王や王子たちもろとも焼け崩れてしまったため、この黒羊宮が取り急ぎ新たなる王の間と定められたのだった。
緋色の絨毯が敷きつめられた玉座までの道のりを、レイフォンはせいぜい真面目くさった面持ちで歩み進む。左右には、白銀の甲冑を纏った近衛兵たちが矛槍を携えてずらりと立ち並んでいた。
銀獅子宮は美しい白色の石造りであったが、この黒羊宮はその名の示す通り、黒色の御影石で建てられている。明かり取りの窓からは充分な日差しが取りこまれていたものの、やはりいくぶん暗鬱な気分をかきたてられることは否めなかった。
「国王陛下、ヴェヘイム公爵家の第一子息レイフォン、まかりこしました。こちらは従者のティムトでございます」
レイフォンとティムトは、御前で膝を折る。すると、数段の高みにある玉座からは「よい」という勿体ぶった声が降ってきた。
「面を上げよ、レイフォン。今は礼や形式に拘泥するような時期でもなかろうからな」
「おそれいります」と、レイフォンは立ち上がる。
玉座には新たなる王が座し、一段低い場所には新たなる重臣たちが立ちはだかっている。いずれも見知った顔であったが、その大半はこの数日で身分を変えていた。
新王は、王弟であったベイギルス二世である。
ぶくぶくと肥え太ったかつての王弟は、その図太い身体を神聖なる銀と緋の長衣に包み、茶色の瞳を脂っこく輝かせていた。
控えの段に立っているのは、神官長のバウファ、およびアルグラッド十二獅子将のジョルアンとロネックである。
ジョルアンとロネックはもともと十二獅子将の勲を受けていたが、このたびアルグラッドに二名しか置かれない元帥の座を与えられている。アルグラッドの全軍を指揮する左右の牙の称号を、まだうら若い彼らが拝命することになったのだ。この中で、以前と同じ役職を保っているのは、神官長のバウファただ一人であった。
(その神官長も、前王の時代には控えの段に立つことを許されてはいなかったもんな)
先の災厄では、国王と王子ばかりでなく、大勢の武将と重臣が魂を召されることになった。これからは、どちらかというと日陰者であった彼らがアルグラッドの新時代を担わされていく、ということだ。
(できることなら、私はなるべく目立たずにひっそりと生きていきたいんだけどな)
そんな内心がもれてしまわぬよう最大限に注意を払いながら、レイフォンは恭しく礼をしてみせる。きっとかたわらのティムトも同じような表情をしていることだろう。
「あの忌まわしき災厄の日から、ようやく十日の日が過ぎた。セルヴァ王家の受けた傷は、とてつもなく深い。……これからも、ヴェヘイム公爵家には変わらぬ忠義と尽力を期待したい」
「勿論でございます、陛下」
「それで、折り入って提案したい儀があるのだが……王家の変わらぬ力と威信を示すには、やはり銀獅子宮の再建を最優先に考えるべきであろう。よって、その仕事に従事する人間の数を倍に増やしたいと思う」
レイフォンは嫌な予感がした。
そして、その予感は的中した。それで生じる費用は、五大公爵家で受け持ってほしい、という提案であったのである。
これは、提案という名の勅命だ。拒絶すれば、王家に叛意あり、という烙印を押す心づもりであるのだろう。想定外の状況で玉座を得た新王は、そうして家臣の忠義を試そうとしているに違いない。それぐらいのことは、レイフォンでも容易に察することはできた。
(私あたりに言われたくはないだろうが、どう見たって王の器量ではないものな)
前王カイロス三世も、歴史に名を刻む名君というほどのものではなかった。しかし、それなりに厳格で、それなりに明敏ではあった。そして、王弟ベイギルスはそんな兄王から信頼を置かれず、まともな役職も与えられないままに半生を過ごしていたのである。
(前王は三人もの王子を生していたのに、まさかその全員が一夜にして魂を返すことになってしまうなんて、まったくセルヴァも無慈悲なものだ)
しかも、そんな災厄をもたらしたのは、前王の第四王子――忌み子としてエイラの神殿に封じられていた、廃王子カノンなる人物であると目されているのだった。
廃王子カノンは、その魔性の魅力で十二獅子将たるヴァルダヌスを籠絡し、手駒とした。十二獅子将の中でも最強の剣士として名高いヴァルダヌスを己の剣として、父王や兄王子たちを鏖殺し――そして、銀獅子宮に火を放ったのである。
焼け落ちる宮殿の中で、廃王子はいつまでも狂ったように哄笑をあげていたという。自分を排斥した王たちに復讐を果たした廃王子は、みずからも炎の中に朽ちてしまったのだ。宮殿が崩落するまで止むことのなかったその笑い声を聞いた小姓や女官は、今でも悪夢にうなされているというもっぱらの噂であった。
(まったく、馬鹿なことをしたものだ。生命を捨てる覚悟があるなら、もっといくらでも真っ当な生き方を選べたろうに)
ともあれ、王と王子たちはセルヴァに魂を返すことになってしまった。
なおかつ、王妃はもう何年も前に身罷られていたので、神聖なる玉座は王の弟が横からかっさらうことになってしまったのだ。
この大変革が、王家に忠実たる五大公爵家に何をもたらすのか。いずれは父親から爵位を受け継ぐはずのレイフォンとしては、溜息を禁じ得ない状況であった。
「……そしてレイフォンよ、お主にはしばらくアルグラッドに逗留してもらいたく思う」
「は。アルグラッドに逗留でございますか?」
「うむ。先の災厄では王家の人間ばかりでなく、宰相を始めとする大勢の官人を失ってしまったからな。セルヴァでも随一というお主の知略を、王都の再建のために貸してもらいたい。白牛宮に部屋を用意したので、そこを仮の宿とするがよかろう」
これもまた新王の勅命である。
レイフォンは眉尻が下がらぬよう苦心しながら、また拝命の礼をしてみせた。
「……時に、トラウズは壮健であるのかな?」
「は、トラウズ殿も心乱すことなく、ヴェヘイムにて勤めを果たしておいでです」
「ならばよい。アルグラッドの誇る二本の牙と十本の爪も、わずか数日でその半分以上を失うことになってしまったからな」
十二獅子将は、二名の元帥と十名の将で構成されている。その中で、五名の将は五大公爵家に派遣されて、ともに騎士団を統率しているのだった。
裏を返せば、公爵家が叛逆を起こさぬよう、王家が公爵領に十二獅子将を常駐させている、とも言える。トラウズというのは、その中でヴェヘイムにあてがわれた十二獅子将の名であった。
(ええと、ヴァルダヌスはカノン王子と叛逆を起こし、第一防衛兵団長のアローンはそれで死去、ディラーム元帥は火災の巻き添えで負傷、退任――それでもって、ルデン元帥とディザットは先のグワラム戦役で戦死――あとは、バンズ公爵領のウェンダが病死で、ルアドラ公爵領のダリアスが謎の失踪、だったっけ。本当に、こいつはいったいどういう騒ぎなんだろうな)
カノン王子の叛逆で、数十名にも及ぶ武官や文官や侍女たちも焼け死ぬことになった。が、王や王子を除いてしまえば、七名もの十二獅子将をいちどきに失ってしまったことのほうが、アルグラッドにとっては痛手であっただろう。取り急ぎ、元帥の地位はジョルアンとロネックに与えられ、空席となった他の地位は副官などが受け持つ段となったようだが、未曾有の危機的状況であることに疑いはない。
(グワラムでの戦いも惨敗といっていい内容だし、そろそろゼラド大公国が動きだす頃合いかもしれないし、それを考えたら、宮殿の再建作業なんて後回しでもいいんじゃなかろうか)
しかし、勅命は勅命である。レイフォンとしては、与えられた仕事をこなすしかない。かたわらのティムトはいったいどのような気持ちで新王の言葉を聞いているのだろう、とレイフォンは苦笑のひとつでも浮かべたい気分であった。
「それでは、白牛宮に下がるがよい。何か入り用のものがあれば、遠慮なく申しつけるがよいぞ」
「御意にございます、国王陛下」
それでレイフォンらはようやく解放されることになった。
が、謁見の間を出て、小姓の案内で回廊を進む内、すぐに後方から声をかけられてしまう。振り返ると、彼らを追ってきたのは今しがた別れたばかりの新たなる元帥ジョルアンであった。
「ひさかたぶりですな、レイフォン殿。まことにこのたびは、とんでもない災厄に見舞われたもので」
「まったくですね。これはセルヴァ建国以来の最大の試練なのではないでしょうか」
ジョルアンは、あまり武将らしからぬ生白い顔をした痩せぎすの男であった。美々しい十二獅子将の白いお仕着せも、それほど似合っているようには思えない。年齢は三十で、十二獅子将としては若すぎるわけでもなかったが、元帥の座を担うにはもう二十年ほどの経験と鍛錬が必要なのではないかと思われた。
「さきほども王が問われたが、トラウズ殿はご壮健で? 近日中に、ヴェヘイムの軍を動かすことになるやもしれませんからな」
「ヴェヘイムの軍を? それはまた如何なるお話でしょう?」
「それはむろん、ゼラド大公国を討つためです。アルグラッドがこのような苦難に陥っていると知れば、まず間違いなくあの卑しき大公めも侵略の手をのばしてくるでしょう」
そのように述べながら、ジョルアンは血色の悪い唇をぺろりとなめた。
「先のグワラム戦役では、二名の将と四千もの兵を失ってしまいましたからな。至急、部隊の再編成をして、ゼラドめの侵攻に備えなければなりますまい」
ゼラド大公国というのは、セルヴァの版図で唯一アルグラッドに牙を剥く勢力であった。三代前にアルグラッドから放逐された王家の人間が打ち立てた国で、南の王国ジャガルと交易を密にしており、その武力は無視し難いものがある。
北方には仇国たるマヒュドラ、南方にはゼラド大公国。それらの侵略から領地を守るために、アルグラッドと五大公爵領の人々はいっときの油断も許されないまま、日々を過ごしているのである。
「まったく頭の痛いことですね。こんなときこそ、ヴァルダヌスの力が必要であるはずなのに……あのヴァルダヌスが叛逆行為に手を染めるなんて、まったく驚天動地のことです。彼ほど融通のきかない武人はアルグラッドでもそうそういないものと思っていたのですがね」
何の気もなしにレイフォンがそのように述べてみせると、ジョルアンの目がすうっと細められた。
はて、何か彼の気分を害するようなことでも言ってしまったかな、と思っていると、一歩後ろを歩いていたティムトにくいくいと袖を引っ張られる。
さりげなく視線を傾けると、ティムトはお行儀のよい無表情で目を伏せていた。
やっぱりレイフォンは余計なことを言ってしまったらしい。何がいけなかったのかも把握できぬまま、レイフォンは「ええと」と言葉を探した。
「それにやっぱり、ディラーム老ですね。百戦錬磨と名高いディラーム老の退陣は、あまりに痛手でありましょう。先の災厄でずいぶんひどい手傷を負ってしまったそうですが、ディラーム老のお加減は如何なのですか?」
「なに、わずかに火傷を負ったばかりですよ。しかし、ディラーム殿はもうご老齢です。あのお身体では、とうてい元帥などという重責を担うことはかなわないでしょう」
何かを探るように目を細めたまま、ジョルアンはにたりと微笑した。
「このような災厄がなくとも、ディラーム殿にはそろそろ休息を取っていただく頃合いでありました。今後はわたしとロネック殿がアルグラッドの牙となり、敵を噛み砕いてみせましょう」
ジョルアンはずっと第二防衛兵団の総督を任されていたので、遠征の経験すら皆無のはずである。しかしレイフォンは失言を重ねてしまわぬよう、うなずき返すだけに留めておいた。
「それでは失礼いたします。今宵はレイフォン殿を歓迎する宴が開かれるはずですので、またそのときにでも」
「ええ、ありがとうございます」
回廊の分かれ目で、ジョルアンはレイフォンらと逆の側に進んでいった。
小姓の案内で白牛宮へと向かいつつ、レイフォンは「やれやれ」と肩をすくめてみせた。
「けっきょくジョルアン殿は何の用があって私たちを追いかけてきたのだろうね。あちらとて、私などには興味も関心もないように思えるのだけれど」
むろんこれは従者のティムトに向けたものであったが、返事は返ってこなかった。
ティムトはヴェヘイム公爵家の傍流の血筋で、もう四年の昔からレイフォンの従者として仕えている十四歳の少年である。年齢のわりには小柄でいくぶん幼げな面立ちをしているが、その茶色の瞳はとても利発そうに輝いている。もう数年もすれば、貴婦人たちの胸を騒がせる美麗な若者に成長するに違いない。また、それに見合うだけの才覚を有しているということも、レイフォンは誰よりも深く理解していた。
(とりあえず、小姓たちの前で口を開く気はない、ということだな)
ならばその心情を尊重するべきであろう、と思い、レイフォンも口を閉ざすことにした。
そうして黒い石造りの宮殿を出て、右手に美しい庭園を、左手に銀獅子宮の無残な残骸を眺めながら、屋根の張られた回廊を進む。アルグラッドには五つの宮が建てられていたが、白牛宮は黒羊宮のすぐかたわらに位置しているのだった。
「こちらがレイフォン様のお部屋となります。わたくしは次の間に控えておりますので、御用の際はお申しつけくださいませ」
「うん、お役目ご苦労さま」
小姓を次の間に残し、レイフォンはティムトとともに室内へと踏み入った。
入ってすぐは執務室で、部屋の奥には巨大な卓が、手前には客人を迎えるための長椅子が設えられている。床や壁は灰色の石造りであるが、白色と金色を基調とした織物や絨毯で飾られており、豪奢さは黒羊宮にも負けていない。
東の王国シムから取り寄せた硝子の壺には馥郁たる黄色の花が活けられており、室の左隅にはアルグラッドの象徴たる獅子面神の像、右隅にはこの宮殿の守護獣たる白いカロンの大牛の像が鎮座ましましている。
また、左の壁には夜間の寒さをしのぐための暖炉が、右の壁には二つの扉が設置されている。扉の向こうには、寝室などが準備されているのだろう。部屋の広さは申し分ないし、これならばそれほど窮屈な思いをせずに逗留の期間を過ごせそうだな、とレイフォンは内心でひとりごちた。
「さて、それじゃあ話を聞かせてもらおうかな、ティムト? 君はいったい何を懸念してそのように黙りこくっているんだい?」
レイフォンは尋ねたが、ティムトはまだ油断のない眼差しで室内を見回していた。そうして、執務の卓の向こう側にも小さな扉を発見し、そちらに歩を進めていく。
それは、屋外へと通じる扉であった。閂を外すと、防寒のためか石造りの通路が設けられており、その先にある第二の扉を開くと、小ぶりであるが美しい庭園に出ることができた。
足もとはやはり石造りで、四方は緑や花に囲まれており、さらにその向こうは石の壁で囲まれている。円形をした庭園の中心には小さな卓と椅子の準備があり、そこだけ革の屋根が張られていた。
「ああ、これはいいね。明日からの昼の食事はこちらでとらせていただこうか」
レイフォンの言葉を黙殺し、ティムトはすたすたと卓のほうに近づいていく。
主従が逆転したような心地でレイフォンがそれを追うと、屋根の下に到着したところで、ようやくティムトがこちらを振り返った。
「あのですね、レイフォン様。あまり迂闊なことを口走らないでください。よりにもよってジョルアン将軍の前でヴァルダヌス将軍やディラーム老の去就を取り沙汰するなんて、あなたは何を考えておられるのですか?」
「ええ? 口を開いたと思ったら、ずいぶんな言い草だね。いったいそれの何がまずかったというのだい?」
「何もかもです。横で聞いていて、僕は冷や汗が止まりませんでしたよ」
ティムトは腕を組み、怒った顔でレイフォンをにらみつけてくる。女の子のように見目のよい少年であるので、こういう際には貴婦人に不貞をとがめられているような心地にさせられてしまうレイフォンである。
「確かにジョルアン殿はヴァルダヌスやディラーム老の失脚で今の地位を授かることになったわけだけれど、そんなことを気に病む御仁ではないだろう? あの若さで元帥の座を賜ることになって、とても誇らしそうだったじゃないか」
「あのですね……僕はまさしくその点について言及しているのですよ」
ティムトは深々と溜息をつき、卓の上に片手をついた。
「この十日ばかりで、十二獅子将はわずか五名にまで減じてしまいました。その中で、どうしてもっとも功の少ないジョルアン将軍が元帥に選ばれなくてはならないのですか? しかも彼は第二防衛兵団の指揮官でありながら、今回の大災厄の折に何の手も打てなかったのですよ? 功績どころか、それは大失態であるはずじゃないですか?」
「どうしてと言われても、それが新王陛下の御意であったのだろうからねえ。勇猛なる武将として名高いロネック殿はまだしも、ずっと王宮に閉じこもっていたジョルアン殿に元帥の重責を担わせるのは、私もちと不安なところではあるけれどね」
「そのロネック将軍にしても、今回のグワラム戦役においては敗軍の将ですよね? ルデン元帥とディザット将軍が戦死されてしまったのですから、その責任はロネック将軍に課せられるべきでしょう。信賞必罰というのは、そういうものではないのですか?」
「だからさ、新王陛下は前王ほど厳格な気性ではない、ということなのじゃないかな。残りの三名はみな五大公爵領に派遣されているのだから、ジョルアン殿とロネック殿の他に適任者がいなかったのだろう」
「それならば、どうして失った十二獅子将の穴をジョルアン将軍やロネック将軍の副官で埋めているのでしょう? 五大公爵領にだってまだ三名ずつの将軍と副官が健在であられるのに、そちらはまったくお呼びがかけられないままなのですよ? 罰を与えるどころかその副官までをも重く用いるというのは、いささかならず公正さに欠けるのではないでしょうかね」
「へえ、そうだったのかい? ずっとヴェヘイムに身を置いていたのに、よくもティムトは余所の公爵家のことまでわきまえているものだねえ。まったく感心させられてしまうよ」
レイフォンの返答に、ティムトはもう一度溜息をつく。
「ついでにつけ加えておくならば、今回の一件で身罷られた方々は、そのほとんどが前王に強い忠義心を携えておられました。戦死されたルデン元帥とディザット将軍、宮殿の火災で生命を落とされたアローン将軍、病死を遂げられたバンズ公爵領のウェンダ将軍、姿を消してしまったルアドラ公爵領のダリアス将軍――そのいずれもが、親・前王派といってもいいような顔ぶれではないですか? そういった面々がのきなみ表舞台から姿を消し、前王には軽んじられていたジョルアン将軍とロネック将軍だけが、我が世の春を謳歌しておられる。この状況は、いったい何なのでしょうね?」
「うーん、それはやっぱり、新王陛下ご自身も前王には疎まれていたお立場であったから、どうしてもそういう采配になってしまった、とか……?」
「そんなていどの軽い気持ちであるならば、まだしも幸いなのですけれどね」
厳しい表情で、ティムトは首を横に振った。
「あちらこちらで一斉に変事が勃発して、親・前王派の勢力が一掃されてしまったのですよ? 偶然も二つまでなら許容できますが、ウェンダ将軍とダリアス将軍の件まで含めれば、四つの変事がほぼ同時に起きているんです。これらがすべて偶然であるというのなら、僕はセルヴァに自分の魂を返してもいいですよ」
「おいおい、滅多なことを言わないでおくれよ。君が魂を返してしまったら、ヴェヘイム公爵家の行く末も真っ暗に閉ざされてしまうじゃないか?」
「……ヴェヘイム公爵家の次期当主はあなたですよ、レイフォン様?」
「うん、だけど、君の知略なくしてヴェヘイム公爵家は立ち行かないよ。私には領地を治める才覚などこれっぽっちも持ち合わせがないのだから」
そのように述べて、レイフォンはにっこり笑ってみせた。
「このたびも、君の功績を私の功績であると勘違いされている新王陛下に、こうして召集されることになってしまった。いったいどのような仕事をおおせつかるのかはわからないけれど、何とかヴェヘイム公爵家の明るい未来のために乗りきっておくれよ、ティムト?」
ティムトは無言でレイフォンの笑顔をにらみつけていた。
こうしてヴェヘイム公爵家の奇妙な主従も、セルヴァ王家にまつわる陰謀劇に巻き込まれていくことを余儀なくされたのであった。