Ⅱ-Ⅸ 裁定
2020.10/3 更新分 1/1
(これが三人目の、『神の器』か……)
表面上は平静を取りつくろいながら、レイフォンは大きな驚嘆を噛みしめていた。
地神の御子たる、シルファ――長きに渡って西の王国を騒がせていた偽王子が、ついに目前に現れたのである。
彼女は、きわめて美しい容姿をしていた。
しかし、本物のカノン王子ほど強烈な存在感は有していない。彼女はまるで月光の精霊のように、ひそやかではかなげであった。
(これが『神の器』だなんて、言われなければわからないほどだ。カノン王子なんかは、見るからに尋常でないたたずまいであるのにな)
レイフォンがそんな風に考えている間に、人々も着席していた。
その人数は、19名にも及ぶ。会議室に準備された椅子も、ほとんど埋め尽くされてしまっていた。
カノン王子、ヴァルダヌス、リヴェル、チチア、タウロ=ヨシュ。
シルファ、メナ=ファム、ラムルエル。
メルセウス、ホドゥレイル=スドラ、ギリル=ザザ、ドンティ。
クリスフィア、イフィウス、ペルア、ロア=ファム、タールス。
そして、レイフォンとティムトを加えて、19名であった。
「……ダリアスにゼラ殿、それにディラーム老やイリテウスも、近日中に帰還されるだろう。でも、それを待っていることはできないので、私の責任でもって話を進めさせてもらいたく思う」
レイフォンは、そのように口火を切ってみせた。
「まずは、カノン王子の名を騙っていたシルファおよびその一行の処遇についてだけれど……カノン王子は彼女の存在に危険はないと見て、生きたまま捕縛することになったわけですね?」
「彼女を危険とするなら、僕だってそれと同様の存在になってしまうわけだからね」
カノン王子が、揶揄するような眼差しでレイフォンを見つめてくる。
半月前には自力で起き上がれないほど消耗していたという話であったが、すっかり復調できたようだ。
「ですが彼女は、あなたの名を騙ってゼラド軍を煽動していました。その件に関しては、どのようなお考えであるのでしょう?」
「正直に答えさせてもらうなら、王国内の権力争いなど僕の知ったことではないね。僕には彼女を殺める理由はなかったし、それに……殺めてはならない理由も存在した」
「その理由とは? よければ、お聞かせください」
「そんなこと、君たちだってとっくに察しているんじゃないのかい?」
カノン王子は、人間をたぶらかす悪い精霊のように微笑んだ。
「氷神の御子であったメフィラ=ネロは魂を返すことになったけれど、いまだ風神の御子は姿を現してもいない。《まつろわぬ民》は四大王国を滅ぼすために、四名の人間に『神の器』の呪いをかけたはずだから……この世には、まだ無傷の風神の御子が顕現の時を待っているはずなんだよ」
予想通りの答えであるとはいえ、会議室には驚嘆のざわめきが広がっていた。
「あるいはもう、風神の御子は顕現しているのかもしれない。東の王国でどんな騒ぎが起きようとも、この西の王都にまで伝わるには相応の時間がかかるだろうからね。本当は、こんな風にのんびり語らっているひまなどないはずだよ」
「では……あなたは風神の御子を討とうと考えておられるのですね?」
「大神の御子を滅ぼせるのは、同じ力を持つ大神の御子だけだ。そして、大神の御子がこの世にある限り、四大王国は存亡の危機にさらされてしまう」
そんな風に言ってから、カノン王子はかたわらのリヴェルたちをちらりと見やった。
「僕の使命は、大神の御子と《まつろわぬ民》をこの世から一掃することだ。その点に関して、君たちとは利害が一致していると信じたいところだね」
「もちろんです。以前にお話ししました通り、我々は《まつろわぬ民》の恐ろしさをこの身に叩き込まれています。かの教団を根絶しない限り、王国に真の平穏は訪れないのでしょう」
レイフォンのほうは、ティムトの様子を横目でうかがうことにした。
ティムトは真剣きわまりない目つきで、カノン王子とシルファの様子をうかがっている。
「それで……カノン王子は風神の御子を討つために、シルファの力が必要であるとお考えであるわけでしょうか?」
「そりゃあ彼女がいてくれたら、こちらの労力は半分で済むのだからね。頼りにするなというほうが無理な話さ」
あくまでも冷然とした調子で、カノン王子はそう言った。
「もともと僕や彼女は、『神の器』としては出来損ないだ。五分の条件なら、大神の御子として完全に覚醒した相手に勝てる道理がないんだよ。それでもメフィラ=ネロを討ち倒すことができたのは、あの聖剣という魔道具の力と、兵士たちの携えていた松明の炎、それに文明の利器たる投石器のおかげだろうね」
「ふむ。であれば、ことさらシルファの力に頼る必要もないのでは?」
「馬鹿を言っちゃいけない」と、カノン王子は咽喉で笑った。
「それでもメフィラ=ネロを討ち倒すために、僕は魂の大部分を大神に捧げることになってしまった。このシルファを救うためにも、同じぐらいの魂を削られている。もうひとたび、同じぐらい魂を捧げることになってしまったら……おそらく僕は、人間としての魂を失ってしまうだろう。そうして僕自身が、完全なる火神の御子として顕現して、この世を滅ぼしてしまうわけさ」
かたわらのリヴェルが思い詰めた面持ちで、カノン王子の手を取った。
そちらを見つめるときだけ、カノン王子の真紅の瞳に優しげな光が灯される。
「……だから僕には、彼女の存在が必要なんだ。君たちが王国の法とやらで、彼女を処断するつもりなら……はなはだ遺憾だけれども、僕は全力であらがわなくてはならなくなってしまうだろうね」
「なるほど。カノン王子のお考えは、私たちにも理解できたように思います」
そう言って、レイフォンはシルファのほうに視線を転じてみせた。
シルファは入室してきたときと同じように、ひっそりと目を伏せている。このまま斬首の刑を言い渡しても、彼女は同じ表情でそれを受け入れるのではないかと思えるほどであった。
「では、そちらのシルファにもおうかがいしたい。……君はカノン王子のお言葉を、どのように受け止めているのかな?」
「わたしは……許されざる大罪を働いた咎人です。メナ=ファムとラムルエルをお許しくださるのでしたら、どのようなお言葉にも従いたく思います」
「おい」と、メナ=ファムはシルファの細い肩を揺すった。
「この期に及んで、すっとぼけたことを言ってるんじゃないよ。あんたとあたしは、死ぬも生きるも一緒だよ」
「……だけどメナ=ファムだって、ラムルエルだけは許してほしいと言いたてていたのでしょう?」
どこか透明な微笑みをたたえて、シルファはメナ=ファムを見つめ返した。
「わたしも、同じ心情であるのです。メナ=ファムとラムルエルが健やかに生きていけるのなら、わたしは――」
「よくない兆候だね」と、カノン王子がシルファの言葉をさえぎった。
「君は自己犠牲の精神を発揮しているつもりなんだろうけれど、そんなものは上辺だけの建前だ。君の魂は、メナ=ファムの存在を渇望している。もしも君だけが罪人として投獄されて、そこのメナ=ファムと引き離されてしまったら、君はたちまち絶望の深淵に落ちて、地神の御子に成り果ててしまうはずだよ」
「ですが……わたしは自分の意思で、兄エルヴィルの言葉に従ったのです。その罪を、なかったことにはできません」
「だったらあたしらだって、自分の意思であんたたちにひっついてたんだよ。なんべん同じことを言わせるんだろうね、あんたは!」
メナ=ファムが声を荒らげると、カノン王子はそれをも掣肘した。
「彼女は『神の器』の呪いが発現してから、まだ半月しか経っていないんだ。年端もいかない幼子のように、自我が不安定な状態にあるんだよ。そんな風に責めたてたって、彼女は混乱するばかりさ」
「だけど、そいつを放っておくわけにもいかないだろ?」
「いや、放っておくしかないんだよ。君の絶大なる情愛でくるんで、彼女が安定するまで見守ってあげておくれよ」
カノン王子の人を食った言い草に、メナ=ファムはむっつりと黙り込む。
そうしてカノン王子は、レイフォンとティムトのことを探るように見やってきた。
「というわけで、彼女の行く末は周りの人間が定めてあげる他ない。君たちは、彼女にどのような処遇を与えようという考えであるのかな」
「その前に、カノン王子にお聞きしたいことがあります」
レイフォンは、祈るような気持ちでそう答えてみせた。
「赤の月の災厄の夜、銀獅子宮で何が起きたのか……それをつまびらかにしてはいただけないでしょうか?」
さしものカノン王子も虚を突かれた様子で、白銀の細い眉をきゅっとひそめた。
「……唐突だね。どうしてこんな場で、そんな話をしなければならないのかな?」
「それはシルファのみならず、カノン王子の行く末をも考えなければならないためです」
「ふうん……シルファと一緒に、僕のことも処断しようという考えであるのかな?」
妖艶に微笑みながら、カノン王子は真紅の瞳に妖しい光を閃かせた。
だが、それしきのことでレイフォンの気持ちは揺るがない。カノン王子らが王都を離れていた二十日間ほどで、レイフォンも覚悟を固めることができていた。
「我々にカノン王子を処断する力があるかどうかは、はなはだ心もとないところです。しかし我々は真実を知らぬまま、先に進むことはできないのです。あなたと手を取り合って《まつろわぬ民》と戦っていくか、あるいは別なる道筋でもって、独自に《まつろわぬ民》と戦っていくか――それを、決さなければならないのです」
「…………」
「それでも語りたくないというのなら、どうぞこの場はお引き取りください。あなたがシルファを連れ去ろうとしても、我々に止める手立ては存在しないのでしょう。また、風神の御子を討ち倒さんとするあなたのことを、傷つけるわけにもいきません。……決断するのは、あなたです」
カノン王子は血の色をした唇を噛んで、かたわらのリヴェルたちを見回した。
リヴェルはとても心配そうに、ヴァルダヌスは鋭い眼光の中にひそかな優しさをたたえて、カノン王子を見つめ返している。チチアとタウロ=ヨシュは――大きな困惑を抱えつつ、それでもカノン王子の意向こそを重んじようというかまえであるようだった。
「武力に訴えるでもなく、情に訴えるでもなく……ただ、僕の責任でもって決断しろというのだね」
「はい。我々は、カノン王子と正しく絆を結びたいと願っています」
カノン王子は真紅の瞳をまぶたに隠すと、椅子にもたれて深く息をついた。
その右手はリヴェルに握られたままであったが、逆の手は自らヴァルダヌスの手を求めていく。ヴァルダヌスは、篭手に包まれていない左手をのばして、その白い指先をつかみ取った。
「……僕たちは、王が――前王カイロスが僕と和解したいという言葉を伝えられて、ひそかに地下室を出ることになった」
やがてカノン王子はまぶたを閉ざしたまま、低い声音で語り始めた。
「そんな言葉を伝えてくれたのは、ゼッドの婚約者であった姫君だ。地下室の鍵を準備してくれたのも、彼女だね。そうして僕たちが銀獅子宮におもむくと……王や王子たちが何者かによって斬り伏せられていた」
「では、何者かが前王らを弑していたのですね?」
「いや。王子たちはわからないけど、王にはまだ息があったようだよ。兵士たちが踏み込んでくる寸前、王は最後の言葉を遺していたからね」
カノン王子は何かをこらえるように、ぐっと歯を食いしばった。
「カノン……まさかお前は、カノンなのか……?」
「やはりお前が…………お前さえいなければ、こんなことには……」
「ヴァルダヌスよ、そやつを斬れ! そやつは……王国を滅ぼす、許されざる忌み子だ!」
「……それだけ言い残して、王は魂を返したんだ」
クリスフィアたちも、思い詰めた面持ちでカノン王子の告白を聞いていた。
カノン王子は、感情を殺した声音で言葉を紡いでいく。
「その場には、ゼッドの婚約者である姫君も斬り伏せられていた。そして、まるでこの騒ぎを待ちかまえていたみたいに、兵士たちが踏み込んできた。それで僕は、悟ったのさ。誰かが、僕たちを破滅させようとしているってね」
「それで……『神の器』の呪いが発現してしまったのですね?」
「うん。僕にとっては、ゼッドだけが生きる希望であったのに……僕の巻き添えで、ゼッドをも破滅させてしまったのだからね。僕はもう、生きることに耐えられなくなってしまったのさ」
カノン王子の固く閉ざしたまぶたの向こうから、透明の涙がひとしずくだけ流れ落ちた。
「自分の生命なんて、どうでもよかった。だけど僕は、ゼッドを巻き添えにしてしまった。大切な婚約者をも害されてしまったゼッドは、僕を憎むに違いない。……そんな風に考えた瞬間、絶望の深淵に魂を呑み込まれてしまったんだよ」
「ナーニャ……」と、リヴェルも涙をこぼした。
ヴァルダヌスは、包み込むような眼差しでカノン王子を見つめている。
「そして、僕の胸には王に対する憎悪もふくれあがっていた。僕が王国を滅ぼす忌み子なら、どうして幽閉なんて生温い真似をせずに、さっさと処刑してしまわなかったんだってね。そうすれば、ゼッドがこんな目にあうこともなかったのに……こんな世界は、浄化の炎で焼き尽くされればいい。すべて、なくなってしまえ……僕は、そんな風に念じてしまっていた」
カノン王子がまぶたを開き、涙に濡れた瞳でヴァルダヌスを見上げた。
「だけど、思ったんだ。そんなことをしたら、ゼッドまでもが魂を返してしまう。それだけは、どうしても耐えられなかったから……僕は、自分だけが消えてなくなればいいと、そんな風に考えをあらためたんだよ」
「……ナーニャは、すべてが《まつろわぬ民》の謀略であることを悟っていた。そのように見も知らぬ相手のために世界を滅ぼすのはまっぴらだと言っていた」
不自由そうな口を動かして、ヴァルダヌスがそのように言葉を添えた。
涙をぬぐおうともせずに、カノン王子は「そうだったかな」と微笑む。
「でも、けっきょく僕はゼッドのことしか考えていなかったよ。ゼッドを傷つけてしまった自分の存在が、許せなかったんだ。だから、その場で滅びたいと願った」
「……ナーニャは兵士たちに、逃げろと忠告を与えていた。その後には、短剣で自らの胸を突こうと試みた。しかし短剣が炎に溶かされてしまったため、銀獅子宮の崩落に身をまかせようと考えた」
いささかならずたどたどしい口調で語りながら、ヴァルダヌスはレイフォンに向きなおってきた。
「ナーニャは、誰を殺めようとも考えていなかったのだ。あれほどの絶望にとらわれながら、ナーニャは世界ではなく自分を滅ぼそうとした。ナーニャは、絶望に屈しなかったのだと……どうか信じてもらいたい」
「やめてよ、ゼッド。僕だって、自分の罪から逃げるつもりはないよ」
幼子のように笑いながら、ナーニャもレイフォンを見つめてきた。
「あのガヴァの砦にいたイリテウスという若い武官は、僕の炎で魂を返したお人の息子さんなんだろう? 何をどのように弁明したって、僕の憎悪が人を殺めたことに変わりはない。君たちが僕と手を携えるなんて、最初から無理な話だったんだよ」
「イリテウスは、確かにもっとも苦しい立場であるひとりでしょう。ですがすべては、《まつろわぬ民》の為した災いであるのです」
レイフォンは、ティムトから与えられた言葉に自分の気持ちを乗せながら、そんな風に答えてみせた。
「忌まわしい記憶を蘇らせてしまって、申し訳ありませんでした。……我々は、カノン王子と手を携えたいと願っています」
「そんなことを、今の王が許すとでもいうのかい? 今の王は、前王の弟なんだろう?」
「王陛下からは、すでに御意を頂戴しています。カノン王子がご自分の意思で前王を弑したのでないのなら、その行いには恩赦を与えると……王陛下は、そのように仰っています」
「恩赦」と、カノン王子は持ち前の気丈さで苦笑した。
「信じ難い話だね。僕は銀獅子宮を崩落させて、大勢の人間を殺めてしまったというのに……」
「ですから、それこそが《まつろわぬ民》の罪であるのでしょう。我々はこれより、大陸の全土に布告を回します」
レイフォンは、晴れわたった気持ちでそのように宣言してみせた。
「前王を弑したのは《まつろわぬ民》なる邪神教団であり、カノン王子とヴァルダヌス将軍は潔白であられた。そして、《まつろわぬ民》の目的は四大王国の滅亡にあるのだと、すべての領地に使者を届けます。シムやジャガルはもちろん、マヒュドラやゼラドにも、余すところなく布告を回さなければならないでしょう。そして……そこには偽王子の巻き起こした騒乱についても、言葉を添えなければならないでしょうね」
「ふうん? シルファの罪も許そうというのかい?」
「ええ。でなければ、今後の活動に自由を与えることも難しくなってしまいますからね。……ただしそれには、ひとつの条件が発生いたします」
そう言って、レイフォンはシルファとその一行の姿を見回した。
「シルファ、およびメナ=ファム。君たちは、カノン王子の従者となっていただくよ。風神の御子と《まつろわぬ民》を討伐するまで、君たちに自由はない。君たちはその身の罪を贖うために、生命を懸けてもらいたく思う」
「そいつは、つまり……シルファやカノン王子と同じ身の上である誰かを救えって話なんだね?」
黄色い瞳を爛々と燃やしながら、メナ=ファムはそう言った。
レイフォンは「そうだね」と答えてみせる。
「救えるものなら、それに越したことはないだろう。しかし、メフィラ=ネロのように手遅れであった場合は、敵として討伐するしかない。それを判断するのも、カノン王子の役割だ」
「……承知したよ。シルファたちと同じような目にあっている人間がいるんなら、そいつを放っておくわけにはいかないからね」
メナ=ファムは勇猛に笑いながら、凄まじい気迫をこぼしていた。姉弟でも、ロア=ファムとはずいぶん気性が異なっている様子である。
「では、これで話がまとまった。……カノン王子、やはり風神の御子はシムに出現するという見込みであるのでしょうか?」
「おそらくはね。でも、メフィラ=ネロは西の貴族に囚われていたためか、西と北の狭間に出現した。風神の御子がシムの血筋であることに間違いはないけれど、必ずしも東の領土に出現するとは限らないだろうね」
「では、東と西の狭間に出現する可能性も高いのでしょうか? 僕たちの故郷であるジェノスは、まさしくシムとの国境に存在するのですよね」
穏やかに声をあげたのは、メルセウスである。ようやくリヴェルたちから手を離してその頬の涙をぬぐったカノン王子は、「さあ?」と華奢な肩をすくめた。
「ただ、シムは大陸でもっとも魔術の名残が強い領土であるはずだ。《まつろわぬ民》が暗躍するにはうってつけであるようにも思えるし……その反面、忌避する可能性も少なくはない。こればかりは、行ってみないことにはわからないだろうね」
「そうですか。さしあたって、僕たちもジェノスに戻る予定ですので、そこまではカノン王子に同行させていただきたく思います」
ご勝手に、とばかりにカノン王子は薄く笑った。
聞くところによると、カノン王子はホドゥレイル=スドラに一目置いているようであるのだ。皮肉っぽい態度を保持しつつ、内心ではまんざらでもないのかもしれなかった。
「僕たちは、トトスさえ貸してもらえたら十分だよ。もちろん、行った先で兵士の準備をしてもらえるなら、ありがたい限りだけど……そこまで望むことはできないだろうからね」
「いえ、望んでいただかなければ困ります。我々は、もはや同志であるのですからね」
レイフォンもゆったりと笑いながら、そんな風に言ってみせた。
「さらにあなたは、セルヴァの第四王子であられるのです。その身の罪が晴らされたなら、我々に命令を下すべきお立場なのではないでしょうか?」
「とんでもないことを言いだすね、君は。……だけど僕は、すでにその名を捨てたんだ。僕は一介の風来坊、ナーニャに過ぎないつもりだよ」
「ですがそれでは、道理が通らないのです」
内心の昂揚を抑えつつ、レイフォンはそのように答えてみせた。
「魔術を禁忌とする西の王国において、あなたに王位継承権を復活させることはかないません。それでもあなたには、王子としての身分を取り戻していただかなくてはならないのです」
「……それは、どういう意味だろう? 何か、嫌な気がしてたまらないね」
「もちろん最優先で考えるべきは、《まつろわぬ民》の根絶です。その使命を滞りなく果たすためにも、あなたにはあるていどのお立場と権力をお持ちいただきたいのです。あなたには王国の王子として、王国の敵たる《まつろわぬ民》と戦っていただきたいのですよ、カノン王子。外界でどのように名乗られようともご自由ですが、この王都においてはカノン王子として振る舞っていただきたく存じます」
カノン王子は、すねた幼子のような面持ちで溜め息をついた。
「茶番だね。僕にいったい、どうしろというのさ?」
「王都を出立する前に、新王ベイギルス陛下の戴冠式にご出席ください。そうしてあなたが正統なる王子であるということを、まずは王都の貴族らに知らしめていただきたく存じます」