Ⅱ-Ⅵ 氷雪の悪夢
2020.6/20 更新分 1/1
「君が、メフィラ=ネロか……まさかこうまで易々と、黒羊宮にまで踏み込まれてしまうとはね」
レイフォンは自分の気持ちを落ち着けるために、ことさらゆったりとした口調で眼前の恐るべき脅威へと語りかけてみせた。
「君の存在は、すでにグワラムから伝えられていた。君は、本当に……四大王国の滅亡を願っているのかい?」
「ああん?」と、メフィラ=ネロは口もとをねじ曲げた。
悪夢のように美麗な容姿をしているのに、醜悪で、おぞましい形相である。
「こんな状況で、ずいぶんしゃらくさいことを抜かすじゃないか。あんた、あたしが恐ろしくないのかい?」
「もちろん、恐ろしいけれどね。でも、君は……もとを質せば、私たちと同じ人間であったはずだ」
恐怖にすくみあがりそうになる気持ちを懸命になだめながら、レイフォンはそのように言葉を重ねてみせた。
「また、我々はすでに《まつろわぬ民》についても聞き及んでいる。もともと四大王国の滅亡を願っていたのは、《まつろわぬ民》であるはずだ。君は……《神の器》にされてしまった人間は、《まつろわぬ民》の陰謀に利用されているだけなんだろう?」
このような怪物に、説得が通じるとは思えない。
しかしレイフォンは、そのように語らずにはいられなかった。
《神の器》とは、この世に絶望をして魂を捧げてしまった、あわれな犠牲者であると――ティムトから、そのように聞かされていたためである。
同じ呪いをかけられた第四王子カノンを、ティムトは救いたいと願っている。
ならば――このメフィラ=ネロにも、かなう限りは救いの手を差しのべるべきであるはずだった。
「《まつろわぬ民》の理念は、間違っている。すべての父たる大神アムスホルンの眠りをさまたげるなんて、そんなことは誰にも許されないはずだ。君がこの世に絶望しているというのなら、そんな邪な力には頼らずに、ひとりの人間としての幸福や喜びを追い求めるべきじゃないか?」
「ふうん……つまりあんたは、あたしを憐れんでいるわけだ」
メフィラ=ネロは、青紫色の歯茎しか存在しない口で、にんまりと微笑んだ。
「このあたしにそんな目を向けてきたのは、あんたで二人目だよ。火神の御子にぴったりと寄り添っていた、あのちっぽけな小娘……あんたの目は、あいつにそっくりだ」
「それが誰のことかはわからないけれど、我々は君との対話を望んでいる。刃ではなく言葉を交わして、理解を深めることはできないものだろうか?」
「ふふん……楽しいねえ。こんな場所で、あんたみたいな人間に巡りあえるとは思ってもみなかったよ」
メフィラ=ネロの三つの瞳が、紫色の炎を噴きあげた。
「よし、決めた。まずは最初に、そいつを殺す」
と――メフィラ=ネロの青白い指先が、ティムトの姿をぴたりと指し示した。
「そいつを仕留めたら、次はそっちの浅黒い小娘だ。……で、その二人を氷漬けの木偶に仕立てて、あんたの手足を一本ずつ引き千切らせてやろう。どこまでいったらあんたの顔が絶望に引き歪むか、想像しただけで下ッ腹が熱くなってくるねえ」
そうしてメフィラ=ネロは、白い咽喉をのけぞらせてげらげらと笑い始めた。
言葉を失うレイフォンのかたわらで、リミア・ファ=シンが小さく息をつく。
「残念ながら、彼女を説き伏せるのは不可能ですよ、レイフォン様。彼女はもう、人間ではないのです。どうして彼女が人間の言葉を口にできるのか、わたしにはそっちのほうが不思議に思えるほどです」
そう言って、リミア・ファ=シンはその手の長剣を握りなおした。
「そしてあれは、人間の手に負える存在ではないようです。こうして向かい合っているだけで、わたしは魂を削られていくような心地です。わたしたちは、いったいどうすればいいのでしょう?」
「うん。とりあえず、王陛下とジェイ=シンに合流しないと――」
レイフォンがそのように言いかけたとき、メフィラ=ネロの姿が空中に躍りあがった。
メフィラ=ネロは、下半身が四本足の氷獣と一体化している。その大牛のように逞しい氷雪の足が凍てついた床を蹴って、人間の背丈よりも高い位置に跳び上がったのだ。
そして、これまでメフィラ=ネロがたたずんでいた空間を、黄金と漆黒の光の渦が走り抜けていった。
床に降り立ったメフィラ=ネロは、背後を振り返ってせせら笑う。
「なんだ、まだくたばっていなかったのかい? ずいぶんとしぶとい虫ケラだねえ」
「黙れ、妖魅め……」
ほとんどの燭台が消されてしまっているため、謁見の間には濃い闇がわだかまっている。その闇の向こう側に、不可思議な輝きがきらめいていた。
ジェイ=シンである。
ジェイ=シンの掲げた聖剣が、さまざまな色彩の炎を噴きあげているのだ。その足もとには、がたがたと震える新王ベイギルスの姿も見えた。
「ジェイ! 大丈夫!? 今、そっちに行くからね!」
リミア・ファ=シンがそのように言いたてると、ジェイ=シンは荒い呼吸まじりの声を振り絞った。
「馬鹿を抜かすな! さっさと逃げろ! 俺は、王を守るだけで手一杯だ!」
「なんだよー! 心配して駆けつけたのに、その言い草はないんじゃない?」
いったいどういう心臓をしているのか。リミア・ファ=シンは長剣を振りかざしたまま、ぷっと頬をふくらませた。
そんな両名をゆっくりと見比べてから、メフィラ=ネロは血の気のない唇を吊り上げる。
「へえ……どうやらあんたたちは、安からぬ関係みたいだねえ。こいつはいっそう、なぶり甲斐がありそうだ」
「黙れ、妖魅め! そんな馬鹿は放っておいて、さっさとかかってこい!」
「嫌なこった。あんたは王を守るために、そこから動けないんだろう? この小娘が氷雪の木偶に仕立てられるさまを、そこで見届けな!」
メフィラ=ネロが、両腕を頭上に突き上げた。
氷の彫像を思わせる白い裸身に、青い閃光が走り抜ける。その閃光はそのまま奇怪な紋様として、メフィラ=ネロの裸身を埋め尽くした。
「さあ、そいつらを氷漬けにしちまいな!」
床を覆った氷雪のあちこちから、巨大な影が盛り上がった。
ぴしぴしと硬質的な音色をたてながら、それは巨大な怪物の姿を形づくっていく。最初に謁見の間から現れた、ムフルの大熊のように巨大な氷獣である。
床に倒れている近衛兵たちは、すでに屍鬼と化した上で、ジェイ=シンに斬り伏せられた後であるのだろう。そんな近衛兵たちの亡骸を踏みにじりながら、二十体ばかりの氷獣たちが濁った咆哮を響かせた。
レイフォンたちの背後では、守衛をつとめていた男たちが悲鳴をあげている。
レイフォンとて、気を抜けばそのままへたりこんでしまいそうな心持ちであった。
そんなレイフォンのかたわらで、リミア・ファ=シンは炎のごとき生命力の塊と化している。
「レイフォン様、わたしはどうするべきでしょう? どうか、ご指示をお願いします」
すると、ずっと無言で成り行きを見守っていたティムトが、初めて口を開いた。
「僕たちのことはかまわずに、ジェイ=シン殿のもとに向かってください。それしか、道はありません」
「承知しました。でも、あなたたちもこの場には留まれませんよ? 回廊のほうからも、妖魅の気配が近づいてきています」
リミア・ファ=シンの声は落ち着いていたが、レイフォンは背筋の凍るような思いであった。
「わたしが、道を切り開きます。みなさんも、遅れずについてきてください」
「……わかりました。でも、僕たちのことにかまう必要はありません。あなたさえジェイ=シン殿のもとまで辿り着ければ、それでいいのです」
「そういうわけにはいきません。わたしは、みなさんをお守りすると誓いましたので」
正面の氷獣どもを見据えながら、リミア・ファ=シンは口をほころばせた。
「レイフォン様、よければそちらの刀もお貸しいただけますか? レイフォン様の分まで、わたしが働きますので」
「あ、ああ。もちろん、かまわないけれど……」
レイフォンが長剣を差し出すと、リミア・ファ=シンは左手でそれを受け取った。右手には、もともと携えていた長剣が握られている。
「では、行きます!」
リミア・ファ=シンは、恐れげもなく謁見の間に踏み込んだ。
巨大なる氷獣どもは、うなり声をあげて肉迫してくる。巨大だが、それこそ大熊のように俊敏だ。
リミア・ファ=シンは、両手の長剣を風車のように回転させながら、跳躍した。
白銀のきらめきが、二体の氷獣の頭部を同時に粉砕する。それらの氷獣が黒い塵と化すと、それをかき分けるようにして新たな氷獣が迫り寄った。
床に降り立ったリミア・ファ=シンは、すかさず右手の長剣を頭上に突き上げる。
左手の長剣は、横合いに旋回させた。
正面の氷獣は顔面を下顎から断ち割られて、横合いの氷獣は片足を斬り払われる。片足を失った氷獣がその場にくずおれると、右手の長剣が宙で大きく弧を描いてから、その脳天を粉砕した。
円舞のように、美しい動きである。
そうしてリミア・ファ=シンが躍動するたびに、氷獣どもは一体ずつ黒い塵と化していく。それはまるで、巫女か何かが退魔の舞で魔物を浄化しているかのようだった。
「さあ、早く! 遅れずについてきてください!」
我に返ったレイフォンは、ティムトの手を取ってリミア・ファ=シンを追いかけた。
ジェイ=シンも聖剣の不可思議な力でもって、遠方から氷獣どもを斬り伏せてくれている。しかし氷獣は倒すそばから新たに出現し、リミア・ファ=シンへと躍りかかった。石を投げれば届きそうな距離であるのに、なかなかジェイ=シンのもとまで辿り着けない。レイフォンは、粘つく泥沼を進んでいるような心地であった。
(だけど……これなら、なんとかなるかもしれない)
リミア・ファ=シンが氷獣を斬り伏せている間に、レイフォンは足もとから新たな長剣を拾いあげた。この場には数十名もの近衛兵が倒れ伏していたので、同じだけの長剣も転がされていたのだ。
「この妖魅には、槍よりも剣が有効だ! 頭を砕けば、滅することができるよ!」
背後の兵士たちには、そう告げておく。氷獣どもは執拗にリミア・ファ=シンばかりをつけ狙っていたが、いつその牙がこちらに向けられるか知れたものではなかった。
メフィラ=ネロは、いったい何を考えているのか。広間の片隅に退いて、にやにやと不気味に笑っている。その裸身には青い光の紋様が刻みつけられたままであり、どの妖魅よりも不気味な気配を発散させていた。
「くそっ……次から次へと、羽虫のように湧きおって!」
ジェイ=シンが、またその手の聖剣を振り下ろした。
赤、黒、青、金と、四色の炎を渦巻かせる聖剣から、黄金と漆黒の閃光が放出され、数体の氷獣を消滅させる。いったい如何なる手妻であるのか、聖剣はその斬撃を矢のように飛ばして、敵を斬り伏せることがかなうのだ。
しかしそれは、ジェイ=シンの魂を糧とした、この世ならぬ技である。
何度かの斬撃を放ったジェイ=シンは、やがてがくりと膝をつくことになった。
「ジェイ!」と悲痛に叫びながら、リミア・ファ=シンは正確に眼前の氷獣を討ち倒す。
「道が開けました! 一気に駆け抜けます!」
一同は、広間の西側の壁際にまで追い込まれていた。
しかし、氷獣どもは主に広間の中央から湧いて出ているので、このまま壁沿いに駆け抜ければ、ジェイ=シンのもとまではすぐであった。
「僕たちは、すぐに追いつきます! あなたはとにかく、ジェイ=シン殿のもとに向かってください!」
レイフォンに手を引かれたティムトが、常にない必死さでそのように叫び返した。
その必死さに心を動かされたのか、リミア・ファ=シンは矢のような勢いで疾駆する。彼女の類い稀なる身体能力をもってすれば、五つを数える前にジェイ=シンのもとまで辿り着けるはずであった。
レイフォンたちも懸命に足を動かすが、リミア・ファ=シンの姿はぐんぐん遠くなっていく。
そうして、ついに両名の姿が重なろうとしたとき――
青白い暴風雨のようなものが、レイフォンの目の前を過ぎ去っていった。
その圧力に翻弄されて、レイフォンとティムトの身体は後方に弾き飛ばされる。
後を追ってきていた守衛たちと衝突し、レイフォンたちはそのまま凍てついた床に倒れ込むことになった。
「いたた……いったい、何が……」
そのように言いかけて、レイフォンは息を呑むことになった。
視界が、ぼんやりとした青白い輝きにふさがれている。
それは、青白く輝く巨大な腕であった。
壁から生えのびた巨人の前腕が、レイフォンたちの行く手をふさいでいたのだ。
氷雪で作りあげられた、巨人の腕である。
その前腕は、人間の胴体よりも遥かに太い。
そして――その指先は、空中でリミア・ファ=シンの身体をわしづかみにしていた。
「ああっ……!」と、リミア・ファ=シンが苦悶の声をあげる。
その手から、二本の長剣が床に落ちた。
巨人の指先は、リミア・ファ=シンの胸もとから膝のあたりまでを覆い隠してしまっている。それほどに、巨大な手であったのだ。
「やめろ! ……リミア・ファを、離せ!」
ジェイ=シンが野獣のごとき怒号をあげ、聖剣を振り下ろした。
黄金と漆黒の斬撃は、巨人の手首に激突する。しかし、わずかばかりの氷雪が砕け散ったのみで、巨人の腕は小揺るぎもしなかった。
「まったく、手間がかかっちまったね! ま、余興としては、なかなか愉快だったよ!」
メフィラ=ネロが、哄笑をあげていた。
その姿が、じわじわとこちらに近づいてくる。
「あんたたちをいっぺんに始末するなんて、虫けらを踏み潰すより簡単な話だったけどさ。それじゃあつまらないから、その小娘が飛び出す瞬間を待ち受けていたんだよ」
メフィラ=ネロの声に、リミア・ファ=シンの悲鳴が重なった。
巨人の指先が、圧迫を強めているのだ。みしみしと、骨の軋む音色が聞こえてきそうだった。
「本当は、そっちの小僧を先に始末する予定だったんだけどねえ。この小娘のほうが厄介そうだから、先に始末させてもらうよ」
「やめるんだ、メフィラ=ネロ! 君は本当に、人としての心を失ってしまったのか!?」
レイフォンは身を起こしながら、そのように叫んでみせた。
何体もの氷獣を左右に控えさせながら、メフィラ=ネロは楽しくてたまらなそうに笑っている。
「ああ、そうだよ。あたしは魂のすべてを、大神に捧げちまったんだからねえ。この肉体は、すでに大神を顕現させるための器に過ぎないのさ」
「でも、君はそうして自分の言葉で語らっている! それは大神じゃなく、君の意思なんだろう!?」
「いいねえ、その顔! あたしは、その顔を拝見したかったんだよ!」
メフィラ=ネロは、再び悪鬼のような哄笑を響かせた。
「さて。このまま目の前で握り潰してやるのも楽しそうだけど、それじゃあ氷雪の木偶に仕立てられないからね。この小娘の魂が妖魅に奪われていくさまを見届けてやるがいいさ」
メフィラ=ネロが、青く輝く右腕を振り上げた。
守衛たちが、悲鳴を張り上げる。レイフォンは、ティムトに腕を引かれて、壁から遠ざかることになった。
巨人の腕を生やした壁から、今度は巨人の頭がせり出してきたのだ。
その青白く輝く氷雪の向こうには、石造りの壁が透けて見えている。この巨人は壁を壊して出現したのではなく、壁を覆った氷雪から生まれ出ているのだった。
人間の背丈よりも巨大な頭部が、やがてレイフォンたちの眼前にさらされる。
氷雪の塊に荒々しく彫りつけられた、彫像のごとき顔貌である。せりでた眉の下には青い鬼火のような双眸が燃えあがり、口のあたりには横一文字の黒い亀裂が走り抜けていた。
「さあ、そいつの魂を喰らっちまいな! とびきり活きのいい魂だから、さぞかし精がつくだろうさ!」
メフィラ=ネロのおぞましい命令に従って、巨人が口を開き始めた。
大きく開いたその口から、ぞっとするような冷気が感じられる。巨人は氷雪の息吹によって、リミア・ファ=シンの生命を摘み取ろうとしていたのだった。
「妖魅め……貴様らなどに、俺の伴侶を奪われてたまるか!」
ジェイ=シンの咆哮が、凍てついた大気を粉砕した。
そしてその手の聖剣が、これまで以上の炎を噴きあげる。
メフィラ=ネロは邪悪に笑いながら、そちらを振り返った。
「これが負け犬の遠吠えってやつかい! あんたこそ、魂の火が消える寸前だよ!」
「俺は、死なん!」
ジェイ=シンが、聖剣を振り下ろした。
黄金と漆黒の輝きが、世界を二色に染め上げる。
レイフォンは、思わずまぶたを閉ざすことになった。
物凄まじい力の奔流が、レイフォンの髪や外套をなぶっていく。
そうして、次にレイフォンが目を開いたとき――
氷雪の巨人の腕と頭部は、この世から消滅していた。
そして、巨人の指先に拘束されていたリミア・ファ=シンの身体は、ジェイ=シンの左腕によって抱き止められていた。
「この、はねっかえりめ。どこまで俺を心配させれば、気が済むのだ?」
ジェイ=シンが低くつぶやくと、リミア・ファ=シンは「えへへ……」と力なく笑った。
「ごめんなさい……でも、ジェイが無事でよかった……」
リミア・ファ=シンはまぶたを閉ざして、ジェイ=シンの胸もとに頬をうずめる。
その小さな身体をぎゅっと抱き寄せながら、ジェイ=シンはメフィラ=ネロに向きなおった。その双眸は青い炎と化し、聖剣も四色の炎を噴きあげている。
「次は、貴様だ。骨も残さずに焼き尽くしてやる」
「へえ……ほとんど死にかけだったくせに、また力が戻ってるじゃないか。いったい、どういう手妻なんだろうねえ」
メフィラ=ネロは、心を乱した様子もなく嘲笑った。
「ま、いいさ。あんたがどれだけいきりたったって、結果は変わりゃしないんだよ。聖剣だか何だか知らないけど、そんなもんであたしを滅ぼすことはできないんだからねえ」
「でも、そこに僕の力が加わったら、どうだろうね?」
と――ふいに、聞きなれぬ声音が響きわたった。
メフィラ=ネロは、のろのろと広間の入り口へと目を向ける。
半ば無意識にその視線を追ったレイフォンは、はっと息を呑むことになった。
大きく開かれた扉のすぐそばに、いくつもの人影が立ちはだかっている。
その先頭に立っているのは――旅用の頭巾と外套で人相を隠した、細身の人影であった。
「ずいぶん早いお越しだったねえ、火神の御子。もうちっと遊んでいたかったのに、まったく無粋なやつだよ」
「魔力はすっかり回復したようだね、メフィラ=ネロ。そんな姿で神聖なる玉座を踏みにじろうだなんて、君こそ無粋の極みだよ」
銀の鈴を転がすような声音で言いながら、その人物が頭巾を背中にはねのけた。
その下から現れたのは、白銀の髪と真紅の瞳を持つ、精霊のように美しい顔である。
氷の彫像めいたメフィラ=ネロに負けないほど、肌が透き通るように白い。少年とも少女ともつかぬ、絶世の美貌――その人物こそが、第四王子カノンであることに疑いはなかった。