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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第一章 災厄の赤き月
22/244

エピローグ 深淵

2017.1/4 更新分 1/1

・このまま第二章のプロローグと5話までを、1日に1話ずつ更新いたします。

 運命の歯車が音をたてて軋む中、迷える三人の放浪者たちはまた夜の中をさまよっていた。

 背後に、町の明かりが遠ざかっていく。たくさんの人間の温もりを秘めたあの光の中に、彼らが戻ることは許されなかった。


「僕たちは、あのあくどい無法者たちのもとを訪れる前に、ご老人に道を尋ねてしまったからね。遅かれ早かれ、火つけの罪人として追われることになるだろう。……火つけというのは、何よりも重い罪であるはずだからさ」


 暗い森の中を進みながら、ナーニャがそのように語っていた。

 その熱い指先に腕をつかまれたまま、リヴェルはぜいぜいと荒い息をつく。森に入るまでは駆け通しであったし、森に入ってからは足場が悪い。それで昼から何も口にはしていないのだから、すでに体力は限界を迎えようとしていた。


 しかし、同じ条件であるナーニャは、薄笑いをたたえたまま闇の中を突き進んでいる。

 高熱に苛まれているゼッドにしても、それは同様であった。


「もうちょっと我慢してね、ゼッド? せめて町の明かりが見えなくなるぐらい遠ざからないと、危なっかしくて火を焚くこともできないからさ。それで腰を落ち着けることができたら、苦労をして手に入れたベアナの樹液で手当をしてあげるからね」


「…………」


「怒ってるのかい? 騒ぎを起こしてしまったことは謝るよ。でも、薬を手に入れるためだったんだから、しかたがないだろう? 僕だって――好きで人を殺めたわけではないさ」


 月明かりの下、ナーニャの赤い瞳はそれ自体が炎であるかのように爛々と燃えていた。

 さまざまな激情に心をかき乱されながら、リヴェルは必死に「ナーニャ」と呼びかける。


「いったい、どこに向かっているのですか? 火も灯さずに夜の森を進むのは、あまりに危険です」


「獣が出るかな。それとも、魔物かな。……でも、人間に追われるよりは、何倍もましさ。一晩でそんなに大勢の生贄を捧げてしまったら、火神もお腹が破裂してしまうだろう?」


 正面をにらみすえたまま、ナーニャは悪神のように笑っている。


「とにかく、人間のいないところに逃げるんだ。それで僕たちも彼らも救われる。さしあたって、いま一番危険なのは、僕たちを追おうとしているレイノスの連中だろうからね。逃げてやるのが親切ってものさ」


「ナーニャ……」


「それで逃げきったら、ゼッドの手当だ。晩餐を取るのは、その後だね。もう手持ちの食料は山菜と香草ぐらいしかないけれど、できる限りの美味しい食事を期待しているよ、リヴェル?」


「わ、わたしを離してください、ナーニャ。わたしは決して、逃げたりはしません」


 ナーニャの赤い瞳が、横目でリヴェルをにらみつけてきた。

 そこに渦巻いているのも、やはり名をつけ難いさまざまな激情であるようだった。


「君には正体を知られてしまったからね。もう、何があっても逃がすわけにはいかないんだよ。僕たちが生きていることを知られてしまったら、王都の連中は何万という兵を繰り出して追ってくるかもしれないからさ。……誉れ高き獅子の軍勢がまとめて焼き払われる姿なんて、リヴェルだって見たくはないだろう?」


「で、ですからわたしは、ナーニャのもとから逃げたりはしません。でも、こんな風につかまれていたら腕が痛いですし、ナーニャだって余計に疲れてしまうでしょう?」


 リヴェルが必死に言いつのると、ナーニャは酷薄に唇を吊り上げた。


「逃げないって? 僕は呪われた忌み子であると同時に、セルヴァの王と宮殿を燃やし尽くした大罪人なんだよ? その凶運に巻き込まれる覚悟が固められたっていうのかい?」


「覚悟は……わたしにもわかりません。でも、ナーニャのもとから逃げたりはしません。わたしは、そのように決めたのです」


 荒い息とともに、リヴェルは言葉を絞り出す。


「ですから、わたしに教えてください。どうしてナーニャが、そのような身の上になってしまったのか……それを知らないまま、わたしはナーニャから離れることなんてできません」


「……それで僕が救い難い大罪人であるということに納得できたら、あらためて逃げ出そうというのかい?」


「わたしのように力を持たない人間が、ナーニャたちから逃げおおすことなどできないでしょう。だからもう、わたしの運命は定まっているのです。……いえ、そうじゃなく……」


 名前をつけられない激情を何とかナーニャに伝えるために、リヴェルは思いつくままの言葉を口にした。


「たぶん、ナーニャと出会った時点で、わたしの運命は定まっていたのです。ナーニャと出会ったことが、わたしの運命そのものであったのです」


 ナーニャはやはり正面を向いたまま、うっすらと笑っていた。

 赤い瞳も、同じ激しさのまま、燃えている。


 その激情の意味を、リヴェルは知りたいのだ。

 深い怒りと悲しみがごちゃまぜになった、その激情の意味を読み解かない限り、リヴェルはナーニャのもとを離れるわけにはいかなかった。だからやっぱり、リヴェルの運命はナーニャと出会った最初の日に、この錯綜した瞳の輝きを目にした瞬間から、すでに定まっていたのだとしか思えなかった。


 ナーニャの視線がリヴェルから外れて、行く手の闇に向けられる。

 その指先が、やがてリヴェルの二の腕から離れた。

 そして――火のように熱いその指先は、やがておずおずとリヴェルの手の先に触れてきた。


 リヴェルはその指先を、力いっぱい握りしめる。

 一瞬のためらいののち、ナーニャは同じ力で握り返してきた。


 そうして三人の放浪者は、漆黒の闇に閉ざされた森の奥へと突き進んでいった。

 運命の深淵は、そんな三人を待ち受けて、舌なめずりをしながらぽっかりと大口を開けているようだった。

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