Ⅴ-Ⅲ 闇の果てに
2020.3/28 更新分 1/1
「それでは、どのような順番で梯子を下りましょうか……?」
暗がりの中で、ダックが陰気な声を響かせた。
ドエルの砦の、隠し通路においてのことである。一同の足もとには、階下へと通じる四角い穴が、ぽっかりと口を開けていた。
「灯篭は、こちらにもひとつだけ予備がございます……先頭と最後尾の人間が灯篭を掲げるのが妥当であるかと思われますが……この人数ですと、すべての御方の手もとを照らすことは難しいように思います……」
「つまり、五人の中で真ん中に陣取る人間は、手探りで梯子を下ることになるってわけだね。それじゃあ、その役目はあたしが引き受けたよ」
メナ=ファムがそのように声をあげると、エルヴィルが難しい顔で振り返ってきた。
「お前ばかりが苦労を背負う必要はあるまい。その役は、俺が引き受けよう」
「何を言ってんだい。あんたは肩や背中の傷がようやく痛まなくなったばかりじゃないか。そんな人間に、こんな大役は任せられないね」
冗談めかして言いながら、メナ=ファムはにやりと笑ってみせた。
「誰かひとりでも手を滑らせたら、それより下にいる人間はみんな巻き添えになっちまうってんだろ? あんたの巻き添えで魂を返すのは御免だよ。怪我人は怪我人らしく、素直に譲られておきな」
エルヴィルが反論するより早く、メナ=ファムはダックを振り返った。
「それと、明かりを持つのは先頭と三番目の人間にしてもらおうかね。そうしたら、手もとが覚束ないのは最後の人間になるだろうから、その役をあたしが引き受けさせていただくよ」
「承知いたしました……では、こちらの灯篭はどなたのお手に……?」
メナ=ファムはダックから灯篭を受け取って、それをラムルエルに差し出した。
「あんたはひょろひょろの商人だけど、護衛役もつけずに大陸中を放浪するような人間なんだから、それなりに頑丈なはずだよね? こいつを決して、落とすんじゃないよ?」
「はい。承知しました」
普段通りの沈着な表情で、ラムルエルは灯篭を受け取った。
メナ=ファムはうなずき、エルヴィルとシルファの姿を見比べる。
「先頭はそっちのお人に任せるとして、二番手はエルヴィル、三番手はラムルエル。そんで、シルファにあたしっていう順番だ。何も文句はないだろうね?」
「……その順番に、何か意味でもあるというのか?」
「いんや。あたしはただ、シルファの後に続きたいだけだよ」
そのように言いながら、メナ=ファムは外套の裏の隠しをまさぐった。そこから取り出したのは、予備の腰帯を結んでこしらえた紐である。
「シルファ、手を出しな」
シルファがおずおずと手を差し出してきたので、メナ=ファムはその左手首に腰帯の紐をくくりつけた。
逆の端は、自分の左足首に巻きつける。紐の長さはメナ=ファムの背丈ほどもあったので、おたがいの動きが制限されることはない。
「これであんたが手をすべらせても、真っ逆さまに落ちることはないだろ? ま、いちおうの用心さね」
「で、でも……それでは、メナ=ファムまで巻き添えになってしまうのでは……?」
「あんたひとりの体重ぐらい、どうってことないさ。本当だったら背負ってやりたいぐらいなんだけど、あたしはこいつも運んでやらないといけないからね」
笑いながら、メナ=ファムはシルファの足もとに目をやった。ほとんど暗闇に同化してしまっている黒豹のプルートゥが、黄金色の瞳を静かに光らせている。
「さ、ぐずぐずしてるひまはないだろ。ゼラドの連中に気づかれる前に、とっとと逃げ出しちまおう」
シルファやエルヴィルはまだ何か言いたげな顔をしていたが、時間にゆとりがないことを思い出したのだろう。それ以上は言葉を重ねようとはせずに、メナ=ファムの言葉に従ってくれた。
「それでは、くれぐれもご用心を……また、こちらは声がよく響きますゆえ、なるべくお静かに願います……」
革でできた灯篭の持ち手をしっかりと右の手の平に巻きつけなおしつつ、ダックが四角い穴のふちにぺたりと座り込んだ。
そのまま正面のふちの内側に手をのばし、梯子を左右から握りしめて、闇の中にゆっくりと身を投じる。陰気で痩せ細った若者であるが、存外に動きは鈍くないようである。その姿は、すぐにするすると穴の下に消えていった。
その手の灯篭があまり遠ざかってしまわぬうちに、エルヴィルも同じように梯子を下り始める。続いて灯篭を手にしたラムルエルが続くと、シルファは気がかりそうにメナ=ファムを見つめてきた。
「さ、早く行かないと暗闇の中に置き去りにされちまうよ」
メナ=ファムが陽気に笑いかけると、シルファは雑念を打ち消すように頭を振ってから、梯子を下り始めた。
シルファと紐で繋がれているメナ=ファムは、すぐさまプルートゥを右肩に担ぎあげ、穴のふちに腰を下ろす。すでに周囲は真っ暗闇であったが、腕をのばすと記憶通りの場所に梯子の縄が存在した。
「よし、行くよ、プルートゥ」
メナ=ファムが体重をかけると、闇の中で縄梯子がぎゅぎゅっと鳴き声をあげた。
視線を下に向けてみると、闇の中にぼんやりと赤い火が浮かんでいる。ラムルエルの掲げている灯篭の灯りである。その位置から、間にいるシルファの場所も目算しつつ、メナ=ファムはそろそろと足を下ろした。
爪先に梯子の横縄が触れたので、それが足の裏の中ほどに来るように調整をして、体重を移動する。完全なる暗がりの中で梯子を下るなど、メナ=ファムにしても初めての体験であった。
(だけどまあ、鰐狩りに比べればどうってことはないさ)
右の肩にはプルートゥを担ぎ、いつシルファが足を踏み外してもいいように用心をしながら、手探り足探りで頼りない縄梯子を下っていく。いつしかメナ=ファムの額にはじっとりと汗が浮かんでいたが、それと同時に心地好い昂揚感が胸を満たしていた。
数日間も石造りの部屋に閉じ込められて、メナ=ファムはいい加減に鬱屈していたのだ。その前も、荷車に揺られるだけの日々であったし、狩人として鍛えられたメナ=ファムの肉体は、活力の行き先を求めてやまなかった。なおかつ、ついにこの不本意な生活に終止符を打てるのかと思えば、心のほうも昂揚して然りであった。
(もちろん首尾よく逃げ出せたところで、まだまだ問題は山積みだけど……とにかく前進しなけりゃあ、お話にならないからね)
シルファをゼラド軍から引き離すことがかなえば、メナ=ファムたちの罪は不問にすると言い渡されている。
しかしメナ=ファムは自分ばかりでなく、シルファの行く末をも守らなければならない。そして、どこにいるかも定かではない弟をも救い出して、安らかな行く末を勝ち取らなくてはならないのだった。
(もしも王都の連中が、シルファを処刑しようっていう心づもりなんだったら……それこそジャガルにでも逃げ出して、なんとか居場所を作りあげてみせるさ)
シルファには、半分ジャガルの血が流れているという。大罪を犯してジャガルから逃げ出した無法者が、港町セッツの娼婦に産ませた子供――それが、シルファの出自であるのだ。シルファの不幸な生い立ちを思うたびに、メナ=ファムは胸が痛んでならなかった。
(無法者だろうが娼婦だろうが、産んだ子供たちを立派に育てあげられたんなら、何も文句はありゃしないけどさ。幼いシルファたちを残して、とっとと自分たちだけくたばっちまうなんて……そんなの、あんまりじゃないか。西方神にも南方神にも、シルファたちを幸せにする責任ってやつがあるはずだよ)
メナ=ファムがそんな風に考えたとき、「あっ!」という悲痛な声が闇に響いた。
それとほとんど同時に、メナ=ファムの左足にぐっと体重がかけられてくる。シルファが、足を踏み外すか何かしてしまったのだ。
メナ=ファムは縄梯子を握りしめ、ぎりぎりと引っ張られる左足に渾身の力を込める。用心を怠っていたならば、膝か股の骨が外れてしまいそうな勢いであった。
「大丈夫かい、シルファ? 慌てないで、梯子に手をかけな」
メナ=ファムは小声で伝えたつもりであったが、その声は闇の中で陰々と響き渡った。
しばらくして、メナ=ファムの足首を圧迫していた力が消失する。
「も、申し訳ありません、メナ=ファム……十分に気をつけていたつもりなのですが……」
「どうってことないよ。謝るのは後でいいから、まずは地面に到着するまで頑張りな」
メナ=ファムに詫びるシルファの声は、荒い呼吸まじりであった。メナ=ファムにとってはほどよい運動であっても、か弱いシルファにとってはこれだけで十分に荒行なのであろう。
「シルファ、大丈夫ですか? しばし、休みますか?」
と、下のほうからラムルエルの声も聞こえてくる。あまり遠ざかるとシルファのもとまで灯篭の灯りが届かなくなってしまうため、その場に留まってくれていたのだろう。
「わ、わたしは大丈夫です。あの、ラムルエルの頭か何かを蹴っ飛ばしてしまったような気が……」
「頭でなく、肩です。問題、ありません」
どうやら梯子を踏み外した弾みに、ラムルエルの肩を蹴っ飛ばしてしまったらしい。それでも東の民としての沈着さを保っているのは、心強い限りであった。
それからしばらくは、静寂の中で時間が過ぎていく。
いったいどれだけの時間が経ったのか。このまま自分たちは地中の奥深くにまで潜っていくことになってしまうのではないか――と、メナ=ファムがそんな想念にとらわれかけたとき、暗闇の果てからダックの声が聞こえてきた。
「わたくしは、地面まで到着いたしました……皆様も、どうぞお気をつけて……」
目もとにまで流れ込んでくる汗を振り払いつつ、メナ=ファムはほっと安堵の息をつくことになった。
やがて下方に見えていた灯篭の光が、すうっと背中の側に移動していく。ラムルエルも、地面に到着したのだ。
それから十を数える前に、メナ=ファムの足も硬い岩盤に触れることになった。同時に、ずっと静かにしていたプルートゥがメナ=ファムの肩からするりと逃げ出していく。
「ふう、やれやれ……なかなか楽しい余興だったよ」
メナ=ファムが背後を振り返ると、シルファだけが地面にへたり込んでいた。それをいたわるように、プルートゥがシルファの頬を舐めている。
「大丈夫かい、シルファ? あんたには、ちっとばっかり重労働だったろうね」
「メナ=ファム……さきほどは、申し訳ありませんでした……」
「気にしなさんな。万が一に備えた甲斐があったってもんだよ」
メナ=ファムは硬い地面に膝をつき、シルファの左手首に巻いた腰帯をほどこうとした。その際に、シルファの手の平に赤く血がにじんでいるのが見て取れた。
「なんだ、すりむいちまったのかい? あんたは、肌までか弱いんだね」
「も、申し訳ありません……」
「いちいち謝りなさんな。大変なのは、ここからなんだろうからさ」
メナ=ファムはほどいた腰帯を包帯の代わりとして、シルファの手の平に巻きつけてやった。
それから、ゆっくりと周囲を見回していく。
「で、ここは何なんだい? さっきまでと、ずいぶん様子が違ってるじゃないか」
「はい……こちらは砦の地下に広がる、鍾乳洞でございます……おそらくは砦を建てる際にこちらの鍾乳洞が発見されて、隠し通路が作られることになったのでしょう……」
ダックが梯子のほうに灯篭をかざすと、そちらの面だけは石造りの壁であった。その他は、地面も含めて黒い剥き出しの岩盤であったのだ。
「ってことは、ここはもう地面より低い場所ってことなんだね。道理で時間がかかったと思ったよ」
「はい……こちらの壁は、砦の地下室の外壁でありましょう……この時間に人間はいないかと思われますが、どうかお静かに……」
そのように言いながら、ダックは灯篭を左手の側に向けなおす。そちらには壁もなく、果ても知れない暗黒が広がっていた。
「鍾乳洞をこちらに進みますと、外界への出口に行き当たります……よろしければ、先を急ぎましょう……」
「ああ。歩けるかい、シルファ?」
「はい、大丈夫です」
シルファは、ふらふらと立ち上がった。やはり、梯子を下るだけでずいぶん体力を削られてしまったのだろう。白い額に汗が浮かんで、銀灰色の髪が何筋かへばりついていた。
エルヴィルやラムルエルは、とりたてて疲弊した様子もなく、シルファの姿を気がかりそうに見やっている。そんな両名に、シルファはひそやかな笑顔を向けた。
「わたしは、本当に大丈夫です。これ以上みんなの足を引っ張らないように心がけますので、先を急ぎましょう」
そうして一行は、闇の中を突き進むことになった。
ダックとラムルエルの掲げる灯篭だけでは、鍾乳洞の全容を見届けることはかなわない。足もとや天井の岩盤も黒ずんでいるので、ほとんど闇に溶け込んでしまっているのだ。
しばらく進むと、右手の側の石造りの壁も、黒い岩盤に変じていた。ついに完全に、砦の外に脱したということなのだろう。さらに進めば、砦を取り囲む城壁の外にまで達するはずであった。
「まさか、砦の下にこんなもんが隠されてるとはね。……出口ってやつまでは、まだまだ遠いのかい?」
「はい……およそ半刻ていどでありましょうか……これは、いざというときの脱出経路でありますため……砦からは離れた場所に、出口が作られているのです……」
要するに、砦が敵兵に囲まれて、反撃するすべがなくなったとき、身分のある人間が逃げ出すための隠し通路である、ということなのだろう。ならば、出口が遠いのも道理であった。
「夜明けまで、ゼラドの兵たちがあちらの寝所にやってくることがなければ、無事に逃げおおせることがかないましょう……ですがどうぞ、最後までご油断なきように……」
「もちろんさ。最後の最後まで気を抜くつもりはないよ」
メナ=ファムがそんな風に答えたとき、シルファがぐらりと倒れかかった。メナ=ファムは、すかさずその肩を背中から支える。
「大丈夫かい、シルファ? 真っ平な地面じゃないんだから、転ばないように気をつけな」
「はい、ありがとうございます」
そのように答えるシルファは、わずかに眉をひそめてしまっていた。
そうして歩を再開させると、何やら右足をひきずっている。どこか痛めてしまった様子であった。
「あんまり大丈夫じゃなさそうだね。足首でもひねっちまったのかい?」
「いえ、問題ありません」
「そうは思えないから、口を出してるんだよ。みんな、ちょいと待ってもらえるかい?」
ダックのすぐ隣を歩いていたエルヴィルも、心配そうにシルファを振り返った。
「どうしたのだ? 足を痛めたのなら、背負っていこう」
「い、いえ、本当に大丈夫です。わたしにはかまわず、お進みください」
「あのね、無理をして歩けなくなっちまうほうが、よっぽど厄介なんだよ。いいからちょっと、そこに座りな」
メナ=ファムはシルファの肩に手をやって、強引に座らせた。
そうして自分も屈み込み、シルファの右足を持ち上げる。とたんにシルファは、「痛っ」と声をもらした。
「やっぱり大丈夫じゃないじゃないか。痛めたのは、足首かい?」
「いえ……実は、履物の中で指がこすれてしまっているようで……」
その言葉だけで、メナ=ファムはピンときた。かつてオータムの宮殿で過ごしていた際、メナ=ファムはシルファとともに浴堂という場所で身を清めていたために、彼女のささやかなる秘密を知ることになったのだ。
「履物の形が、足に合ってないんだろうね。ま、そいつはしかたのないこった」
メナ=ファムは履物の留め具を外して、シルファの右足を解放した。
顔や手の先と同じように、ぬめるように白い肌である。その、一番外側の指の爪が割れて、血をにじませてしまっていた。
「シルファ、福指でしたか」
と、ラムルエルが沈着な声でつぶやくと、目を伏せていたシルファがおずおずとその姿を見上げた。
「ふくゆび……と仰いましたか? ラムルエルは、こういった指のことをご存じであったのでしょうか?」
「はい。シムにおいて、そのような足、あるいは手、福指、言われています」
血をにじませている、シルファの指――それは、小指と呼ばれる指のさらに外側に生えのびた、六番目の指であったのだった。シルファの足の指は、左右あわせて十二本存在するのである。
「福指って言葉は、初めて聞いたね。なんだか、おめでたそうな言葉じゃないか」
懐から取り出した手拭いを歯で噛み裂きつつ、メナ=ファムはそのように問うてみた。シルファの足を見つめながら、ラムルエルは「はい」とうなずく。
「福指、幸い、招く、言われています。家、繁栄、もたらすので、福指の子、祝福されます」
「そいつは気のきいた習わしだね。東方神に幸いあれ、だ」
血に濡れた足先に引き裂いた手拭いを巻きつけつつ、メナ=ファムはシルファに笑いかけてみせた。
「ね? ちょいと人様と違うところがあったって、何も恥じる必要なんざないんだよ。あんたはいちいち、気に病みすぎなのさ」
「は、はい……ですがわたしは白膚症の上に、指の数まで違っていたので……幼い頃は、それを理由に石をぶつけられたりもしていたのです……」
「そんなのはね、あんたの綺麗なお顔を妬んでたに違いないよ。そうでなくったって、生まれつきの身体を馬鹿にするなんざ、そいつらこそ恥知らずのひとでなしさ」
シルファの美しい髪をくしゃくしゃに撫でてから、メナ=ファムはその傷ついた足にそっと履物を履かせてやった。
「布を巻いたから、ちっとは痛みもやわらぐだろ。本当に耐えられなくなったらいくらでも背負ってやるから、しばらくそれで様子を見な」
「はい」と、シルファは月の下の花のように微笑んだ。
それに笑顔を返そうとした瞬間――メナ=ファムの背筋に、冷たい悪寒が走り抜ける。
「おい、なんだよこりゃ……エルヴィル、ラムルエル、用心しな!」
メナ=ファムはシルファのほっそりとした身体を抱き寄せながら、腰の刀に手をのばした。
その間も、背中の毛がぞくぞくと逆立っていく。まるで、ぱっくりと開いた大鰐の口に、無防備な頭をさらしているような心地であった。
「いったいどうしたのだ、メナ=ファムよ? ゼラドの兵が追ってきている様子はないぞ」
「そっちじゃなくて、反対側だよ! あんたたち、何も感じないのかい!?」
メナ=ファムの体内で、闘志と恐怖の激情がせめぎ合っていた。
この感覚を、メナ=ファムは知っている。これは――かつて屍骸の妖魅に取り囲まれたときや、グリュドの砦にへばりついた巨大な妖魅を目にしたときと、同じような戦慄であった。
やがてメナ=ファムたちを嘲笑うかのように、闇の中にぽっと青い光が灯る。
それは次々と数を増やしていき、やがては行く手の闇を覆い尽くすほどに増殖した。青い眼光を持つ何かが、突如としてその場に出現したのだ。
「……どうやら、簡単には脱出させてもらえないみたいだね」
内心の恐怖をねじ伏せながら、メナ=ファムは半月刀を抜き放った。
闇の向こうに潜んだ妖魅どもは、冷たい憎悪と飢餓の激情を隠そうともしないまま、メナ=ファムたちの姿を無言でねめつけているようだった。