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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第一章 災厄の赤き月
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Ⅱ-Ⅴ 邂逅

2017.1/1 更新分 1/1

 その日、レイフォンは王家の晩餐に招かれていた。

 日取りは、朱の月の十一日。ディラーム老の件で謁見の間に召集された日から十日後のことである。


 長大なる卓の上には、豪勢な料理がずらりと並べられている。それはヴェヘイム公爵家の嫡男たるレイフォンでもなかなかお目にかかることのできないような、贅を尽くした晩餐であった。


 腹の中に野菜や香草の詰め込まれたキミュスの丸焼きに、ダームから届けさせた海魚の香味焼き、甘酸っぱいラマムの煮汁をまぶしたカロンの大牛の骨つき肉、ジャガルのタウ油で味付けをされた魚と野菜の汁物料理に、芳しい乾酪を練り込まれた焼きフワノ――酒のほうも、セルヴァでもっとも好まれるママリアの果実酒ばかりでなく、ジャガルの発泡酒やシムの薬酒、果てには敵対国たるマヒュドラの黒麦酒までもが並べられている。


 まるで祝宴であるかのような騒ぎである。

 だが、それだけ豪勢な料理が山のように並べられているというのに、卓にはわずか五名の人間しかついていなかった。


 ベイギルス二世とその息女たるユリエラ姫、客人として招かれたレイフォン、ディラーム老、そして神官長バウファという顔ぶれだ。従者たるティムトは卓につくことを許されず、他の小姓や侍女とともに壁際に引き下がっている。


「……ディラームもすっかり力を取り戻せた様子であるな。少し前まで生死を危ぶまれていたという話が信じられぬほどではないか」


 シムの商人から買いつけたらしい硝子の酒杯を傾けながら、やがてベイギルスがそのように発言した。

 すでに果実酒を三杯も空けているので、たるんだ頬は酒気に染まっている。その赤黒い顔を見返しながら、ディラーム老は「は……」と目礼を返した。


「すべては陛下の遣わしてくださった薬師殿のおかげでありましょう。わずかひと月足らずでここまで回復できようとは、他の医術師たちも驚くばかりでありました」


「うむ。あれは優秀な男でな。このユリエラも幼き頃に病魔から救われたことがあるのだ。何でも若い時分からシムで修行を積んでいた薬師であるらしい」


 そのユリエラは、知らん顔をして海魚の香味焼きを切り分けている。まだ十五歳である彼女は大人たちの会話に興味はないようで、晩餐の始まりからずっと退屈そうな様子を見せていた。


 しかし、父親に似ず、なかなか愛くるしい少女である。縮れた褐色の髪を高々と結いあげて、ほっそりとした身体には豪奢な貴婦人の装束を纏っている。むきだしになった額は高く秀でており、茶色の瞳は光が強く、なかなか強情そうな気質がうかがえる。もう二、三年もすれば、それなりに立派な貴婦人に成長することだろう。


(以前は父親ごとカイロス前王に疎まれていたからな。舞踏会などでも隅っこに引っ込んで、気づけばいなくなってしまっていたが、これからは逆に群がる男をはねのける立場になるわけだ)


 そのようなことを考えていると、国王の目がレイフォンのほうに向けられてきた。


「ところでレイフォンよ、其方は何歳になったのであったかな?」


「はい? 私は二十四でありますが」


 あまりに唐突な問いかけであったため、レイフォンはついつい頓狂な声をあげてしまった。

 幸い新王は気分を害した様子もなく、「なるほどな」とうなずいている。


「其方の伴侶は、まことに気の毒なことであった。もうセルヴァに魂を返してから二年――いや、三年ほどは経ったのであろうか」


「はい。先の赤の月でちょうど三年となりました」


 どうやら薬師や病魔の話題から、新王はそのような話を思いついたらしい。

 レイフォンは二十で伴侶を娶り、その一年後にそれを病魔で亡くしてしまっていたのだ。


「三年か……余も若い頃に伴侶を失ったので、其方がどれほどの悲しみに見舞われたかは己のことのようにわきまえているつもりだ」


「恐れ多きお言葉でございます、陛下」


「しかし、どうであろうかな。余の伴侶はユリエラというかけがえのない存在を遺してくれたが、其方たちはけっきょく子を授かることもなかったのであろう? その胸の内の悲しみは悲しみとして、新たな伴侶を娶る予定などはないのであろうかな?」


 それは父親からも何度となくせっつかれている案件であった。

 レイフォンは非礼にならぬよう、「はい」と神妙に答えてみせる。


「今のところは、まだそのような気持ちにもなれません。ヴェヘイム公爵家の嫡男として、いずれは己の責務を果たさなくてはならないのでしょうが……それには今少しの時間が必要となるようです」


「うむ。何も焦る必要はない。伴侶というものは己の半身に等しい存在であるのだからな。それを失った悲しみを癒すには、それ相応の時間というものが必要になるのだ」


 王の声は上機嫌のままであったので、レイフォンはほっとした。

 これで玉座についてからのベイギルスと対面するのは三度目のことであるが、今のところは新王が不機嫌な姿を見せることはなかった。


(それだけ玉座の座り心地に満足できているのかな)


 レイフォンの知るベイギルスは、もっと短慮で気性の激しい人間であった。些細なことで声を荒らげ、小姓や侍女を口汚く罵倒する姿を見たのも一度や二度ではなかった。それでいて、決して剛毅な人間ではなかったので、王や王太子の前などではずっと陰気に黙りこくっているばかりであったのである。


(まあ、人間というものは立場によって作られるという面もあるからな。前王に疎まれていたから卑屈であったのか、卑屈であったから前王に疎まれたのか――どちらにせよ、卑屈になる要因がなければ、こうしていくらでも陽気にふるまえるわけだ)


 レイフォンがそのようなことを考えている間に、また王の関心はディラーム老に戻されたようであった。


「時に、ディラームよ。其方がそうして力を取り戻せたのは何よりであるが、部隊の再編成については如何なものであるのだ? 其方も先の災厄で副官を失った身であろう?」


「はい。副官と参謀をともに失ってしまいました。我々はグワラム戦役における大敗の報を受けて、金狼宮にて軍部の再編成について論じ合っていたさなかであったのです」


「それで燃えさかる銀獅子宮に駆けつけて、其方は手傷を負い、副官たちを失ってしまったということか。まことに痛ましい話であるな」


 もっともらしくうなずきながら、ベイギルスはまた酒杯を傾ける。


「なおかつ其方は元帥であったため、直下の騎士団の他には配下というものを持ってはいなかったはずであるな。今後は遠征兵団長としてまた数千からの兵たちを練兵する身になるわけであるが……其方は、どの部隊を率いるのだ?」


「は。本来であれば元帥に昇格したジョルアンおよびロネックから引き継ぐところであるのですが、ジョルアンは第二防衛兵団の長であったため、それらの兵を戦場に駆り出すわけにも参りません。そして、ロネックの部隊は新たに十二獅子将となる自身の副官に引き継がれることとなりましょう」


「となると、残るはディザットやヴァルダヌスの隊か。ヴァルダヌスの隊などはグワラム戦役にも参加していなかったのだから、まるまる手つかずで残されているはずであったな」


 そのような話はすでに書面で届けられているはずであるが、どうやらまだ王の目には留まっていなかったらしい。

 ディラーム老がその怠慢を糾弾しそうな目つきになっていたので、レイフォンはいくぶん肝を冷やした。が、ディラーム老はすんでのところで抑制し、海魚の煮汁とともに不満の言葉を呑み込んでくれたようだった。


 ディラーム老は、このたびの災厄の全貌を暴きたいと願うレイフォンたちに、全面的に協力することを約束してくれたのだ。

 前王を弑したのは何者なのか、それと同時期に五名もの十二獅子将が生命を落としたり行方をくらませたりしたのは、如何なる運命の采配であったのか――その真実を見極めんと誓ってくれたのだった。


(でも、もしも真実が見た目通りのものであったとしたら、ディラーム老はどうなってしまうんだろう? 前王を弑したのはカノン王子とヴァルダヌスに他ならず、十二獅子将たちが奇禍に見舞われたのはすべて偶然であったとしたら……張り詰めた糸が切れてしまうんではないだろうか)


 十二獅子将の白い礼服で卓についているディラーム老は、災厄に見舞われる以前の力強さを取り戻していた。

 灰色の髪は短くなってしまい、まだその頬は削げたように痩せていたが、茶色の瞳には輝きが戻り、表情も果敢そのものである。だが、その身の傷が完全に癒えたわけではないし、何と言っても五十を超えた老齢だ。その傷つき老いた肉体を支えているのは、本当に存在するかもわからない仇敵に対する怒りの激情であったのだった。


「グワラムにおける大敗と廃王子によってもたらされた災厄により、アルグラッドの軍は深く傷つくこととなりましたが、ディラーム老さえご壮健であれば、何の心配も不要でありましょう。そうしてベイギルス二世陛下を王と戴き、セルヴァはこれまで以上の繁栄を手中に収めるのです」


 ずっと静かにしていた神官長が、にんまりと微笑みながらそのように述べたてた。

 ベイギルスは「うむ」と満足そうにうなずいている。


 ディラーム老の復帰をベイギルスに願い出ていたのは、このバウファである。レイフォンたちは、バウファの要請に応じて手を貸したに過ぎない――と、王もそのように認識していることだろう。そうであるからこそ、今宵もこの三名が客人として招かれたのだ。


 王は新たな元帥たちよりもこの神官長を重用しているのか、あるいは配下の人間に功を競わせて楽しんでいるだけなのか、今のところレイフォンには判断がつかなかった。


(何にせよ、王や元帥たちは私たちがディラーム老もろとも神官長に与していると思っているのだろうな。で、バウファ自身も、自分が取りなしたおかげで十二獅子将としての復帰がかなったのだから、ディラーム老は自分に恩義を感じていると思い込んでいる、か……やれやれ、まさかこのような宮廷劇に巻き込まれてしまうとは思ってもみなかったなあ)


 本当に事態はティムトの思う通りに進んでいるのか。レイフォンが気にかけているのはその一点のみであった。

 五大公爵家の行く末は、セルヴァ王家の行く末にかかっている。アブーフやジェノスなどと異なり、五大公爵領はほとんど王都の一部であるのだから、栄えるも滅ぶも一蓮托生であるのだ。ゆえに、ティムトが能動的にこのたびの災厄を解明しようと努めるのも理解できなくはないのだが、それをかたわらから見守るしかないレイフォンとしては、なかなか心労が尽きないのだった。


「……ところでレイフォンよ、其方の従者はヴェヘイムの傍流の血筋であるという話であったかな?」


 と、突然に問われて、レイフォンは再び「はい?」と頓狂な声を返してしまった。


「し、失礼いたしました。従者のティムトが如何いたしましたか?」


「うむ。まだうら若き身でありながら、かの者は過不足なく其方を補佐できているように見受けられる。これまではその名を耳にする機会もなかったので、いったい如何なる血筋であるのかと、余も興味をかきたてられたのだ」


 余人に注目されるのは、ティムトにとってもっとも忌避すべき事態である。

 しかし、こうも真正面から問われてしまったら、レイフォンも答えないわけにはいかなかった。


「かの者は、先々代に分かれた傍流の血筋です。私の父とティムトの父が従兄弟同士に当たります」


「ふむ。現当主の従甥ということか。特に爵位を持つ血筋ではないのであろうかな?」


「はい。ティムトの父は若くして病魔により魂を返してしまったため、すでに家名は絶えております」


 そしてティムトには母も兄弟もなく、天涯孤独の身であった。それでレイフォンの父に拾いあげられ、ヴェヘイム家の従者として生きていくことになったのである。


 そんな風に王と主人に取り沙汰されている間、部屋の隅に控えたティムトはずっと静かに目を伏せていた。

 傍目には、年齢相応のおとなしげな少年にしか見えないことだろう。志を同じくするディラーム老の前ですら、ティムトはいまだに本性をさらそうとはしていなかったのだった。


「なるほどな。かえすがえすも憎きはゼラド大公国か。またかの大公めが叛逆の狼煙をあげた際は、ヴェヘイム騎士団の勇躍を期待しておるぞ」


 それで王の関心はティムトからそれたようなので、レイフォンはほっと息をついた。

 そこで、ひさかたぶりにユリエラ姫の声が響く。


「ねえ、肉や野菜はもう十分だわ。甘い菓子と新しい茶を運んできてちょうだい」


 命じられた侍女が、一礼して食堂を後にする。

 ベイギルスは、酔いに濁った目で娘を見た。


「何だ、もう料理に飽きてしまったのか? 魚料理は好物であったはずであろう?」


「たとえ好物でも食べられる量には限りがあるもの。甘い菓子を食べずに食事を終わらせることはできないでしょう?」


 そのようなことを述べながら、ユリエラ姫はつんと顔を背ける。

 酒杯を片手に、王は苦笑を浮かべていた。


「ユリエラよ、其方は今や第一王位継承権を持つ身であるのだ。今後はセルヴァの王の嫡子として、相応のふるまいを学ばねばなるまいな」


「別に好きこのんでそのような身になったわけではないわ。お父様は念願の玉座を手に入れてご満悦なのでしょうけれど」


 ベイギルスが以前のように癇癪を起こすのではないかと、レイフォンは危惧した。

 しかし、やっぱりベイギルスは困ったように笑っているばかりであった。


「臣下の前では陛下と呼ぶように言いつけておいたであろうが? ……其方たちには、とんだところを見られてしまったな」


「滅相もございません。ユリエラ姫はその果断なるご気性が美点であらせられるのですから、何もお気になさる必要はないように思われます」


 すかさずバウファが如才のない言葉を返す。

 それが規律を重んじる神官長に相応しい態度であるかはともかくとして、王の意向にはきわめて合致している様子だ。こと社交性という面において、彼が若い元帥たちよりも一歩先んじているのは確かであるようだった。


 その後は、あまり有益とも思えないよもやま話が続けられ、山のような料理が半分も減らぬ内に晩餐の会は終了と相成った。

 ご機嫌うるわしい王とそうではない息女の退席を見送ってから、自分たちも黒羊宮の食堂を出る。そうして大聖堂の住処へと戻るバウファとも別れたのち、レイフォンはようやく遠慮のない息をつくことができた。


「やれやれ。どうにも肩の凝る会食でありましたね。ジョルアン殿とロネック殿が招かれていなかったのは幸いでしたけれども」


「うむ。しかし、彼奴等は彼奴等で別の日に王と密談しているのであろうな。小姓に聞いた話によると、王が晩餐で臣下を招かぬ日はない、とのことであった」


 屋外の回廊を歩みながら、ごく低い声でディラーム老はそのように述べた。余人の盗み聞きを警戒しているのであろう。


「ベイギルス新王、神官長バウファ、そしてジョルアンとロネック――この四名の内の何名か、あるいはその全員が前王と十二獅子将の不審な死に関わっていることは間違いあるまい。お主の申す通り、それらのすべてが偶然でいちどきに起きたのだとは、とうてい考えられぬからな」


「そうですね。しかし、ここ最近の様子を見る限りでは、その四名の全員が共謀しているようには思えないのですが……」


「わからぬぞ。望むものを手に入れた後で、それぞれの利をむさぼるために袂を分かつたのやもしれぬであろう。……と、そのように申していたのも、お主ではないか?」


 それはティムトの言葉を代弁しただけであり、レイフォンの気持ちは別のところにある。

 が、そんな真情を吐露するわけにもいかなかったので、レイフォンは「はい」とうなずくしかなかった。


「何にせよ、敵方の情勢を探ると同時に、こちらも地盤を固めねばなるまい。わたしにあてがわれるヴァルダヌスの隊についてはどうなったのだ?」


「ええと、他の遠征兵団がグワラムの戦役で多くの兵を失ったため、それをヴァルダヌスの隊から補填したいという申し入れが、ロネック殿から持ち込まれているのですよね」


「……ヴァルダヌスの仇かもしれぬロネックに、ヴァルダヌスの育てた兵を分け与えねばならぬのか」


 老将は、険しい面持ちでぎりっと歯を噛み鳴らす。


「数千単位で兵を動かすならば、千獅子長をも引き渡すことになりそうだな。その人選についてはどうなっておるのだ?」


「それはその……どうだったかな、ティムト?」


 記憶の外側にある事項については、こうして本人に質さねばならない。

 半歩後ろを歩いていたティムトは、落ち着き払った様子で「はい」と答えた。


「グワラムの戦役では四千もの兵を失ったので、ヴァルダヌス将軍の隊からも何名かの千獅子長を動かすことになるでしょう。ですが、人選についての要望はありませんでした。ロネック将軍もヴァルダヌス将軍の麾下については十分な知識を備えていないのではないでしょうか」


「ふむ。ロネックの立場であれば、それが当然か。しかし、わたしは元帥としてヴァルダヌスの部隊を率いることが多かったので、何名かの千獅子長は記憶に残っている。かなうことなら、なるべく有望な人間を手もとに残しておきたいものだな」


「それはきっとこちらの要望を通すことが可能でありましょう。ロネック将軍には、どの千獅子長が有望であるかも判別はつかないのですから」


「それでは、これからお主らの部屋まで出向き、人選の仕事を進めさせてもらおうか」


 そのように述べてから、ディラーム老はひさびさに微笑をもらした。


「それにしても、確かにお主の従者も十分に有望であるようだな。まるでお主の半身であるかのように、お主の考えを代弁できるようではないか?」


 それは、話が逆であった。普段はレイフォンがティムトの考えを代弁しているのである。

 ディラーム老には早々に真実を打ち明けたほうが面倒も少ないのではないかなあと思いつつ、レイフォンは笑ってごまかすことにした。


「……ところで、王都を発った討伐部隊からはまだ何の連絡も入らぬのか?」


「はい。目的の地は荷車を引かせると半月もかかる場所でありますからね。到着するのに、あと五日ほどはかかることでしょう」


 これはレイフォンが自分で答えることができた。

 例の、第四王子を名乗る者を討伐するために出陣した半個大隊の話である。

 白牛宮に向かって歩を進めながら、ディラーム老は物思わしげに息をついた。


「どうにも気にかかるな。それは本当に第四王子の名を騙る痴れ者に過ぎぬのであろうか? 万が一にも本人であれば、その近くにはヴァルダヌスも控えていることになるのだが……」


「そればかりは確かめようのないことでありますが、ヴァルダヌスがおそばにあれば、五百の兵でも討ち倒すことは難しいでしょう。ましてや討伐隊を率いているのはロネック殿ご自身ではなく、その配下たる千獅子長に過ぎないのですから」


「うむ……」とディラーム老は難しい面持ちで唇を引き結ぶ。

 すると、前方から騒乱の気配が伝わってきた。

 燭台の灯された夜の通路を、押し問答しながら進んでくる一団がある。その大半は王宮付きの衛兵たちであったが、それに囲まれているのは旅装束の女人たちであるように思われた。


「何の騒ぎだ? ここは神聖なるセルヴァ王家の御許であるぞ?」


 ディラーム老が一喝すると、その一団の動きが止まった。

 その中から、旅装束の一人が飛び出してくる。


「失礼つかまつりました。貴君はひょっとして、十二獅子将のディラーム将軍ではありませんか?」


 背の高い、若くて美しい娘である。

 淡い色合いをした髪を頭の後ろで引っ詰めて、灰色の瞳を明るく輝かせている。その白い顔も革の外套も過酷な長旅を示すように砂塵で薄汚れていたが、それでもひと目で貴族とわかるたたずまいであった。


 しかし、とても優美で凛々しい容姿をしているのに、男のような身なりで、おまけに腰には刀を下げている。とうてい王都の人間とは思えなかったので、ディラーム老もたいそううろんげにその姿を見返していた。


「如何にもわたしはディラームだが、お主は何者であるか?」


「は。わたしはアブーフ騎士団の第七大隊長、クリスフィアと申します。このたびは父たるアブーフ侯爵デリオンの名代として、王都アルグラッドにまかりこしました」


 真っ直ぐに背筋をのばし、騎士の礼を取りながら、その奇妙な娘はそのように述べたてた。

 それがアブーフの女騎士クリスフィアとレイフォンたちとの邂逅の一幕であった。

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