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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第七章 糾える運命
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Ⅱ-Ⅴ 結集

2019.10/5 更新分 1/1

 夜である。

 その日の夜、金狼宮の一室において、王国の行く末を憂える同志が結集することになった。


 こういった会合は、これまでにもたびたび開かれている。

 しかしこのたびの会合は、これまで以上の昂揚に包まれていた。

 その理由は、もちろんダリアスが王都に帰還したためである。


(これでついに、役者がそろったという趣だな)


 人々が熱っぽく語らっているさまを見回しながら、クリスフィアはこっそりとそのように考えた。


 この場には、12名もの人間が集まっている。

 ヴェヘイム公爵家の第一子息レイフォンと、その従者であるティムト。

 現在は罪人としてすべての身分を剥奪された、ゼラ。

 十二獅子将たるディラーム老と、その配下となったイリテウス。

 ジェノス侯爵家の第一子息メルセウスと、その従者であるジェイ=シン、およびホドゥレイル=スドラ。

 かつての十二獅子将ダリアスと、ダーム騎士団を出奔した剣士ルブス、および学士のリッサ。

 そしてクリスフィアの、12名である。


 偽王子の一件を解決するために王都を離れたロア=ファムとギリル=ザザを除けば、これが同志のすべてであった。

 あとはダリアスが連れてきたラナもその中に含まれるのやもしれないが、彼女は現在フラウとともに隣の寝所で控えている。彼女はあくまで市井の人間に過ぎなかったので、このたびは身を休めることを許されたのだ。きっと寝所では、ようやく再会できた父親や幼馴染と喜びを分かち合っていることだろう。


「……それにしても、驚くべき話を聞かされるものだ。いい加減に、頭が破裂してしまいそうなところだな」


 そのように発言したのは、ダリアスであった。

 長らくダームに留まっていたダリアスは、この数日で王都に巻き起こった数々の騒乱について説明を受けたところであったのだ。


「《まつろわぬ民》に関しては、俺も例のご老人から聞き及んでいたが、このたびの災厄の中心にいるのが第四王子カノンであったとは……しかもそれが現在も生き永らえており、グワラムの地において《氷雪の御子》なる妖魅の首魁を撃退した、だと?」


「うん。おまけにカノン王子自身も《神の器》なる呪いに掛けられているなんて、まったく御伽噺のような話だよね」


 気安い調子で相槌を打ったのは、レイフォンである。

 ダリアスは溜め息をこらえているような面持ちで、そちらを振り返った。


「これだけの話を聞かされても、お前は飄々としているのだな、レイフォンよ。そのふてぶてしさを少し分けてもらいたいものだ」


「いやいや、私は君よりも早くからそんな話を聞かされていたから、先に落ち着きを取り戻したというだけのことだよ。君におすそ分けをできるほどのふてぶてしさなんて、とうてい持ち合わせてはいないさ」


 クリスフィアが想像していたよりも、この両名は気安い関係であるようだった。

 身分としてはレイフォンのほうがまさっているはずだが、同い年という要因もあってか、以前からこういった関係を構築していたらしい。彼らとはそれぞれ別の場所で縁を結んだクリスフィアとしては、いささかならず奇妙な心地であった。


「それに、お前が『大神の民』の血を引く人間だとはな、ゼラ。そのようなことは、想像もしていなかったぞ」


 ダリアスに視線と言葉を向けられて、ゼラは「はい……」とうなずいた。


「わたくしも、まさか自分の出自が取り沙汰されることになろうとは思ってもおりませんでした……ただ、わたくしが無力な人間であることに変わりはないのですが……」


「何が無力なものか。お前がいなかったら、俺もラナもギムもデンも、みんな無事ではいられなかったのだからな」


 そんな風に言ってから、ダリアスはふっと微笑んだ。


「……何にせよ、お前が無事であったことを嬉しく思う。それに、お前が敬愛していたというカノン王子が生き永らえているというのも、吉報だな」


「いえ……はい……王子をお救いできなかったわたくしなどに、何も賢しげなことを語る資格はありますまい……」


「そんなのは、トゥリ……いや、あのご老人が不親切であったというだけのことだ。最初からすべてをお前に打ち明けていたのなら、こうまで話がもつれることにもならなかったろうにな」


 この場において、トゥリハラの名は口に出さないように、という用心がされていた。魔術師の間では真の名も伏せるべきものである、とリッサが主張したためである。敵方の人間にトゥリハラの名を知られると、それだけで何らかの危険が及んでしまうかもしれない、という話であったのだ。


「しかし、驚かされたのはこちらも同じことだ、ダリアスよ。まさかおぬしが、すでに《まつろわぬ民》なる敵の首魁と相まみえていたとはな」


 そのように発言したのは、ディラーム老であった。


「しかもそれは、カノン王子が産まれた際に前王陛下を誑かした占星師である可能性がある、などと聞かされてはな。……それは確かな話であるのか、レイフォンよ?」


「はい。あくまで可能性の話となりますが、しかし『鮫歯を持つ痩せた老人』などというものが、そうそう何人もいるとは考えにくいので、まずは確かな話でありましょう」


 そんな風に応じながら、レイフォンはティムトのほうに目をやった。

 ティムトは小さくうなずいて、ダリアスのほうに向きなおる。


「ダリアス将軍に、もうひとたび確認させていただきたいのですが。その老人は、黒い肌ではなかったのですね?」


「ああ。死人のように薄気味悪い灰色の肌をした老人だった。それで、目の色は黒色だ」


「ではやはり、十六年前には肌を黒く塗っていたのでしょう。その者こそが、すべての陰謀の総元締めである《まつろわぬ民》なのだと思われます」


「うむ。何せあやつは、ダームの港町に疫神ムスィクヮなどを呼び寄せた張本人なのだからな。敵の首魁であることに間違いはあるまい。……かえすがえすも、逃がしてしまったのが惜しいところだ」


 ダリアスが口惜しそうに言うと、レイフォンが「いやいや」と微笑した。


「ティムトによると、もはや《まつろわぬ民》だけを討伐しても事態は収まらないという話なのだからね。そうなのだろう、ティムト?」


「はい。《神の器》の呪いは、すでに発動してしまっています。《まつろわぬ民》を討伐しても、カノン王子や《氷雪の御子》の呪いが解けることはないでしょう。これはもはや、王都の内で収まる災厄ではない、ということなのだと思います」


 それが、ティムトの主張であった。


「グワラムの地において、《氷雪の御子》は撃退されたとの報が入っていますが、決して退治されたわけではありません。妖魅を率いていた氷雪の巨人というものは早々に撤退したという話であるのですから、必ず生き永らえているはずです。その牙が、今度はどこに向けられるのか……僕たちは、それにも備えなくてはならないのでしょう」


「なおかつ、ゼラドの動きも不穏である、という話でしたね」


 メルセウスの言葉に、ティムトは「はい」とうなずく。


「現王政に牙を剥くゼラド大公国は、《まつろわぬ民》にとっても使い勝手のいい手駒となりうるでしょう。ゼラドが進軍を始めたならば、それに助力をして王都に脅威をもたらすという可能性は、十分にありうるかと思われます」


「今日は一日、兵団の再編成に時間を費やすこととなった。もう何日かあれば、ロネックらにひっかき回された獅子の軍に、然るべき力を蘇らせることもかなおう」


 力のある声で、ディラーム老はそう言った。

 それから、武人らしい笑みを浮かべて、ダリアスを振り返る。


「ただ、その中におぬしの存在は組み入れておらなんだからな。兵団長の座を、ひとつ空けねばなるまい」


「俺が、兵団長ですか。俺はルアドラに、多くの仲間を残しているのですが……それに、口はばったいことを言うようですが、俺が王都を離れてしまってもいいものなのでしょうか?」


「儂は知らん。しかし、レイフォンはそのように考えておるようだぞ」


 この中で、ディラーム老はまだレイフォンの知略の根源がティムトであるということを知らされていないのだ。

 レイフォンが限りなく苦笑めいた表情でティムトを見ると、聡明なる少年は取りすました顔で声をあげた。


「邪神をも退ける力を持つのは、ダリアス将軍とジェイ=シン殿のみとなります。ジェノスの民であられるジェイ=シン殿に王都の軍を率いることはかないませんので、グワラムかゼラドに進軍する際は、やはりダリアス将軍のお力が必要となりましょう」


「うむ……その先に、邪神が待ちかまえている可能性があるのだな?」


「はい。あくまで可能性の話ですが」


 ダリアスは溜め息をつきながら、乱雑にのびた髪をかき回した。


「それでは確かに、俺が進軍する他ないのだろうな。妖魅風情であればまだしも、邪神というやつは人間にあらがえる存在ではない。俺というよりは、この聖剣の力が必要となるのだ」


「ダリアス殿は、ずいぶんと気が進まぬ様子だな?」


 クリスフィアが口をはさむと、ダリアスは何故だかわずかに頬を赤らめた。


「うむ……俺とて十二獅子将の端くれであるのだから、兵団の長をつとめるのは誉れであるが……しかし、聖剣を扱うとなると、ラナの力も必要になってしまうのでな」


「ああ、聖剣で損なわれた力は、ラナの存在でしか癒やされないという話であったな」


 同じ理由で、ジェイ=シンは昨晩からずっと伴侶とともに過ごしていたのだ。理屈はまったくわからないが、聖剣を扱うには自らの生命力を捧げる必要があり、それは特定の人間とともに過ごすことで癒やされる、という話であったのだった。


「……その聖剣は、お師匠の術式で強引に聖性を引き出された魔道具ですからね。いわば、魔術師ならぬ人間が魔術を行使しているようなものです。その代償に魂を削られるのは、当然のことでしょう」


 と、広間の端でずっと不機嫌そうに黙りこくっていたリッタが、ふいにそのように述べたてた。


「そもそも四大神の力というのは、魔術の対極にある存在であるのです。それを魔術で顕現させるというのは、お師匠の絶大なる叡智と魔力のなせる技ですが、やはり外道の魔術であることに違いはありません。むしろ、大した犠牲もなくそのような力を行使できることを感謝するべきではないでしょうかね」


「感謝は、しているぞ。この聖剣がなければ、ダームも王都も滅んでいたのであろうからな。……ただ、俺だけではなくラナにまで迷惑が及んでしまうというのは……」


「迷惑ぐらい何ですか。べつだん鞘となる人間は、自らの生命力を術者に差し出しているわけではありません。両者の魂が調和することで、削られた生命力を回復させるのです。そのように便利な魔道具を賜っておきながら、文句をつけるなどとは傲慢の極みというものです」


 ダリアスが閉口すると、それに代わってティムトが鋭い視線をリッサに突きつけた。


「どうやらあなたは、僕たちよりも魔術にお詳しいようですね、学士殿」


「僕はお師匠の秘蔵する魔道書や歴史書を、余すところなく拝見しましたからね。『禁忌の歴史書』の一冊を呼んだていどの方々と比べられるのは、心外です」


 リッサはリッサで、ずいぶん不機嫌そうな様子である。どうやらリッサはトゥリハラなる魔術師にすっかり傾倒してしまったらしく、彼女の知らないところでクリスフィアとジェイ=シンがかのご老人に遭遇したと聞かされるや、「ずるいです!」などとわめきたてていたのだった。


(しかし、あのような怪しげな存在に心を奪われてしまうとは……つくづく変わり者なのだな、こやつは)


 クリスフィアがそのように考えたとき、ホドゥレイル=スドラが「それで」と声をあげた。


「今後、我々は何を為すべきなのであろうか? ……俺が主人を差し置いて意見などをするのはおこがましい話であろうが、どうにも進むべき道が見えてこないのだ」


「そうですね。ある意味、王都における陰謀劇は、終息してしまったのだと思います」


「終息? まだ《まつろわぬ民》も退治していないのにか?」


「はい。言い方を変えれば、《まつろわぬ民》の準備した陰謀劇の図面は、すべて明るみにされたのだと思われます。《まつろわぬ民》の手駒であった人々は、全員が捕縛されるか魂を返すことになりましたし……大聖堂の地下に巣食っていた蜘蛛神ダッバハも、ダームの港町に出現した疫神ムスクィヮも退治されました。昨晩、《まつろわぬ民》が自らダリアス将軍の前に現れたのも、もはや手駒が尽きたゆえであったのでしょう」


「ふむ。しかしそれは、あくまで王都においては、ということなのだな。だからお前はそのように、グワラムやゼラドに警戒の目を向けているということか」


「ええ。《まつろわぬ民》の最終目的は、四大王国の滅亡です。そうして世界が再び魔術に支配されることこそが、彼らの悲願であるのです。《神の器》というものすら、そのための道具に過ぎません。では、手駒の尽きた《まつろわぬ民》が、今度はどのような手を打ってくるか……それはやはり、外部の力をもって王都の安寧を揺るがすことであるのでしょう」


 ティムトの言葉に、多くの人間が表情を引き締めることになった。

 ただ、レイフォンとメルセウスは相変わらず穏やかな面持ちであるし、ジェイ=シンやホドゥレイル=スドラは泰然とした様子でティムトの言葉を聞いている。それに、ダリアスの連れであるルブスという若者は、最初からたいそう居心地の悪そうな顔でだんまりを決め込んでいた。


(まあ、いきなりこのような話を聞かされては、無理もあるまい。ダームの地で妖魅の群れとやらと遭遇していなければ、我々の正気を疑っていたところであろうな)


 クリスフィアがそのように考えていると、ホドゥレイル=スドラが「では」と言葉を重ねた。


「あらためて、聞かせてもらいたい。我々は、何を為すべきであるのだろうか? 王都の軍の所属する人々は、グワラムかゼラドのどちらかに進軍するとして――それ以外の人間に、為すべきことは残されていないのであろうか?」


「いえ、そのようなことはありません。《まつろわぬ民》の陰謀を挫くために、為すべきことは残されています。それに尽力するのは、レイフォン様のお役目となりますが……こちらの動きを察知すれば、《まつろわぬ民》も黙ってはいられないでしょう。みなさんには、レイフォン様を支援し、《まつろわぬ民》を撃退するお役目を担っていただきたく思います」


「ほう。レイフォンは、いったい何を企んでおるのだ?」


 ディラーム老が問いかけたが、レイフォンはまだその内容を知らされていないらしく、曖昧に微笑んでいた。

 それを横目で見やってから、ティムトは言葉を重ねる。


「《まつろわぬ民》の陰謀を、根底から覆すのです。僕たちはこれまで後手を踏み続け、《まつろわぬ民》の企てた陰謀をことごとく成就させてしまいましたが――事ここに至っては、その完成された図面を引き裂き、無に帰すしかないでしょう」


「うむ? よくわからんな。いったいどのようにすれば、陰謀を無に帰すことができるというのだ? 魂を返された前王や王太子らを蘇らせることはかなわんのだぞ」


「はい。ですが、すべての嘘を真実の刃で斬ることはできるはずです」


 ティムトの瞳に、武人のごとき鋭い光が浮かべられた。


「お考えください。王都を見舞った陰謀は、すべてカノン王子を絶望させて、《神の器》に仕立てあげるための手管であったのです。もはやその呪いを解く手段は残されていないかもしれませんが……王子の絶望を取り除くことは可能でしょう」


「王子の絶望を、取り除く? それはいったい――」


「すべての真実を、明かすのです。前王らを謀殺したのは《まつろわぬ民》であり、カノン王子に罪はなかった――そのように、王国全土に布告を回すのです」


 ガタリと、椅子を鳴らす音がした。

 これまでずっと沈黙を守っていたイリテウスが、爛々と双眸を燃やしている。


「それは、つまり……王子の罪を恩赦する、ということなのでしょうか?」


「恩赦ではありません。カノン王子もまた、卑劣な陰謀を仕掛けられた被害者であるのです。銀獅子宮を焼き尽くしたのは《神の器》の魔力であるのでしょうが、憎むべきはカノン王子にそのような呪いをかけた《まつろわぬ民》であるはずでしょう?」


「しかし、わたしの父もその炎で焼かれたのです! 父は、カノン王子の生み出した炎の魔術によって魂を返すことになったのでしょう?」


 イリテウスの父たる十二獅子将アローンは、前王らとともに銀獅子宮で魂を返しているのである。

 その若い面には、真摯と憎悪の激情があふれかえっていた。


「……あなたはすでに、すべての真実を知らされています。その上で、なおもカノン王子を憎んでおられるのでしょうか?」


「《まつろわぬ民》というものが諸悪の根源であることは、理解しているつもりです! しかし……炎の魔術を行使したのは、カノン王子その人です! カノン王子は前王を憎悪したゆえに、それを守ろうとした父もろとも焼き尽くしたのではないですか!?」


「カノン王子の真情を知るのは、カノン王子ご自身だけです。少なくとも、審問もせぬうちに罪人と決めつけることはできないはずです」


「では、審問を行うのですか? マヒュドラに身を寄せたと思われるカノン王子を、どのようにして王都にまで召喚するのです?」


「実際にカノン王子を召喚するのは、きわめて難しいかと思われます。ですが、肝要であるのは《まつろわぬ民》の陰謀を打ち砕くことであるのです。カノン王子に罪はないと布告するだけでも、王子の心から絶望を払う一助にはなるかと思われます」


「では、そのために父を殺された無念を打ち捨てろということですか!」


 イリテウスが、椅子を蹴って立ち上がった。

 同時に立ち上がったディラーム老が、その腕をひっつかむ。


「落ち着け、イリテウスよ。アローンは、儂にとってもかけがえのない朋友であった。しかし今は、王国の一大事であるのだ」


「しかし――!」


「それに、カノン王子の罪を許すというのは、そう簡単な話ではあるまい」


 ディラーム老は、きわめて厳しい目つきでレイフォンとティムトを見比べた。


「最後に決断を下すのは、新王陛下であられるのだ。その意味はわかっておるのであろうな?」


「はい。すべてが《まつろわぬ民》の陰謀であったということは、カノン王子が王位継承権を剥奪されたことも誤りであるということになります」


「うむ。そして、本来であれば王弟よりも第四王子のほうが継承権は上となる。カノン王子の罪を許すということは、新王陛下の王位を揺るがすということであるはずだ」


「そうはならないように、取り計らうつもりです。どのような経緯であれ、魔なる存在となったカノン王子を王位に据えることは許されないでしょう」


 ディラーム老はしばらくティムトの顔を見つめてから、「そうか」とつぶやいた。


「ならば儂も、これ以上は言うまい。カノン王子に玉座を与えるつもりだなどと言われていたら、とうてい黙ってはおられなかったであろうがな」


 そうしてディラーム老は、歯を食いしばるイリテウスにほうに向きなおった。


「おぬしもひとまず、心を抑えよ。我々は、王国に忠誠を誓った身であるのだ。それを忘れることは、決して許されん」


「では……やはり、この無念を押し殺せと仰るのですね」


「そうではない。カノン王子を許すことが、王国にとって正しき行いであるかどうか、それを見極めよと言うておるのだ。かの従者が申す通り、審問もせぬ内にカノン王子を罪人と決めつけるわけにはいくまい」


 イリテウスは無言のまま、深くうつむいた。

 ディラーム老は小さく息をつき、レイフォンのほうに視線を向ける。


「今日のところは、ここまでとするべきであろう。おぬしたちの判断が正しきものであるかどうか、儂も腰を据えて見定めさせてもらうぞ、レイフォンよ」


「ええ、もちろんです」と、レイフォンは立ち上がった。

 他の者たちもそれにならい、それぞれの椅子から腰を上げる。クリスフィアは寝所に向かい、ラナとフラウを呼び戻すことにした。


(ティムトの言うことは、わからなくもない。しかし、これは……小さからぬ波紋を呼ぶことであろうな)


 自分がイリテウスの立場であっても、そう易々とティムトの言葉に肯んじることはできなかっただろう。父の死とは、それほどのことであるのだ。


(ティムトはおそらく、誰よりも正しい。しかし、正しさだけでは割り切れない問題も、この世には存在するのではないだろうか)


 そんな風に考えながら、クリスフィアはティムトのほうをうかがった。

 ティムトはレイフォンとともに、すでに部屋を出ようとしている。ティムトを見下ろすレイフォンの横顔には、とても心配そうな表情が浮かべられていた。


(そうだな……ティムトの足りない部分を補うのは、おそらくあなたなのだろう、レイフォン。どれほど聡明であろうとも、ティムトはまだ十四歳の若さであるのだ。知略や策謀はティムトに丸投げでかまわんから、その他の部分をしっかりと支えてやるがいい)


 そうして、その日の集会は一抹の懸念をはらみながら、終わりを迎えることになったのだった。

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