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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第七章 糾える運命
174/244

Ⅱ-Ⅲ 次なる局面

2019.7/27 更新分 1/1

「やれやれ、すっかり日が暮れてしまったな」


 金狼宮の執務室にて、クリスフィアは一同の心情を代弁してみせた。

 この場には、すべての同志がまた顔をそろえている。レイフォン、ティムト、ディラーム老、イリテウス、メルセウス、ジェイ=シン、ホドゥレイル=スドラという顔ぶれだ。


 大聖堂の礼拝堂が崩落した後、クリスフィアたちは妖魅の生き残りなどがいないか入念に確認したのち、新王ベイギルスへと事態の報告に出向くことになった。そうして新王をなだめすかしている間に、とっぷりと日が暮れてしまったのである。


 日中には審問が行われ、そこでジョルアンは魂を返すことになった。そうしてバウファとゼラだけでなく、ロネックまでもが大罪人として投獄されることになった。あげくの果てには大聖堂にて邪神を討伐するなどというとんでもない事態に陥った末に、ようやく夜を迎えることとなったのだ。


 しかし、これだけの騒ぎに見舞われながら、クリスフィアたちはまだ休息することも許されないらしい。

 長椅子にぐったりと沈み込んだレイフォンのかたわらで、ティムトは決然たる声をあげていた。


「クリスフィア姫とジェイ=シン殿の働きによって、王都は未曽有の脅威から守られることとなりました。ですが、《まつろわぬ民》がどこかに潜んでいる以上、いまだ気を抜くことはできないかと思われます」


「うん。それに、大聖堂は半ば崩落してしまったけれど、あれでも西方神の加護を期待できるものなのかねえ?」


 レイフォンが、さすがにくたびれた声でそのように応じる。レイフォンは礼拝堂が崩落した際、ティムトを庇ってあちこち負傷してしまったのだ。幸い、大きな手傷はなかったようだが、肩と腰を強打しており、歩くのも辛いような状態にある。

 そんな主人の姿を強めの目つきでにらんでから、ティムトは「はい」とうなずいた。


「大聖堂が大聖堂としての形を残している限り、加護の力に変わりはないかと思われます。なおかつ、ジェイ=シン殿たちのお言葉を信じるならば、あの場は四大神の聖なる力に清められたことになりますので、なおさら心配は不要でしょう」


「その、ジェイ=シンたちの話というのが、儂にはいまひとつ理解しきれないのだが」


 ディラーム老の言葉に、イリテウスも「自分もです」と便乗する。


「あの場に現れたのは邪神そのものであり、それを討ち滅ぼすために謎の老人が力を貸してくれたなどというのは、あまりにも……御伽噺めいた話ではありませんか?」


「ですが、それが真実であるかどうかを検証するすべはありません」


 ティムトは怯んだ様子もなく、そのように言いきった。


「ただ、この地に現れたのは邪神の名に相応しい力を有する妖魅であり、ジェイ=シン殿は正体の知れぬ何者かの助力によって、それを討ち倒すことがかなった。……それは、まぎれもない真実であるのです。それとも、ジェイ=シン殿とクリスフィア姫が虚偽の報告をしているのだとお疑いなのでしょうか?」


「いや、同志たる姫らがそのような虚言を吐くとは思っていないが……」


「ならば僕たちは、目に見えている真実を頼りに、今後の行く末を定めるべきでありましょう」


 すると、やはりいくぶん疲弊した様子で壁にもたれていたジェイ=シンが発言をした。


「ならば、俺からも言わせてもらおう。さきほども伝えた通り、俺たちに力を貸してくれたのは御伽噺の住人でも正体不明の老人でもない。あれは、大神の民であったのだ。……もっとも、聖域を出てしまったあやつは、もはや大神の民ならぬ根無し草であるようだがな」


「大神の民。……大神アムスホルンとともに眠ることを選び、聖域の中に引きこもったという魔術師の一族ですね」


 強い光をたたえたティムトの目が、今度はジェイ=シンに向けられる。


「このような騒ぎに巻き込まれる前であれば、僕もそのような話を信じることは、なかなかできなかったでしょう。ですが、僕たちの敵は大神の眠りをさまたげんとする《まつろわぬ民》であるのです。ならば、大神の民の血族が助力を願い出てきても、なんらおかしいことはないように思います」


「そうであるのか? しかし、大神の民はアムスホルンの目覚めを待ちわびているのであろう? であれば、《まつろわぬ民》に加担しようとするのが本来の姿なのではないか?」


 ディラーム老の反論に、ティムトは「いえ」と首を振る。


「大神の民は、あくまで大神アムスホルンの意志を重んじているはずです。人間ごときが大神の眠りをさまたげようなどとは、彼らにとってもっとも許されざるべき行いであるのでしょう。《まつろわぬ民》というのは、大神アムスホルンと四大神の両方に仇なす存在であるのです」


「ううむ、しかしな……それは本当に、大神の民であったのだろうか?」


 ディラーム老の視線を受けて、ジェイ=シンはけだるげに「うむ」とうなずいた。


「森辺の民は、大神の民と出くわしたことがあるのだ。俺は父からそれを伝え聞いていたので、大神の民がどのような姿をしているかを知っている」


「王国の民よりも小さき体躯に、顔と手足に刻みつけた魔術師の刻印……というものですね?」


 ティムトの言葉に、ジェイ=シンはぎょっとした様子で目を見開いた。


「うむ。確かに、その通りだが……まさかお前も、大神の民と出くわしたことがあったのか?」


「いえ。僕は《禁忌の歴史書》で知識を得たに過ぎません。あとは、それぞれの一族にとっての聖なる色彩に、その肉体を染めあげている、という特徴もあったはずですが……」


「うむ。その特徴だけは、あのトゥリハラには備わっていなかった。モルガの森に住まう大神の民は《赤き民》と呼ばれており、全身を赤く染めあげているという話であったのだがな」


「そうでしょうね。聖域を捨てて根無し草となったのならば、一族の色彩に身を染めることも許されないのでしょう。また、聖域を捨てなければ魔術を行使することも許されなかったはずです。彼らは大神が目覚めるまで魔術は使わないと誓約して、聖域の中に引きこもったはずなのですからね」


 確信に満ちた声で、ティムトはそのように言葉を重ねた。


「こうして聞く限り、そのトゥリハラなる人物の素性は確かであるかと思われます。また、聖域を捨てた外法の魔術師であるからこそ、四大神の力にも干渉することができたのでしょう。本来であれば、大神の民は四大神の叡智の結晶たる鋼の存在を何よりも忌み嫌っているはずです」


「ああ、言われてみれば、その通りだな。あやつはあやつで、とんだはぐれ者ということか」


 ジェイ=シンは背後の壁に頭を押しつけると、まぶたを閉ざしながら大きく息をついた。


「まあしかし、あやつがいなければ俺もクリスフィアも魂を返していたし、王都は邪神に滅ぼされていたかもしれん。俺の心には、感謝しかない」


「ジェイ=シン、君はとても疲れているようだね」


 と、ジェイ=シンの近くで椅子に座していたメルセウスが、心配そうにそちらを振り返った。


「無理をせず、君も腰を下ろすといい。邪神を討伐するなどというとんでもない大仕事を果たしたのだから、疲れているのが当然だ」


「馬鹿を言うな。護衛役が椅子などに座れるものか」


 そこでクリスフィアは、トゥリハラの言葉を思い出すことになった。


「そうだ! その聖剣というやつは、使う人間の生命を蝕んでしまうのだろう? ジェイ=シンは、一刻も早く伴侶のもとに戻るべきだ!」


 メルセウスが、びっくりまなこでクリスフィアを振り返ってきた。


「クリスフィア姫、それはどういったお話でしょうか? 生命を蝕むとは、いったい……?」


「わたしにもよくわからんが、とにかくその聖剣はジェイ=シンの生命を糧として、凄まじい力を発するようであるのだ。そして、その力をもとに戻すには伴侶の存在が必要なのだと、トゥリハラはそのように語っていた」


 するとジェイ=シンが、いくぶん顔を赤くしてクリスフィアをねめつけてきた。


「余計なことを言うな、クリスフィア。俺はべつだん、そこまで疲れているわけではない」


「それでも、トゥリハラの言葉に従うべきであろう。さあ、伴侶のもとに戻れ」


 すると今度は、レイフォンがけげんそうに声をあげた。


「ちょっとお待ちを。ジェイ=シンの故郷たる森辺の集落は、ジェノスの領土にあるのだろう? だったらどんなに急いでも、十日はかかってしまうのじゃないかな」


「いや、ジェイ=シンはこの王都にまで、伴侶を同行させているという話であったのだ」


「だから、余計な話をするな!」と、ジェイ=シンはいっそう顔を赤くした。

 メルセウスは困惑気味に微笑みながら、クリスフィアとジェイ=シンの姿を見比べている。


「よくわからないけれど、ジェイ=シンは伴侶のもとに向かうべきなのですね? ええと、彼女はいまどこにいるのだろう?」


「知るか! あやつは俺の言うことなど、何も聞こうとはしないのだからな!」


「それは、おたがいさまというやつじゃないか。君だって伴侶の反対を押し切って、僕の護衛役などを引き受けてくれたのだからさ」


 そう言って、メルセウスはくすくすと笑った。


「とにかく、伴侶の居所を突き止めよう。ディラーム将軍、申し訳ないのですが、小姓をお借りできますか?」


 ディラーム老の快諾を得て、呼びつけられた小姓が探索の任務を帯びることになった。

 その姿を見届けてから、メルセウスはあらためてジェイ=シンに向きなおる。


「それじゃあ伴侶が見つかるまで、ジェイ=シンは楽にしておかないとね。僕はあちらの長椅子に移らせていただくから、この椅子を使うといい」


「同じことを、何度も言わせるな。護衛役が、椅子になど座れるか」


「だったら君の主人として、遠慮なく命令させていただくよ。ジェイ=シン、ジェノス侯爵家の第一子息メルセウスの名において命ずる。この椅子に、座りたまえ」


 ジェイ=シンは青い瞳を爛々と燃やしつつ、椅子にどすんと腰を下ろした。

 その姿を、ホドゥレイル=スドラは沈着なる眼差しで見やっていた。


「座っていようが立っていようが、護衛役としての仕事に支障はあるまい。何を意固地になっているのだ、お前は」


「やかましい! だったら、お前も座ればよかろうが!」


「俺はお前のように、くたびれ果ててはいないのでな」


 あくまで沈着に応じながら、ホドゥレイル=スドラの瞳にはまだ安堵の光がにじんでいた。ジェイ=シンとクリスフィアの行方がわからなくなったことによって、彼はたいそう心を痛めることになってしまったのだ。


「さて。それで僕たちは、何を論ずるべきなのでしょう?」


 メルセウスが声をあげると、ティムトは「はい」と身を乗り出した。


「ジェイ=シン殿とクリスフィア姫の働きによって、僕たちはひとつの窮地を脱することができました。ですが、この先にはさらなる窮地が待ち受けています。ダックからの使者については、さきほどもご説明いたしましたね?」


「ああ、グワラムの砦が氷雪の巨人なる妖魅に襲われたという件か。まさか、グワラムにまでそのようなものが現れるとはな」


 クリスフィアが、横から返事をしてみせた。その話は新王のもとを訪れる前に、ティムト自身から聞かされていたのである。


「それで、その妖魅どもを退けたのはカノン王子であると、ティムトはそのように考えているのだな?」


「はい。グワラムの城塞は火の罠で氷雪の巨人を退けたという報告が入っていますが、マヒュドラ軍がそのような設備を保持しているという話は聞いたことがありません。カノン王子が火の魔術を行使したのだと、僕はそのように推測しています」


「そして、氷雪の妖魅を使役できるのは、カノン王子と同じように《神の器》としての力を与えられた者だけ、か。……まったくもって、この世のものとは思えぬ話だな」


 クリスフィアはそのように言ってみせたが、イリテウスのようにティムトの言葉を疑っているわけではなかった。クリスフィアの知る限り、ティムトはこの世でもっとも聡明な人間であるのだ。


(それにわたしは、蜘蛛神ダッバハなどというものと遭遇してしまった。イリテウスやディラーム老が何を疑おうとも、あれは邪神の名に相応しい存在だった。この世界は、すでにわたしたちの知る道理や常識だけでは説明のつかない世界に変貌しかけているさなかであるのだ)


 クリスフィアはぶるっと背筋を震わせてから、自分の弱気を払いのけるべく語調を強めた。


「しかし、グワラムはマヒュドラとの国境に位置する北の果てだ。我々が王都を捨て置いて、足をのばすわけにもいくまい?」


「はい。ですが、急を要するのはグワラムばかりではありません。ゼラドの軍もまた、明日にも進軍を始めようとしているさなかであるのです」


「そちらに関しては、ロア=ファムとギリル=ザザに任せるしかなかろう。……それとも、何か考えでもあるのか?」


「具体的な考えがあるわけではありません。ですが、このまま手をこまねいているわけにもいかないでしょう。特にグワラムに関しては、このたびの陰謀の根幹を為すカノン王子が関わっているのかもしれませんし……ゼラド軍のほうとて、それは同じことであるのかもしれません」


「なに?」と眉をひそめたのは、ディラーム老であった。


「それは、どういう意味であるのだ? あちらは単に、偽王子に煽動されたゼラド軍が性懲りもなく鎌首をもたげたというだけの話であろう? このたびの陰謀とは関わりあるまい」


「はい。僕もそのように考えていたのですが……グワラムの一件で、大きな危機感を抱くことになってしまいました。もしかしたら《まつろわぬ民》の陰謀は王都ばかりでなく、大陸全土に及んでいるのかもしれません」


 ティムトの瞳が、いっそう真剣な光をきらめかせた。


「そして、四大王国の滅亡を願う《まつろわぬ民》であれば、西の王国の現王政に牙を剥いているゼラド大公国は、実に使い勝手のいい武器となりましょう。そうすると……ゼラド大公国の進軍に、力を添えようとするやもしれません」


「しかし、ゼラドの者たちとて、王国の民であることに変わりはない。また、ゼラドの大公めがどれだけ非道な卑劣漢であっても、忌まわしき魔術師などと手を携えることはありえんだろう」


 ディラーム老はそのように述べたてたが、ティムトは強い声で「いえ」と応じた。


「ゼラド大公が《まつろわぬ民》と手を携える必要はありません。ゼラドの軍が王都を脅かし、双方の軍が疲弊すれば、それこそが《まつろわぬ民》の利となるのです。まずはゼラドの軍が無事に王都に到着できるように、魔術の力でひそかに支援するかもしれないと、僕はそのように危惧しています」


「では、どうするのだ? 我々とて、迂闊に王都を離れるわけにもいくまい?」


「はい。ですが、どのような事態にも対処できるように、備えておくべきだと思います。グワラムか、ゼラドか、向かうべき場所はいまだ定められませんが……それでも、いつでも動けるように、軍の編成をしておくべきではないでしょうか?」


「軍の編成、か」と、ディラーム老は渋面で腕を組んだ。


「それは、頭の痛い話だな。第一・第二遠征兵団の長たる新たな十二獅子将は、どちらもロネックめの配下であった者たちであるのだ。そやつらがこのたびの陰謀にどこまで関わっていたかはわからぬが、その審議も済まさぬ内に兵団の指揮を任せるわけにもいくまい?」


「はい。ですからその再編成を、ディラーム老にお願いしたいのです。……さらに言うならば、ジョルアン将軍の配下であった二名に関しても、審議が必要でありましょうね」


「ふん。第二防衛兵団の長と、ルアドラ騎士団の長か。まあ、ルアドラ騎士団に関しては、ダリアスさえ戻ってくれば丸く収まるのであろうが――」


「いえ。ダリアス将軍に関しましては、遠征兵団の団長として采配を振るっていただきたく思います」


 ティムトの言葉に、ディラーム老は「なに?」と目を丸くした。


「それは、どういう話であるのだ? もちろんダリアスであれば、遠征兵団の指揮官としても不足はないが――あやつはもともとルアドラ騎士団の長であったのだぞ?」


「はい。ですが、ダリアス殿とてルアドラの領地で安穏と過ごす心持ちにはなれないことでしょう。少なくとも、このたびの陰謀が終結するまでは」


 そこでティムトは、クリスフィアのほうに目を向けてきた。


「クリスフィア姫。あなたとジェイ=シン殿が遭遇したトゥリハラなる人物は、ダリアス将軍に関して何も言及していなかったのでしょうか?」


「ダリアス殿について? うむ。詳しい話は語られなかったが、トゥリハラはダリアス殿もジェイ=シンと同じく獅子の星の剣士であるなどと言いたてていたな」


「やはり、そうでしたか。であればダリアス将軍もジェイ=シン殿と同じように、聖剣の力というものを授かっているのやもしれません。現在の僕たちにとって、ダリアス将軍とジェイ=シン殿の力は、最後の頼みの綱となるはずです」


 ティムトは断固たる口調でそう言った。


「ですが、王都の軍に属さないジェイ=シン殿に遠征兵団の指揮を任せることはかないません。グワラムかゼラド方面のどちらかで退魔の力が必要になったとき、頼れるのはダリアス将軍おひとりであるのです」


「相分かった。儂としても、ダリアスをルアドラなどに閉じ込めておくのは不相応であると考えていた。少し前まではヴァルダヌスにディザットという立派な十二獅子将がおったので、如何ともし難かったが……あやつに相応しいのは、遠征兵団の指揮官という座であろう」


 ディラーム老は武人らしい顔つきで、不敵に微笑んだ。


「それに、ヴァルダヌスやディザットの副官たちは、ロネックたちの横槍によって要職から外されてしまったのだったな。そやつらを呼び戻してやれば、何も不都合はない。本来であれば、あやつらこそが十二獅子将に相応しい立場であったのだ。そう考えれば、ロネックとジョルアンめがひっかき回した王都の軍を、正しき姿に戻すというだけのことだな」


「はい。レイフォン様が王陛下に進言すれば、軍の再編成もこちらの思惑通りに進められるかと思います」


「では、ディラーム老には元帥として返り咲いていただかなくてはなりませんね」


 レイフォンが微笑まじりに呼びかけると、ディラーム老は「ふふん」と鼻を鳴らした。


「できれば若い連中にその座を譲ってやりたいところだが、まだしばらくは儂が預かる他なかろうな。よし、王都の軍の再編成については、儂がぞんぶんに頭をひねらせていただこう」


「ありがとうございます。どうかよろしくお願いいたします」


 すると、しばらく静かにしていたメルセウスがティムトに向きなおった。


「それで、僕たちはどうするべきでしょうか?」


「さきほどもお伝えした通り、ジェイ=シン殿のお力はかけがえのないものとなります。いつでも十全に動けるように、まずはご回復をお願いいたします」


「では、僕とホドゥレイル=スドラは如何でしょう? この夜に、もう果たすべき仕事は残されていないのでしょうか?」


 すると、ティムトの瞳にきらりと鋭い光が閃いた。


「いえ。ホドゥレイル=スドラ殿には、もうひとたびお力をお借りしたく思います。この後、僕とレイフォン様の護衛をお願いできますでしょうか?」


「おやおや、私たちも働かなくてはならないのか。いったいどのような仕事が待ち受けているのかな?」


 レイフォンがとぼけた声をあげると、ティムトはいくぶん苦い面持ちでそちらを振り返った。


「それは日が高い内からお伝えしていたでしょう。僕たちは、ゼラ殿と言葉を交わさなくてはなりません」


「ああ、そんな話もあったねえ。……ゼラ殿は、それほどまでに重要な立場であるのかな?」


「ゼラ殿の重要度は、日が暮れる前より数段高くなりました。ウォッツなる人物を失った僕たちは、もはや伝書鴉を頼りにすることもできなくなってしまったのですからね」


 そう、ゼラの配下であったウォッツは妖魅によって、魂を返すことになってしまったのだ。

 クリスフィアは、胸の奥に熱い炎が宿るのを感じた。


「ならば、わたしも同行させてもらおう。ディラーム老のおそばにあっても、なんの力にもなれぬだろうからな」


 ティムトはけげんそうに、クリスフィアを振り返ってきた。


「クリスフィア姫も、お疲れであるのでしょう? 今日はもうおやすみになっては如何ですか?」


「このような状況で、ひとりだけのんびりと休息する気にはなれん。我々は、一刻も早く《まつろわぬ民》を打倒しなければならないのだ」


 クリスフィアは、そのように答えてみせた。


「ティムトも銀獅子宮の隠し通路で、大蛇の妖魅に出くわしていたな。しかし、わたしとジェイ=シンがさきほど出くわした蜘蛛神ダッバハというのは……それにもまさる、おぞましき存在であったのだ。あのようなものを使役する《まつろわぬ民》は、とうてい放っておくことができん」


「そうですか。でも、《まつろわぬ民》が邪神を使役しているわけではありませんよ。まがりなりにも神と呼ばれる存在が、人間などに使役されるはずがありません。《まつろわぬ民》は、ただ眠れる邪神がこの世に現出できるように、場を整えているに過ぎないのです」


「そうだとしても、《まつろわぬ民》さえ討伐すれば、邪神どもも姿を現すこともできなくなるのであろう? ならば、同じことだ。あれは……この世にあっていい存在ではないのだ」


 勢い込んでクリスフィアが言いたてると、ティムトの瞳にふっと静かな光が灯された。


「ひとつだけ、言わせていただきます。僕たちが邪神と呼ぶ神々は、もともと七小神の兄弟であったのです。それは、大神アムスホルンとともに眠ることを選んだ神々であるのですよ」


「七小神の兄弟だと? あのようにおぞましき妖魅の首魁めが、エイラやミザやマドゥアルの兄弟であったというのか?」


「はい。大神アムスホルンが目覚めるとき、闇の存在と成り果てた彼らも浄化されて、再び神としての姿を取り戻すのだと、《禁忌の歴史書》にはそのように記されていました。七邪神もまた、《まつろわぬ民》によって眠りをさまたげられたに過ぎないのです」


「ちょっと待て。だったら俺は、正しき神に成り得た存在を斬り捨ててしまったということか?」


 ジェイ=シンが不満そうに声をあげると、ティムトは「いえ」と首を振った。


「人間に、神を殺すことはできません。あなたは四大神の聖なる力によって、蜘蛛神ダッバハに再び安らかなる眠りを与えたのでしょう。……《まつろわぬ民》を取り逃がせば、またその眠りがさまたげられてしまうやもしれません」


「……よくわからんが、俺はあやつらを斬り捨ててもかまわんのだな?」


「はい。そうすることが、正しき運命を紡ぐはずです」


 そう言って、ティムトはレイフォンのほうを見た。


「それでは、ゼラ殿のもとに向かいましょう。どれだけ身体が辛くとも、レイフォン様には責任者として同行していただかなければなりませんからね」


「わかっているよ。歩くぐらいは、なんともないさ」


 そうして長椅子から身を起こしたレイフォンは、老人のように「あいたた」と腰をさすった。

 その姿に、ティムトは眉を吊り上げる。


「だから、僕のことなど放っておけばよかったんです。自業自得というものですよ」


「だから、何も文句など言っていないじゃないか。私はべつだん、自分の行いを後悔しているわけではないからね」


 レイフォンがにっこり微笑むと、ティムトはいっそう不満そうな顔をした。

 ティムトには珍しい、年齢相応の少年らしい表情である。その姿は、クリスフィアの荒ぶる心をいくぶん安らがせてくれた。


(それにしても、ゼラ殿との面会か。あの御仁は決して悪しき人間ではないように思えるのだが、ティムトはどのように考えているのだろう)


 ともあれ、その答えはすぐに明かされることになるのだろう。

 愉快な主従と運命をともにするべく、クリスフィアも腰をあげることにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  料理道と同様、質と量どちらも読み応えたっぷりでとても嬉しいかぎりです。 [気になる点]  この174話「次なる曲面」でトゥリハラはダリアスについて何も言わなかった、となっていますが、16…
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