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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第七章 糾える運命
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Ⅲ-Ⅰ 相次ぐ急報

2019.5/25 更新分 1/1

「……ディラームめは何をやっておるのだ? 大聖堂に出向いたきり、何の連絡も入らないではないか」


 新王ベイギルスは、辛抱のきかない幼子のごとき様相でそのように述べたてていた。

 場所は黒羊宮の、応接の間である。室内に控えているのはレイフォンとティムトとメルセウスの三名のみで、守衛も小姓も遠ざけられている。

 あまり香りのよくない茶を申し訳ていどにすすってから、レイフォンはそちらに微笑を差し向けてみせた。


「ディラーム老が黒羊宮を出てから、いまだ半刻ていどでありましょう。兵の編成には相応の時間がかかるものでしょうから、ようやく大聖堂の包囲を終えたぐらいの頃合いではないでしょうか」


 あまり納得したようでもない面持ちで、ベイギルスは「そういうものか」と肘掛けに頬杖をついた。

 レイフォンたちは、ディラーム老が兵を動かす許しを得るために、この場を訪れたのだ。何も知らないベイギルスにすべてを打ち明けることはできなかったので、「大聖堂に陰謀の黒幕が潜んでいるやもしれない」という虚言を弄して、新王の許しを勝ち取ってみせたのである。


(大聖堂が邪神や妖魅に踏み荒らされているかもしれない、なんて告げたりしたら、きっとひっくり返ってしまうだろうからなあ)


 しかし、ティムトはいつまで新王に真実を隠し続けようとしているのか。深い思索に耽っている少年の横顔を盗み見ても、その答えが得られることはなかった。

 ティムトはクリスフィアたちと別れを告げてから、ずっとこのような様子であるのだ。なおかつそれは、大聖堂に向かったクリスフィアたちを案じているのではなく、何か別の想念――端的に言って、《まつろわぬ民》の正体について思索しているように思えてならなかった。


(ティムトは本気で、ゼラ殿が《まつろわぬ民》であると疑っているのだろうか。さすがにそれは、考えすぎだと思うのだけどなあ)


 そんな風に考えながら、レイフォンは茶の杯を皿に戻した。さぞかし値の張る茶葉をもちいているのであろうが、レイフォンを満足させられるような出来栄えではない。きっと、湯を熱く煮立てすぎてしまったのだろう。せっかくの香気が薄らいで、余計な苦みが前に出てしまっていた。


 レイフォンたちはこの後、『裁きの塔』に幽閉されているゼラのもとを訪れようと計画している。しかしそれは、大聖堂に異常はないという確認が取れたのちのことだ。ディラーム老に先んじて大聖堂に向かったクリスフィアたちからも、いまだ連絡は入っていなかった。


(まあ、ここから大聖堂までは、それなりの距離があるからな。建物の内部をくまなく調べようとするならば、もう半刻ぐらいは待たされることだろう)


 レイフォンがそのように考えたとき、ベイギルスがまた「ええい!」と焦れた声をあげた。


「それにつけても、忌々しきは邪神教団の輩どもであるな! 四大神を穢すに飽き足らず、セルヴァの貴き血筋に害を為そうとは……前王にして兄たるカイロスの無念は、必ずこの余が晴らしてくれようぞ!」


 こたびの陰謀の黒幕は、四大王国の滅亡を目論む邪教徒であると思われる、という旨をさきほど告げておいたのである。ベイギルスはそれを、蛇神ケットゥアや疫神ムスィクヮなどを信仰する邪神教団である、と解釈したようだった。


 まあ実際、ダームからはダリアスが疫神ムスィクヮを退治したという伝書が届けられ、ベイギルスもそれを目にしているのだ。ベイギルスは「何を馬鹿な」と鼻で笑っていたが、彼の従者たるオロルは不可解な死を遂げていたし、ジョルアン将軍が妖魅に襲われたという話も告げられているのだから、妖術師に類する何者かがこたびの陰謀に関わっているということは理解しているのだろう。


 しかし、《まつろわぬ民》の存在や、その真なる目的については、語られていない。

 ティムトが、隠蔽しているためである。

 それは、もしかしたら――第四王子カノンの身の上をはばかってのことなのかもしれなかった。


 第四王子カノンは、四大王国を滅ぼすための《神の器》に仕立てあげられてしまったのだと、ティムトはそのように推論しているのだ。

 ベイギルスにそれを知られたら、カノン王子が王国の敵と定められてしまうかもしれない。ティムトはそれを危惧しているのではないかと、レイフォンは考えていた。


(しかし、ベイギルス陛下はれっきとしたセルヴァの王であられるのだから、これは立派な背信だよなあ。ティムトはずいぶんと、第四王子に肩入れしているようだ)


 しかし、ティムトがそのように考えているのなら、レイフォンもその心情を踏みにじる気持ちにはなれない。レイフォンとしては、ティムトの聡明さが正しく報われることを祈るばかりであった。


「ところで――」と、ずっと静かにしていたメルセウスが、ふいに声をあげた。


「こたびの陰謀の黒幕が何者であれ、その者は王陛下の従者たる薬師オロルを傀儡として、さまざまな悪事に及んでいたのですよね。恐れ多きことながら、王陛下にその心当たりはないのでありましょうか?」


「ふむ? そのようなものが、あるわけはない。オロルのやつめは人間を忌避しておったので、いかなる相手とも絆を深めようとはしていなかったのだ」


「人間を忌避していた? それはいったい、如何なる理由からであるのでしょう?」


「知らん。しかしまあ、あやつは病魔で顔がただれておったからな。それで不遇の生を歩むことになり、他者を遠ざけることになったのであろうよ」


 ふたりのやりとりを聞きながら、レイフォンもぼんやりとオロルのことを思い浮かべた。

 レイフォンが彼と顔をあわせたのは、ほんの数回ていどである。ディラーム老が『賢者の塔』で療養していた時代、その寝所を訪れたときと――あとはベイギルスに晩餐に招かれた際などに、何度か言葉を交わしたていどの間柄であったのだ。


 印象は、陰気な老人という一言に尽きる。彼もまたカノン王子に魅了されていたという話であったが、そのような情熱を備えているとは信じ難いほどに、陰気で虚無的な老人であったのだ。


(私たちの中で、オロルとしっかり言葉を交わしていたのは……せいぜいクリスフィア姫ぐらいのものか。あるいはディラーム老も、傷の手当てをされている際に、少しは絆を深めていたのだろうか)


 だが、そんな両名からも実になる話を聞いた覚えはない。きっと、語るに値するほどの存在ではなかったのだろう。彼がジョルアン将軍の命令でシムの媚薬を準備した、などと白状していなければ、誰も気にとめることはなかったような存在であるのだ。


 しかし彼は、すべての鍵を握る存在であった。

《まつろわぬ民》は、オロルを通してロネックたちをいいように操っていたのだ。

 彼だけは、陰謀の黒幕と直接言葉を交わしていた。ティムトはそのように推測している。だからこそ、彼は真っ先に暗殺されたのだろう、と。


(では、《まつろわぬ民》とは何者であるのだろう。オロルはもともと『賢者の塔』で暮らす身であったのだから、同じ場所で過ごす医術師や学士の中にまぎれこんでいたのだろうか。まさか、王族や貴族の中に、王国の滅亡を願うような人間はいなかろうし……)


 そこでレイフォンは、はたと思い至った。


「そういえば、オロルなる者は聖教団と関わりはなかったのでしょうか?」


 ゼラに的を絞っての考えではない。聖教団であれば、貴き血筋ならぬ人間も山ほど抱え込んでいるではないか、と思ってのことだ。

 しかしベイギルスは、気のない面持ちで首を振っていた。


「だから、あやつは誰とも絆を深めようとはしていなかった、と言うておるであろうが? そもそも『賢者の塔』の住人と聖教団の者たちは、反目し合っておるはずであろう。まあ、聖教団が煙たがっておったのは学士たちであるのであろうから、薬師のあやつには関わりなかったのやもしれんがな」


 そうだった、とレイフォンは肩を落とす。

 しかしそれなら、やはり『賢者の塔』の住人が怪しいのではないだろうか。


(学士や医術師たちか……そういえば、学士長のフゥライ殿はダリアスと行動をともにしているのだったな。いまごろダームで、どのように過ごしているのだろう)


 そのとき、控えの間から小姓の声が聞こえてきた。


「王陛下、使者殿が謁見のお許しを求めておられます」


「おお、ようやく来たか! よい、こちらに通せ!」


 ベイギルスは、気色ばんだ様子でそのように応じていた。

 扉が開かれて、守衛とともにひとりの男が入室してくる。その姿を見て、ベイギルスはきょとんと目を丸くした。


「おぬしは……何者だ? ディラームめの配下ではあるまい?」


「は。わたくしは、ダックの砦より参りました使者にございます」


 絨毯に片膝をついて、うやうやしく頭を垂れる。その男は遠来よりの使者であることを示す深紅の外套を纏っており、それも旅塵ですすけているように感じられた。


「ダックというと、北方に位置する砦であるな。いったいどのような用事を携えて、王都にまで出向いてきたのだ?」


「は……四日前に狼煙にて伝えられた異変の内容を、つぶさにご報告するために参上いたしました」


 レイフォンは、思わずティムトを振り返ってしまった。

 うつむき加減に沈思していたティムトは、強い眼差しで使者の姿を見返している。


 四日前の狼煙というのは、戴冠式の前祝いで告げられた急報に他ならなかった。

 すなわち、マヒュドラ軍に占拠されたグワラム城に、火の手があがった――という急報である。


(まいったな。あれからてんやわんやの騒ぎだったんで、そんな話のことは頭から吹っ飛んでいたぞ)


 しかし、四日もあればダックから使者が駆けつけることも可能であるのだろう。グワラムというのは遥かなる北の果ての領地であるが、そこから王都までの間に点在する拠点には、情報を伝達するための設備が入念に整えられているのだ。


(とはいえ、伝書鴉というやつを使えば、わずか一日でグワラムの状況を知ることもできるろうにな。あんな便利なものを、聖教団の一部の人間しか取り扱うことができないというのは、実に勿体ない話だ)


 レイフォンがそんなことを考えている間に、使者の男は緊迫した面持ちで言葉を重ねていた。


「それでは、お伝えいたします。グワラムは……氷雪の巨人なる妖魅によって、襲撃を受けたのだという報告でありました」


「氷雪の……巨人?」


 ベイギルスは、きょとんとした様子で目を丸くする。

 いっぽうティムトは、血がにじみそうなほどに唇を噛みしめていた。


「何だ、それは。御伽噺でもあるまいに。……まさか、余をからかっているのではあるまいな?」


「滅相もございません。わたくしは、よりグワラムの近在にあるダベストの砦からの報告を、そのままお伝えしているばかりでございます。……ご報告を続けさせていただいても、よろしくありましょうか?」


「よい。まずは、すべてを述べてみよ」


「かしこまりました。……去りし黄の月の三日の夜半、グワラムは氷雪の巨人なる妖魅に襲撃を受けました。氷雪の巨人はその他にも数多くの妖魅を率いており、城壁の一部を破壊して、城内にまで侵入したとのことですが……それをマヒュドラの軍が、炎の罠でもって撃退したのだという報告が入っております」


「炎の罠……」と低くつぶやいたのは、ティムトであった。

 それには気づかず、使者はさらにまくしたててくる。


「ダベストの兵士たちは、グワラムからマヒュドラ軍が攻め入ってくることを警戒して、日夜、見張りの人間を立てております。その兵士らの言葉を信じるならば……妖魅どもを迎え撃ったマヒュドラ軍の火の罠も、また尋常ならざる脅威であったとのことです。いったいどのような手管であるのか、炎が生命あるもののように吹き荒れて、氷雪の巨人や妖魅などを次々と呑み込んでいったのだと……」


「それで? 妖魅やら巨人やらは、それでのきなみ焼き尽くされたということか?」


「いえ。妖魅どもの大半は、早々に撤退して難を逃れたとのことです。そして、それを率いていたのは、ひときわ巨大な氷雪の巨人であり……その巨人は、人間のごとき声音で狂ったように哄笑していたのだとか……」


「聞けば聞くほど、馬鹿げた話であるな。レイフォンよ、其方はどう思うのだ?」


 いきなり水を向けられて、さしものレイフォンも口ごもることになった。

 レイフォンはその報告の内容よりも、ティムトのただならぬ様子が気にかかってしかたがなかったのである。


「どうなのだ、レイフォン。疫神ムスィクヮだの氷雪の巨人だの、そのようなものがうつつに現れることなど、ありうるのか? 余にはどうにも、信じ難いのだが」


「恐れながら……それだけ邪神教団の魔手が、王国の各所にのばされつつある、ということなのではないでしょうか」


 そのように答えたのは、レイフォンではなくティムトであった。

 ベイギルスは、うろんげにティムトを振り返る。


「また其方か。其方の差し出口にも、だんだん慣れてきてしまったな。……邪神教団が、何であると?」


「はい。言うまでもなく邪神教団とは、四大王国の安寧を脅かす存在です。そこに、セルヴァやマヒュドラという区別はありません。彼らにとっては、四大王国のすべてが敵であるのです。それで……現在はマヒュドラ軍に占領されているグワラムもまた、邪神教団の標的とされたということなのでしょう」


 そこでティムトは、鋭く輝く瞳で真っ向からベイギルスを見つめ返した。


「王陛下、これは好機にてございます」


「こ、好機?」


「はい。マヒュドラ軍は妖魅の襲撃を受けて、混乱のさなかにあると推測できます。ここを叩けば、グワラムの領地をセルヴァの手に取り戻すことがかなうのではないでしょうか。……これは前々から、レイフォン様が脳裏に描いていた図のひとつでもあったのです」


「ほう、レイフォンの?」


 ベイギルスに視線を向けられてしまったので、レイフォンはとりあえず微笑んでおくことにした。


「さしあたっては、グワラムの近在にある砦に使者を飛ばして、進軍の準備をさせるべきでありましょう。こちらの見込みが外れて、グワラムの守りが堅いままであれば、刃を交えず撤退させれば済むことです。何もこちらの損になる話ではございません」


「うむ。ゼラドめの動きが不穏である以上、王都から援軍を出すわけにもいかぬしな。……そもそもこちらには、もはやディラームぐらいしかまともな将も残されていないのだし……」


 使者の男が「は?」といぶかしげに眉をひそめた。本日王都に到着したばかりの彼は、ジョルアンの死もロネックの投獄も知りはしないのだ。


「こちらの話だ。では、そのように取りはからってかまわぬのだな、レイフォンよ?」


「はい。それが最善の道かと思われます」


 レイフォンは、ティムトを信じてそのように答えるしかなかった。

 ベイギルスは取り急ぎ、砦の司令官たちに回す命令書の作成に取りかかる。それを横目に、ティムトは長椅子から立ち上がった。


「それでは僕たちは、別室にて控えさせていただきます。御用の際は、お声をおかけください」


 そうしてティムトに急き立てられるようにして、レイフォンとメルセウスも退室することになった。

 人気のない回廊をどこへともなく歩きながら、レイフォンは「ねえ」とティムトに呼びかけてみせる。


「いったいどうしたんだい、ティムト? 君はまた、ずいぶん心を乱している様子じゃないか」


 ティムトは囁くような声で、「カノン王子です」と言い捨てた。


「カノン王子がどうしたって? グワラムとカノン王子は関係ないだろう?」


「カノン王子が、グワラムに現れたのかもしれません。氷雪の妖魅を退けた、炎の罠……それこそが、カノン王子の行使した炎の魔術なのではないでしょうか」


 歩きながら、レイフォンはぞんぶんに驚かされることになった。

 メルセウスは、「ほう」とばかりに目を見開いている。


「ティムト殿は、炎の一言でそのような確信を得られたのでしょうか? 他にも理由があるのでしたら、是非ともお聞かせいただきたく思います」


「……別に確信はしていません。あくまで、蓋然性の問題です」


「ですが、それが真実だと思っているからこそ、そのように心を乱しておられるのではないでしょうか?」


 メルセウスのゆったりとした笑顔を、ティムトは横目で鋭くねめつけた。


「僕が着目したのは、炎ではなく氷雪のほうです。《禁忌の歴史書》には七邪神の詳細が記されていましたが、そこに氷雪の妖魅を眷族とするものは存在しなかったのです」


「ふむ。すると――?」


「氷雪の妖魅などというものを従えることができるのは、ただひとり。《神の器》として体現させられた、大神の御子のみです。グワラムを襲ったのは、おそらく――カノン王子と同様に、《神の器》に選ばれた何者かであるのでしょう」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。カノン王子の他にも、そんなとんでもないものが存在するというのかい?」


 レイフォンが慌てて声をあげると、ティムトは「ええ」とつぶやいた。


「大神の御子というのは、四大神の対になる存在です。炎、氷、風、大地、という四種の属性の御子がすべて顕現したとき、四大王国の時代は終わり、世界は正しき姿を取り戻す――と、《禁忌の歴史書》にはそのように記載されていました」


「では、グワラムにおける異変というのは、どういうことなのでしょう? 大神の御子同士が相争う理由などあるのでしょうか?」


 メルセウスの言葉に、ティムトはすっと目を伏せた。


「……カノン王子は赤き月に《神の器》として覚醒しながら、忽然と姿を消しました。それは……《まつろわぬ民》の手先となって、世界を滅ぼす役など担いたくはない、ということなのではないでしょうか」


「では、世界を滅ぼさんとする氷神の御子に、火神の御子たるカノン王子が立ちふさがった、と?」


「わかりません。でも、大神の御子を退けることがかなうのは、同じ大神の御子だけであるはずです。ならば、グワラムにて氷雪の妖魅を退けたのはカノン王子であると考えるのが妥当でしょう」


 それはもしかして、ティムトの願望なのかもしれなかった。

 ティムトは最初から、不遇の生を送っていたカノン王子に対して、同情的であったのだ。


「それじゃあ、そのグワラムにセルヴァの軍を差し向けて、どうしようというんだい? カノン王子に加勢をさせようという心づもりであるのかな?」


 レイフォンの問いかけに、ティムトはゆるゆると首を横に振った。


「《神の器》の戦いに、普通の力しか持たない兵士たちがどこまで割り込めるかは、知れたものではありません。でも……もしもカノン王子のかたわらに、ヴァルダヌス将軍がおられるのなら……何かしらの使い道を見出せるかもしれません」


 ティムトにしては、歯切れの悪い返答である。

 しかしレイフォンは、それで納得することにした。


(どっちみち、ティムトより聡明な人間など、どこにもいないんだ。悩みながらも、これがティムトの選んだ最善の道であるというのなら、きっと正しい運命が切り開かれることだろう)


 そのとき、前方から小走りで近づいてくる人影があった。

 刀を下げた、武官である。その胸に、ディラーム老の旗下である第三遠征部隊の紋章を認めて、レイフォンは手を上げてみせた。


「大聖堂のほうで、何か動きがあったのかい? よければ、私たちにも報告をもらいたい」


 その武官は立ち止まり、ハッとした様子で敬礼をした。


「ヴェヘイム公爵家の第一子息たるレイフォン殿でありますね? ディラーム将軍閣下のご命令により、貴殿をお探しに参りました」


「それは何よりだった。ずいぶん血相を変えているようだけど、いったいどうしたのかな?」


「はっ、先んじて大聖堂に踏み入っていた森辺の狩人からの報告です。大聖堂は……すでに妖魅の侵入を許しているとのことです」


 レイフォンは、思わず言葉を失うことになった。

 武官は厳しい面持ちで、さらに言葉を重ねていく。


「案内人の人間は死亡、クリスフィア姫ともう一名の狩人は、妖魅の巣食う地下に身を投じたとの報告を受け、ディラーム将軍閣下の率いる精鋭部隊も大聖堂に踏み入りました。ついては、妖魅の知識を持つレイフォン殿にも、至急応援を願いたいとのことです」


 ダリアスからもたらされた急報は、最悪な形で現実と化してしまったようである。

 レイフォンたち三名は、武官の案内で急遽、大聖堂に向かうことになった。

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