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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第六章 聖戦
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Ⅱ-Ⅵ 急報

2019.3/30 更新日 1/1

 金狼宮の執務室に、すべての同志が集結していた。

 レイフォンとティムト、クリスフィア、ディラーム老とイリテウス、メルセウスとジェイ=シンとホドゥレイル=スドラ――王都を離れたロア=ファムおよびギリル=ザザを除いた、八名だ。クリスフィアの侍女であるフラウは隣室でギムやデンたちの面倒を見ており、祓魔官のゼラは、言うまでもなく『裁きの塔』に幽閉されたままである。

 ティムトの口からすべての報告を聞き終えたディラーム老は、「何たることだ」と頭を振っていた。


「ロネックめの罪を暴くことがかなったのは僥倖であったが、けっきょく新王は……いや、新王陛下は無関係であったというのか。それでは我々は、神聖なる王家に弓を引いたも同然ではないか」


「ですが、敵の傀儡は新王陛下の従者であったのです。それを思えば、私たちが新王陛下に疑いの目を向けてしまったのも致し方のないことなのではないでしょうか?」


 レイフォンは謹厳なる老将軍の心を慰めるために、そのように述べたててみせた。

 すると、ディラーム老のかたわらで困惑気味の顔をしていたイリテウスが声をあげる。


「お待ちください。自分はまだ、いささか理解しきれずにいます。それはつまり……ジョルアン将軍を操っていたのはバウファ神官長であり、バウファ神官長を操っていたのはロネック将軍であり、ロネック将軍を操っていたのは薬師オロルであった……ということなのですね?」


「うん、その理解で間違っていないはずだよ」


「しかし、薬師オロルを操っていた首謀者の正体は、いまだ不明である、ということなのですね。それこそが新王であるという可能性はないのでしょうか?」


「ない。……と、ティムトは考えているようだね」


 レイフォンが水を向けると、ティムトは感情の感じられない声で「はい」と応じた。


「そもそも《まつろわぬ民》の目的は、四大王国を瓦解させることにあるのです。玉座を得てご満悦である新王陛下が、そのような陰謀に加担する理由がありません。そもそも僕たちは、新王陛下が玉座を得るために前王を弑したのだと考えていたのですから……前提条件からして間違っていた、ということになるのでしょう」


「しかし、新王もまた何者かに誑かされているという可能性はないのですか?」


「その可能性も、ごく薄いように思います。何せ陛下はレイフォン様に全幅の信頼を置いておられるので、無用の隠し事などはされないことでしょう」


「そうだな」と、クリスフィアが同意の声をあげた。


「新王陛下のあの慌てふためいた姿が演技であるなどとは、とうてい思えん。少なくとも、ロネックたちの悪事に関しては何ひとつ関与はしておらぬのだろう。……ただ一点、ジョルアンのことは怪しんでいたようだがな」


「ジョルアン将軍を? それは何故です?」


「赤き月の災厄の夜、新王陛下はジョルアンから銀獅子宮を離れるべしという忠告を受けていたからだ。まあ、けっきょくはそれもジョルアンではなく、オロルが別の人間から授かった伝言であったようだが」


 イリテウスは「ううむ」と考え込んでしまった。


「やはり、わかりません。では、その薬師を操っていた何者かは、何故に新王を救おうとしたのですか? 四大王国の滅亡が目的であるというのなら、王位敬称権を有する人間を皆殺しにしようと目論むはずではないですか?」


「それに関しては、ティムトに考えがあるようだな」


 クリスフィアがうながしたが、ティムトは答えようとしなかった。

 クリスフィアはひとつ肩をすくめてから、イリテウスのほうに向きなおる。


「ティムトいわく、それは第四王子カノンを陥れるための策略であるそうだ」


「第四王子カノンを? それは、どういう意味でしょう?」


「つまり、新王ベイギルス陛下とその息女たるユリエラ姫が健在である限り、第四王子カノンに王位が巡ってくることはない、ということだな。要するに、これらはすべて第四王子カノンを中心に張り巡らされた陰謀であったというわけだ」


「そのために、新王陛下には清廉潔白でいてもらわなくてはならなかった、ということですね。なかなかに、念のいったやり口だと思われます」


 そのように言葉をはさんだのは、メルセウスであった。


「前王殺しは、カノン王子を大罪人に仕立てあげるための陰謀でした。ですが、たとえカノン王子の冤罪が晴らされようとも、玉座を得ることはかなわない……それどころか、今度はベイギルス陛下が玉座を奪われまいとして、カノン王子の敵に回るかもしれません。カノン王子を陥れるための陰謀は、二重三重に張り巡らされていたということですね」


「……そのような陰謀のために、自分の父は魂を返すことになったわけですね」


 イリテウスの目に、激情の火がゆらぐ。

 その姿を見て、レイフォンはひっそりと心を痛めることになった。


(そして、このイリテウスもまた、カノン王子を陥れるための道具にされているということか)


 それは、レイフォンだけが知らされた、ティムトの内なる考えであった。

 いわく――前王殺しは冤罪であったとしても、銀獅子宮を燃やし尽くしたのは第四王子カノンの仕業である、とティムトは考えているのだ。


 第四王子カノンには、《まつろわぬ民》によって恐るべき魔術の力が与えられているらしい。その魔術の力が銀獅子宮を燃やしたのだとすると、あの場で焼け死んだ人々の責任はカノン王子にある、ということになってしまうのだ。


(イリテウスの父親であるアローン将軍は、銀獅子宮の炎に巻かれて魂を返した。そうすると、やっぱりイリテウスの仇はカノン王子である、ということになってしまうんだ)


 レイフォンは、熱いギギの茶で苦い気持ちを呑みくだすことにした。

 その間も、人々は白熱した議論を続けている。


「ともあれ、ロネックとバウファは捕縛され、ジョルアンと薬師は魂を返した。残す敵は、薬師を誑かした何者かのみであるのだな」


「それが、《まつろわぬ民》ということですか。でもそれは、いったい何者なのでしょう? 薬師は新王陛下の従者として王宮内で暮らしていたのですから、それに近づける人間はごく限られているはずです」


「うむ。かといって、高貴な身分にある者が王国の瓦解を望むとは思えぬし……やはり、従者や侍女の類いであろうかな」


「では、エイラの神殿でカノン王子の面倒を見ていたという修道女が怪しいのではないですか? その者は、流行り病で他の神官たちがのきなみ魂を返した後も、たったひとりでカノン王子の面倒を見ていたというのでしょう? いかにも怪しげな存在ではないですか」


「わたしはその者とひとたびだけ相まみえる機会があったが、べつだん怪しげな様子はなかったな。……むろん、それで潔白と言い張るつもりもないが」


 議論は熱を帯びていたが、なかなか進展する様子はなかった。

 その理由はわかっている。ティムトが、口をつぐんでしまっているためである。


 すべての輪を繋ぐのが薬師オロルであると判明して以来、ティムトは口が重たくなってしまっていた。おそらくその頭の中では、この八方ふさがりの状況をどのように打破するべきか、物凄い勢いで考えが巡らされているのだろう。ティムトがこれほどまでに奮起する姿を見るのは、レイフォンにしても初めてのことであった。


(敵に先手を取られ続けていることが、悔しくてたまらないんだろうな)


 自分たちは、敵の描いた図面からまだ一歩も足を踏み出すことができていない、とティムトは言っていた。ティムトぐらい聡明な人間にとって、そうまで手玉に取られるのは耐え難い屈辱であるのだろう。レイフォンのように凡庸な人間には、なかなか計り知れない思いであった。


(だけど私は、この世でもっとも聡明なのはティムトだと信じている。きっと最後には、ティムトが勝利を収められるはずさ)


 レイフォンがそのように考えたとき、執務室の扉が叩かれた。

 ディラーム老が厳しい表情で「何用か?」と問い質すと、扉の外で警護の任務を果たしていた武官が「はっ!」と応じてくる。


「聖教団のウォッツと名乗る者が、レイフォン殿に面会を求めております。お通ししてもかまわないでしょうか?」


 ディラーム老の視線が、レイフォンに向けられる。

 レイフォンはティムトの顔色をうかがってから、「お通ししてください」という返事をしてみせた。


 八対の目に見守られながら、ウォッツがひたひたと入室してくる。

 暗い色合いの頭巾と外套で人相を隠した、陰気な男である。ウォッツは一礼すると、レイフォンのほうに右腕を差しのべてきた。


「ダームから、返事の伝書が届けられました……これは如何様にいたしましょうか……?」


「ああ、またそれを私に届けてくれたのか。……これは、ベイギルス陛下に先んじて受け取ってもいいものなのかな?」


 レイフォンが尋ねると、ティムトは無言でうなずいた。

 小さく丸められた書簡を受け取ったレイフォンは、それをそのままティムトへと受け渡す。

 伝書鴉に運ばせるための、ごく小さな書簡である。その文面に目を通していたティムトの顔が、みるみる緊迫の色を帯びていった。


「どうしたんだい? ダームの騒動は、収まったのかな?」


 数刻前の書簡においては、ダームの港町が妖魅の群れに襲撃されたという急報が伝えられたのだ。それに対して、こちらはジョルアンが毒殺された旨を伝えたのだが――ティムトは文書のすべてを読み通すまで、口を開こうとしなかった。


「……ダームの脅威は、ダリアス将軍と騎士団の働きによって鎮圧されたそうです。領民に千名を超える死者を出してしまったが、これにてダームの脅威は取り除かれたはずだ……と記されています」


「千名を超える死者だって? そんなに大きな被害が出てしまったのかい?」


「被害がそのていどで済んだのは、幸いであったかもしれません。妖魅の首魁は疫神ムスィクヮであったと思われる――と、ここには記されています」


 レイフォンばかりでなく、大半の人間が驚いたり呆れたりすることになった。


「ちょっと待ってくれ。疫神ムスィクヮというのは、邪神そのものの名ではなかったかな?」


「はい。四大神の支配から逃れて闇に堕ちたという、七邪神のひとつですね。鼠と蝙蝠の妖魅を操り、恐ろしい疫病をもたらす邪神であるとされています」


 それは、例の禁忌の歴史書から得た知識であるのだろう。イリテウスは、たいそううろんげな面持ちでティムトを見やっていた。


「お待ちください。本当にそのようなものが現れたのでしたら、人間にあらがうすべなどはないはずです。口にするのも馬鹿馬鹿しく思えてしまいますが……人間に、神を滅ぼすことはできないでしょう?」


「それは何とも言えませんが……もしかしたら、フゥライ学士長には禁忌の歴史書の知識があったのかもしれません。そうでなくては、どのように恐るべき存在を目の当たりにしても、それを邪神と断ずることはなかなかできないはずですからね」


 鋭い眼差しになりながら、ティムトはそのように答えていた。


「ともあれ、ダームを襲ったのは邪神と見まごう強力な妖魅であり、それはダリアス将軍らの活躍によって退けられたのです。……そしてここには、王都にも危険が迫っているやもしれないと記されています」


「王都に危険とは? まさか、こちらにも邪神が現れるなどという話ではあるまいな?」


 ディラーム老の言葉に、ティムトは「ええ」とうなずく。


「その危険性が、示唆されています。その危険を回避するために、大聖堂の様子を至急確認してもらいたい、とのことですね」


「大聖堂? 大聖堂が、何だというのだ?」


「王国は、西方神の加護に守られています。強力な妖魅や邪神を現出させるには、まずその加護を打ち破らなければならない、ということでしょう。ダームにおいても、妖魅の首魁は港町の聖堂に巣食っていたそうです」


 ティムトの鋭い眼差しが、ウォッツのほうに向けられた。


「その大聖堂は、あなたがた聖教団の管理下に置かれているはずですね。ここ最近で、大聖堂に何か異変などは生じませんでしたか?」


「異変……などという大仰な話ではありませんが……大聖堂の奥の殿は、ただいま立ち入りが禁じられております……」


「何故です?」と、ティムトは身を乗り出した。

 ウォッツは、頭巾に包まれた頭をうやうやしく下げる。


「昔日に、老朽によって天井の一部が崩れてしまったのでございます……ただちに修繕の手配が取られたのですが……銀獅子宮の再建を優先するために、それも先送りにされることと相成りました……」


「それはつまり、赤き月の災厄の前から、立ち入りを禁じられていたということですか?」


 返答は「はい」であった。

 ティムトはいよいよ鋭い眼差しになっている。


「確認しましょう。ここで王都に邪神などを現出させられてしまったら、取り返しのつかない事態になってしまいます。メルセウス殿……また従者のお力をお借りすることはできますか?」


「ええ、もちろん。彼らもそろそろ活躍の場を与えられたかったところでしょう」


 メルセウスの軽口に、ジェイ=シンは「馬鹿を抜かすな」と唇をとがらせていた。

 そして、クリスフィアが毅然とした面持ちで声をあげる。


「ならば、わたしも同行しよう。いくばくかは力になれるやもしれんからな」


「お願いします。……あなたには、ご案内をお願いできますか?」


 ティムトの言葉に、ウォッツは「ご随意に……」とまた頭を垂れた。

 すると今度は、イリテウスが不平の声をあげる。


「お待ちください。その者の主人である祓魔官ゼラは、大罪人として捕縛されています。よって、その者に対しても用心が必要であるという話ではありませんでしたか?」


「その件に関しても、こちらの書状に記されています。ダームにて療養しているティートなる人物に確認したところ、ウォッツなる人物もまぎれもなく同志であるそうです」


「そのティートなる者も、けっきょくは祓魔官の配下なのでしょう? それでは、同じことではないですか」


「しかし、伝書鴉でやりとりをしているのは、そのティートなる御方とこちらのウォッツ殿です。そのおふたりが敵方の人間であるならば、こうして親切に書状を届ける理由もないのではないでしょうか?」


 ティムトはそっけなく、そのように答えていた。


「また、ダリアス将軍からはゼラ殿に対する言葉も書き添えられています。ゼラ殿もこのたびの陰謀に関わっていたのかもしれないが、それを悔恨しているからこそ、自分の力になってくれたのだろうと……それも、もっともな話でしょうね」


 すると、ジェイ=シンがぶっきらぼうに声をあげた。


「俺は、何でもかまわんぞ。その者が敵方の人間であるならば、妖魅と一緒に斬り伏せてくれよう。そういう用心をしておけば、何も案ずることはあるまい?」


「うむ。まずは、大聖堂とやらに向かうべきではないだろうか?」


 ホドゥレイル=スドラも、沈着なる声でそのように告げた。

 ティムトはうなずき、ディラーム老のほうを振り返る。


「ディラーム将軍には、兵の配置をお願いできますでしょうか? 第一防衛兵団に話を通す時間はありませんので、将軍の手勢によって大聖堂を包囲していただきたく思います」


「相分かった。しかし、王陛下のお許しもなく、兵団を動かすことはかなわぬぞ?」


「そちらの説得は、レイフォン様にお願いいたします」


 それはつまり、ティムト自身が受け持つということだ。

 そうしてティムトは、その場にいるすべての人間を見回しながら、こう言った。


「そして、これだけは事前にお伝えさせていただきます。ダリアス将軍は、ダームにて《まつろわぬ民》と遭遇したそうです」


「何だと!?」と、ディラーム老が血相を変える。


「敵は、ダームにあったのか? ならば、そちらにも手を回さなくてはなるまい!」


「いえ。その者は王都に潜伏していると宣言していたそうです。決着をつけたければ、王都に来い、と……いわゆる、念話というやつなのでしょうか。邪神を現出させられるような魔術師であれば、そのていどの手管はお手のものなのでしょう」


 ティムトはもはや、指揮官のごとき様相になっていた。

 人の目に立ちたくはない、などという思いも、《まつろわぬ民》に対する怒りで塗り潰されてしまったのだろう。その姿を、レイフォンは心地好く見守ることができた。


「何にせよ、ダリアス将軍のご忠告を無下にすることはできません。ダリアス将軍のご懸念が外れていれば、それが最善であるのです。各自、最大限の用心を払って、各々の仕事をお果たしください」


「承知した」と、まずはクリスフィアが立ち上がる。

 ジェイ=シンは、不機嫌そうに主人を振り返った。


「おい、お前は大人しくしておくのだぞ? 俺たちのいない間に危ない真似をしたら、許さんからな?」


「もちろん、わきまえているよ。ふたりも、どうか気をつけて」


 クリスフィアとジェイ=シンとホドゥレイル=スドラの三名は、ウォッツとともに部屋を出ていく。兵団の指揮を任されたディラーム老とイリテウスも、それに続いた。

 残されたのは、レイフォンとティムトとメルセウスの三名である。メルセウスは優雅に微笑みながら、ティムトのほうを見た。


「僕たちは、どうするべきでしょう? ……ああ、まずは王陛下に、兵団を動かすお許しを求めなければならないのですね」


「はい。本当はもう一点、すぐにでも確認したいことがあるのですが……僕たちだけで動くのは危険でしょう。皆の戻るのを待ちたいと思います」


「確認したいこととは? よければ、お聞かせください」


 ティムトは迷うそぶりもなく、静かな声音で答えていた。


「ゼラ殿との面談です。あの御方の行いは、どこかちぐはぐで……表面上の陰謀が暴きたてられた現在も、ひとりだけ存在が浮いているように感じられます。その疑念を解消しなければなりません」


「おいおい。まさか、ゼラ殿が《まつろわぬ民》であるなどと疑っているわけじゃないだろうね?」


 レイフォンはそのように言ってみせたが、ティムトは何も答えようとしなかった。

 その瞳には、すべての事象を見透かそうとするような、強く鋭い光がたたえられていた。

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