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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第六章 聖戦
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Ⅲ-Ⅳ 奇妙な謁見

2019.1/26 更新分 1/1 ・8/11 誤字を修正

「……よくぞ参ったな、アブーフ侯爵家の第一息女に、ジェノス侯爵家の第一子息よ」


 黒羊宮の謁見の間にて、新王ベイギルスは仏頂面でそのように述べたてた。

 クリスフィアとメルセウスとジェイ=シンは、玉座の前まで引っ立てられている。その左右には三名ずつの兵士たちが立ち並んでおり、新王の背後の壁を覆い尽くした王国旗の帳の向こうにも、数多くの人間の気配が感じられた。


(ふん。しかし、この新王めが謁見の間で腹心を侍らせていない姿を見るのは、これが初めてかもしれんな)


 クリスフィアは、内心でそのように考えた。

 新王の忠実なる腹心は、三名。そのうちの一人はついさきほど魂を返し、もう一人は罪人として幽閉され、最後の一人も叛逆者の疑いをかけられて監視下に置かれている。新王の政権は、もはや風前の灯であるように思えてならなかった。


「……それで、そちらの浅黒い肌をした男は何者であるのだ?」


 新王が問うと、兵士の一人が「は」と敬礼した。


「こちらの者は、ジェノス侯爵家の第一子息メルセウス殿の従者たる、ジェイ=シンにてございます。全員をこの場に連行せよというご命令でありましたので、こちらまでお連れいたしました」


「ジェノス侯爵家の……そういえば、其方は祝宴でもその従者めを引き連れておったな。たしか、噂に名高い森辺の狩人というやつであったか」


 ベイギルスは、うろんげにジェイ=シンの姿を見やっている。貴き人間に対する礼節を教えられているらしいジェイ=シンは、お行儀よく目を伏せてそれをやりすごしていた。


「お目ざわりであれば、別室に連行いたします。如何いたしましょうか?」


「よい。その者にも、何か問い質す必要が出てくるやもしれんからな。……さて、それでは聞かせてもらおうか。其方たちは、叛逆者の疑いをかけられたロネックのもとに参じて、会見を求めたと聞く。それはいったい、どのような理由があってのことであったのだ?」


 せいぜい厳粛な面持ちをこしらえながら、ベイギルスはそのように言葉を重ねてきた。が、怠惰に肥え太った風貌であるので、威厳などはまったく備わっていない。


「わたしはロネック将軍とともに、おぞましい陰謀を仕掛けられた身となります。さきほどのバウファ神官長の言葉があまりに不審であったため、ロネック将軍のご様子をうかがうために、面会を求めました」


 クリスフィアがそのように応じると、ベイギルスは「ほう」と顔をしかめた。


「つまり、其方はロネックと志を同じくする人間であるということか、姫よ」


「志とは、何を指してのお言葉であるのでしょう? わたしはただ、バウファ神官長の馬鹿げた証言について、ロネック将軍がどのようなお考えであるのかをうかがいたく思ったばかりでございます」


「馬鹿げた証言……つまり、姫はバウファめの言葉をいっかな信じてはおらぬ、ということか」


「無論にてございます。バウファ神官長の言葉には、毛ほどの道理も感じることはかないませんでした。バウファ神官長は己の罪から逃げるために、神聖なる審問の場において虚言を吐くという大罪を犯したのであろうと、わたしはそのように考えております」


「ふむ……そうなので……あろうかな……」


 ベイギルスは、いくぶん頼りなげに視線をさまよわせた。

 いったいその真情はどこにあるのかと、クリスフィアは神経をとぎすます。


「新王陛下におきましては、やはりロネック将軍こそが真なる大罪人であるとお考えであるのでしょうか? それゆえに、我らの行動をあやしんで、この場に連行したということなのでしょうか?」


「いや……一概に、そうとは言えぬのだが……」


「でしたら、いったいどのようなお考えで、我らをお呼びになられたのでしょう?」


 内心の反感をなるべく隠しながら、クリスフィアはそのように問うてみせた。

 それで少し気を大きくしたのか、ベイギルスは尊大な表情を取り戻す。


「ロネックめに大きな嫌疑がかけられたことに間違いはない。そんな中、審問から一刻も空けずにロネックめのもとを訪れる人間があらば、不審がられても致し方あるまい? 其方たちは、自らの立場をわきまえるべきであったな」


「わたしどもの立場、ですか?」


「うむ。其方たちは、侯爵家の嫡子であるのだ。……それも、王都からもっとも遠い場所にありながら、王都に次ぐ力を持つとされる、アブーフとジェノスのな。それが王都で迂闊な動きを見せれば、叛意を疑われて然りであろう」


 クリスフィアは、首でも傾げたい心境であった。まさか、この場でそのようなことを取り沙汰されるとは考えてもいなかったのだ。


(搦め手を使って、我らの動きを掣肘しようという心づもりか? それとも……本当に、我らに叛意があると疑っているのか?)


 そんな風に考えながら、クリスフィアはうやうやしく一礼してみせた。


「恐れ多きことながら、我々は忠実なる王国の民にてございます。念じるは、王国の明るい行く末のみであると思し召しください」


「では、何故にロネックに面会などを求めたのだ? あやつはバウファから、大罪人の疑いをかけられているのであるぞ?」


「ですからそれは、バウファ神官長の虚言を暴くために、ロネック将軍のお言葉をうかがいたかったまでです。……あるいは、バウファ神官長の言葉に多少なりとも真実が含まれており、ロネック将軍にも罪のある話であるならば、それをつまびらかにしたいとも考えておりました」


 クリスフィアはベイギルスの出方を探るために、そろりと心情を明かしてみせた。

 しかし新王は、ますますうろんげに眉をひそめている。


「わからんな。けっきょく其方たちは、何を目的として動いておるのだ? よもや、王都の安寧を脅かして、ゼラドのように叛旗を翻そうという心づもりではあるまいな?」


「いえ、決してそのようなことは――」


「いや、もうよい。其方たちは、しばしその場で待っておれ。其方たちのたくらみは、セルヴァで随一の知略家たるレイフォンが暴いてくれよう」


 クリスフィアはきょとんとして、思わずメルセウスと目を見交わしてしまった。

 メルセウスは、苦笑をこらえているような表情でうなずき返してくる。その向こうでは、ジェイ=シンがこっそり肩をすくめていた。


「陛下。ひとつお聞きしたいのですが……レイフォン殿が、こちらに参られるのでしょうか?」


「うむ。あやつは現在、『裁きの塔』においてバウファめを問い詰めておる。白牛宮のほうに使いを出したので、そちらから戻り次第、この場に参じるであろうよ」


 ベイギルスは、にやりとふてぶてしく微笑んだ。

 クリスフィアは、ついつい「はあ」と気の抜けた声を返してしまう。


「そうですか。ならば、我々も心安らかにレイフォン殿の到着を待たせていただきたく思います」


「ふん。涼しい顔をしていられるのも、いまのうちであるぞ。あの者には、真実を見抜く確かな力が備わっておるからな」


 クリスフィアは、ますます困惑することになった。

 そして、その困惑の向こう側に、うっすらと真実が透けて見えるような感覚がある。クリスフィアはその感覚に従って、ひとつの言葉をひねり出してみせた。


「レイフォン殿がどれだけ明敏であるかは、わたしどももわきまえております。……わたしどもは、レイフォン殿と志を同じくする人間でありますので」


「何だと!?」と、ベイギルスが血相を変えた。


「た、たわけたことを抜かすではない! レイフォンはヴェヘイム公爵家の第一子息であり、誰よりも王都の行く末を憂いておるのだ! やつめが辺境貴族の叛乱などに加担することはありえんぞ!」


「ですから、わたしどもに叛意などは存在いたしません。わたしどもがロネック将軍に面会を求めたことは、レイフォン殿も承知しているのです」


 ベイギルスは、呆然とした様子で言葉を失っていた。

 そこで初めて、メルセウスが声をあげる。


「王陛下、レイフォン殿は二名の従者をともなって『裁きの塔』に向かわれたかと存じますが、そちらの名前はうかがっておられないのでしょうか?」


「うむ? 確かにレイフォンは、二名の従者をともなうと言っていたようだが……ど、どうして其方がそのような話を知っておるのだ?」


「そのうちの一名は、わたしのお貸しした従者であるためです。レイフォン殿の御身に万が一のことがあってはならじと思い、こちらのジェイ=シンの同胞たる森辺の狩人をお貸しいたしました」


 ベイギルスは、あんぐりと口を開けていた。

 その姿を見て、クリスフィアは確信する。


(このベイギルスは、レイフォン殿のことを心から信頼していたのだ。そして、レイフォン殿がこのたびの騒乱を治めることを願って、神官長との面談を許した。……つまり……)


 ベイギルスは、このたびの陰謀と無関係である。

 まだ何の証もある話ではないのに、クリスフィアは直感でそれを確信していた。


(しかし、ロネックは主君の命令で動いたのだと言っていた。わたしたちが下手に騒げば、叛逆者として処断されるだろう、とも。……現在の王都において、それだけの力を持つのは、ベイギルスただひとりであるはずだ)


 ひとつの混乱を乗り越えると、さらに大きな混乱が立ちはだかってきた。

 そうしてクリスフィアが沈思している間に、レイフォンの到着した旨が伝えられてくる。


「おお、レイフォン! 待ちかねておったぞ!」


 ベイギルスは、玉座から立ち上がらんばかりの勢いでレイフォンを迎えていた。

 武官の案内で歩を進めてきたレイフォンは、クリスフィアたちに安堵の微笑を向けてから、ベイギルスに一礼した。


「たびたびのお目通りをお許しいただき、感謝いたします。……しかし、陛下が私を待ちかねていたとは、いったいどういったお話でありましょうか?」


「な、何を言っておる。其方は余の言葉に従って、この場に参じたのではないのか? 白牛宮に、使いを出したはずであるぞ?」


「ああ、そうでありましたか。いえ、私どもは『裁きの塔』から直接こちらに参りましたので、白牛宮には立ち寄っていないのです」


 優美な微笑をたたえるレイフォンの横顔にも、わずかに困惑の表情がひらめいた。それからすかさずかたわらのティムトと視線を交わしていたので、やはりベイギルスの言葉が意想外であったのだろう。


(それはそうだ。ベイギルスがこのたびの陰謀に関わっていたのなら、このような場にレイフォン殿を呼びつけるはずがないのだからな)


 クリスフィアがそのように考えていると、ベイギルスが冷静さを欠いた目つきでレイフォンの背後をうかがった。そこに控えているのは、もちろんホドゥレイル=スドラである。


「レ、レイフォンよ、そこなる従者は、ジェノスの第一子息から借り受けた人間であるのか?」


「はい。身辺の警護をするために、メルセウス殿からお借りいたしました。さきほどは室の外に待たせておりましたが、名をホドゥレイル=スドラと申します」


「な、名前などどうでもいい。それでは、其方は……真実、ジェノスやアブーフの者たちと手を携える立場であったのか?」


 レイフォンは、さりげなくティムトのほうに目をやった。

 ティムトはいくぶん目を細めつつ、クリスフィアのほうを見やってくる。

 クリスフィアがうなずいてみせると、ティムトがレイフォンにうなずきかけ、その末にレイフォンが口を開く。


「はい。メルセウス殿やクリスフィア姫とは、ここ最近で親交を深めることとなりました。どちらも信頼の置ける方々であると、私はそのように考えています」


「で、では……其方はまさか、その者どもと結託して、王都の安寧を脅かそうという心づもりではあるまいな?」


「王都の安寧を脅かす? それは、どういう意味でありましょうか?」


「ゼ、ゼラドのように叛旗を翻して、セルヴァ王家に弓を引く気ではないのかと問うているのだ! 西方神の御前にて、虚言は許さんぞ! 包み隠さず、真実を述べるがいい!」


 ベイギルスは、完全に我を失ってしまっていた。

 左右に立ち並んだ兵士たちは、兜のひさしの陰でいぶかしげに眉をひそめている。それにも気づいていないのか、ベイギルスは焦燥に満ちた面持ちでレイフォンを差し招いた。


「こ、こちらに参れ! レイフォンのみ、余のもとまで参じるのだ!」


「……承知いたしました」


 レイフォンは一礼してから、玉座の前まで歩を進めた。

 玉座は壇上にあるので、レイフォンがその手前で足を止めると、ベイギルスはせわしなく身を乗り出した。


「かまわぬから、もっと近う寄れ! 其方に、伝えたき言葉があるのだ!」


「それでは、失礼いたします」


 レイフォンは恐れげもなく、壇上までのぼりつめた。

 クリスフィアはいささか心配になってしまったが、レイフォンがああ見えて、徒手ならばロネックを制圧できる人間であるということを思い出し、心をなだめることにした。たとえベイギルスが毒の短剣などを忍ばせていたとしても、レイフォンであれば危ういことにもならないだろう。


 そうしてレイフォンが身を寄せると、ベイギルスは何事かを囁きかけた。

 しかし、言葉を重ねるうちに、だんだん声が大きくなっていく。それなりの距離を保っているクリスフィアたちのもとにも、切れ切れの言葉が届けられることになった。


「……本当に……ではないのだな……?」


「ええ、もちろん……決して、そのようなことは……」


「……失ってしまった……其方が、最後の……」


「……光栄です……ですが……」


 クリスフィアが目をやると、ティムトはまぶたを閉ざしていた。おそらくは、何とかレイフォンたちの会話を聞き取ろうと耳をそばだてているのだろう。

 やがてレイフォンは、ベイギルスに一礼して、こちらに戻ってきた。

 ベイギルスは玉座に深くもたれて、額の汗をぬぐっている。そのたるんだ顔からは、ひとまず焦燥の色も消えたようだった。


「……では、謁見はこれまでとする。皆、下がるがよい」


 と、ベイギルスがふいにそのように宣言したので、クリスフィアは大いに驚かされた。左右の兵士たちも、さすがに動揺を隠せずにいる。


「へ、陛下。では、こちらの方々にも退室していただいてかまわないのでしょうか?」


「謁見はこれまでと申したであろう。同じことを、二度言わせるでない」


「は、失礼いたしました」


 まったくわけもわからぬまま、クリスフィアたちはその場を追い出されることになった。

 謁見の間を出ると、そこで控えていた兵士たちに短剣のみを返される。兜に房飾りをつけた隊長格の男は、釈然としない様子で一礼してきた。


「長剣は、黒羊宮をお出になる際にお返しいたします。……数々の御無礼、ご容赦を願いたく思います」


「お前たちは、王命に従っていたのであろうからな。何も詫びる必要はあるまい」


 クリスフィアは鷹揚に応じて、兵士たちを追い払った。後に残されたのは同志たる六名と、案内役の小姓のみである。レイフォンは、その小姓に微笑みかけていた。


「陛下には、応接の間で待つようにお言葉をいただいている。そちらまで、案内をお願いできるかな?」


「はい。承知いたしました」


 ということで、一同は列をなして回廊を進むことになった。

 クリスフィアは我慢がきかなくなり、レイフォンに小声で呼びかける。


「レイフォン殿、これはどういうことなのだ? 我々は、罪人のような扱いで連行されてきたのだぞ?」


「うん。クリスフィア姫たちも王国の行く末を憂える同志であると説明したら、別室で話をしたいと願われたのだよ。あの場では、兵士たちの耳もあったしね」


「そうか。しかし、それだけの話であるならば、何も我々の耳をはばかる必要はなかったはずだ。新王はレイフォン殿ひとりを呼びつけて、いったいどのような密談を持ちかけてきたのだ?」


 クリスフィアの反対側からは、ティムトもじっとレイフォンの姿を見つめている。それでもレイフォンが苦笑をたたえて口をつぐんでいると、後ろを歩いていたメルセウスが割り込んできた。


「レイフォン殿。ジェイ=シンやホドゥレイル=スドラには、さきほどの会話を聞き取ることができていたようです。何かおかしな誤解が生じないように、レイフォン殿ご自身のお口から語られるべきではないでしょうか?」


「ええ? そうなのかい? まいったなあ。……いや、もちろん、何も隠すつもりはないのだけれどね。新王が勝手に語らっていたことなのだから、私におかしな目を向けないでおくれよ?」


 そのように前置きしてから、レイフォンはしかたなさそうに語らった。


「新王は、腹心の三名を失って、ずいぶん気弱になったらしい。それで、最後に残されたのがこの私であるので、決して裏切らないでほしいと懇願してきたのだよ」


「ふむ。それだけで、レイフォン殿が言いよどむ必要はないように思えるのだが?」


 クリスフィアが追及すると、レイフォンは眉を下げながら髪をかきあげた。


「……私には、いずれ玉座を与えるつもりでいる。だから、アブーフやジェノスなどに加担しないでほしい。……と、まあ、そのようなことを言われてしまったわけさ。まったく、馬鹿げた話だよね」


「ああ。それはつまり、新王の息女たるユリエラ姫を伴侶として与える、ということか。それとて、以前からティムトが述べていた通りの話ではないか」


「そんな話、とうてい受け入れられるわけがないよ。私が次代の国王なんて、悪い冗談だ。……そもそも私は、二度も婚儀をあげるつもりはないからね」


 珍しくも、レイフォンは心底から困り果てている様子であった。その姿に、クリスフィアもつい笑ってしまう。


「目の前に玉座を差し出されて、ずいぶんと野心のないことだ。それに、公爵家の嫡子として、子を生さぬまま生を終えることなど、許されないのではないか?」


「跡継ぎが必要なら、養子でも迎えればいいさ。幸い、あてがないこともないしね」


 レイフォンが視線を差し向けると、ティムトは冷ややかにそれを見返した。


「それこそ、冗談ではありません。どうして僕が、レイフォン様を父君とお呼びしなくてはならないのですか?」


「それじゃあティムトは、宰相にでもなりたいのかい? 私が王などになってしまったら、ティムトも道連れなんだからね」


 それならば、むしろセルヴァの未来も安泰なのではないのかと思われた。

 しかしいまは、そのような遠い行く末に思いを馳せている場合でもない。


「まあいい。その話は後にしよう。要するに、新王はレイフォン殿に絶大な信頼を置いており、このたびの騒乱を治めることを願っている、ということだな?」


「うん。まあ、そういうことになるのだろうね。そうじゃなかったら、バウファ殿との面会を、ああまであっさりと許すこともなかっただろう」


「ならば、伝えておくべきことがある。ロネックは――」


 と、そこで応接の間に到着してしまった。

 小姓の案内で部屋に踏み入ると、ベイギルスの姿はまだ見えない。それを幸いとして、クリスフィアはロネックから聞きだした話を慌ただしく説明してみせた。もちろん、盗み聞きの用心をして、囁くような声音である。


 その後は、レイフォンたちがバウファから仕入れた情報を開示してくれた。おたがいに、ずいぶん実りは多かったようだ。


「ふむ。何だかおかしなことになってきたね。ロネック将軍は君主の命令ですべてを為したと証言しているが、どうも新王は陰謀に加担していないように見受けられる。……これは、どういうことなのだろう?」


「新王の他に、君主の名に値する者が存在するのだろうか?」


「それは、考えにくいですね。ロネック将軍は新王の腹心として君臨していましたし、残る王位継承者に、それほどの力を有する人間は見当たりません」


「では、ロネックと新王のどちらかが虚言を述べていることになるが……わたしの見た限り、どちらにもそのような気配はなかったぞ」


 これはいったい、どういうことなのか。さしものティムトも、すぐには結論を出せずにいるようだった。


「……とりあえず、新王の弁を聞きましょう。この会見で、何かは明らかにされるはずです」


 ティムトがそのように述べたとき、奥側の扉から別の小姓が現れた。


「ベイギルス陛下がこちらに参ります。ご起立してお迎えくださいませ」


 一同は、おのおの立ち上がって新王の来室を待ち受けた。

 やがて、ベイギルスのでっぷりとした姿が現れる。このわずかな時間でベイギルスは復調したらしく、その面には普段通りの尊大な笑みがたたえられていた。


「其方たちは、次の間で控えているがいい。決して会談の邪魔をするのではないぞ?」


 小姓たちは一礼して、部屋を出ていく。

 たったひとりの供も連れずに、ベイギルスはクリスフィアたちの前に立った。こちらはこの人数で、半数は短剣を所持しているというのに、何も危ぶんでいる気配はない。ベイギルスは、上座の長椅子にどすんと腰をおろして、こちらに手を差しのべてきた。


「其方たちも、座るがよい。これで邪魔者の耳を気にせず、忌憚なく言葉を交わすことができようぞ」


 そのゆるみきった笑顔を見つめながら、クリスフィアはゆっくりと腰を下ろした。

 この新王は、稀代の叛逆者であるのか。それとも、ただの道化であるのか。今日こそは、その真実をつまびらかにする所存であった。

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