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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第六章 聖戦
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Ⅱ-Ⅳ 新たな真実

2019.1/19 更新分 1/1

 レイフォンとティムトとホドゥレイル=スドラの三名は、武官の案内で『裁きの塔』に導かれることになった。

 新王ベイギルスにおうかがいを立てたところ、一も二もなく許しを得られたのである。ベイギルスもこのたびの騒ぎには胸を痛めており、一刻も早い解決を願っている――と、表面上は、そのように思えた。


(新王は、ずいぶん焦燥している様子だったな。まあ、もとより胆の据わった御仁ではないし……このたびの陰謀に関わりがあろうともなかろうとも、心を乱さずにはいられないのだろう)


 レイフォンがそのように考えている間に、武官が足を止めた。

 貴き身分にある罪人を収容するための階層である。扉の前には、物々しい甲冑を纏った衛兵が二名、無表情に立ちはだかっていた。


「こちらの三名が、バウファ神官長と面会される。これがベイギルス王陛下よりの命令書である」


 武官が書面を指し示すと、衛兵は無言のまま、扉を引き開けた。

 扉を開けると次の間で、そこにも二名の衛兵が立っている。そして、その先には鉄の格子が張られていた。

 格子の向こう側にうずくまっていたバウファが、「ひっ」と咽喉を鳴らして、横合いの壁に取りすがる。そこには椅子や寝台までもが準備されているというのに、バウファは地べたに座り込んでいたのだった。


「申し訳ないが、君たちは外に出ていてもらえるかな? 王陛下のお許しはいただいているからね」


 それは書面にも記されていたので、案内役の武官と見張りの衛兵たちは一礼して下がっていった。

 次の間の扉が、レイフォンたちの背後で閉められる。これでもう、余人に話の内容を聞かれる恐れはなかった。


「何も怯える必要はありません。僕たちと、少し話をしていただけますか、バウファ殿?」


 レイフォンが格子の前まで進み出ると、ティムトとホドゥレイル=スドラもその左右に立ち並んだ。

 横手の壁にへばりついたバウファは、それこそ瀕死のギーズじみた目つきでレイフォンたちの姿を見回している。


「レ、レイフォン殿か……そ、そちらの剣士はどなたなのです? まさか、わたくしを人知れず葬るおつもりでは……」


「こちらはジェノス侯爵家の第一子息、メルセウス殿の従者です。私たちの身を守る護衛役としてお借りしたのですよ」


 レイフォンは、せいぜい朗らかに微笑んでみせた。


「ずいぶんと怯えてらっしゃるようですね。その恐怖を打ち払うためにも、お話を聞かせていただけませんか?」


「は、話とは……?」


「バウファ殿の知り得ていることを、すべてです。あなたが救われるには、もはやその道しか残されていないのではないでしょうか?」


 レイフォンは、あらかじめティムトから伝えられていた通りの言葉を語ってみせた。


「私たちは、ジョルアン殿のことも同じように説得をして、証言を引き出すことがかないました。しかし、ジョルアン殿はああして暗殺されてしまいました。きっとジョルアン殿は、まだ何か大きな秘密を抱えていたのでしょう。ゆえに、その秘密が露呈することを恐れた何者かに暗殺されてしまったのです」


「…………」


「あなたは同じ過ちを犯してはいけません、バウファ殿。秘密が秘密たりえなくなれば、あなたの口をふさぐ必要はなくなるのです。そのように怯えることなく、王国の民としての生を全うしたいと願っておられるのなら――どうか、あなたの罪を告白なさってください」


「罪……わ、わたくしは罪など犯してはおりません。ただ、恐るべき叛逆者に利用されただけであるのです」


「……その恐るべき叛逆者が、ロネック殿ということなのですか?」


 バウファのたるんだ顔が、いっそう血の気を失っていく。

 それをなだめるために、レイフォンはまた微笑んでみせた。


「何も恐れる必要はありません。バウファ殿の告発によって、ロネック殿もまた自由に動くことはできなくなったのですからね。しかし、このままでは、すべての罪があなたひとりにかぶせられてしまうことでしょう。あなたはそれでよろしいのですか、バウファ殿?」


「…………」


「少なくとも、あなたご自身が前王や王太子を暗殺したなどとは、これっぽっちも思えません。あなたが恐怖しているのは、そのように恐ろしい陰謀を目論んだ人物に対してなのではないですか?」


「…………」


「ただ、それだと腑に落ちないことがあります。ロネック殿がすべての黒幕だなどとは、とうてい思えないのですよね」


 それが、ティムトの考えであった。


「まず第一に、銀獅子宮が滅びの炎に包まれた災厄の夜、ロネック殿はグワラムからの帰路を辿るさなかでした。どうあがいても、ロネック殿がその手で前王らを弑することはかなわないのです」


「…………」


「そして第二に、ロネック殿自身もまた、何者かの悪意にさらされていました。クリスフィア姫ともどもシムの媚薬などを嗅がされて、きわめて不名誉な行いを為すことになったのです。ロネック殿が、自分で自分を罠に嵌めるように命令するなどとは、とうてい考えられません。その点について、バウファ殿はどのようにお考えなのでしょうか?」


「…………」


「バウファ殿。あなたはロネック殿がジョルアン殿を暗殺したのだと疑っておられるのでしょう? ですが、その考えが的外れであったとしたら、どうします? あなたは正体もわからぬ何者かに、生命をつけ狙われることになってしまうのです。その正体を、探りたいとは思いませんか?」


 バウファは、迷うように視線をさまよわせている。

 レイフォンは、たたみかけるように言い継いだ。


「そして、バウファ殿が前王らの暗殺に関わっていないのなら、ひとりの王国の民として、許されざる大罪人を糾弾するべきでしょう? あなたは正体も知れぬ何者かの罪を、その身に背負うおつもりなのですか? 王国の行く末と、あなたご自身の安寧のために、すべてをつまびらかにしてください、バウファ殿」


 バウファは、がっくりとうなだれた。

 そして、冷たい石の壁にへばりついたまま、すくいあげるようにレイフォンを見上げてくる。


「わたくしは、確かにエイラの神殿の鍵を、アイリア姫にお渡ししました……ですが、それは……ロネック殿からのお頼みであったのです……」


「なるほど」と、レイフォンは鷹揚にうなずいてみせる。


「ロネック殿は、いったいどのような思惑であったのでしょう? あなたはいったい、どのような言葉でそれをお頼みされたのですか?」


「それは……」と、バウファは口ごもった。

 レイフォンは根気よく微笑んでみせる。


「バウファ殿。この場には審問官も書記官も同席させていません。これはいわば、非公式の面会であるのです。ここで何を語ろうとも、審問の場であなたの身が危うくなることはないと、お約束いたしましょう」


「…………」


「身動きの取れないあなたに代わって、私がすべての真実を明るみにしようと考えています。そのための足がかりを、私に与えてはいただけませんか? そうすれば、あなたの身を救う一助になるやもしれません」


 バウファはさんざん迷った末に、ようよう口を開くことになった。


「ロネック殿も、何も罪の証となるような言葉は口にいたしませんでした。ただ……悪いようにはしないと、そのように述べていたばかりであったのです」


「悪いようにはしない。……そう言って、あなたに神殿の鍵を渡してきたのですか?」


「は、はい……自分はこれからグワラムにおもむくので、赤の月の九日に、この鍵をアイリア姫にお渡しするのだと……アイリア姫はすべてわきまえておられるので、何も心配する必要はないと仰っていました……」


 バウファの言葉がそこまで至ると、ティムトがこっそり袖を引いてきた。

 レイフォンはその場に膝をつき、ティムトに耳打ちのふりをする。するとティムトは、それに答える体で、新たな言葉を伝えてきた。


「……その際に、アイリア姫にロネック殿の名を明かされたのでしょうか?」


「い、いえ……決して余計な口は叩くなと言いつけられておりましたので……『お約束の品です』という言葉を、ゼラに伝えさせたのみです」


「なるほど。ですが、あなたはどうしてそのように面倒な仕事を、諾々と引き受けたのですか? もともとロネック殿とは、親密な間柄でもなかったのでしょう?」


「…………」


「真実をお語りください、バウファ殿。そのとき、ロネック殿はどのような言葉で、あなたを誑かしたのですか?」


「誑かした」というのは、たったいまティムトに耳打ちされた言葉であった。

 おそらくは、ティムトこそがバウファを誑かそうとしているのだろう。バウファはしばし黙りこくってから、やがて決然とした様子で言った。


「カ、カノン王子が、すべていいようにしてくださる……ロネック殿は、そのように仰っていたのです」


「ふむ。それは、どういう意味なのでしょう?」


「ぜ、前王は、カノン王子に大きな負い目のある身でありました。何せ、カノン王子がこの世に生を受けた瞬間から、あのような場所に幽閉していたのですから……カノン王子にどれほど恨まれても、致し方のないところでありましょう。その弱みをついて、カノン王子が前王を糾弾するのだと……わたくしは、そのように聞かされておりました」


 レイフォンは、思わずティムトを振り返ってしまった。

 ティムトはきゅっと眉をひそめて、バウファの青ざめた顔を見据えている。やがてその唇が、新たな言葉をレイフォンの耳に注ぎ込んできた。


「では、あなたがたはカノン王子の協力者である、ということなのでしょうか?」


「い、いえ。わたくしは、ただこの行いに力を貸せば、王宮内にて正当なる立場を回復させることがかなう、と伝えられたのみです。ですから、わたくしは、カノン王子が第四王子としての立場を取り戻すために、何らかの策略を張り巡らせて……それを成就させるために、不遇の身であったわたくしやロネック殿に協力を持ちかけてきたのだろうと……そのように考えていたのです」


 バウファは、がっくりとうなだれた。


「しかし、あの夜、銀獅子宮は炎に包まれました……きっとカノン王子は、己の復讐を成し遂げるために、我々を利用しただけなのでしょう……そのようなことが明るみになってしまったら、わたくしもロネック殿も身の破滅です……ですから、真実を語ることは許されなかったのです……」


 レイフォンは、大きな驚きにとらわれてしまっていた。

 ここに来て、またカノン王子が真なる叛逆者であるとの疑いが浮上してきてしまったのだ。


(カノン王子は冤罪であると、ティムトは推測していたはずだ。しかし、真実はそうではなかったのだろうか?)


 当のティムトは、きつく唇を噛みしめて、何やら思案を巡らせている様子であった。

 いっぽうホドゥレイル=スドラは、明哲なる眼差しでバウファの姿を見やっている。いったいどのような心情であるのか、その姿から読み取ることは難しかった。


「……では、その後のことをお聞かせください」


 しばらくして、ようやくティムトが新たな言葉を伝えてきたので、レイフォンはそれをそのままバウファにぶつけた。


「銀獅子宮が燃えた後も、あなたがたは暗躍を続けていました。十二獅子将のダリアスをつけ狙い、その副官であるルイドを幽閉し、十二獅子将のシーズを間諜としてダームを見張らせた。これらはすべて、己の罪を隠すための行いであったのでしょうか?」


「は、はい……それらもすべて、ロネック殿の指示でした。自分が動くわけにはいかないので、ジョルアン殿にそれらの仕事を果たすように命じるのだ、と……幸い、わたくしはジョルアン殿が不貞の罪を犯していることをわきまえておりましたので、何も難しくはありませんでした」


「では、クリスフィア姫の一件はどうなのです? ロネック殿は、自分もろとも媚薬を嗅がせるのだと命令したのですか?」


「ええ、その通りです。……ですが……」


 と、バウファは虫歯でも痛むように顔をしかめた。


「そういえば……あのときは、ロネック殿の様子をいぶかしく思っておりました……媚薬の騒ぎが起きた翌日、手負いの獅子のごとく不機嫌そうな様子であられたのです。何か手抜かりでもあったのかと、わたくしはたいそう不安になったのですが……声をかけるのもはばかられるご様子でしたので、その話には触れずにおきました」


「もとより、それはおかしな命令ではないですか。どうしてロネック殿が、自分に媚薬を嗅がせろなどと命令しなくてはならないのですか?」


「は……目的は、あくまでクリスフィア姫の動きを封じることにありました。あの御方は赤き月の災厄について並々ならぬ関心を寄せている様子であるので、動きを封じる必要がある、と……それで媚薬などを持ち出したのは、その……ロネック殿に邪な気持ちがあるからなのだろうと、わたくしなどは勝手に考えておりました」


「なるほど。クリスフィア姫に嫌がらせをするついでに、自身の下劣な欲情を満たそうということですか。何とも呆れた話ですね」


 そのように応じながら、レイフォンは横目でティムトを見た。

 ティムトは少し考えてから、レイフォンの耳に口を寄せてくる。


「……ですが、ロネック殿は、その騒ぎの首謀者がジョルアン殿であると知ったとき、たいそう憤慨しているようでした。あれは決して、演技ではなかったように思うのですが……その命令は、本当にロネック殿から下されたものであったのでしょうか?」


「は……ロネック殿からの言葉は、いつも密書にて届けられておりました。使われている紙にも字体にも、何もおかしなところはなかったかと思いますが……」


「密書」と、ティムトが口の中でつぶやいた。

 それから、またレイフォンに耳打ちしてくる。いいかげん、自分で語ったほうが早いのではないか、とレイフォンは肩でもすくめたいところであった。


「その密書は、まだどこかに残されているのでしょうか?」


「い、いえ。目を通した後はすぐに焼き捨てるというのが、ロネック殿と交わした約定でありました」


「では、それらがロネック殿の手によるものだという証はありますか?」


「は……証と言われても困ってしまいますが……密書で言葉を伝えると取り決めたのはロネック殿ご自身ですので、まず間違いはないかと……最初の一通は、ロネック殿の手から直接受け取っておりましたし……」


「直接受け取ったのは、最初の一通だけですか? ならば、その後の密書は他の何者かの手によるものであった可能性もあるわけですね」


「は、はい……絶対にない、とは言いきれません……」


 ならば少なくとも、媚薬の一件は他の何者かの陰謀であったのだろう。ロネックとバウファのやりとりを知る何者かが、こっそり偽の命令書を作成した、ということだ。


「あのとき、ジョルアン将軍は、オロルという薬師から媚薬を入手していました。それも、密書に命令が記されていたのですか?」


「ええ、そうです。オロルなる者は数々の秘薬を所有しているので、そちらから入手すればよい、と書かれておりました」


「バウファ殿は、あの薬師と親交がおありでしたか?」


「いえ。新王陛下の従者ですので、少なからず姿を見かけることはありましたが、ろくに口をきいたこともございません」


「シーズは使い魔なる妖魅によって、生命を奪われました。また、同じ妖魅がジョルアン将軍のもとにも現れています。それらの妖魅に、何か心当たりはおありでしょうか?」


「いいえ、皆目……本当にそのようなものが存在するのかと、いまだに疑っている状態にあるぐらいです」


 話は、だいぶん出つくした様子であった。

 そうして、最後の質問が届けられる。


「新王陛下は、このたびの一件に関与されているのでしょうか?」


 バウファはうろんげに眉をひそめてから、力なく首を横に振った。


「いえ……おそらくは、何もご存知ではないのだろうと思います……わたくしの知る限りでは、ですが……」


 ティムトはその返答をじっくり吟味してから、レイフォンにうなずきかけてきた。

 レイフォンは立ち上がり、「ふう」と息をついてみせる。


「承知しました。バウファ殿は、これですべての真実を語らったのだと……そのように信じて、よろしいですね?」


「は、はい……わ、わたくしは今後、どのように振る舞えばいいのでしょう……?」


 バウファの双眸には、すがるような光が瞬いていた。

 レイフォンは溜息を噛み殺しながら、それに応じてみせる。


「もはやバウファ殿の中に秘密が存在しないのなら、暗殺を恐れる必要はありません。ご心配なら、ジョルアン殿がそうされたように、審問官を呼びつけて証言されるべきではないでしょうか」


「そ、それまでわたくしは、暗殺の恐怖に怯えながら、飲まず食わずで過ごさなければならないのでしょうか……?」


 すると、彫像のように無言であったホドゥレイル=スドラが、ふいに発言した。


「あなたが保身のために張り巡らせた陰謀に巻き込まれて、すでに幾人もの人間が魂を返している。あなたはそこに、何の責任も感じてはいないのだろうか?」


「そ、それは……」


「前王らが魂を返した時点で、あなたが真実を語っていれば、何人もの人間が救われたはずだ。あなたは自分の死に怯えるより先に、他者の死に思いを馳せるべきであろう」


 バウファは腹でも殴られたように顔を歪めると、床に突っ伏して、嗚咽を漏らした。

 ホドゥレイル=スドラは目を伏せつつ、レイフォンに向かって頭を下げてくる。


「護衛役の身で、差し出口をきいてしまった。どうか許してもらいたい」


「いや、何も詫びる必要はないよ。私も君と同感であるからね」


 同じ陰謀に加担したジョルアンはともかく、それ以外にも少なからぬ人間が被害にあっているのだ。シーズやオロルは魂を返してしまったし、ルイドは幽閉されてシムの毒草に心身を害された。ギムやデンだってひどい目にあっているし、あとは――ジョルアンの巻き添えで、兵舎の厨番たちが数名、生命を落としている。それらはすべて、バウファやロネックの卑劣な行いの犠牲者であるはずだった。


「しばらくすれば、審問が再開されるでしょう。それまで、自分の罪を噛みしめてください」


 そのような言葉を最後に、レイフォンはきびすを返すことにした。

 扉を開くと、すかさず衛兵たちが次の間に入り込んでくる。バウファが牢獄の奥ですすり泣いているのを確認してから、衛兵たちは一礼した。


 レイフォンらは、武官の案内で『裁きの塔』を後にする。

 建物を出て、ようやく余人の耳がなくなったところで、レイフォンはティムトを振り返った。


「さて。ティムトとしては、満足のいく結果であったのかな?」


「ええ。敵の周到さと陰湿さを大いに思い知ることができました。……表面上の真実をかき集めても、カノン王子を救うことはできないようですね」


 ティムトの声は、硬い響きを帯びている。珍しくも、ティムトは心からの怒りを覚えているようだった。


「バウファ神官長が証言すれば、けっきょく前王らを弑したのはカノン王子である、ということになってしまいます。これこそが、《まつろわぬ民》の準備した結末であるのでしょう」


「ふむ。本当の真実は、さらにその裏側にある、とティムトは考えているのだね?」


「もちろんです。バウファ神官長は自分の知る限りの真実を語ったのでしょうが、それらはすべて真実の表面しかなぞっていません。前王らを弑したのも、シーズ将軍に使い魔を送りつけたのも、クリスフィア姫とロネック将軍に媚薬の罠を仕掛けたのも、すべては《まつろわぬ民》であるはずです」


「では、私たちはどうするべきだろうね?」


 ティムトは、決然とした面持ちで言った。


「ジョルアン将軍を動かしていたのはバウファ神官長であり、バウファ神官長を動かしていたのはロネック将軍でした。次は、ロネック将軍を動かしていた人間を突き止める他ないでしょう」


「それが、《まつろわぬ民》であるのかな?」


「いえ。最低でも、もうひとりは間に誰かをはさんでいるはずです。僕は、それこそがベイギルス新王であるのだろうと疑っていたのですが……いまだ確証はありません」


「では、とりあえずロネックを攻めるしかないだろうね。クリスフィア姫たちは、首尾よくやっているだろうか」


 と――無言で歩いていたホドゥレイル=スドラが、ふいにレイフォンらの前に割り込んできた。


「待て。角の向こうに、何者かが潜んでいる」


 レイフォンたちは『裁きの塔』を囲う石塀に沿って歩いており、ちょうど曲がり角に達したところであった。トトスの車は、その角の先に待たせてあるのだ。


「何者だ。姿を見せよ」


 まったく昂ぶることのない声音で、ホドゥレイル=スドラが問い質す。

 その声に応じて現れたのは、頭巾と外套で人相を隠した、痩せぎすの男であった。


「お待ちしておりました……聖教団のウォッツでございます……」


「ああ、君か。このような場所で、何をしているのかな?」


 ホドゥレイル=スドラの脇からレイフォンが尋ねると、ウォッツはうやうやしく一礼した。


「レイフォン様にお知らせいたします……クリスフィア姫の御一行が、新王陛下の命令によって、黒羊宮に連行されたとのことです……」


「何だって? どうして、そのようなことに?」


「理由までは、わかりませぬ……クリスフィア姫の御一行はロネック将軍のもとを訪れたのち、第一防衛兵団の兵士たちの手によって連行されたようです……捕縛まではされていないものの、刀を取りあげられた状態であり、まるで罪人を扱うような様子であったと……わたくしは、そのように聞いております……」


 レイフォンは、ティムトを振り返った。

 ティムトは眉を寄せながら、厳しく瞳を光らせている。


「何にせよ、放ってはおけません。僕たちも、黒羊宮に向かうべきでしょう」


「ああ。もちろん、異存はないよ」


 やはり新王がすべての黒幕であり、秘密を嗅ぎ回るクリスフィアたちを捕らえた、ということなのだろうか?

 ともあれ、救出に向かう他ない。レイフォンたちは、角の向こうで待ち受けているトトス車へと駆けつけることになった。

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