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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第六章 聖戦
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Ⅱ-Ⅱ 真なる敵

2018.11/10 更新分 1/1

「うむ? ずいぶん早い帰りだったな」


 レイフォンたちが白牛宮の執務室に戻ると、ひとりで書物に読みふけっていたジェイ=シンがいぶかしげに顔を上げた。

 レイフォンに続いて入室したメルセウスが、「おや」と微笑みながら、そちらに近づいていく。


「ジェイ=シンが読書とは珍しい。いったい何を読んでいたのかな? ……ふむ。姫騎士ゼリアと七首の竜の物語か」


「あまりに退屈であったから、俺でも読めそうな書物を引っ張り出してみただけだ。俺はあまり、読み書きが得手ではないからな。……そのようなことより、審問はどうなったのだ?」


 メルセウスはやわらかく微笑んだまま、優雅に肩をすくめた。


「いよいよ佳境というところで、話が行き詰まってしまってね。王陛下のご判断で、半刻の休憩ということになったんだ」


「まだ一刻ばかりしか語らっていないのに、半刻の休憩か。これでは一日が過ぎても話は終わりそうにないな」


「まあ、貴族を被告とした審問など、そういうものだよ」


 メルセウスはジェイ=シンの隣に腰を下ろし、ホドゥレイル=スドラもそれに続く。その正面に、クリスフィアとフラウが並んで腰を下ろした。この部屋においては、主人と従者が並んで座るという行いも常態化してきたようだった。


 それで二脚の長椅子はほぼいっぱいになってしまったので、レイフォンは執務の席に座し、ティムトがその横に立つ。すると、フラウがつつましくも温かみのある笑顔でティムトのことを見やった。


「こちらはまだおひとり座るぐらいの隙間がありますよ。わたくしの隣がおいやでなければ、どうぞ」


「いえ、おかまいなく。客人と席を同じくすることなど、従者には許されませんので」


「まあ。わたくしたちはレイフォン様のおはからいでこうして主人のかたわらに座しておりますのに、ティムトばかりがそのように振る舞わなくてはならないのですか?」


 フラウは心底から申し訳なさそうに眉を下げていた。

 ティムトは小さく息をついてから、「いえ」と首を振る。


「僕は僕の望む通りに振る舞っているだけです。礼儀の話を持ち出したのはただの方便ですので、どうぞお気になさらないでください」


「そうですか……まあ確かに、わたくしもティムトと同じ立場であれば、同じように振る舞っていたかもしれませんが」


 そんな二人の罪のないやりとりが終わるのを待ってから、ジェイ=シンが再び発言した。


「それで、話はどこまで進んだのだ? 俺たちの敵が誰であるのか、それぐらいはつまびらかにされたのか?」


「いや、まだまだ真相は闇の中だね。ゼラ殿の証言で神官長バウファ殿の嫌疑が深まったところで、休憩になってしまったんだよ。バウファ殿という御仁が何らかの形で前王殺しに関わっていたことは、確かであるようだけれどね」


 そうしてメルセウスが説明を為している間に、レイフォンは茶をいれることにした。公爵家の第一子息が自ら茶をいれるというこの奇矯な振る舞いも、もうこの人々には隠すことをやめたのだ。ただし、茶の注がれた杯を盆で運ぶ仕事だけは、気をきかせたフラウが肩代わりしてくれた。


「……というわけでね。ゼラ殿がバウファ殿の命令で、アイリア姫という人物に地下室の鍵を渡した、ということは判明したのだけれど……それ以降、バウファ殿はぴったりと口を閉ざしてしまったんだ」


「ふむ。黙して語らぬということは、自らの罪を認めたということか?」


「いや。バウファ殿は前王から鍵を受け取ったのだと言い張っている。レイフォン殿によると、そのようなことはありえない、という話だけれどね」


「うん。前王は聖教団の存在を軽んじていたし、とりわけバウファ殿に対しては厳しい態度を取っていた。対して、アイリア姫のことは娘のように可愛がっていたので、鍵を渡したいならご自分の手で渡されたはずだ」


 自分とティムトの分の杯だけを持って、レイフォンは自分の席に舞い戻った。

 メルセウスたちの卓には、フラウの手によって杯が並べられていく。そちらに礼の言葉を投げかけてから、メルセウスはもう片方の従者を振り返った。


「だけど、ホドゥレイル=スドラはバウファ殿の挙動に不審なものを感じたそうだね。よかったら、それを皆さんにお聞かせしておくれ」


「うむ。バウファなる者は、ロネックなる者を恐れている様子だった。……というか、順番が逆であるのだがな」


「順番が逆?」


「うむ。ゼラという者が寝所の鍵という言葉を口にした瞬間、ロネックなる者の身から強い殺気がこぼれ出したのだ」


 精悍なる面に理知的なる瞳を光らせながら、ホドゥレイル=スドラはそのように述べたてた。


「それが自身に向けられた殺気だと気づき、バウファという者は怯えることになったのだろう。そうして、巣穴に逃げ込むギーズの大鼠のように口を閉ざしてしまったのだ」


「なるほど。わたしもロネックのただならぬ様子には気づいていたが、お前はあのように離れた場所からよくも察知できたものだな」


 クリスフィアが感心したように言うと、ホドゥレイル=スドラは沈着なる眼差しをそちらに差し向けた。


「あのような殺気を放たれては、眠っていても目が覚めてしまう。ましてやあの男は、王都でも随一の剣士なのだろうからな」


「なに? それほどの手練であるのか?」


 ジェイ=シンがすかさず声をあげると、ホドゥレイル=スドラはけげんそうに小首を傾げた。


「それはかつて、どこかの歓談の場で語られていたことだ。王都にて行われた闘技会において、第一位の座を獲得したのはヴァルダヌスなる者、第二位の座を獲得したのがロネックなる者だと語られていたろう? それでヴァルダヌスなる者は生死も定かではないのだから、現在の王都ではあのロネックなる者が随一の剣士ということだ」


「俺はお前のように、すべての話に聞き耳をたてているわけではないからな。……それで、その男はどれほどの力量であるのだ?」


「そうだな。俺やお前が素手であり、あちらだけが剣を手にしていれば、少々てこずるかもしれん。それぐらいの力量は感じた」


「ふむ。王都随一の剣士でも、そのていどか。なかなか骨のある剣士というのはいないものだな」


 メルセウスは気ままな幼子でも叱るような調子で「こら」と声をあげた。


「この部屋にだって剣士がいることを忘れてはいけないよ、ジェイ=シン。……どうか気を悪くしないでください、クリスフィア姫」


「うむ? わたしはべつだん、そのようなことで気を悪くしたりはしないぞ。森辺の狩人と並の人間を比べることが、そもそも間違いであるのだ」


 そのように述べてから、クリスフィアは身を乗り出した。


「それよりも気にかかるのは、ゼラ殿の行く末だ。ジョルアンやバウファともども、ゼラ殿まで罪人の部屋に連れていかれてしまったからな」


「そうですね。まあ、寝所の鍵を渡したということは、少なからず前王殺しに関わっていたということになるので、致し方のないことなのでしょう」


 クリスフィアは、ちょっと恨めしげな目つきでティムトのことを振り返った。


「お前の知略によって、バウファを一歩追い詰めることはできた。しかし、それ以上にゼラ殿が追い詰められることになってしまったのだ。あのやり口は、いささかならず乱暴であったのではないか?」


「しかしあの御方は、寝所の鍵の一件を僕たちに隠していました。最初からそれを打ち明けてくれていれば、もっと他にやりようもあったのですけれどね」


 ティムトは、落ち着きはらった面持ちでクリスフィアを見返している。


「それに、僕としても、そこまでゼラ殿が前王殺しに関わっていたとは考えていませんでした。あれはあくまで、バウファ神官長を揺さぶるための言葉であったのです」


「どうだかな。お前であれば、どのようなことでも見透かしていそうだ」


「僕は千里眼ではありませんよ。……そうであったら、こうまで頭を悩ませずに済むのですけれどね」


 そのとき、小姓から来客の旨が告げられた。

 扉が開かれて、ディラーム老とイリテウスが入室してくる。


「儂たちも、こちらに加わらせてもらいたい。決着の時を前に、色々と準備を整えておかなければならんはずだ」


 両者はどちらも、戦場にあるかのような形相になっていた。ジェイ=シンとホドゥレイル=スドラとフラウが立ち上がり、メルセウスはクリスフィアの隣に移動する。怒れる剣士たちはその差し向かいに腰を下ろして、すぐさままくしたててきた。


「あとはバウファに、真実を吐かせるのみであろう。あやつに寝所の鍵を渡したのは、新王であるのかロネックであるのか……レイフォンは、どのように考えておるのだ?」


「私自身は判別がつきませんが、皆の意見を聞いてみると、どうやらロネック将軍が怪しいようですね」


「ロネックか……あやつが前王陛下のもとから寝所の鍵を盗みだした、ということなのだろうか?」


「それはまだ、何とも。バウファ殿の告白を待つしかないでしょうね」


「くそっ! 儂の自由にできるのならば、あの口を引き裂いてでも告白させてやるものを……!」


 意外なことに、若きイリテウスよりもディラーム老のほうが憤激している様子であった。

 この老将を敬愛しているクリスフィアが、心配そうにその面を見つめている。


「どうされたのですか、ディラーム老? もしや……ゼラ殿に対して怒りを向けておられるのでしょうか?」


「あの小男とて、もちろん許しはせん。しかし、それ以上に……ヴァルダヌスめが、不憫でならんのだ」


 ディラーム老は、拳を自分の膝に打ちつけた。


「やはりヴァルダヌスは、陰謀に利用されただけだった。しかも、許嫁のアイリア姫までもが、そんな陰謀の犠牲者であったとは……あんな忌まわしい陰謀がなければ、あのふたりはいまごろ幸福な家庭を築いていたはずであったのだ!」


 同じその場で、ディラーム老もまた奇禍に見舞われ、イリテウスは父親を失っている。当時はそれぞれの邸宅で過ごしていたレイフォンやクリスフィア以上に、無念であるのが当然であろう。


「お気持ちはわかります。しかし、くれぐれも短慮を起こされませんように……我々の敵は、あくまで《まつろわぬ民》であるのです」


 と、ティムトが珍しくも、自分の口でディラーム老をたしなめた。

 ディラーム老は、怒りに燃える目をそちらに差し向ける。


「しかし、陰謀に加担していたのは、ジョルアンやバウファどもだ! あやつらこそが、その《まつろわぬ民》とかいう痴れ者ではないのか?」


「いえ。《まつろわぬ民》の目的は、あくまで王国の滅亡であるはずです。王国内の権勢に固執する彼らが《まつろわぬ民》だとは思えません。彼らはおそらく……《まつろわぬ民》に利用されたのでしょう」


「利用? あやつらに罪はないというのか!?」


「いえ。悪辣なる手段で前王らを死に追いやったのは、おそらく彼らであるはずです。たとえ《まつろわぬ民》の甘言に弄されたのだとしても、その罪は消えません。……しかし、《まつろわぬ民》を討ち倒さないことには、この騒ぎを収束させることはかなわないはずです」


 イリテウスが、不満げにティムトをねめつけた。


「では、その《まつろわぬ民》とやらは、どこにいるのです? バウファもジョルアンも、ロネックも新王も、誰もが王宮で過ごす貴人であるのですよ? 下賤の邪教徒などがこのような場所に潜伏できるものなのでしょうか?」


「……わかりません。僕は王都の聖教団そのものが《まつろわぬ民》に乗っ取られたのではないか、とすら考えたのですが……そのような気配は感じられないし、バウファ神官長も何者かに踊らされているようにしか思えないのです」


「そうだな。わたしもあの神官長がすべての黒幕だとは思えん。ジョルアンはもちろん、ロネックもまた然りだ。言ってみれば、あやつらは敵の尖兵に過ぎないのであろうから、そちらばかりに目を奪われては、首魁を逃すことにもなりかねんように思う」


 表情を引きしめたクリスフィアが、そのように言い放った。ディラーム老たちにも負けない勇ましい眼差しであるが、激情にはとらわれていない様子だ。


「ですから、ディラーム老もどうか、お気をお静めください。ジョルアンやバウファは許し難い大罪人であるのでしょうし、決してその罪を許しはしませんが……その裏には、さらなる敵が潜んでいるはずなのです」


「ええ。それを討ち取ることこそが、ヴァルダヌス将軍への手向けにもなりましょう」


 そのように述べてから、ティムトがいくぶん語気を強めた。


「それに僕は、カノン王子が生存していると考えています。それならば、ヴァルダヌス将軍も王子のかたわらにあるかもしれません」


 ディラーム老は、苦悶に顔をひきつらせた。


「おぬしは以前にも、そのようなことを述べていたな。しかし、どうしてそのようなことが言いきれるのだ? おぬしたちは、ただ地下通路の出口に野営の痕跡を見つけただけなのであろう?」


「いえ、それだけではありません。僕は……あの禁忌の歴史書に書き記されていた内容から、カノン王子の生存を確信するに至ったのです」


 ティムトもまた、迷うような表情になっていた。

 その一件に関して、ティムトはこれまで固く口をつぐんでいたのだ。


「おそらく、カノン王子は……四大王国を滅ぼすために、《まつろわぬ民》に利用されているのです。もしかしたら……王子がエイラの神殿に幽閉されたところから、この陰謀は始まっていたのかもしれません」


「それは……どういう意味であるのだ?」


 ティムトはいったん口をつぐんでから、やがて意を決したように言葉を重ねた。


「その前に、ひとつおうかがいしたいことがあります。……ディラーム将軍は、ヴァルダヌス将軍からカノン王子について、どこまでのお話を聞いておられますか?」


「……儂は常々、カノン王子とは縁を切るように申しつけていたのだから、ヴァルダヌスとて多くを語ろうとはしなかった」


「では、王子の性別についても、お聞きになってはおられませんか?」


 ディラーム老は、灰色の眉を険しくひそめた。


「それならば、風聞で耳にしたことがある。カノン王子は、半陰陽……男でもあり女でもあるという、特異な肉体を有していたそうだな」


「やはり、そうでしたか」


 ティムトは、感情を隠したいかのように、目を伏せた。


「僕もどこかで、そのような風聞を耳にした覚えがあったのです。それが真実であるのなら……やはりカノン王子は、呪術の道具にされてしまったのだと思います」


「呪術の道具……?」


「はい。大神アムスホルンの炎の右手として、この世界を焼き尽くす……禁忌の歴史書に、それは《神の器》と記されていました。カノン王子は《まつろわぬ民》の呪術によって、大神の御子に仕立てられてしまったのです」


 それは何とも、荒唐無稽な話であった。

 しかし――ティムトの淡々と語る言葉を聞いているだけで、背筋に悪寒が走り抜けていく。長椅子に座したクリスフィア姫たちも、そのかたわらに控えたジェイ=シンたちも、眼前に敵を迎えたかのように瞳を燃やしていた。


「《まつろわぬ民》の目的は、《神の器》を現出させることでした。その目的を達するために、王宮内で不満を持つ人々を利用したのでしょう。前王を弑したことさえ、《まつろわぬ民》にとっては王国を滅ぼすための第一手に過ぎなかったのです」


「では……では、この状況は何なのだ? 王国は滅んでなどおらんし、新王たちは権勢を欲しいままにしておるではないか?」


「それは、陰謀の第二手目であるのです。《まつろわぬ民》の目的は、王国の権勢を欲しいままにすることではなく、カノン王子の居場所をなくすことにあるのです。ジョルアン将軍やバウファ神官長は、自分たちが《まつろわぬ民》の手の平で踊らされていることにも気づいてはいないのでしょう」


 ティムトは決して昂ぶらぬ声で、そのように言い継いだ。


「そして、《まつろわぬ民》が妖魅を駆使してまで、現状を保とうとしているのは……アルグラッドが、背徳の都であらねばならないからです。カノン王子の怒りをかきたてて、王国やこの世界そのものを憎悪させる。それが、《まつろわぬ民》の真なる目的であるのだと思います」


「そ、そのような真似をして、いったい何になるというのだ?」


「……怒れる王子が邪神に魂を受け渡し、王国を滅ぼすことを願っているのです」


 ティムトが、ゆっくりと面を上げる。

 しかしその色の淡い瞳は、ここではないどこかに蠢く敵をにらみすえているようだった。


「王子はきっと、そんな邪悪な意思に呑み込まれてしまわないように、王都から出奔したのでしょう。火神の力を授けられた王子が、自らの炎で滅びることはありません。だからきっと……この世のどこかで、まだ生きているはずなのです」


「火神の力……ならば、銀獅子宮を焼いたのはカノン王子に他ならない、ということでしょうか?」


 イリテウスが、低い声音で問い質した。

 ティムトは虚空を見据えたまま、首を横に振る。


「憎むべきは、王子にそのような力を与えた《まつろわぬ民》です。あなたの父君の仇は、《まつろわぬ民》であるはずです」


「しかし、手を下したのが王子本人であるのなら……王子もまた、父の仇に他なりません」


 クリスフィアが、厳しい眼差しでイリテウスを見やった。


「憎しみは、憎しみを生む。お前がカノン王子を憎むことこそが、《まつろわぬ民》に利する行いなのではないだろうか?」


「だけど自分は、父親を焼き殺されたのです!」


 それは、血を吐くような叫びであった。

 深くうつむいたイリテウスの肩に、ディラーム老がそっと手を置く。


「激するな、イリテウスよ。まだカノン王子が生きながらえていると決まったわけでもないのだ。……むろん、ヴァルダヌスもな」


「……はい。心得ています」


「うむ。まずは、目前の敵を討ち倒すしかあるまい」


 落ち着きを取り戻しつつある様子で、ディラーム老はそう言った。


「相手が何者であれ、王国の叛逆者はすべて斬り捨てる。最初の敵は、ジョルアンやバウファどもだ。そして、ロネックや新王が加担しているならば、その罪も暴きたてる。その裏に潜む敵を討ち倒すのは、その後だ……ということだな、レイフォンよ?」


「ええ。現在は、バウファ殿が罪を逃れようとしているさなかでありますからね。それを突き崩さない限り、先に進むことはかなわないでしょう」


「うむ。そのためにこそ、我々はこの場に馳せ参じたのだが……どうやら、時間が尽きてしまったようだな」


 窓の外では、レイフォンたちをせきたてるように鐘が鳴らされていた。まもなく審問を再開するという合図である。


(やれやれ。何だかいよいよ、とんでもない話になってきてしまったな。王位を簒奪するどころか、王国を滅亡させようだなんて……どうしてそんな暴虐な真似に手を染めようと思えるのだろう)


 レイフォンは腰を上げながら、ティムトの様子をうかがった。

 ティムトは普段通りの表情で、静かに目を伏せている。この場で自分の考えを語ることが正しかったのかどうか、それを思案しているような様子である。


(いいんだよ。何もかもを自分だけで背負い込む必要はない。私たちは、ティムトほど聡明にはなれないけれど……その苦悩を分かち合うことぐらいはできるはずさ)


 レイフォンは、やわらかい色合いをしたティムトの髪に、ぽんと手を置いてみせた。

 ティムトはびっくりしたように顔を上げて、レイフォンの手を払いのける。


「いきなり何をするのですか? 僕は幼子ではありませんよ?」


「うん。まあ、私なりの激励さ」


「……さっぱり意味がわかりません」


 ティムトはぷいっとそっぽを向くと、レイフォンを置いて扉のほうに向かってしまった。

 今度はどのような真相が明かされるのか、審問の再開である。

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