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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第六章 聖戦
131/244

Ⅰ-Ⅰ 妙案

2018.9/29 更新分 1/1

 その日、ナーニャは朝からイフィウスと語らっていた。

 メフィラ=ネロとの戦いで力を失ったナーニャが二日ぶりにようやく目覚めて、ヤハウ=フェムに共闘の話を持ちかけた、その翌日のことである。


 部屋の中には、大勢の人間がいる。もともと同じ部屋で過ごしていたリヴェル、ゼッド、チチア、タウロ=ヨシュ――それに、見張り役のマヒュドラ兵が二名と、グワラムの文官ベルタである。

 ナーニャは寝台の上で半身を起こし、イフィウスがそのそばの椅子に掛けている。他の人間は全員が立ったまま、両者のやりとりを聞いていた。


「どうだろうね、イフィウス。君も僕たちに力を貸してもらえないかな? マヒュドラ軍と手を携えるのは気が進まないかもしれないけれど、いまは一刻を争う事態であるんだ」


 昨晩に比べれば、ナーニャはずいぶんと力を取り戻していた。あるいは、そう見せかけるぐらいの力は取り戻せたようだった。まだその身体は火のような熱をおびているはずであったが、表情はいつものナーニャであり、舌の回りもなめらかである。


「君は、類い稀なる剣士だ。ゼッドにも負けない剣士がこの世に存在するなんて、僕は想像だにしていなかったんだけどね。君ほどの力を持つ剣士であれな、きっと妖魅を退ける使命も見事に果たすことができるだろう」


 しかし、ナーニャと相対したイフィウスは、さきほどからほとんど口をきいていなかった。

 もともと口が不自由であるのは確かであったものの、その切れ長の目はずっと探るようにナーニャの白皙を見つめている。それは、冴えざえと光る月のように、冷たく凍てついた眼差しであった。


(やっぱりこの人は、ナーニャがセルヴァの王子様だってことを知っちゃっているから、信用することができないのかなあ……)


 リヴェルは居たたまれないような気持ちで、そのように考えていた。

 マヒュドラの兵士たちは、まだナーニャの正体を知らずにいる。しかし、イフィウスとベルタは、すでにその事実を察してしまっているのだ。そうすると、彼らにとってナーニャは王殺しの大罪人であるはずなのだった。


(その誤解を解ければいいんだけど、そうしたらマヒュドラの兵士たちにも正体を知られちゃうし……やっぱりナーニャが王子様だと、今度はマヒュドラ軍が敵に回っちゃうのかな……)


 セルヴァとマヒュドラは、建国以来の仇敵であるのだ。肥沃な大地を奪わんとするマヒュドラと、それを守ろうとするセルヴァの間で、すでに六百年以上も戦い続けている。その両国の血を継いでいるリヴェルとしては、それらの確執がどれほど深いかも、この身に刻みつけられているつもりであった。


 メフィラ=ネロはすべての四大王国に牙を向こうとしているのだから、そのような確執にとらわれている場合ではないと、ナーニャはマヒュドラの将軍ヤハウ=フェムに語っていた。しかしそれでも己の真の正体を明かそうとしなかったのは、マヒュドラ軍がセルヴァの王子を受け入れるわけがない、と判断したゆえであるのだろう。リヴェルとしても、その判断は当然であるように思えてならなかった。


(でも……そこを語らないまま、この騎士様を味方につけることはできるのかな……)


 リヴェルとて、イフィウスがどれほどの力量を持った剣士であるかは、十分にわきまえていた。メフィラ=ネロに襲われた際、ナーニャとリヴェルを妖魅から守ってくれたのは、このイフィウスなのである。

 あれは確かに、ゼッドにも劣らぬ剣士なのではないかというぐらいの戦いっぷりであった。まるで舞でも踊るかのように剣をふるいながら、彼は次々と妖魅を退けていったのだ。


 しかしリヴェルは、この剣士を少し恐ろしいと思ってしまっている。

 鼻から上顎までを奇妙な金属の器具で隠し、シュコーシュコーと呼吸音を響かせる、その姿はたいそう不気味であったし、その眼差しはあまりにも冷たく鋭い。リヴェルにしてみれば、それはマヒュドラの兵士と大差ないぐらい、恐ろしげな姿に見えてしまうのだった。


「僕のことを信用できないっていう君の気持ちも、よくわかる。だけどあの夜、僕と君は力を合わせて、氷雪の妖魅を退けたじゃないか? 僕のことが気に食わないなら、メフィラ=ネロを討ち倒した後で、好きにすればいい。だけどまずは、僕たちと手を取って戦ってくれないか?」


「…………」


「うん、何だい?」


「あなだは……ぼんどうに、ゼルヴァのゆぐずえをうれいでいるのが……?」


 あなたは本当に、ゼルヴァの行く末を憂いているのか? ――イフィウスは、そのように問うたのだろう。

 ナーニャはゆったりと微笑みながら、「うん」とうなずいた。


「セルヴァだけじゃない。僕は、四大王国の行く末を憂いているんだよ。この世が妖魅であふれかえってしまったら、ゼッドやリヴェルたちが心安らかに生きていくこともできなくなってしまうからね」


「…………」


「うん、何かな? 何でも率直に言っておくれよ」


「あなだは……なぜ、ごごにいる? あなだはなぜ、ごぎょうをずでだのだ?」


 イフィウスとて、ナーニャの正体をマヒュドラ軍に知られたくはないのだろう。それでも、そのように問わずにはいられなかったのだ。ナーニャはイフィウスの冷たい眼差しを見返しながら、さらにゆったりと微笑んだ。


「故郷か……うん、僕は確かに、故郷を捨てた身だよ。故郷を捨てて西の版図を放浪しているうちに、流れ流れてこのグワラムに辿り着いたってわけさ。故郷には、もう僕の居場所なんて残されていなかったからね」


「……なぜ、いばじょがのござれでいないのだ?」


「それはね……こともあろうに、親殺しの疑いをかけられてしまったからだよ」


 リヴェルはマヒュドラの兵士たちに気づかれないよう、両手をもみしぼった。ナーニャとイフィウスは、何とか核心に触れぬように注意を払いながら、おたがいの真情を確かめ合おうとしているのだ。


「僕はこのように呪われた存在だから、誰かに陥れられてしまったんだね。誓って言うけれど、僕はこの手で親を殺したりはしていない。それと同じぐらい罪深い存在ではあるけれど、親殺しの罪だけは無罪であると主張させていただくよ」


 ナーニャはかつて、前王は自分のせいで死んだのだと語っていた。しかしこの際はイフィウスを説き伏せるために、自分の心情を押し殺しているのだろう。それにナーニャは前王の死に責任を感じているようであったが、決してその手で殺めたわけではないのだ。


(ナーニャたちが王様に会いに行ったら、もう魂を返していたって話だったもんな……いったい誰が王様を殺したんだろう……)


 そこまで考えて、リヴェルははたと思い当たった。

 ナーニャは昨日、この世界を心から呪っているということが、神の器たる条件であるのだと述べていた。ナーニャがこの世に絶望してしまったら、メフィラ=ネロのようにおぞましい妖魅に成り果ててしまうのだ、と――


(まさか……ナーニャを絶望させようとして、誰かが王様を殺してしまったの? それで、その罪をナーニャにかぶせようと考えたの?)


 だとしたら、なんと悪辣なるたくらみであろう。

 ナーニャの語る『まつろわぬ民』というのは、そこまで悪辣な人間であるのだろうか。


「だけど僕は、自分の無実を主張する気になれなかった。僕みたいな化け物の言うことなんて、誰も信じなかっただろうしね。だから、ゼッドとふたりで王都を出奔したんだよ」


「…………」


「だからできれば、このままひっそりと生きていきたかったんだけどね。僕以外にも大神の御子が存在したとなると、そうも言っていられない。だから、マヒュドラ軍と手を組んででも、メフィラ=ネロを討ち倒そうと決意したんだよ」


「…………」


「そのために、力を貸してくれないか、イフィウス? ヤハウ=フェムは、僕が説得する。こうして君と会うことを許してくれたんだから、きっと彼だって――」


 そのとき、扉が激しく叩かれた。

 ナーニャの言葉に聞き入っていた兵士はびくりと巨体をすくめてから、扉を開く。そこに立っているのは、やはりマヒュドラの兵士であった。


「******。********!」


「……ヤハウ=フェム将軍がお呼びであるので、ナーニャ殿は即刻、謁見の間に来られたし……そのように申されております」


 ベルタが力ない声で、そのように告げてきた。彼は彼で、セルヴァの王子に他ならないナーニャが《神の器》などという得体の知れない呪いをかけられたことに、たいそうな衝撃を受けてしまっているのだ。

 ベルタの言葉を聞いたナーニャは、「そうか」としかたなさそうに微笑む。


「謁見の間には、僕だけが連れていかれてしまうのかな? まだちょっと足もとが覚束ないんだけど」


「……二名までは同行を許すそうです」


「それじゃあ、ゼッドとリヴェルにお願いしようかな。チチアたちは、留守番をお願いするよ。イフィウスも、また後でね」


 そうして話も半ばのまま、ナーニャは謁見の間に連行されることになった。

 昨日も足を運んだばかりの、広々とした部屋である。玉座のごとき立派な椅子に座した将軍ヤハウ=フェムは、明らかに苛立った顔つきをしていた。


「きたか、ナーニャよ。……おまえにしらせることがある」


「うん。僕と手を組む気持ちになってくれたのかな?」


「……そのまえに、かたるべきはなしができたのだ」


 そのように述べた後、ヤハウ=フェムは北の言葉で何かをまくしたてた。

 この場にまで連れてこられていたベルタが、青い顔でうなずいている。


「マ、マヒュドラ本国に送った使者が、その手前で妖魅に害されたそうです。ターレス連山の麓に、あの氷雪の巨人が潜んでいたのだ、と……今朝になって、ようやく数名の兵士だけが、グワラムに逃げ戻ってきたようです」


「へえ、マヒュドラに使者を送っていたのか。まあ、ヤハウ=フェムとしては、当然の判断なんだろうね」


 ナーニャは、妖しく微笑んだ。


「まあ、メフィラ=ネロたちが身を隠すとしたら、東の森林地帯か北のターレス連山しかないだろうしね。何も驚くような話ではないんじゃないのかな?」


 ヤハウ=フェムは、北の言葉でがなり声をあげた。

 ベルタがそれを通訳する前に、ナーニャは「ごめんね」と前髪をかきあげる。


「別に、茶化すつもりはなかったんだ。ただ、こちらの思惑通りだったから、ほっとしただけでさ。……あ、もちろん、君の部下たちがメフィラ=ネロに害されたことではないよ? 僕は君がマヒュドラ本国に使者を送っていたということすら想像はしていなかったのだからね」


「……では、思惑通りとはどういう意味だと、ヤハウ=フェム将軍が尋ねておられます」


「それはね、メフィラ=ネロもまだまだ自分の力を使いこなせていないんだろうなってことさ」


 ナーニャは微笑んだままであったが、その真紅の瞳には強い光が浮かんでいた。昨日の謁見からナーニャが見せるようになった、高潔なる王子の眼差しである。


「彼女が僕に十日もの猶予を与えたことを、僕はいぶかしく思っていたんだ。考える時間を与えるなら、二、三日で十分だろう? 十日も時間を空けたのは、きっと彼女も氷神の力を使いこなすための時間が欲しかったんじゃないのかな」


「……それがターレス連山の待ち伏せとどう繋がるのか、とヤハウ=フェム将軍が尋ねておられます」


「だからさ、彼女もマヒュドラ本国から援軍なんて呼ばれたくなかったんだよ。だから、君たちが援軍を要請することを見越して、待ち伏せしていたわけだね」


 ヤハウ=フェム将軍の紫色に燃える目を見返しながら、ナーニャはそう言った。


「そもそもさ、彼女はどうしてグワラムなんかを襲ったんだと思う? その前なんて、自由開拓民の集落や、小さな町なんかを襲っていたんだよね。たぶんそれは、本格的に王国を滅ぼす前の、肩慣らしだったんじゃないのかな」


「……かたならし」


「うん。僕たちに与えられた力は強大だから、制御するのがとても大変なんだ。数万もの大軍を備えているであろうマヒュドラの王都を狙う前に、メフィラ=ネロはこの力を十全に使いこなせるように鍛錬を重ねているのだろうと思うよ」


 ヤハウ=フェム将軍は、巨大な拳で肘掛けを殴りつけた。

 マヒュドラを滅ぼさんとするメフィラ=ネロに、あらためて怒りをかきたてられたのだろう。


「そう、彼女の狙いは、あくまでマヒュドラの王都だからね。僕たちは、それぞれ四大神と対になる力を与えられているから、彼女の使命はマヒュドラを滅ぼすこと、僕の使命はセルヴァを滅ぼすことであるんだよ」


「……そのようなまねを、ゆるすわけにはいかん!」


「うん。だからそのために、僕は力をあわせてメフィラ=ネロを討ち倒そうと提案しているのさ。放っておいたら、彼女は本当に神そのものの力を手に入れてしまうはずだからね」


 そうしてナーニャはしばし口をつぐんでから、さらに述べたてた。


「でも、援軍か。それは、考えていなかったな。……ねえ、ヤハウ=フェム、マヒュドラ本国への道を断たれてしまったのなら、別の場所に援軍を要請してみてはどうだろう?」


「……このセルヴァの地に、マヒュドラ軍はグワラムにしか存在しない、と仰っています」


「うん。だから、セルヴァの軍に援軍を要請すればいいんじゃないのかな」


 ヤハウ=フェムの双眸が、猜疑心で燃えあがった。

 しかしナーニャは、不敵な笑みをたたえたまま、それを見返す。


「君たちが幽閉していた西の民の中には、何人かの武官も含まれていたよね。イフィウスは王都の軍に所属していたようだけど、もっと手近なタンティやアブーフの武官などはいないのかな? 君たちは、それらの軍とも刃を交えていたんだろう?」


「…………」


「それらの武官を使者として送れば、タンティやアブーフの領主を動かすことはできるかもしれない。なにせ、その武官たちも僕と一緒に襲われているんだからね。メフィラ=ネロがどれだけ恐ろしい存在であるかは、彼らも真情を込めて語ることができるはずだよ」


「…………」


「また、グワラムとそれらの領土を繋ぐ街道には、氷雪の巨人が身を隠せるような場所もない。それに、メフィラ=ネロにしてみても、北の民である君たちがセルヴァの領土に援軍を要請するとは考えていないだろう。これは、メフィラ=ネロを出し抜ける好機かもしれないよ」


 ヤハウ=フェムは深々と息をつくと、小虫でも払うように手を振った。


「……いったん下がれ。またのちほど言葉を交わしてもらう、と仰っております」


「うん。じっくり考えてみてよ。ただ、メフィラ=ネロの襲撃は六日後に迫っているから、それをお忘れなくね」


 そうして三名は、早々に謁見の間から追い払われることになった。

 石造りの回廊を歩かされながら、ナーニャはうっすらと笑っている。


「まったく、僕も迂闊だったよ。このグワラムは、セルヴァ軍の砦に囲まれているようなものなのだからね。それらを味方につけることができれば、いっそう戦いやすくなるってものだ」


「で、ですが、セルヴァ軍がマヒュドラ軍に力を貸すのでしょうか……?」


「放っておいたら、グワラムが滅ぼされてしまうからね。ここはもともとセルヴァの領土で、石塀の外には広大なる荘園も広がっている。それを台無しにされることは、セルヴァの人間たちにとっても我慢のならない話であるはずだよ」


 ナーニャは、朗らかとも思えるような口調で、そのように言葉を重ねた。


「そして、幸か不幸か、ここは王都アルグラッドから遠く離れた辺境の地だ。どんなにトトスを急がせたって、六日で往復することはできない。だから近在の領主たちは、王都のご機嫌をうかがっているいとまもなく、決断を迫られることになるんだ。グワラムが滅ぼされるかもしれないという危機感を上手い具合につついてやれば、領主たちを動かすことも難しくはないんじゃないのかな」


「そうですか……ナーニャが言うのなら、その通りなのでしょう」


 リヴェルは、ふっと息をついた。

 すると、ナーニャがすかさず顔を寄せてくる。


「どうもリヴェルは、さっきから元気がないみたいだね。僕がイフィウスと話している途中ぐらいから、様子が変わったようだけれど」


「え? ど、どうしてわかるのですか?」


「わかるよ、それぐらい。僕がどれだけリヴェルのことを気にかけていると思っているのさ」


 ナーニャの顔に、無邪気な幼子のような笑みがたたえられた。

 その笑顔に心を癒されながら、リヴェルは「はい」とうなずいてみせる。


「実はちょっと、おかしな考えが頭に浮かんでしまって……それがずっと、頭から離れないんです」


「それはいったい、何の話なのかな? 僕やイフィウスに関係すること?」


「いえ、直接は関係ないのですが……あの、メフィラ=ネロについてです」


 このような話をナーニャに聞かせても、詮無きことである。

 しかし、ナーニャに隠し事はしたくなかったので、リヴェルは正直に打ち明けることにした。


「ナーニャは、『まつろわぬ民』によって、そのような呪いをかけられてしまったのですよね? その恐ろしい何者かは、ナーニャを絶望させるために、親の生命を奪ったりもしたのでしょう?」


「うん、まあ、簡単に言えば、そういうことだね。それが、どうかした?」


「はい……それならメフィラ=ネロも、何者かによって絶望させられたのかな、と思って……」


 ナーニャは、きょとんと目を丸くした。そうすると、ますます幼げな顔になってしまう。


「それに、ナーニャやメフィラ=ネロが《神の器》というものに選ばれたのは、たまたまだと言っていたでしょう? 血筋や生まれなどは関係なく、たまたま《神の器》に相応しい資質を持っていたから、選ばれたのだと……だったら、メフィラ=ネロも気の毒だな、なんて思えてきてしまって……」


「へえ! あのメフィラ=ネロに、同情するのかい? あの、おぞましい化け物に?」


「だ、だって、ナーニャだってゼッドがいなかったら、この世界に絶望してしまっていたのでしょう? メフィラ=ネロにはゼッドみたいな存在がいなかったんだなって思ったら、何だか可哀想で……」


「ゼッドだけじゃなく、いまとなってはリヴェルもだけどね」


 ナーニャは、にこりと微笑んだ。

 それから、何の前触れもなく、リヴェルの頬に唇を触れてくる。

 一瞬遅れて、くちづけをされたのだと理解したリヴェルは、たちまち顔を熱くすることになった。


「い、い、いきなりどうしたのですか、ナーニャ?」


「いや、リヴェルの優しさに胸を打たれてしまっただけだよ。……そうだよね。リヴェルやゼッドみたいな人間がそばにいさえすれば、メフィラ=ネロだってこの世に絶望したりはしなかったと思うよ」


 リヴェルたちを取り囲むマヒュドラの兵士たちは、素知らぬ顔をして歩いていた。

 ただ、ゼッドだけは猛禽のごとき瞳で、リヴェルたちのほうを見やっている。しかし、その鋭い眼光を放つ瞳に垣間見えるのは、深い慈愛と理解の光であるように思えてならなかった。

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