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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第五章 神の下僕
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Ⅱ-Ⅱ 秘密の通路

2018.4/7 更新分 1/1

 金狼宮を後にしたレイフォン一行は、その足で再建工事の現場まで出向くことになった。

 顔ぶれは、レイフォン、ティムト、クリスフィア、ジェイ=シン、というものである。けっきょく気心の知れないジェイ=シンなる若者を同行させることになってしまい、ティムトはさきほどからずっと不機嫌そうな目つきをしていた。


(いったいクリスフィア姫は何を考えているのだろうな。昨日初めて顔をあわせたばかりなのに、もうメルセウス殿やこの若者を信用しきってしまったのだろうか)


 そのようなことを考えながら、レイフォンはこっそりジェイ=シンの様子をうかがった。

 燃えるような赤毛に、晴天のような碧眼、それに浅黒い肌を持つ、なかなか端正な顔立ちをした若者である。背丈はレイフォンと変わらないぐらいで、すらりとした体躯を従士のお仕着せに包んでいる。とても静かで、かつ研ぎ澄まれた、一種独特の雰囲気を持つ若者であった。


(聞くところによると、彼はメナ=ファムやクリスフィア姫以上の剣士だというし……そんな相手が邪な心を抱いていたとしたら、我々の身が脅かされてしまうというのにな)


 もちろん、ジェノス侯爵家というのはレイフォンらと敵対するような存在ではない。ジェノスは王都からもっとも遠く離れた場所に領地をかまえているのだから、このたびの陰謀ともきっと無関係であろう。

 しかし、万が一にもジェノス侯爵家が敵方に与していたとしたら、これほど危険なことはない。レイフォンたちは、これから余人の目の及ばない秘密の通路を探索しようとしているのだから、なおさらである。そうだからこそ、ティムトはずっと不機嫌そうな目つきをしているのだと思われた。


(クリスフィア姫はお得意の直感とやらで、この若者に危険はないと判断したのかもしれないけれど……それに生命を預ける私やティムトの身にもなってほしいものだ)


 レイフォンがそのようなことを考えている間に、再建の現場に到着した。

 かつての銀獅子宮の、跡地である。

 周囲には山のように石材が積まれており、大量の衛兵と大量の人足が慌ただしげに行き交っている。また、その人足たちが他の宮殿へと忍び込まないように、おびただしいほどの衛兵たちが周囲をぐるりと包囲していた。


「……この衛兵たちは、ジョルアン将軍の配下ではないのだよね?」


 レイフォンがこっそり耳打ちすると、ティムトは「はい」とうなずき返してきた。


「再建工事の現場を管理しているのは、第一防衛兵団の人間ですよ。そうでなかったら、隠し通路の一件も隠蔽されていたかもしれませんね」


「そうか。それは僥倖だったね」


「……僥倖というか、こういう事態に備えてそういう配置にしておいたのです」


「ええ? まさかティムトは、隠し通路が発見されるなどと予見していたわけではないだろう?」


 レイフォンの言葉には、とても冷ややかな視線が返されることになった。


「僕にそのようなことを予見できるわけがないではないですか。……ただ、災厄の現場である銀獅子宮から何らかの手がかりが発見される可能性は否めなかったので、そのように配置しておいただけのことです」


「……まったくティムトの慧眼には感服させられるよ。それがこのように的を射てしまうのだからね」


 そのように述べてから、レイフォンは考えを改めた。ティムトはきっと、どのような事態にも対処できるように、考えつく限りの手を打っているのだ。その中で、実際に的を射た策略だけが、レイフォンを始めとする余人の目に触れることになるのだろう。


(言ってみれば、広大なる草原にまんべんなく罠を配置しているようなものか。それはそれで、凡百な人間には不可能な行いであるに違いない)


 そうしてレイフォンらが歩を進めていくと、前方に人だかりが見えてきた。

 再建工事の監督を任されている造宮官と、その部下たちだ。造宮官の男はレイフォンの姿に気づくと、まろぶような足取りで駆け寄ってきた。


「ああ、お待ちしておりました、レイフォン殿。こちらが朝方に発見されました、銀獅子宮の隠し通路にてございます」


 言われるまでもなく、その場所では石の基礎が瓦解しており、地面に黒い裂け目のような穴が空いていた。

 怪物の口のように、巨大な裂け目である。横幅は人間の背丈ほどもあり、その暗がりの向こうには白い石段のようなものが見えた。


「なるほどね。確かにこれは隠し通路であるようだ。内部のほうまで探索してみたのかな?」


「は、はい。石段の下までは……その先は鍾乳洞となっており、ずいぶん長い通路となっているようです」


「それはまあ、領地の外まで続いていなければ、隠し通路としての役にも立たないだろうからね。……しかしまさか、このようなものが銀獅子宮の地下に隠されていたとはねえ」


 すると、造宮官はすがるような面持ちでレイフォンに詰め寄ってきた。


「こ、これはどのように処置するべきでしょう? 銀獅子宮を再建するにあたって、隠し通路の建設などは考慮していなかったのですが……」


「それはもちろん、私だって同じことさ。新王陛下にも、そのようなものを建設しろなどというお言葉は賜っていなかったからね」


 レイフォンの言葉に、造宮官はますます顔色を失っていく。


「レ、レイフォン殿……レイフォン殿は、すでにこのことを新王陛下にご報告なさったのでしょうか……?」


「いや、余計な話で陛下のお心を乱すわけにはいかなかったからね。まずは自分の目で確認しようと思い、こうして出向いてきたわけさ」


 この造宮官が何に懸念を抱いているかは、あらかじめティムトから聞いていた。彼はこの隠し通路を新たな銀獅子宮においても活用する、という可能性におののいているのである。


(王のための隠し通路など造ってしまったら、それに携わった人間はのちのち口封じのために謀殺されるのが当たり前の話だからな。それは恐れおののくのが当然だ)


 そのようなことを考えながら、レイフォンは造宮官に微笑みかけてみせた。


「この隠し通路は、工事の最中に地盤が崩落したことによって発見されたのだよね?」


「は、はい。その通りでございます……」


「それでは、さぞかし大勢の人間がそのさまを見物していたことだろうね」


「は、はい。人足も衛兵も、この近在に控えていた者たちは、のきなみ目にすることになったかと……」


「それでは、秘密の通路が秘密たりえない。隠し通路として残しておくことなど、とうていかなわないだろうね」


 造宮官は、肺腑の中身を振り絞るようにして溜息をついた。


「そ、それではこの通路を埋めるお許しをいただけますでしょうか? こちらの崩落によって、工事もずいぶん滞ってしまっておりますので……」


「いや、その前に通路の全容を把握しておきたい。これが外界にまで通じているのなら、そちらの出入り口も封鎖する必要があるだろうからね」


「な、なるほど。それでは、すぐにでも調査隊を編成しますので……」


「いや、その役目は私が引き受けよう」


 レイフォンが言うと、造宮官は目をぱちくりとさせた。


「レ、レイフォン殿が自ら探索を? しかし、どのような脅威が潜んでいるかもわからないのですよ?」


「うん、私は鍾乳洞というものに目がなくてね。鍾乳石や石筍などを屋敷中に飾っているほどなんだ」


 それは半分が本当であり、半分は虚言であった。好事家の祖父が買い集めた奇妙な石塊が、ヴェヘイム公爵邸のあちこちに飾られているというだけの話である。


「まあ、それは冗談としても、いちおう再建工事の最高責任者として、きちんと見届けておきたいんだ。私が私の責任としてこの隠し通路を廃棄しようというのだから、新王陛下にはより正しい言葉をご報告しなければならないしね」


「そ、そうですか。では、護衛の衛兵を……」


「それもこうして準備してきたよ。彼らであれば、衛兵二十名分の働きをしてくれるはずだ」


 造宮官ぐらいの身分では、クリスフィアやジェイ=シンと顔をあわせる機会もなかったのだろう。どちらも剣士としての風格を備えもっている両者であるので、造宮官は「はあ」と頼りなげに眉を下げるばかりで、それ以上は食い下がってこなかった。


「それでは、お邪魔するとしよう。もう崩落の危険はないのだよね?」


「は、はい。瓦礫は取り除きましたので、お足もとにも不自由はないかと……」


「では、出発だ」


 その前に、まずは持参した灯篭に火を灯さなければならない。

 シムの硝子で囲いのされた、手持ちの灯篭である。予備の油もたっぷり準備してきので、半日ぐらいは明かりを保つことが可能なはずであった。

 使い方のわからないジェイ=シンにはクリスフィアが手ほどきをして、四つの灯篭に無事に火が灯る。それを手に、レイフォンたちはいよいよ石段を降りることになった。


「では、わたしが先陣を受け持とう。ジェイ=シン殿は、しんがりをお願いする」


 クリスフィアが弾んだ声で言いながら、足を踏み出した。

 きっとこういう不測の事態にこそ、心を躍らせる性分であるのだろう。レイフォンとしても、少なからず好奇心を刺激されていなくもなかったが、やはり未知なる領域への不安感のほうが上回ってしまっていた。


 ともあれ、探索の開始である。

 最初の石段は、予想よりも遥かに深い部分にまで続いていた。

 まあ、この上には巨大な銀獅子宮が鎮座していたのだから、これぐらいの深さがなければ地盤ももたなかったのだろう。建物二階分ぐらいは石段を下っているように感じられた。


 左右の壁は、ごつごつとした岩肌だ。

 平にならされてはいるものの、それほど丁寧な造りではない。それに、じっとりと湿り気をおびているようで、とうてい手で触れる気持ちにはなれなかった。


 クリスフィア、ティムト、レイフォン、ジェイ=シンの順で、石段を下っていく。

 ようやく石段が尽きると、そこで待ち受けていたのは、まごうことなき鍾乳洞であった。


「ああ、こいつは見事だね。ダームの名物である海辺の鍾乳洞にも負けないぐらいだ」


 レイフォンの声が、暗がりの中で陰々と響きわたる。

 クリスフィアは、灯篭を振りかざしながら、「ほほう」と驚きの声をあげていた。


「鍾乳洞などというものの中に足を踏み入れたのは、これが初めてのことだ。あちこち光が灯っているように感じられるのは、どういった理由によるものなのだろう?」


「たぶん、灯篭の光を反射しているのじゃないのかな。鍾乳石か、そこに生えた苔か何かに、そういう性質があるのだと思うよ」


 とはいえ、灯篭の光が届く手近な壁や天井が白くぼんやりと瞬いているばかりで、その先は漆黒の闇である。石段を背中にして立つと、道は左右にのびているようだった。


「さて、どちらに進むべきであろうか?」


「そうだねえ。ティムトは、どう思う?」


「方角としては、北西か南東ですね……ここは北西に進むべきだと思います」


「ふむ。その理由は?」


「……王都より南側では、鍾乳洞というものは発見されていません。これが王都の外にまで続いているとしたら、北側のほうが出入り口の存在する可能性は高いのではないかと思われます」


「そのような地理にまで通じているのか。さすがはレイフォン殿自慢の従者だな」


 クリスフィアがからかうような声で言い、ティムトの口をへの字にさせた。


「足もとも、それほど滑る様子はないようだな。それでも、慎重に歩を進めることにするか」


 そんなクリスフィアの号令とともに、いよいよ一同は探索を開始することにした。

 幸い、道幅はそれほど広くもなく、真ん中を進んでいても左右の壁を視認できるほどであった。

 しかし、横道などを見過ごしてしまわぬように、それぞれが灯篭を左右に寄せて、道を進んでいく。クリスフィアが再び口を開いたのは、そのまま百歩ばかりも進んだのちのことであった。


「それで、この探索にはどのような意味があるのかな、レイフォン殿?」


「……どのような意味とは? それはさきほど造宮官に説明していたのを聞いていただろう?」


「それだけの理由で、レイフォン殿が自らこのような場所に足を運ぶとは思えない。もう盗み聞きをされる心配もないのだから、事情を説明してくれてもよいのではないか?」


 レイフォンは、すぐかたわらを歩いているティムトのほうに目をやった。

 盗み聞きの心配はなくとも、部外者であるジェイ=シンがすぐそばを歩いているのだ。灯篭の光に照らされながら、ティムトはきゅっと眉を寄せていた。


「まあ、わたしも想像がつかないでもない。レイフォン殿は、カノン王子とヴァルダヌス将軍がこの通路を使って脱出したのではないかと考えたのではないか?」


「クリスフィア姫」と、ティムトがこらえかねたように声をあげた。

 周囲に視線を配りながら、クリスフィア姫はくすりと笑う。


「よいではないか。かの両名は、前王を謀殺したと疑われている身だ。それが魂を返さずに生きのびているとしたら、これほど由々しきことはない。王国の忠実なる民であるレイフォン殿が懸念を抱くのも当然といえよう」


「ふむ。それは確かに、由々しき事態だな」


 と、最後尾を歩いていたジェイ=シンが口を開いた。


「しかし、その両名はただ疑われているだけの身であったのか? 俺はそやつらが前王を殺めたのだと聞かされているのだが」


「さて、確たる証があったのかどうか、わたしは知らん。レイフォン殿は、ご存知であろうか?」


 レイフォンは、もう一度ティムトを見下ろした。

 ティムトはとても疑り深そうな目つきでクリスフィアの後ろ姿をねめつけているばかりである。

 しかたないので、レイフォンは自分の意思で答えることにした。


「確たる証があったのかどうかは、私も聞き及んでいない。ただ、衛兵たちが前王の寝所に踏み込んだとき、前王や王太子たちは鮮血にまみれて床に倒れ伏しており――そこに、カノン王子とヴァルダヌスの両名が立ちはだかっていたようだよ」


「ふむ。それは、衛兵の証言なのか?」


「ああ。ただしその衛兵も、銀獅子宮が焼け落ちた頃には魂を返していたそうだ。全身にひどい火傷を負っていたらしいからね」


「では、カノン王子らがその手で前王を殺める姿を見たわけではないのだな」


 クリスフィアのその口調で、レイフォンはようやく彼女の意図がつかめたように思えた。


(なるほど。クリスフィア姫は自分の考えを悟られぬように振る舞いつつ、ジェイ=シンに赤の月の災厄の全容を伝えようとしているのだな)


 ジェノスから到着したばかりのジェイ=シンは、赤の月の災厄について、布告で回された内容ぐらいしか知らされていないことだろう。そんな彼が災厄の全容を知ったらどのような思いを抱くことになるか、それを見定めようと試みているのだ。


(それで相手の反応が鈍ければ、途中で話を切り上げるつもりなのだろう。それなら、私たちの身が危うくなることもないからな)


 レイフォンがそのように考えていると、クリスフィアがまた声をあへてきた。


「しかし、セルヴァで随一の剣士と名高いヴァルダヌス将軍を失ってしまって、王都の人々もさぞ悲嘆に暮れたのだろうな。時を同じくして五名もの十二獅子将を失ったのだから、なおさらだ」


 そうしてクリスフィアは、世間話のような口調で長々と語りだした。

 十二獅子将のルデンとディザットはグワラム戦役で、アローンは銀獅子宮の崩落に巻き込まれて、ウェンダは謎の病魔によって、それぞれ魂を返したこと。もう一名のダリアスは、前王が謀殺された日から行方知れずであること。残された十二獅子将の内、ジョルアンとロネックが元帥に任命されて、負傷の癒えたディラーム老もようよう復職できたということ。――そういった内容が、ジェイ=シンの耳に届けられることになった。


「……それで、新たな十二獅子将はジョルアン将軍とロネック将軍の旗下から選ばれたという話であったな、レイフォン殿?」


「ああ。第一防衛兵団およびバンズ騎士団に関してはそれぞれの副官が十二獅子将に繰り上がったけれども、あとはのきなみ両元帥の旗下であるようだね」


「ふむ。通常、十二獅子将が失われたときは、その副官が後継者となる習わしである、と聞いていたのだが。このたびは、その習わしが重んじられなかったということなのだろうか?」


「うん。その副官も、半数ぐらいは主人と運命をともにしていたからね。残りの生き残っている半数に関しては……何か理由があって、十二獅子将となることを許されなかったのかな。私も詳しくは知らされていない」


「そういえば、ダリアスという御仁の副官は、何者かによって監禁されていたそうだな」


 クリスフィアは、きわどい部分にもあっさりと踏み込んでくる。そういう際はレイフォンも、いちいちティムトの顔色をうかがいながら答えるしかなかった。


「ああ。ダリアスの行方を追う何者かが、その副官を監禁していたらしい。シムの毒を盛られてしまい、ずいぶんと心身を痛めつけられてしまったようだ」


「不可思議なこともあるものだな。そのダリアスという御仁は、罪人として追われていたわけでもないのであろう?」


「うん。彼はただ、煙のように消え失せてしまっただけだからね。罪があるとしたら、王陛下から賜った十二獅子将という身分を勝手に打ち捨ててしまったことぐらいかな」


 ジェイ=シンは関心があるのかないのか、ほとんど口をはさんでこようとはしない。

 ただ、レイフォンたちの会話が途切れると、ふいに「ふむ」と声をあげてきた。


「何やらずいぶんと入り組んだ話であるのだな。メルセ――俺の主人が聞いたら、さぞかし喜びそうだ」


「喜ぶ? このように不穏な話を聞かされて、いったい何を喜ぶというのかな?」


「俺の主人は、ややこしい話に頭をひねることに喜びを見出す気質であるのだ。身体を使わない分、頭を使うのが得意でもあるのだろう」


 そこでジェイ=シンは、ふっと息をついた。


「しかし、俺はあまり楽しくない」


「ふむ。君は身体を動かすほうが性に合っているようだね」


「それはその通りだが、楽しくない理由は他にある。俺はどうやら、そちらの姫君の気性を見誤っていたようだ」


「わたしの?」と、クリスフィアが驚いた声をあげる。


「ああ。あなたは貴族にしては率直で、裏表のない気性であるように思えた。しかし、それは俺の勘違いであったようだ」


「いや、ジェイ=シン、それは――」


「あなたはさっきから、本心を隠して長々と語らっていたように感じられる。あなたとは良き友になれるような気がしていたので、とても残念だ」


 クリスフィアはしばらく無言で歩を進めてから、ふいに楽しげな笑い声を響かせた。


「やはり、慣れない真似などするものではないな。心から謝罪の言葉を申し述べるぞ、ジェイ=シンよ」


「クリスフィア姫」とティムトが再び声をあげたが、クリスフィアは黙らなかった。


「ならば、はっきり言わせてもらおう、ジェイ=シン。わたしはお前とメルセウス殿に助力を願いたいと考えていたのだ」


「ふむ? 助力とは?」


「それはまだ、口にすることができないのだ。これは王国の行く末を左右するほどの、一大事であるのだからな」


「だったら、俺からも言うことはない。……というか、俺の主人はメルセウスであるのだから、俺を相手に駆け引きなどをしても意味はないぞ」


「いや、お前はたとえ主人の命令であろうとも、得心のいかない話に助力することなどはできない性分であろう。それぐらいのことは、わたしにだってわかるつもりだ」


 暗がりの中を歩きながら、クリスフィアはジェイ=シンのほうを見て不敵に笑った。


「それに、お前が納得できないような話であれば、メルセウス殿が納得することもあるまい。お前たちは、それぐらい深い絆で繋がれているように思えるのだが……どうであろうな?」


「ふん。勝手に思っておけ」


 そのように述べてから、ジェイ=シンがぴたりと足を止めた。


「そして、先陣を任されている人間が、うかうかと視線を外さないことだ。生命取りになるぞ、クリスフィア姫」


「なに? それはどういう――」


「何か来る」


 そのように言い捨てるなり、ジェイ=シンは腰の刀を抜き放った。

 慌てて前方に向きなおったクリスフィアも、刀の柄に手をかける。


「あなたがたは下がっていろ。あれは――何か、よくないものだ」


 ジェイ=シンは足もとに灯篭を置くと、クリスフィアのかたわらまで音もなく進み出ていった。

 その肩ごしに闇の向こうを透かし見たレイフォンは、息を呑む。

 さきほどまでは漆黒の帳に隠されていたその場所に、無数とも思える青い鬼火が妖しく瞬いていたのだった。

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