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06:魔法園芸①

「ぎんじさん、準備はいいですか?」

「ちょま、真っ暗で何も見えないんだけど…」

「では始めましょう、マールちゃんの、アリでもできる、簡単魔法園芸講座ー!」

「え?まほ…、え?」


 そろそろ日も暮れかけてきたというのに…俺は一日に何回面倒ごとに巻き込まれなくちゃあならないんだ?いったい何話分が俺の一日に詰め込まれるんだ?


「えー、まだ自分の家の全域さえ理解できておられないと思いますが…。それはゆくゆく説明するとして、まずはぎんじさんのこれからの生活に最も大事な、魔法園芸について説明しますね!」

「それはつまり…?」

「つまり、世界樹様の魔力をお借りして色々な種類の植物を育てる、ということです」

「なにが最も大事な要因なんだよ?」

「この世界は、チート無しでは生きていけません…」

「いきなり極論!?」

「この世界に転生してくる方々は、大体がこの世界の秩序を守る女神様によって偉大な力を与えられます。もちろんそれは、この世界での生活で困らないようにするためです。しかしそれは、殆どの場合が行きすぎた危険能力であり、大体の転生者がチーレムと呼ばれる、魔王や女神を超えた最高地位につくのです」

「え、俺は違うの?」

「ぎんじさんは、ただ世界樹様の転生にくっついてきただけの、いわばモブなのです。そんなモブに、チートが与えられるとお思いですか?否、それは違います!ぎんじさんはこのままだと、魔物やら他の転生者やらに気づかぬうちに淘汰されてしまう、いわばアリと同じになってしまうのです!」

「あ、アリだって必死に生きているんだぞ!」

「でしたら、誰にも気づかれず踏み潰されてもいいと?」


 俺のために熱心になってくれているのはいい。それだけで俺は、チートやハーレムが無くたって幸せだ。でもね、マールちゃん。俺の気持ちを一番気づかずに踏みにじっているのは、きっと君だ。


「そんなのわかっているけど!でも、一般人の俺がどうやってチート主人公達に抗おうと言うんだ!」

「お忘れですか?この世界樹様は!この世界の全てを構築なさっているのです!」

「…?」

「それを完璧に支配できたとしたら、それはこの世界を支配したも同然なのです!」


 えー、大丈夫かなこの娘。様とか言ってるくせに支配するとか言っちゃって。でも、その俺を思う気持ち、しっかりと伝わったぜ!


「よし、ならば、勉強してやろう!魔法園芸とやら、一時間もあればマスターしてやる!」



 〜〜〜一時間後〜〜〜



「どうです?これが魔法園芸の基礎の基礎です」

「ち、ちょっとスマホ見てきていいスか?」

「ここにそんなものはありませんよ…」


 ま、まだだ…。俺の実力はこんなもんじゃあない…。


「要は、世界樹様の魔力を大地や空気、水に分配し、古より引き継がれた自然のあるべき姿を再び魔法により解放するのが、魔法園芸の大きな目的であり、出現の起源です。ここまでは分かりますね?」

「さっっぱり分からないッ!!」

「そ、そんな…!これは誰でも簡単魔法園芸基礎第一巻冒頭の『はじめに』の部分の一節なのに!これがわからなく

ては、何もわからないも同然ですよ!」

「もう何もわからなくてもいいよ、というか何もわかりたくない、このまま消えて無くなりたい」


 これ見よがしに拗ねると、マールは呆れたように腕を組んで鼻息を鳴らした。


「仕方ありませんね。では、実践授業といきましょうか!」


 そう言うと、マールはその小さな背中にたくさんの荷物を背負いこんで、防犯意識が微塵も感じられない蔦の扉をはねのけて外へと飛んでいった。慌てて、それについていくことにする。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 夕陽は周りの木々によって遮られるため、綺麗な夕日が望めないことがいくらか残念ではあった。きっと前の世界の縁側では、オレンジ色に染まる空が見えただろうに。


 しかしその分、新たな発見もあった。世界樹は、その体から微かな光を放っていることだ。掌で樹皮に触れると、ほんのりと熱を発していることにも気づいた。


 マールは草の生い茂った庭の真ん中に踊るように行くと、前触れも無く突然こちらを振り返った。その両掌にはフリスビーのように回転する水の刃が浮遊していた。それを、カルタを取るような動きで同時に投げつけた。


 水の刃は鋭く回転しながら地面スレスレを飛行し、鬱蒼と茂った雑草を綺麗に刈り取っていった。音も無く、宙を舞う草の残骸が一面に降り積もり、そして流されていった。水の円盤をマールがある操り、水流に変化させ草の切れ端を流していったのだ。


「おお…」


 感嘆の声を上げる俺を一瞬だけ見て、マールは恥ずかしそうに笑った。


「さあ、ここら一帯の土は世界樹様の恩恵を存分に受けて、養分、魔分共に申し分ない状態です!これを適当に蒔いてみてください」


 そう言って投げ渡されたのは、小さなポーチだった。茎で縛られた袋の口を開けると中から、たくさんの植物の種がこぼれ落ちた。慌てて拾い上げると、それがマールを召喚したあの種…とまではいかないが、先ほど触れた世界樹の皮脂と同じくらいの熱を持っていることがわかった。


 マールに言われた通り、それらを等間隔に土の上に蒔いていった。爺ちゃんの農業を手伝っていたので、要領よく動くことができた。


「今植えてもらったのは、オバケクルミの種です。ここに世界樹様の体から作られた特別なジョウロがありますので、これで水をあげてみてください!」


 言われるがままにするしかない。マールから手渡された木製のジョウロ(使えるか不安なのだが)を抱え、せっせと地下へ向かい、泉から水を汲み、戻ってきた。自宅がまるで迷宮なので、かなり時間を食ってしまった。待たせていたマールは、頬を膨らませて俺のことを睨んでいる。


「遅いです!家の裏に水道ならあるじゃないですか!」

「…あっ…」

「バカ!」


 …と、些細な諍いをしながらも。


「ひーっ、終わったー!」

「すごいです!園芸の才能があります!」

「やっぱ?中学時代の友達に土食わされた甲斐があったな」

「そんな暗い思い出は掘り返さないでください」


 すっかり日が沈んでしまったが、世界樹の放つほのかな明かりが地面を照らし、幻想的な雰囲気が演出された我が家の大庭園。その片隅に、丁寧に整えられた小さな花壇が

できた。こう見ると惨めなくらいちっぽけなものだが、達成感は確かにあった。腰に手を当てニヤニヤ笑いを浮かべていると、マールが手を引いた。


「見てください!ホタルダケですよ!」


 マールの指差す方向には、蛍光色に光る浮遊物がまるで綿毛のように空を漂っていた。一つ、また一つと空中に光が灯り、やがて視界は光に埋め尽くされた。


「ホタルか何かかな…?」

「いいえ、キノコです。キノコの胞子が、こうやって光り輝くんです。おびき寄せられた虫を捕らえて栄養とするために…」

「いい雰囲気が台無しだよッ!」


 そう言うと、マールは何を言ってるのと言わんばかりのとぼけた顔をした。「は?」と聞こえてきそうなくらい、とぼけていた。


「いい雰囲気と言っていますが、これで終わりだとお思いですか?まさか、レパートリーがたった一つだとお思いですか?」

「…はい?」


 呆気にとられて聞き返すと、マールは無言で袖の下から先ほど俺に見せたような植物の種が入ったポーチを手品のように出して見せた。その数は、ざっと見ただけで十を超える。


「あと、ホタルダケは植物の種子に寄生しますから。幼い少女を夜通し家の外で見張らせるほど、ぎんじさんは鬼畜ではありませんよね?」


 …ショックで、頭がどうにかなりそうだ。


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