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05:スローライフしたいのに

「快適な暮らしには、快適な寝床だッ!!」


 この世界での生活を本格的に決心した俺は、マールにそう語った。つまり、この世界に合わせて我が家を改造することを宣言した。


「そうですね。小鳥のさえずりで目を覚まし、ベッドから身を起こすと柔らかい風が頬を撫でる…。そんな環境がお望みですか?」

「えらく具体的だが、すごく魅力的だな。でも、俺の求めるのはそんなものではない…」


 俺は、推定年齢十一歳の合法ロリ、マールちゃんに自らの野望を語ることにした。


「俺が望むのは、すやすや熟睡しているところに可愛い女の子が飛び乗ってきて、頬をペチペチ叩きながら必死に起こそうとしてくるシチュエーション…!折角だし、主人公気分を存分に味わいと思うのが、万人の共通意識じゃないか?」

「…へー」

「薄っ!反応薄っ!」

「だって、ぎんじさんがまさかそんな事を仰るとは夢にも思わなかったものですから…」

「…なんかごめん」


 つい数秒前の自分の言動を思い起こし、そのあまりの迂闊さに、穴があったらそこに入ったうえで中に醤油を

流し込み、そのまま溺死したかった。意味わからんけど。そんな俺に、優しいマールちゃんは励ましの言葉をかけてくれる。


「落ち込まないでください!でしたら一度、シミュレーションをしてみましょうか?」

「し、シミュレーション?」

「そうです。さあ、寝室に向かいましょう!」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 夏の強い日差しが、縁側でくつろぐ俺の肌をゆっくりと焦がす。欠伸と同時に吹き抜けた風は、どこからか甘酸っぱい果実の香りを置いていった。そこは異世界でも

樹海でもない、普段通りの我が家での日常の中。


 先ほどまでのは、夢だったのか?まだクラクラする頭の

中で、そんなことを考えていた。


 縁側に腰掛ける太ももに、銀髪の幼い少女が乗っかってくるまでは。


「起きてくださーい、ぎんじさーん。朝ですよー」

「ううん、むにゃむにゃ…」

「仕方ありません、奥の手ですっ!」


 まぶたも満足に開けない状態で、左右の頬に柔らかい何かが叩きつけられているのがわかった。


「イテテ、マールちゃん、よしてくれよ…まだ寝ていたいんだ…」

「ダメですっ!早くおーきーてー!」


 激しく揺すられながら、その鬱陶しさが非常に心地よいという事実を俺は強く確信した。やはり異世界はこうでなくでゴボボボボ…


「それでも起きないのでしたら…!『必死』に起こさせていただきますっ!」


 マールの掌から風船が膨らむように出現したのは、先の泉の水と同等、或いはそれ以上の純度を誇る冷たい水だった。俺の頭を包み込むそれの内部は、まるで滝壺のように激しく渦巻いている。


「い、息がぼっ、息が出来ない…」

「選択肢は二つです。素直に起きるか、永遠に眠るか…」

「そんな生きるか死ぬかの目覚ましなんて嫌だ!つーかもう起きてるし!」

「ですがぎんじさんは、必死にと仰っていましたが?」

「どんな飛躍的解釈!?」


 俺の決死の叫びと同時に、顔を取り囲んでいた水の塊が飛沫となって弾け飛んだ。なんて危ない娘なんだ!俺の夢見たスローライフは常に命の危険を伴うようなものじゃない!


「わかりましたか?萌えを追求することの恐ろしさを。主人公を朝起こしてあげる可愛いヒロインは、大体主人公より強いと相場が決まっているのです!」

「聞いたことねーし!起きない主人公を溺死させようとするヒロインなんていねーし!」


 異世界生活を共にするヒロイン的美少女の最初の一人がこんなバイオレンスガールだとは思いもしなかった。もうこの娘に萌えを求めるのはやめよう。天然萌えを待つだけにしよう。


「先ほどお見せしたように、私は水の魔法を扱うことができます。ぎんじさんがしっかり強くならないと、異世界スローライフ物語が土曜サスペンス劇場になっちゃいますよ!」

「怖いこと言わないでくれ!」


 これ以上生命を脅かされてはかなわないので、無理な要求は極力避けようと心に誓った。


「そういえば…、ぎんじさんはこの世界の知識が殆ど無いように見受けられるのですが。まさか、話に聞く転生者…なのですか?」

「え?ああ、まあそんなところかな…」


 聞かれもしないので黙っていたが、素直に真実を話すことにした。変に嘘をついたところで、何か得があるわけでもないし。


「でしたら、この世界がどのようなものか、もっと見聞を広めたほうがよろしいのではないでしょうか?」

「ああ、それはいい提案だな。俺もちょうど外を見てみたいと思っていたところだし…」


 しかし、本当に外界が存在するのだろうか?周囲を囲む深い密林は、まるで分厚い壁のように外の世界とこの世界樹を完全に隔絶していた。一筋の光でさえも通さない樹木の群れは、とても一般人の俺が切り開いて進めるようなやわなものじゃない。


 そう心配を口にすると、マールは少しいたずらっぽく微笑んだ。まるで、そんなの構わないと言わんばかりに。


「一度、世界樹様のてっぺんまで登ってみましょう。ほら、早く早く!」


 スキップするように進んでいくマールに導かれるまま、俺は数時間前家の地下へ行くのに使った蔦の籠へと

乗り込んだ。そこにボタンはなく、軽く念じるだけで籠は高層ビルのエレベーターのように静かに、少しも揺れないまま上昇していった。


 ふと上を見ると、眩しい点がキラキラと輝いているのが見えた。それはグングンと大きくなり、やがて延々と広がる青空へと変わった。その中心を、いつか見た太陽のような天体がギラギラと照らしている。


 どれくらい登ったのだろうか?初めにこの世界にやってきたときに感じた風の数倍、しかし、妖精の種を世界樹の幹から採取したときに発生した風より何倍も優しい疾風が通り抜けた。まるで自分自身が風の一部になってしまったような錯覚と共に、ここが地上から遠く離れた、世界樹の頂天なのだと下を見ずともわかった。


「…どれくらい高いんだ?この世界樹様は」

「そうですね…。四百ぎんじくらいですかね」

「その量単位は誤解を生むからやめなさい」


 そうか、四百ぎんじか…。百七十センチに四百をかけると…まあ、ここにアンテナをくっつければ間違いなく世界最高の電波塔になるであろうということはわかる。


 俺とマールが立っているのは、上空六百八十メートルの天空か…。エレベーターで上がってきたところを中心に半径三十メートルほどがウッドデッキのようになっており、縁についた柵の奥には、青々とした葉っぱがざわざわと風に揺られて鳴いている。そして、まるで翠の海に浮かぶように…、うっすらと建物の面影が見えた。きっと、シャルクゥの領域だろう。


「ガイアの森には、ダンジョンと呼ばれる魔物の住処が点在しています。そのため、今見える町々は別名、冒険者の街とも呼ばれているんです」


 涼しい風とともにマールの声が聞こえてくる。キラキラと目を輝かせるその様子から、この景色が見たかっただけではないだろうかと勝手に想像してしまう。


「ぎんじさん、この神聖な場所で、本当に暮らしたいと思うのなら…」


 マールはニコリと笑い、言った。


「もっと勉強しなければなりませんね!」

「…ん?」


 マールはいつ持ってきたのか、俺が女神からもらった世界樹についてのマニュアルを手渡してきた。

開かれていたのは、『魔法園芸』と題されたページ。


「これだけでは全然足りませんね…でしたら!」


 またまたどこから持ってきたのかわからない、指示棒と大学教授が身につけるような帽子を装備し、マールは意気揚々と言った。


「私もご教授させていただきます!世界樹様に最高のおもてなしをご用意できるのは、世界樹様にお住みのぎんじさん、貴方しかいませんから!」


 …え?俺これから勉強するの?

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