04:ここからが始まり
「すごいっ、ぎんじさんは世界樹様の世話係をされておられるのですねっ!」
「うん、強制的に」
幼女マールとの歓談の中で気づいた。俺、魔法もスキルもチートもないらしい。まあ、そういう系でよくある
転生とか、クラス集団転移とかじゃないから仕方のないことなのかもしれない。
「ですが、何度見てもやはり、ぎんじさんからは魔力も何も感じられません…」
「しょぼ〜ん…」
「でっ、でも!世界樹様の偉大なお力を借りれば!きっと十分この世界でも生活できますよ!」
そ、そうだな!まずはこの世界のことをもっと
調べなくちゃあな!そう思い立ち、とりあえず家を探索してみることにした。かなり謎な状況である。
「マールちゃん、この周りの森のこと、何か分かるか?」
「ええ、私は以前は霊体で、よくフラフラと浮遊旅をしていたものですから…」
マールの話す限りだと、この周辺は以前世界樹が生えていた森であり、前世界樹の恩恵により、多くの生命で溢れかえっているらしい。そしてこの周辺は、代々世界樹と共存をしてきた王族の領地であるとか。まあ、この家で永遠と幼女と生活するという野望を抱く俺には、外の世界は
関係ないけど。
…でも、代々共存してきた王族とやらを無下に追い払うこともできないな。ま、あとで考えよ。
というわけで、ここら一帯が『ガイアの森』、
んでもって、それらを領地に含むのが『シャルクゥ』っていう国だってことがわかった。
草花の生い茂った室内を進むと、そこであることに気がついた。
「あれ、なんか実ってんだけど…」
「あっ、それは『禁断の果実』です。迂闊に触れないほうが…って、何もぐもぐしちゃってんですかーっ!」
「うぇ?うぉいひほおじゃん」
「おいしそうだったらなんでも食べちゃうんですか!危ないので吐き出してください!」
「ごくんっ」
「キャァーーーーーーッ!!!」
マールが突然あげた叫びに意表を突かれ、危うく内包物を吹き出しそうになった。いや、この場合、そちらの方が良かったのかも…?マールの慌てようを見る限り、かなりまずい実なのかもしれない…!
マールが真剣な表情で言った。
「その果実は…!食すと脳内物質の分泌を活性化させ、さらには魔力中枢のリミッターまでも麻痺させ…」
「ま、麻痺させ…」
「最終的に、痔になります…」
「なぜっ!?」
「もう諦めてください、わたし、ぎんじさんと一緒に暮らせて、良かった…」
「まだ出会って数分だから!諦めるな!」
それに、痔になったところで命を落とすほど俺のヒットポイントは少なくないぞ…。どうやらこの娘に常識は通用しないようなので、あちらの流れに任せようと思う。
「事態は急を要するので、地下の泉へと向かいましょう。応急処置は行えます」
「地下…?俺の家に地下なんて…」
「ぎんじさんのお家と世界樹様は一体化しているので、世界樹様の体のつくりと酷似した構造の建築物になっているはずです」
「へー…」
マールに促されて家の中を進んでいくと、手洗い場であったはずの場所に、樹木で作られた籠のようなものが設置されていた。詰め込めば、六、七人は人間が入りそうである。
「これで、登ったり、或いは降りたりできるんです」
「へー、エレベーターみたいだな」
「…?」
「なんでもない」
そのエレベーターのような装置を利用して家の地下へと潜って行く。なんかマンションみたいになってるな。我が家が世界観に似合わぬハイテク構造になっており、早速頭が混乱してきた。
十数秒で下の階に着いた。そこには、先ほどまで実際に体験していたハイテク施設のイメージとは程遠い、樹海のような大部屋があった。そう、まるで樹海なのだ。天井に網のように張った蔦のうえを小動物が徘徊し、シダやコケに覆われた室内を色鮮やかな蝶々が、俺の姿など見えていないかのように悠々自適に舞っている。改めて、劇的すぎる我が家のビフォーアフターを痛感する。
「あ、あれです。あの泉に浸かれば、自動で体力と魔力が回復します。ボス戦の前のお約束ですよね」
「…なんか君、俺のいた世界について知識が…?」
「なんのことです?」
即座にとぼけるマールに多少の萌えを感じながら、俺は水面がキラキラと反射するその泉を覗き込んだ。水位は膝あたりまであり、水底の石畳の模様まではっきりと見えるほどの透明感を有していた。恐る恐る、ズボンを捲り上げ足を泉に入れてみる。
するとどうだろうか。草むらを行ったり来たりしたせいで気づかぬうちに付いていた切り傷が、みるみるうちに薄くなり、修復されてしまった。その異様な力に、ここが異世界だと改めて実感した。そして、この異様な力を支配するのは、現在の家主であり、世界樹様の世話係である俺だということも。
「マールちゃん、世界樹については全部わかるのか?」
「はいっ、わたしは世界樹様から生まれたようなものですから!根の先から葉脈の先まで、全てわかります!」
「よし!異世界ライフ、どうせなら隅から隅まで満喫してやるぞーっ!!」
「よくわかりませんけど、えい、えい、おー!」
泉の水を弾き飛ばしながら、俺は声高々に万歳をした。家の地下のはずが、まるで太陽に晒された広い草原のように、爽やかな一陣の風が吹き抜けた。