ファーストコンタクト 2
空になったグラスをテーブルに置くと、紅い瞳の女は懐から革袋を人狼の男に向かって投げた。
人狼の男はそれを受け取ると、封の紐を緩めて、中身を取り出す。
人狼の男の大きな手のひらに、拳大の綺麗な宝石が現れた。
「ふむ、確かにジルバ産の金剛石だ。よくやった。」
ジルバ産の金剛石と言えば小さな欠片でも、西方金貨5枚程の価値があると言われる。
それがこの拳大の大きさだとどうなるだろう。
恐らくは西方金貨30枚の価値があるが、果たして誰がこれに値を付けることができようか。
「約束の報酬だ。」
今度は人狼の男が紅い瞳の女に革袋を手渡した。
ジャラジャラと貨幣が鳴る音がするが、それだけで革袋の中身を察することが出来る。
紅い瞳の女は中身を軽く確認すると、満足気にそれを懐に収める。
「…ところでアイシャ。次の仕事があるんだが、どうする?受けるか?」
人狼の男が紅い瞳の女をアイシャと呼んだ。
それが彼女の名前であることは、彼女が人狼の男の申し出に反応したから明確だ。
「う〜ん? 仕事ねぇ。今回で結構稼げたし、しばらくは休業かなぁ。ま、また気が向いたら仕事受けに来るよ。」
アイシャは背伸びをしながら返答すると、出口方向へ向かって歩き出した。
「そうか、ならば仕方ない。気をつけて帰れよ。」
「アンタも気をつけなよ、マックケインズ。」
アイシャは去り際に人狼の男の名前を呼ぶと、静かに扉を開けて、外に出る。
外の路地裏は相変わらずの薄暗さだったが、アイシャはそんな暗闇に溶け込むように、真っ黒なローブを頭から覆い被せる。
そしてマーメイド通りに出ると、人目を避けるように足早に歩みを進めた。
マーメイド通りを抜け、ラギアの港湾区から離れると、先程の歓楽街とは正反対の静かな居住区に向かった。
そして、居住区の外れにある小さな木造二階建ての集合住宅にたどり着くと、角部屋の扉を開けて中に入った。
ここがアイシャの隠れ家だった。
外装の小汚さに比べて、アイシャの部屋はキチンと整理整頓されており、生活に必要な物だけがあると言った、無機質な空間となっていた。
アイシャは部屋に備え付けたソファに身を預けると、安堵したかのように深い溜息を吐いた。
今日一日、ずっと気を張り詰めていたのだ。
疲れが出てもおかしくはない。
アイシャはもうこのまま寝てしまおうかとでも考え、瞳を閉じたその時だった。
アイシャの耳に微かな物音が入った。
瞬間、アイシャはソファから身を起こすと、腰に吊るした湾曲した剣を手に持って、鞘から刀身を抜き出した。
そのアイシャの動きと同時に、部屋の扉が乱暴に開け放たれ、いかにもその筋であろう粗野な連中が雪崩れ込んだ。
数人の男達が部屋に入り、剣を構えると、最後に背の高い金髪の男がゆっくりと現れた。
ーーこいつは。
アイシャが金髪の男を睨みつける。
「久しぶり、とでも言ったほうがいいか? アイシャ。」
「ファラジオ、二度とアンタと会うことはないって思ってたんだけどね。」
アイシャにファラジオと呼ばれた男は、ゆっくり前に進み出ると、アイシャの間合いに入る手前で立ち止まる。
「まぁそうツレないことを言うなよ。それに今回はお前が会う理由を作ったんだからわざわざ会いに来てやったんだ。…で、例のブツはどこにある?」
「…何のことかしらね。落し物探しなら他所を当たりなよ。」
「はぁ… これ以上手間をかけさせるな。 もう一度聞いてやる、例のブツを出せ。」
ファラジオは最後にドスの効いた声でアイシャを脅すが、アイシャは沈黙を保ちつつ、剣を構える。
「 …やれ。」
ファラジオの一言を聞いた男達が、一斉にアイシャに襲いかかった。