ファーストコンタクト 1
◇アースガルド 西方大陸 アインアルド神聖帝国直轄領 ラギア
ここ、ラギアは神聖帝国領でも随一の経済交易都市として発展を遂げていた。
元々は小さな集落があるだけの荒野だったのが、都市の南にある入り江が天然の良港として発展し、いつしか交易港となったのがきっかけだ。
人が集まれば物が集まる。
物が集まれば金も集まる。
金が集まれば人も集まる。
この仕組みによって、ラギアという都市は成立していったのだった。
また、ラギアは種族の坩堝とも言われ、人間や獣人、エルフ、小人と言った亜人種、海を生活圏内とする水棲種等様々な種族達の住まう国際都市という側面もあった。
当然、多岐に渡る種族達が同じ場所で生活を営むのだから、喧嘩や窃盗等と言った騒ぎは日常茶飯事であり、殺人、強姦、人身売買、禁制品密輸取引、役人の汚職、ギャング抗争等も随所で散見された。
これらの諸問題は以前から神聖帝国政府内でも注視される事柄ではあったが、権力と金と犯罪が複雑に結び付き、解決の糸口を見つけられず、長年放置されてきたのだった。
その結果、ラギアは西方大陸でも有数の経済都市であると同時に、随一の治安の悪さという悪評をも戴くことになってしまった。
このような汚名を返上すべく、ラギア中央政庁は治安維持に予算をつぎ込み、正規の衛兵隊員の増員や賞金稼ぎへの懸賞金の増額、犯罪に対する厳罰化等と言う施策を打ち出す等、あれこれ試行錯誤するも効果は余り見られないというお粗末なものだった。
◇ ラギア港湾区 マーメイド通り某所
ラギアの街が紅に染まり、やがて夜の帳に包まれた。
建物の窓からは蝋燭の灯りが溢れ、街の道路には蝋燭番達がせっせと街灯のオイルランプに火を灯している。
一旦、静寂を取り戻したかのようだったが、ラギアの街が盛り上がるのはこれからだ。
交易港に近い商業区画マーメイド通りはラギアの歓楽街だ。
様々な飲食店が軒を連ね、営業は一夜を通して行われる。
通りの路地に入ればそこは、ラギアの裏社会に繋がっているとされ、ラギアのあらゆる犯罪の温床と化していた。
そんなマーメイド通りを足早に歩く人影があった。
その物は通りの喧騒等全く興味がないように、通り過ぎて行くと、ある建物の間の狭い路地へと入って行く。
表通りの喧騒から一転して、この路地裏は薄暗く、そして足音が響くくらいに静かだった。
人影はそのまま路地の奥にある建物の入り口前に立つと、片手で軽くドアをノックした。
すると、すぐさまドアに備えられた小さな覗き窓が開き、大きな目が二つ現れた。
目はキョロキョロと忙しなく動き回ると、目の前に立つ人物に話しかける。
「…上手くいったのか?」
その声は低く、しゃがれた声だった。
「あぁ、もちろんよ。奴ら、今頃はきっと大慌でだろうね。」
対して、扉の前に立つ人物は鈴の音のような高い声で、その様子から女性であると伺えた。
「よし、中に入れ。それと、確認だが尾行されてないだろうな?」
「そんなヘマ、私がすると思ってんの?だとしたらアンタの目は節穴ね。」
「…ふん、なら良い。早く中へ。」
扉の施錠が解かれる音がすると、重厚な扉が音を立てて開いた。
女は吸い込まれるように建物の中に入って行く。
「相変わらず、辛気臭い場所ね。」
女はそう言いながら、顔まで覆うように被っていた黒いローブを脱ぎ去ると、そこには薄暗い部屋の中でも僅かな光だけで輝く綺麗な銀髪がサラリと現れた。
その銀髪は彼女の腰まで届くかと言う長さで、丁寧に三つ編みに結われている。
そしてその銀髪に合わせるかのような、透き通るほど白い肌とそれらと対照的に真っ赤に燃え上がるような紅い瞳が現れた。
「…だからこそ、仕事が捗るんだよ。」
そんな紅い瞳の女の減らず口に慣れた様子で返す男。
その男は人間ではなく獣人、人狼種と呼ばれる種の男だった。
体格は人間のそれとは比べ物にならないくらいに屈強で、背の高さもそれに比例するかのように高かった。
また黒の体毛に覆われた両腕は鋼鉄のように硬く、その両手には鋭い鉤爪が覗いている。
人狼の男はそのままショットグラスを持つと、ブランデーを注ぎ、紅い瞳の女に手渡した。
紅い瞳の女はショットグラスを受け取ると、一気にグラスを傾けて飲み干した。