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異世界警察は成り立たない!  作者: 失念王子
ノンキャリポリス、異世界に立つ
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殉職からの召喚 6

 先程までの空腹感が満たされたことによって、大和の行動は受動的なものから能動的なものへと変化して行った。


 腹が減っては戦は出来ぬ、とは良く言ったもので、甘い果実の糖分が頭に回ったことによって、大和は今後のことについて思考するようになった。


 まずはこの世界で生きること。


 己の意思で来た訳ではないが、一度は死んだ身であるのだ。


 みすみす、せっかく得た命を捨てる訳にはいかない。


 そして何より、元の世界に帰ること。


 そんな方法があるのかは分からないが、この異世界に来ることが出来たのだから、帰る方法も絶対にあるはずだ。


 フレイヤの言う、この世界の救済なんてものは正直どうでもいい。


 まずは己の救済が先決であり、それは即ち生きることである。


 そんな決意を固くして、大和は今、川の中で暴れていた。


「うぉぉおりゃー!!」


 バシャーン!!


 周囲に水飛沫を飛ばしながら、大和は渾身のダイブを決めていた。


 ダイブの目標は言わずもがな、この川に住まう魚達である。


 この川にはどうやら、サケより少し小さいくらいの魚がいるらしく、水面からでも見えるくらいに数が多かった。


 この目の前に漂う無数のタンパク源をみすみす放置するのは愚の骨頂である、と言わんばかりに大和はパンツ一丁で次から次へとダイブを決めていく。


 しかし、魚達はそんな大和を嘲笑うかのように、ヒラリと避けては遠く離れてしまう。


 それもそのはずだ。


 大和自身もまさか手掴みで魚が取れるとは思ってもいなかった。


 しかし、目の前を優雅に泳ぐ魚を見ると、思わず体が動いてしまうのか、無謀な飛び込みという行為に移ってしまったらしい。


 小一時間ほど、そんな無謀な行動を繰り返して、大和は漸く川辺の岩に座り込んだ。


「はぁ…はぁ… やっぱ、流石に手掴みはキツイよな。…他に良い方法はないかな…」


 未だに水面下の魚の群れを見つめながら大和は呟く。


 貴重なタンパク源がそこにいるのだ。


 諦めきれないのだろう、大和はしばらく考え込む。


 そして何か思いついたかのように立ち上がると、近くにあった自分の頭くらいの岩を両手で持ち上げる。


「うぉ…! なかなか、重いな、これっ」


 大和の鍛えられた上腕筋がだんだんと膨れ上がっていくと同時に、岩は完全に彼の頭上くらいに上がった。


 そして大和は上半身に力を込めて振りかぶると、一気に岩を放り投げた。


 投げられた岩は大和がさっきまで腰掛けていた川辺の岩に勢いよく激突し、周囲に鈍い音を響かせた。


 すると、その衝撃で気絶したのか、岩の下から数匹の魚が浮いてきたではないか。


「おぉ、一度やってみたかったんだよな、ガチンコ漁ってやつ。」


 大和は昔、ある書籍に書かれていたガチンコ漁の記事を思い出して、実行に移したのだが、こうまで上手くいくとは思っていなかったらしい。


 しかし彼は遂に貴重なタンパク源を獲得したことに満足気だった。




 ◇



 新たな発見の日となった今日も、漸く終わろうとしていた。


 太陽はすっかり地平線の下に隠れてしまい、現在は代わりに月が出て、ほんのりと明るさを地表へと届けている。


 大和のいる森も、いつしか動物達がいなくなり、森本来の静寂に包まれていた。


 聞こえるのはフクロウのような鳥の鳴き声と虫の声、そして大和が拵え、火を付けた焚き火の薪が爆ぜる音だけだ。


 その焚き火の前に居座り、大和は昼間に獲得した魚を串焼きにして食していた。

 

 魚の味はイワナやアユと言った白身の川魚のような淡白で生臭さはなく、非常にまろやかな味わいだった。


 ここに酒でもあれば最高なのにな。


 そんな感想を思いながら、大和は帯革(たいかく)のポーチから煙草を取り出す。


 そっして愛用のオイルライターで火を付けると、深く吸い込み、そしてゆっくり煙を吐き出した。


 星がすごく綺麗だ。


 大和は登りゆく煙を見つめると同時に木々の隙間から覗く星々の煌めきに目を奪われた。


 そう言えば、こうやって、星を見上げたのはいつ以来だろうか。


 日々の勤務に追われて、家に帰れば死んだように眠り、そしてまた働く。


 そんな日常を当たり前に過ごしてきた大和にとって、今のような時間を過ごすのはとても久しぶりに感じられた。


 そんなセンチメンタルな気分に陥った大和はおもむろに制服の内ポケットからスマートフォンを取り出した。


「…やっぱ圏外、か。当たり前だよな、だってここは異世界だもんな。」


 彼の持つスマートフォンの画面は仄かな輝きを放つものの、左上の電波の表示部には圏外という文字が表示されていた。


 大和は軽く溜息をつくと、画面をタップして、ある画像を眺める。


 そこには笑顔の大和と優しく微笑む女性の姿が写された写真が表示されていた。


「美優、今頃何してんだろうな…」


 大和は写真の中の女性を見つめながら呟いた。


 そんな感傷的な気分の大和の背後に、影が差し掛かった。


 スマートフォンを眺めている大和は一瞬、焚き火の炎が大きくなった影響で、周囲に出来た影が動いたものと錯覚したが、視界に入った一つの影がどう見ても人型だった。


「ーーっ⁉︎」


 空気を切る風切り音。



 大和は慌てて、その場から立ち上がり、前方に転がる。


 ミシッ!


 大和が飛び退いた瞬間、腰掛けていた倒木にヒビが入った。


 大和が体勢を整えて、振り返ると、そこには黒いローブで顔まで覆った人らしき者が、様子を伺うかのように佇んでいた。


 大和はその姿を見て、絶句し思わず後ずさる。


 何しろ、怪しい風貌だけでなく、その者の手には刀身が1メートル程の湾曲した剣が握られていたからだ。


「……」


 ローブ姿の者は黙って倒木から剣を引き抜くと、その切っ先を大和に向け、両手に構えた。


 その刹那、大和の心臓が大きく跳ね上がった。


 ーーーころされる。


 彼の本能が警鐘を鳴らす。


 逃げなくてはいけないが、大和はまるで蛇に睨まれたカエルのように動けなくなってしまっていた。




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