殉職からの召喚 5
鳥との格闘から既に数時間が経過した頃。
大和は先程決めた計画のとおり、森の淵を進んでいた。
その間に分かったことだが、この森はずっと進めば眼前に聳え立つ山にたどり着くことだ。
山はまだ雪解けしていないのか、まだ山頂付近には真っ白な雪を残しており、その姿は幻想的なもので、きっとこの世界でも、定評のある景色に違いない。
そして山があり、雪が積もっているということは雪解けの水があると言いことであり、それは水源が近いと言うことでもある。
何よりこれだけ大きな森があるのだ。
それを育む水源、河川が近くにあってもおかしくない。
そう考え、結論に達すると、大和の歩みは自然と早くなって行く。
それもそのはずだ。
大和はこの世界に来てから、煙草の煙以外何も口にしておらず、空腹もさることながら、それ以上に酷い渇きを感じていたのだ。
一刻も早く喉を潤したい。
そんな本能に駆られ、大和はゼェゼェと肩で息をしながら歩き続ける。
少なくとも、日が暮れるまでには川や泉と言った水源を見つけたい。
それが叶わなければ、夜明けまで待つことになってしまう。
森の淵とは言えど、夜になれば夜行性の猛獣などが動き出すのも考えられるのだ。
とにかく今は水源の確保だ。
と、そんな大和の上空を何羽かの鳥が飛び去って行くのが見えた。
大和は一瞬、先程の鷲のような鳥のことを思い出し、身構えるが、どうやら違う種類の鳥みたいだった。
「なんだ、驚かすなよ。見た感じ、ただの水鳥っぽいな…って、水鳥⁉︎」
大和はすぐさま水鳥が飛んできた方向に向かって走り出した。
水鳥がいると言うことは何か池か川がある証拠だ。
もしかしたらさっき水鳥はもっと遠いところから飛んで来たのかもしれないが、可能性は捨てきれない。
大和は逸る気持ちと本能のまま、水鳥が飛来した方向、つまりは森の中へと入って行く。
森の中は木の根や岩が露出しており、足場の悪い環境であったが、そんな事、今の大和には些細な問題でしかなかった。
息が切れ、喉が焼けるような感覚に襲われるも、大和の本能が走れと命ずる。
その命令に従うように大和は一心不乱に駆け続けた。
そしてーー
「……やった、川だっ!!」
大和の眼前に、木々を切り抜けるように雄大な川が流れていた。
川辺には鹿のような角を持つ四足獣や狐のような獣、大小様々な鳥と言った生物が集っていた。
しかし、大和が大声を出した為に、動物達は驚いて逃げ出して行く。
大和はそんなこと、どうでも良いとばかりに川辺に近づくとその場合に膝をついて、顔を水につけた。
そして本能が欲するままに水を飲み込む。
大和はこれでもかっと言うくらいに水を飲むと、プハッと息継ぎをして、顔を上げた。
「…はぁ〜 生き返った〜…」
渇いた身体に水分が染み込んでいくのを感じながら、大和はその場に大の字になって寝転んだ。
漸く、一息つけた瞬間だった。
さて、渇きを潤すという目的を達成した大和だったが、次に新たな本能が訴えかけてきた。
グゥゥ〜、キュルル…
何とも情けない音を上げる大和の腹。
ここが異世界であろうがなかろうが、一丁前に彼の腹は空腹であることを訴えてくる。
さりとて、現状の大和は食料と言う物は持ち合わせていない。
となれば、現地調達と言うことになってくるのであるが、現代社会で育ってきた彼にサバイバル、狩りや食用になるであろう草花の知識は無いし、ましてや、ここは異世界である。
仮に大和にそう言った知識があったとしても、その動物や植物が果たして食べれるものであるか否かの判断はつかない。
さっき飲んだ川の水にしても、もしかしたら身体に合わない水である可能性もある。
そのような環境下で、自分の腹を満たせと訴える腹に対して何とも言えない気持ちになった大和はとりあえず、周囲の環境を伺った。
「さっき、鹿みたいな動物がいたな。拳銃で撃てば狩れるよな。」
大和はそう呟きながら、腰の右手に吊られた拳銃に手を添える。
「いや、この先何が起きるが分からない。弾は節約しないとな。」
大和が装備する拳銃、ニューナンブは5発装填だ。
只でさえ少ない弾を狩りで消費するのは余りにも現実的でなかった。
それに、動物を狩ったところで、彼にその肉を捌く技術も知識もないし、ナイフなどの道具もない。
どうすればいいのか。
彼が思案する最中にも、情けない腹はまるで早くメシを食わせろ、とばかりに音を鳴らす。
「…仕方がない。とりあえず、何か木の実みたいな物でも探そう。」
大和は重い腰を上げ、立ち上がると、周囲に立つ木々を隈なく観察して行く。
また、木々だけでなく、周辺の野生動物達の様子も同時に伺った。
この森には様々な野生動物が生息しているらしく、さっき見た鹿みたいな動物からリス、野ネズミのような小型の動物まで多種多様だ。
これだけの生態系を維持しているのだから、食べられる果物や植物があってもおかしくはない。
ただ、異世界の生物である自分のことを考えると、その考えは微妙ではあるが。
そうこう考えていると、大和の視界にある一本の広葉樹が入って来た。
樹高は高くなく、葉は若干黄緑色のだった。
しかし、そんなことはどうでもよく、大和が注視したのはその枝に実った果実だった。
サクランボ大の大きさで、色は薄ピンク。
たわわに実る、その果実は大和の知るサクランボに酷似しており、空腹の彼にとっては正に魅力溢れる物だった。
大和はその果実が実る木に歩み寄ると、視線の高さにある枝から果実を一つ、摘み上げた。
そして、その果実の皮を剥き、果肉の匂いを確かめる。
仄かな甘い香りが彼の鼻孔を擽ぐる。
例えて言うなら、ライチに似た匂いだ。
そして大和は恐る恐る、舌先で果肉軽く舐めた。
「…あ、甘いぞ、これ。」
その感想そのままだが、彼が舐めた果肉は桃のような風味の優しい甘さがあったのだ。
これにはもう辛抱堪らん、とばかりに大和はその果実を一気に口に放り込み、咀嚼した。
「美味い、美味いぞ、この木の実!」
久しぶりの食事に歓喜したのか、大和は夢中になって、次の果実を手に取ると、これまた一気に口に放り込み、咀嚼して、飲み込む。
桃のような甘さであるが、しつこさは無く、何個食べても飽きがこない。
そんな魅力に捕らわれた大和は一心不乱に食べ続けた。
そして、満腹までとはいかないが、ある程度空腹を満たしたところで、大和は漸く落ち着きを取り戻した。
「はぁ〜、何とかなるもんだな。毒でもあったらどうしようかと思ったけど、この調子じゃ大丈夫そうだ。」
そんな感想を言いながら、大和は恵みを与えてくれた木を見上げた。
一先ず、大和は食料と水の確保に成功したと言えよう。