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異世界警察は成り立たない!  作者: 失念王子
ノンキャリポリス、異世界に立つ
3/31

殉職からの召喚 3

 ◆


 風が強く吹き始めた。


 大和が吸っていた煙草の火は既にフィルターギリギリまで迫っている。


 彼が思考していた時間は割と短かったらしく、煙草の火が手元に迫った熱さによって、彼は現実へと引き戻された。


 煙草はフィルターギリギリまで吸うと、何となく味が不味くなる。


 大和は煙草を地面に押し付けて、火を消すと、吸殻を携帯灰皿に押し込んだ。


 残る煙草は後14本くらいか。


 買った当初より軽くなった煙草の箱を覗き込むと、大和は溜息を吐いて立ち上がる。


 行く宛などないが、今はただ生きる為に歩かなければならない。


 そう思い、歩き出そうとした時だった。


 彼の目線の先、距離にすると凡そ1キロくらいだろうか、何やら複数の黒い影が蠢いているのが見えた。


 更に目を凝らして見てみると、それはある一つの影を追い掛けるかのように、こちらに迫って来ている。


「…あれは… 何だろ。よく見えないけど、こっちに向かってる?」


 大和の鼓動が早くなる。


 もしこの世界に住まう生物、もっと言えば人であるなら、初のコンタクトになり、大和の今後を左右する重大なイベントになる。


 ここはこちらも影に向かって進み、接触するのが妥当であろうが、大和はその逸る気持ちをぐっと抑え、思考した。

 

 少なくとも、自分を迎えに来た使者では無いのは当たり前だ。


 そうなると、自分に危害を加える存在であると仮定するべきだろう。


 そうでなくても、何が起きるかも想像がつかないし、こちらの住人がどんな言葉を使うかも分からない。


 下手に声をかけて、痛い目を見るのは御免だ。


 どこかに隠れて様子を伺おう。


 大和はそう決心すると、さっきまで自分が座っていた岩の影に隠れた。


 そして、帯革(たいかく)の右側に装着していた拳銃入れの蓋を開くと、ゆっくりと拳銃を引き抜いた。


 黒く鈍く光るその拳銃は【ニューナンブM60】と言う日本警察が制式採用する回転式拳銃だった。


 装填弾数は5発で、欧米の警察官が装備する自動式拳銃に比べれば、威力や弾数は劣るものの、それでも人を殺傷するには充分な威力は持ち合わせており、そして何よりも、大和が警察官を拝命してからずっと使ってきた拳銃だったので、信頼性は充分だった。


 大和はその拳銃の弾倉を改める。


 弾は5発、しっかりと装填されていた。


 そして次に、拳銃の撃鉄部分にはめ込まれた【安全ゴム】と言う暴発防止の役目があるゴムの塊を外し、右のポケットにしまった。


 これでいつでも射撃は出来る。


 そう意識した瞬間、大和の右手に汗がブワッと湧いて出てきた。


 それに伴い、鼓動も更に加速する。


 俺は一体、こんな訳のわからない世界で何やってんだ。


 ふと大和の脳裏に、そんな自嘲めいた思いが過る。


 それもそうだ。


 元いた世界では実戦で抜いたことさえない拳銃を握り、岩陰に隠れているのだ。


 これ程までに滑稽なこともない。


 しかしそれ以上に、大和の心は恐怖に苛まれた。


 もし、あれが野盗か何かで、俺の命を狙ってきたらどうする。


 いくら拳銃を持っていたとしても、俺は撃てるのだろうか。


 いや、撃てたとしても、それは命を奪うことに繋がるだろう。


 撃てたとしても、外れたら、俺はきっと殺されるだろう。


 そんな考えが、一瞬で大和に湧いて出てくる。


 そうしている間にも影との距離は更に縮まり、その姿が明らかになってきた。


「…馬に乗った人か。…いや、待て。先頭の奴が後ろの奴らに追われてる?」


 大和の目には、黒や白と言った馬に跨り、駆けてくる集団が見え、そしてその集団の先頭、白い馬に乗った者が明らかに追われてる風だった。


 そこに、最初は微かだったが、人の叫び声などが聴こえてくる。


 馬に乗った集団は遂に、大和の眼前にまで到達した。


 ドドドという地響きが彼の空腹になった腹を揺さぶり、立ち上った土煙が視界を奪う。


 馬の集団の速度は落ちることなく、大和の目の前を通過して行く。


 その瞬間、大和は持てる動体視力で集団を凝視した。


 集団の数は全部で6騎。


 内、逃げているであろう者は一騎で残りは追手だった。


 追手達は口々に何かを叫びながら、前を走る者を追い掛け、前を行く者は身を低く屈めている。


 集団はあっという間に遠ざかって行った。


 大和はそこで一気に体の力を抜いた。


 一先ず、さっき自分が予測した最悪の状態にはならなかった。


 異世界の住人とコンタクトをとる、ということは出来なかったが、あの集団の様子を見る限りでは、会話すること等は難しいだろう。


 そんなことを考えつつ、大和はその場にズルリと座り込んでしまった。


「一体何だったんだ?あれは。やっぱり野盗か何かが、誰かを襲っていたのか?」


 そう考えるのが自然だった。


 あの集団の様子は尋常ではなかったし、レースや追いかけっこに興じている様子でもなかった。


 大和はいよいよ、ここが元いた世界ではないということを理解する。


 この広大な丘陵に放り出されてから、しばらく彷徨ったが、心のどこかで、まだ夢を見ているのではないかと疑っていたのだ。


 周囲の景色は地球のそれと全く変わらないし、空を飛ぶ鳥や地を這う虫、朝日が昇って日が沈む。


 何ら変わりはなかった。


 しかし、さっきの集団を見たことで、ここがもう元の世界、平和な日本ではないのだと直感的に感じた。


「…夢なら醒めてくれ、頼むよ。」


 大和は軽い絶望を感じ、その場に膝を抱いて座り込む。


 思考が停止する。


 いや、思考が現実に追いつかなくて、止めるしか方法がないのだ。


 それに、ずっと歩き続けた疲労からか、激しい睡魔が大和を襲う。


 ここで寝るの得策ではないだろうが、少しだけ。


 うたた寝程度なら大丈夫だろう。


 そう思い、大和は目を閉じた。






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