殉職からの召喚 1
まっしろな壁紙が張り巡らされた、8畳ほどの部屋の中央に茶色の机が一つと、その前後を挟むように椅子が二つあった。
そして、その椅子の一つに、誰かが座っている。
真っ白な髪に、透き通るような白い肌、思わず見つめてしまいそうな青い瞳を持つその人物は、頬杖をつきながら、机の上にある本のような物をペラペラとめくり、また時折、筆ペンで何かを書き込む作業をしていた。
彼もしくは彼女、と呼称するかは分からない。
しかし、たとえどちらでないにせよ、その人物は見る者を魅了する容姿の持ち主であることは明らかだった。
その者は一度、筆ペンを机に置くと、一息をつき、自らの目の前、およそ2メートルほど前方にあるドアに向け、声をかけた。
「はーい、じゃあ次の人ー。」
鈴の音のような声が、誰かを呼ぶ。
その瞬間、勢いよくドアが開けられたかと思うと、屈強な男かは判然としないものの、身長2メートルほどの鬼のような生物2名が間に何者かを拘束するかのように運び入れ、部屋の中に放り込んだ。
力任せに放られたその者は、両腕を拘束されているためか、そのまま体勢を崩し、その場に倒れこむ。
「あだっ!」
頭から派手に倒れたその者は何とも情けない声を出した。
「あらあら、大丈夫?ほら、はやく立って、そこに座りなさいな」
椅子に座っていた者は、クスクスと笑いながら、右手人差し指を少しクイっ捻り、動かした。
すると、倒れていた者の体がふわりと宙を舞い、少し乱暴ではあるが椅子に着席させた。
「はい、はじめまして。私の名前はフレイヤ。所謂神様よ。では、今から面接を始めるから質問に答えてね。」
自らをフレイヤと呼んだ、その者はニコリと微笑み、自己紹介をする。
そして、その対面に座る者の反応を伺った。
「……えっと、すみません。ここはどこですか? っていうか、俺って死んでるんですか? っとなるとここはもしかして天国ですか?ってか、神様ってどういうことだ?」
自らを俺と呼称した者は訳が分からないと言う表情をした。
それは至極当然な反応だろう。
誰だって、いきなりこの様な場所で知らない者から面接だとか神様だとか言われればそうなる。
「ま、最初はみんなそういう反応するのよね。分かった、じゃあ端的に説明するからよく聞いてね」
フレイヤは、男にそう言った。
目の前の女性、フレイヤは自らを世界神と呼んだ。
またの名を、創世神と付け加え、微笑む。
そんな自己紹介から始まった、現在の状況説明に、紺色の服を着た男は困惑を隠し切れない様子で、フレイヤを睨む。
「つまり、俺はあの時の事故現場で交通誘導中に、ハンドル操作を誤ったトラックにひき殺されて、殉職したって言うんですか?」
その男の問いにフレイヤは軽く頷く。
「そ。そしてちょうどその時に私は新鮮な魂を探していて、偶然に貴方を見つけたわけね。やっぱり死後間もない、新鮮な魂じゃないと上手くこっちに引き寄せられないから」
フレイヤはさもそれが当たり前のように語る。
その自然な振る舞いに、男は苛立ち、机を叩いた。
「ちょっと、そんな! そんなこと誰が信用するってんだ!俺は今、死んでいて、地球じゃない別の世界に連れて来られたって、まさかそんな!」
男は机を両手で叩いた勢いそのままに立ち上がり、極度の興奮状態なのか、肩で息をしている。
そんな彼の様子に、フレイヤはクスクスと笑いながら、口を開いた。
「うん、まあ普通は信じられないよね。気持ちは分かるわ。けど貴方は確かにあの時死んでいる。」
「あぁ、訳が分からん! ドッキリとかだったら、つまんねぇから終わりにしてくれ! 悪質過ぎるぞ!」
狭い部屋に男の声が響き渡るが、それでもフレイヤは気にする素振りも見せない。
そして遂には持っていた羽ペンを机の上に放り投げ、上半身を机にもたれ掛ける始末だ。
「はあ、他の人たちは、割りと早く状況を飲み込んだのにねえ。こりゃ人選ミスったかなー、めんどくさ〜い。」
ここで男の堪忍袋の尾が切れた。
「ふざけんな!!」
男は解放されていた右手で、フレイヤの胸倉を乱暴に掴み、引き寄せる。
「ちょっと、貴方は元の世界じゃ、平和を守る警察官なんでしょ。暴力は駄目なんじゃないの?」
「くっ… 黙れっ!!」
男に胸倉を掴まれたフレイヤは怯える様子もなく、また悪びれた様子もなく、男の瞳を睨みつけた。
「ま、いい機会だし、ちょこっと私の力を見せたげる」
フレイヤはそう言うと、ニヤリと笑い、右手の人差し指を男に向けた。
そしてボソッと何かを呟いた。
すると次の瞬間、男の腹に何か強い圧力が加わったかと思うと、彼の体が後方の壁へと吹き飛んだ。
男は為すすべもなく、壁に打ち付けられる。
「うぎゃっ!!」
宙を飛び、壁に激突した男はそのまま床にバタリと落ちた。
今のは一体なんだ。
自分の身に何が起きたんだ。
男は床に横たわったまま、考えた。
しかし理解は出来なかったし、何よりも全身が痛かった。
衝撃が強過ぎたせいか、上手く呼吸が出来ず、男の口からはヒュー、ヒューと言う音が聞こえる。
「うん、いいざまね。もう少し、体に教え込んであげるわ。」
フレイヤは椅子から立ち上がると、再び男に向けて指を差した。
その瞬間、男の体がゆっくりと浮かび上がる。
フレイヤは指で招く仕草をし、宙に浮いた男を自分の傍まで引き寄せた。
「さて、今度はどうしようかしらね。」
フレイヤはいたずらっ子のような笑みを浮かべ、自分の目の前に浮かぶ男を見つめた。
男はそんなフレイヤに忽ち恐怖を感じた。
これが本能で感じる恐怖なのか、いや、恐怖なんて陳腐なもんじゃない!
そんな圧倒的な恐怖心が彼を襲う。
「…や、やめろっ…! この、化け物めっ…!」
「あら、化け物だなんて失礼ね。でも、少しは分かったんじゃない? 私の力を。それとも、まだ分からないかしら、その小さな頭じゃ。」
「く…!」
男はフレイヤの力を身を以って痛感した。
こいつは確かに自分とは違う、何か特別な存在であり、彼女の前じゃ自分は赤子同然の存在なのだと。
抗うことのできない、圧倒的な力を感じて、男の頭は徐々に冷静になっていく。
いや、正しく言えば思考停止だったのかもしれない。
「…あぁ、夢でも見てんのかよ、俺は…。 あんた、ホントに神様なんだな…?」
「ええ、正真正銘の神様ですよ」
その答えに男は震えた。
信じたくはない。
しかし、信じなければ理解はできない。
男はその震える口を開くと、眼前の美しい女神に問うた。
「…俺は…死んだんだな…?」
「ま、そういうことになるわね。でも、まだ完全にその存在が消えたわけじゃないの。私の言うこと、信じてくれる?」
そう言って、ニコリと微笑むフレイヤに対して、男は黙って頷いた。