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幹と少年ともふもふ

 晴佳は目の前の狐を凝視した。

 喋った。今喋ったこの狐。しかも鹿原しかはらみきがなんだって?

 混乱する晴佳をよそに鞠は平然と狐と対峙している。



 「キミたちはシカさんの知り合い?」


 少年のような声で尋ねる狐に鞠はにっこりと頷いた。


 「ええ、そうよ。私は秋月あきづきまり。シカさんの仕事仲間です」


 「へえ。仕事仲間……つまり妖怪退治の類、か」


 「そうね。探偵事務所やってるの」


 晴佳がついて行けないまま話は進んでいく。


 「で、そちらの彼は?なんか後ろに幽霊さんいてるけど」


 「彼は工藤くどう晴佳はるよしくん。事務所のバイトよ」


 鞠に肩をポンと叩かれて晴佳は我に返った。狐がこっちをじっと見ている。いや、正確には晴佳の背後を。栞さんか。



 「へえ、はるよしくんね。後ろの彼女は…」


 「栞さん、です」


 「ふーん、栞さん、よろしくー。はるくんもよろしくね」


 随分と軽い調子で狐は栞さんと、晴佳によろしくした。しかもニックネーム呼びである。驚くべきフレンドリーさだ。

 悠然と微笑む鞠と若干たじろぐ晴佳に狐は笑うと(どういうわけか、本当に笑ったのだ)くるりと一回転した。










 ふわりと一陣の風が舞い、

 思わず目を閉じる。


 再び目を開くとそこには狐の姿はなく、

 和服姿の一人の十代中頃、もしくは後半と思われる少年が座っていた。



 「へ?」


 阿呆みたいな声を出してしまった晴佳に、少年はくすりと笑みをこぼす。


 「びっくりした?はるくん」


 びっくりしたもなにも、言葉を失っている晴佳に少年はにっこりと自己紹介をした。



 「はじめまして、僕は宇佐うさ次郎じろう。見ての通り狐だよ」





 「狐…」


 「そうそう。狐だよ。ほら」


 宇佐次郎はそういうとぴこんと頭に狐耳を生やして見せた。マジだ。狐だ…。唖然とする晴佳ににっこりする。


 「尻尾も、ほら」


 そう言ってくるりと後ろを向くとふかふかの尻尾。鞠が歓喜の声をあげた。


 「やだ、もふもふ!触っていい?」


 「いいよー。お姉さん美人だし、どうぞどうぞー」


 「うっわあほんとにもふもふ。触り心地最高ね」


 「でしょう?自慢の尻尾だよね」


 唖然とする晴佳をよそにほのぼのと盛り上がる鞠と宇佐次郎。すらりとした鞠と少年めいた宇佐次郎はさながら姉弟のようだ。





* * *




 「それで、キミたちはここを調べに来たんだ」


 宇佐次郎にここに来た経緯を鞠が話すとなるほど、と彼は頷いた。


 「ただの狐じゃなかったなら納得ね。子猫にお菓子の代わりに猫缶あげていたの」


 「うん。ほら、チョコとかさ、良くないじゃん。だから猫缶。代わりに僕がお菓子を食べてたんだよ。油揚げが来たときはうっれしかったなあ」


 うっとりと言う宇佐次郎に晴佳は思わず聞いた。


 「狐、って本当に油揚げが好きなんだ」


 「んー、ただの狐が油揚げ好きかどうかは知らないけどね。僕は大好き。シカさんも好きだよ油揚げ」


 「えと、宇佐、次郎さん」


 「うさちゃんでいいよ。そのままうさじろうでも、うさでもなんでもいいけどね」


 名前の呼び方に迷っているとなんともフレンドリーな呼び方を提案されてしまった。余計に迷った晴佳だが無難に行くことにした。


 「えー、じゃあうさくん」


 「おっけーおっけー、うさくんね。どうぞ?」


 「あ、うん。うさくん、シカさんとはどういうご関係で…?」


 晴佳の質問に宇佐次郎は目をぱちくりさせた。

 狐のときの瞬きと同じだ、と晴佳は思った。



 「昔馴染みだけど……もしかしてはるくん、知らない?」


 なにが。


 「え、知らなかったの?……鞠ちゃんは、知ってるよね?シカさんのこと」


 宇佐次郎はいつのまにかちゃん付けになっている鞠に目を向ける、鞠はにこやかに頷いた。

 なんだなんだ。俺だけ何か知らなかったのか?晴佳は鞠を見つめたが彼女は知らん顔で微笑んでいる。







 「知らなかったんだあ。シカさんも、狐だよ」



 まじか。





* * *





 「シカさんが妖狐だったなんて初耳です。全然そんなこと言ってなかったじゃないですか」


 鞠に訴えるも彼女は笑顔で受け流すのみ。なんだよもう。

 もしかして、あれか。狐の噂、もしや鹿原幹の仲間なんじゃないかというアテがあったから受けたのかこの依頼。


 すると、宇佐次郎がはいはい!と手を挙げた。なんだと晴佳が目をやるとなにやら不満げに口を開く。



 「妖狐じゃないよ僕ら。神狐しんこ


 「神狐?」


 聞きなれない言葉に晴佳は首を傾げる。


 「そう、神狐。説明しろって言われたら困るんだけど、うーん、なんだろほら、神様的な狐だよ」


 随分とアバウトな説明である。そのままじゃねえか。


 「妖狐っていったらなんか妖怪っぽいじゃん。僕らどっちかっていうと妖怪より神様だからさ。なんていうの、妖狐のホーリーバージョン?みたいな」


 「ホーリーバージョン……」


 「うんうん。シカさんなんて僕なんかよりずっと格上」


 「シカさんが?」


 そんなすごい人、いや狐だったのか、あの人。じゃないやあの狐。…ややこしいな。


 「そういや、シカさんかなり凄い狐さんなのよね」


 鞠の言葉に宇佐次郎がうんうんと頷く。


 「そりゃね、なんてったって空狐くうこだもん。僕らの最高位だからね」


 最高位……、ってそれは相当すごいんじゃないですかもしかして。よくわからないけれど。


 「そうだよすごいよ。まあ僕も割とすごいんだけどさ」


 そういって舌をぺろりと出す宇佐次郎を見ながら晴佳は考えていた。

 そんなすごい狐の鹿原幹シカさんがなんであんな怪しげな事務所にいるんだろう…。

 シカさん……ん?

 シカ…、にうさじろう…。なんかすごい動物だな。狐なのに鹿とうさぎ、って。



 「あ、そうそう。おもしろいでしょ。僕もシカさんも狐なのにうさとシカ。ね。他にもいるんだよ。みんな動物」


 なにそれおもしろい。気になるじゃないか、ってナチュラルに心読まれている。

 鹿原幹のあの読心術はなるほど、神狐の力かそうなのか。

 にこにこしている宇佐次郎の顔を見つめつつ、晴佳は納得した。

 




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