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俺と栞さんと怪奇事務所  作者: ゆきおんな
啜り泣く井戸編
5/10

初仕事とそっくり兄弟

 どういうわけか、怪奇現象調査探偵事務所なる怪しげな探偵事務所でバイトすることとなってしまった工藤くどう晴佳はるよし。とはいえ、すぐに仕事があるわけではなくあのあと軽く説明らしきものをさらっとされ、すぐに解放されたのであった。


 それから一週間。特に何もなく晴佳はいつも通りの平穏な毎日を送っている。栞さんからは別に変わったアクションはなく、毎度お馴染みの無言電話が一回来ただけだ。相変わらず静かに背後にいるらしい。



* * *





 2限の講義が終わった晴佳はカフェで軽い昼食をとりつつ手帳を片手に今週末の予定について思案していた。友人とどこかドライブへ行こうと計画中なのだ。ドライブといっても晴佳は車の免許を持っていないので運転は完全に友人任せだ。乗っているだけの気楽な旅である。

 そこへ、晴佳のスマホが震えた。メールの着信だ。見ると、差出人「シカさん」と表示されている。シカさん?もしかして鹿原しかはらみきのことか。アドレスを登録した覚えはない。アドレスを教えた覚えもない。どういうことだ。……ああそういえばナツイチ先輩には教えてある。なるほど彼経由か。そうか。納得したような晴佳だが、どういうわけかやはりしっくりこない。まあいいかと本文に目を通した。

 「晴佳、初仕事やで。今週の土曜日朝の十時半に事務所来てな。詳しくはそれから説明するわ。ほなよろしく」


 どうやら今週末のドライブ計画は御破算のようである。











* * *



 土曜日。

 友人とドライブに行くはずだった晴佳はしぶしぶ怪奇事務所に足を運んでいた。

 ソファに座る晴佳の向かい側には、同じくソファに座る鹿原幹。今日はナツイチ先輩は不在のようだ。鹿原幹はテーブルの上のクッキーをさくさく食べている。美味しそうだ。見つめていると、いる?と差し出された。いる。……美味しい。これも彼のお手製なのだろうか。


 「…それで、俺は今日どうすればいいんですか?」


 さっきからずっとクッキーを食べている目の前の関西弁男。全然話を切り出さないので晴佳はしびれを切らした。


 「ん、ああごめんなあ。もうちょい待ったって。今日晴佳と一緒に行く子らまだ来えへんのや」


 「一緒に行く?」


 「せやせや。今日の仕事はな、前から噂なっとったいわくつきの井戸があるんやけど。そこちょーっと様子見てきてもらお思て。調査やな調査」


 いわくつきの井戸…ってなんだ。というかこの人って偉い人なのか?指示してるけど。


 「今所長いたはらんやろ?せやからそのあいだ所長代理やねん」


 まだ所長帰ってないのか。二泊三日の旅行って言ってなかったけ……ってこの人また心読んだ。晴佳はぶるっと一回震えた。やだもうこわい。



 「まあまあ気にせんと。千と千尋来るまでもうちょい時間あると思うからちょっと説明しよか。あ、千と千尋言うんはその今日晴佳と一緒に行く子らやねんけどな」


 ちょっと待て。今なんて言った?千と、千尋…?


 「それな、ほんまにたまたま。偶然やねんけどそうやねん。あのアニメな。おもろいやろ?湯崎千と湯崎千尋言う兄弟なんやけどな。名字までそれっぽいやろ?」


 なんていうか、うん。すごいな。晴佳の様子に鹿原幹はくすくす笑う。


 「兄弟やねんけどな、そっくりやねん。双子みたいに。せやから『千か千尋』兄弟とか言われたりしてな、まあ会ったらわかるわ」


 「はあ」









 「それより説明な。今日行ってもらう井戸やけど、車で二十分くらいかな。その辺では結構有名らしいわ。『啜り泣く井戸』言うて」


 切り替えて説明に入った鹿原幹だが、ちょっと待て。啜り泣く井戸って何。さらっと言ったけど啜り泣くって何。晴佳の様子に鹿原幹はにっこり笑う。


 「『啜り泣く井戸』は『啜り泣く井戸』や。昼間ずっとなんかが啜り泣く声聞こえるんやて」


 「昼間、ですか。夜じゃなくて?」


 啜り泣くとかありえない。というか昼間ずっと啜り泣いてるってなんだ。そういうのって普通夜なんじゃないのか?


 「んー、なんや知らんけど夜らしいで」


 「どうして」


 「それを調べてくんのが今日のお仕事や。ほら、来たで」


 振り返るとドアが開いて二人の青年が入ってきた。なるほど、見事にそっくりである。双子ってあんまりみたことないけどこれはもう双子だ。双子でいいと思う。晴佳の視線は二人に釘付けである。






 「ごめん遅れました。……彼が今日一緒に行く人?」


 「ナツさんが言ってたバイトの人?」


 晴佳を見て鹿原幹に問いかける同じ顔をした二人。せやで、と頷いた鹿原幹。双子みたいな兄弟は晴佳に向き合うと揃って挨拶をした。


 「はじめまして、僕は湯崎千。遅れて悪いね」


 「はじめまして、僕は湯崎千尋。千の弟だ」


 「はじめまして…、工藤晴佳です」


 なんというか、本当に本当にそっくりだ。混乱する。


 「僕が大学二年で千尋が一年ね。こう見えて双子じゃなくて普通の兄弟なんだよ」


 「ほんまそっくりやんなあ自分ら。晴佳、この二人区別つかんくても気にしたあかんで。みんなわからんから。適当でええよ」


 あっけらかんと言う鹿原幹に湯崎千か千尋かのどっちかが苦笑する。


 「適当って…。まあいいけどさ」


 「それより晴佳だっけ?ハルでいい?もう話はシカさんから聞いてる?」


 「はい、ハルでどうぞ。えっと、『啜り泣く井戸』…ですよね」


 「そうそう。勝手に啜り泣いとけってんだよね。めんどくさいなあ」


 千か千尋がいかにも面倒臭そうな表情で言う。超共感。勝手に泣いとけ。いや、泣くな。井戸は普通泣かない。



 「まあまあ、とりあえず様子見るだけ見てきたって。ただの噂かもしらへんし」


 「ただの噂だったらそれこそ骨折り損だよ。むしろなんかすごいヤツであって欲しいよね」


 縁起でもないことをぶつぶつ言う兄弟に不安になってくる晴佳だったが、どうしようもない。確かに、ドライブの予定が台無しになったからには井戸まで行ってなにもありませんでしたでは残念すぎる。いや、だからってなんかすごいやばい奴とかだったらまずいんじゃないの。どうなの。


 晴佳の不安をよそにそっくり兄弟はさっさと扉に手をかけた。




 「じゃあさっさと行って調査して片付けよう」


 「行くよハル」




 「いってらっしゃい。気いつけてな」


 そんなこんなしているあいだに晴佳はそっくり兄弟に連れられ『啜り泣く井戸』へ向かうのであった。






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