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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死なない男の平凡な日常

作者: トゥムリ

とりあえずまあ、見てってくださいな。不死身の少年がいたとして、能力バトルに巻き込まれるほど便利に世界はできていない、なんて僕は思うのです。

6月12日、天気は、雨。梅雨のジメジメした湿気の中。高校生である榊儀 高貴は傘を忘れた自分に向かって呪詛の言葉を吐いていた。

「なんだよックショウ」

コンビニに寄って傘でも買おうかという考えは、もう彼には残っていない。彼の小遣いは月3000円、一般的な高校生からしても微妙な額だ。さらに来月に好きなアーティストの新譜が発表されるというのだから、やはり傘程度に500円を浪費する暇はないだろう。という結論に至ったのだ。

「鞄って雨風凌げるかと思いきや案外そうでもないんだな、走ってるからかもしれねえけど!」

皮肉っぽくなんとか格好つけようとしても、向こうから走ってくる車の運転手が誰もかれも自分の事を嘲笑って見えてならない。

視界に最後の横断歩道が見えてきた。これを渡りきらなければ無駄に雨に濡れて制服が汚れる。信号は変わりかけ。自信があった。陸上競技は得意な方なのだ。100メートル走を12秒を下回ったことは体調が悪い時以外思い当たらない。行ける。そして大きな一歩を踏み出した。

信号はまだ変わっていない。余裕の笑みを浮かべ横断歩道の中間に差し掛かった時だった。

トラックが彼に横から衝突したのだ。あまりの衝撃に彼の肢体は粉々に打ち砕かれ、痛みを感じることなく彼は冷たいアスファルトに叩きつけられた。しかし。

まだ意識が残っている。苦しくて息が出来なくて頭が割れるように痛いのだが意識が手から離れない。彼の目に彼の体から引き離された腕が映る。鮮やかな血が噴き出している。それに対比するように白い神経と骨が顔を覗かせていてまるで作り物だ。目を背けたい。そう思ったがなぜか首を曲げられない。骨が折れている?目を懸命に動かすと同時に彼は瞬時に絶望的な状況を理解した。

ああ、首から下がないんだ。

彼が撥ねられてからもう1分ほど経つ。意識が手を離れない。何故。なぜ殺してくれない。目を凝らすと群衆がたくさん寄ってきていた。各々写真を撮るなり、電話をするなり、うろたえるなり、ただただ見るなり。彼は希望はないと知りながら、声を上げずにはいられなかった。

「そこの人、きゅ...救急車を...呼ん..」

叫び声が上がる。一斉に群衆が後ずさる。まだ離れない意識。思えばこれから来るのは警察だけであろう。見込みがないブラックタグに付き合っている暇は医者先生にはないのだ。

程なくして白と黒のできれば一生乗りたくない車が到着した。降りてきた警官の顔が一気に蒼白になる。

それものはずであろう。首だけになっている男子が元気に喋っているのだから。

正確に言えば元気ではない、当の本人は激痛に顔をしかめそれでも一生懸命に周りの群衆や警官に懇願をしているのだ。が。

傍から見ればホラー映画である。どこかの怪談にありそうな感じでもある。これからこの光景はこの地区でずっと噂されることになるのだろう。

「よかった...そこの警察の人!事故に巻き込まれてしまって...」

「見ればわかるよ、いいかい?君はもう死んでいるんだ。そう。死んでいる。早く成仏しなさい。なにか親御さんたちに言いたいことはあるかね?」

彼には警官の言っていることが分からなかった。いや。分かったからこそ反応が出来なかった。

俺が死んでいる?そんなはずはない。そんなはずはないんだ。だって今もほら。意識が。あれ?

彼の意識は、混乱のうちに薄れていった。


彼が次に目を覚ましたのは霊安室。肢体は幸いなことに継ぎ接ぎされていたので、何とか動くことが出来た。何故神経がつながっているのかは人間の理解を超えるため分からない。

冷たく暗い金属の箱の中で目を覚ました彼が最初にしたくなったことと言えば脱出である。足元のドアを蹴る。大きな音がしたが光は差し込まない。霊安室なのだから当然だろう。そのまま這い出てみると彼の体はよくある病衣のようなもので覆われていた。とりあえず全裸ではないことに安心した彼は、自分がどうして生きているかについて思考を巡らせることにした。だが事故の経験が彼にとってトラウマにならないはずもなく、ものの数秒で頭に激痛が走った。その場にうずくまり動けなくなる。歯の根がガチガチと鳴り体の芯が冷たくなっていくのを感じた。しばらくそうしていると、先ほどの音を不審に思った看護婦が震えながら懐中電灯片手に入ってきた。部屋に明かりがつき看護婦の悲鳴が聞こえた。彼もまたそれに驚き尻もちをつく。

「なんで...どうして...」涙を浮かべて座り込む看護婦。

「ハハハ...こっちのセリフなんですがね...」彼が自嘲気味にそう言った。

とりあえずその服のまま帰るわけにもいかず病院の電話を借りて家に電話をかけた。電話口の父親は最初かなり驚いていたが、生きているならそれは理屈抜きで喜ばしいことだと言っていた。葬式代が浮くと冗談を言っていたが、電話口の父が涙声になっていたのを彼は一生忘れないだろう。母は電話を代わった途端号泣していて何を言っているか彼にも理解不能だったため、残念ながら割愛しよう。

さて、トラックとの衝突を生還した彼にだれも見向きをしなかったかというと、当然そういうわけにもいかず。まず警察に事情を聴かれた。大抵の事は「わからない」としか答えられなかった。それもそうだろう。「なんで死んでいないの?」と聞かれて理由を説明できる人間はおそらく地球にはいまい。

その後は肢体を繋ぎ合せた医者に医学界に貢献しないかと誘われたが、やはり恐ろしいので丁重にお断りをしたのであった。

そして一番恐ろしいものと言えばマスコミだろう。ワイドショーで2週間ほど取り上げられ、その後自宅まで突き止められて顔写真まで週刊誌に載せられてしまった。少しも嬉しくなかったかと聞かれると彼はお茶を濁すことになるだろうが、トラウマを理由に取材は断り続けた。その結果悪質な嫌がらせを受けることになり引っ越しを余儀なくされることになるのだが、それはまた別のお話。

6月20日、天気は晴れ。

「新譜まだかなあ...なんてな」

彼の日常は、多分永遠に終わることなく、続く。

お付き合いいただき、ありがとうございました。なんだか妄想に付き合せてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです。

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