不透明な感触
命が、世界が、歪む
生きることだって死ぬことだってどっちもどんな意味であるのか検討なんてつきやしないのに考える必要もないんだ。
でも、どうしても分からないものは何故か考えて深いところへ追求がしたくなる。
それでも俺はわざと色んなことを考えすぎないようにして生活している。
どうしてかと言えば、考えたあとにどうしようもない憂鬱な気持ちが襲ってくるからだ。
どうしようもないと思ったときの孤独感はそれ自体が本当にどうしようもない。
考えてしまいそうになれば、ぐっとその気持ちを飲み込んで耐える。
どっちかというと深めて深めて深めてしまうような性格だから、こうしているのは結構つらい。
自分の気持ちなんて。
と無駄な意地を張らずにいつでもさっさと諦められるようになればもう立派な一人前だろう。
この世の中、自分の思いをいつまでも貫いてなんて生きていけるはずもないんだ。
どうせ何かを潰して、自分で殺してやらねばならないときが来るんだ。
それなら最初っからそんな期待を持たない方がいい。
そうに決まっている。
生きる幸せって・・・
いけない、いけない。
さぁ、今でもこんな感じだ。
俺の欲望はなかなか止まらないのだ。
哲学的や論理的な考えへの欲望はなかなか根強いものだったりして自分を蝕んでもいいくらいの勢いで俺の頭の中をかき乱す。
そうしているうちに息が荒くなって、どうにも止められないところまでいってしまうことも最近になってよくあるようになった。
だから、そういうときが来たり来そうな予感があれば
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
と深く息を吸ってなるべくゆっくりを心がけて深呼吸をしてから心に優しく言いかけてやっておく。
一旦おさまったと思えばそれはまだまだ甘い、甘いのだ。
それでもおさまらないときがある。
どうしてもおさまらなければ、仕方がないので最終手段に出るしかない。
自分を痛めつけるしかない。
最終手段だと言ってはいても、もういつからかこれが結構普通になっているような気がする。
もしもこれが食欲なんかみたいにすぐに抑えられるものだったらなぁと考える。
本当にそうだったら、俺の体はこんなにもボロボロになる必要はないのに。
そう思いながら、いろんな傷のついた自分の体をあらためてながめてみる。
切なくて、泣きたくなって誰かを頼りたくなってしまう。
たまたまそばにあったタバコを押し付けたときに出来たそこらじゅうにあるスターシェイプ。
ナイフでうっかり切ることまでしてしまった無数の傷跡。
あまりのつらさに自分の爪でつけてしまった肉のえぐれた不思議な形をした模様。
それ以外にももっと多くあったかもしれないけれど、それ以上思い出せない。
その状態のときの俺は普通の人間の状態ではないから、何をしたのかという記憶もまばらにしかないあまりかそれから何をし始めるのかも分からない。
そういうことが今にも起きそうな予感がすればすぐに自分の部屋の鍵を閉めることにしている。
自分だけの問題なのだから、何も他の人にまで何かをする必要は全く無い。
だから、親にも「なるべく部屋へ来ないでくれ。何をするか分からない。」
と言ってある。
それを言ってからというもの、本当にそれから部屋に寄り付かなくなった。
確かに、最近は家庭内暴力や何やらで一家殺人なんかをするケースをよくテレビでも見かけるものだから怖いのはよく分かる。
もしかしたら、それ以外にも問題はあるのかもしれない。
俺だってこんなことはしたくないと思う。
本当にもういつ自分で自分を殺してしまっても仕方ないくらいの勢いだ。
どんどんとエスカレートしてしまう。
今は毎日こんな生活をしている。
二重人格だ何だというのではないと思う。
記憶は朦朧としていて少ししか思い出せないけれど、これも自分なのだから。
でも、そのときの俺はいつもと違って何か離れられない気持ちを抱えているのだ。
やらなければいけないという強い信念がある。
何をしでかすのか・・
思いつけば、その行動はそれを成し遂げるまで、もしくは自分が潰れてしまうまで止めることができなくなってしまう。
気持ちを押さえ込もう、押さえ込もうとしていたのが逆に感情を溢れ出させる原因になってしまっているのかもしれないと今では考えることがある。
でも自分の考えを突き通すのは苦手で、何故かどうしようもなくなってしまうのだ。
・・・。
あ・・・。
・・・・きそうな気がする。
・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・きた・・。
またきてしまった。
いけない、考えすぎて頭に負担をかけてしまったのだろうか。
ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク。
やっぱり動悸が激しい。
苦しい、苦しい・・。
あぁ、今にも死んでしまいそうなくらいに息苦しい。
はいつくばって服のえりの部分をつかみながら必死で酸素を吸うような格好になっている。
誰か、誰か・・。
苦しい、苦しい・・。
・・しまった!!!!
うっかり部屋の鍵を閉め忘れた!!
はぁ、はぁ、はぁ。
ナイフ、ナイフ、ナイフ・・
いつかはこんなときが来ると思っていた。
どうせそろそろ死ぬときではないかと思っていたんだ。
それなら、いっそのこと自分で自分を殺してやろうじゃないか。
いつものようにダバコを押し付けるだけじゃオサマラナイ。
ナイフで傷をつけるだけでも気が済まない。
今日でこの命は終わるのだ。
もうこれでこの世からいなくなれる。
もう何も考えなくていいじゃないか。
いじめられた過去やいままでの失敗だって全て忘れられるし、もう白い目で見られる必要もない。
もうあんな風に膝を抱えて泣く日も来なくていい。
さぁ、真に自由な場所へ行く時間だ・・。
机の引き出しに何枚ものティッシュで包んであった手に収まるサイズのナイフからビリビリとティッシュを剥ぎとってその少しくもった鈍い光を確かめる。
そう、これでいいんだ。
やばい。
鍵を閉め忘れていた。
どうしたらいい・・。
とりあえず、この家からみんな出ていってもらわなければ。
このおかしな発作で俺が何か取り返しのつかないことをしてしまうまでに・・・。
ダンダンダンダンダンダンダン
階段を駆け下りる。
焦る気持ちの強さに階段を落りる足がもつれ、うまく降りることができない。
早くしないと、早く、早く!!!
一階のリビングには母さんと父さんと妹と・・
そこには幸せな家族の一場面がある。
こんな俺のために壊されてしまってはいけない。
「みんな、早く逃げてくれ!!!」力いっぱいに叫んだ。
早く、早く。
俺が誰かを傷つけてしまう前に。
「あんた、何を・・。そのナイフ・・」目を大きく見開いて呆然と母さんが言う。
「お前、何を考えてるんだ!!早くそのナイフをこっちに渡しなさい!!」父さんが自分と俺の立っている間隔を取りながら必死に怒鳴る。
二人とも今の現状がつかめないらしく、息子の手に持たれたナイフの鈍い輝きだけを信じて叫んでいる。
けれど、妹はもうそんな状態にもない。
怯えてしまっているようで叫び声のひとつでさえも上げられないようになっているようだ。
涙さえ流れていない。
俺はそんなに恐い顔をしているのか。
実の兄だと言うのに。
逃げろと言っているだけで、何も恐れる理由なんてないじゃないか。
さっきからしきりに机の脚にしがみついているのが微かに視界に入った。
「ナイフを放せ!!」また父さんの声が聞こえる。
ナイフ・・
自分の手を見てみれば、引き出しに入っていたはずのナイフがある。
どういうことなんだ。
俺はいつの間にナイフを・・。
また酷い頭痛が襲う。
あぁ、もうだめなんだ、だめなんだ、だめなんだ・・
今の状態でこれをおさえられないんだ。
だから、早く逃げて・・
「早く逃げろ!!!!!」
叫びながらナイフを握った右手はブルブルと震えている。
段々と意識が朦朧としてきた。
「はやく、はやく・・・・。」
ふらふらと自分の足取りでさえ確認できない状態だけれど近づいて、説得しようとする。
家族は怖れた顔で離れていく。
そうだ、そうだ。
そうやって俺から逃げてくれ。
母さんと父さんが外へ走って逃げていくのはなんとなく目に見えた。
しかし・・
妹がこの状態を見て、どうしようも出来ずに床にうずくまったままでいる。
「だめだ、早く逃げろ・・」
机の端にいる妹に息が荒いままジリジリと詰め寄る。
妹は突然の出来事の恐怖でここから動けなくなってしまっているようだ。
近づくにつれ、恐怖の顔に濃く染まってゆくのが朦朧としてゆく意識の中で少しだけ分かる。
はぁ、はぁ、はぁ。
抱えて立たせようとした。
怯える妹を両手で持とうとしたその時ー・・
グニャっとものすごく鈍い音がして、その感触が手にも走った感触が少しだけした。
あぁ、俺は一体何をしてしまったんだろうか。
すでに息も荒く、はっきりと理解できるだけの状況ではない。
意識が、意識が・・。
父さんと母さんが取り残された妹に気付いて戻ってきたようだ。
「きゃぁ!!」
玄関から母さんのけたたましい叫び声が上がった。
いけない、本当に何をしてしまったのだろう・・。
青冷めた顔の二人がいる玄関へ行く。
「あさみ、あさみが・・。」母さんか泣き崩れた。
「はやく逃げろ。お願いだから・・」
「ナイフを捨てなさい!!!!」必死に呼びかける声が微かに届く。
はぁ、はぁ、はぁ・・
意識が途切れた。
目の前に俺の父さんと母さんがいる。
散々、俺を白い目で見てきた奴らの顔が青ざめていつの間にか見るも無残な状態になっている。
血がそこらじゅうに飛び散って、狭い玄関がスプレー缶で赤いインクを吹き付けたかのように真っ赤になってしまっている。
この様子では、こいつらは死んだのだろう。
あははは。あははは。
なんだこの顔は。
醜いったら。
俺の痛みも知らずによくもまぁ呑気に暮らしていたものだ。
これでも親なのか。
それでも、もうこの世にはいなくなった。
これでよかったのだ。
さぁ、今度は俺の番。
もうこの世に居てはいけない存在になってしまった。
一発で確実に逝ける場所を狙おう。
もしそれが間違ってしまたって・・
グニャ。
左の胸を一気に刺した。
また微かな感触が手に走る。
さっさと逝くためにもう一発。
あははは。あははは。
これでやっと終わった。
もう心配はない。
これで全てが終わったのだ。
あふれ出る血で自分の手を真っ赤に染めながら床に倒れた。
何故か、意識はしっかりしていた。
人を殺してみれば人の命なんて驚く程にあっけない。
刺した本人が拍子抜けしてしまう程。
生きる意味と死ぬ意味を今まで考えてきて一体何だったんだと思いたくなった。
その現実を初めて知って、正直何とも言えなかった。
こんなものか、という実感しか頭に入って来ない。
段々まぶたが重くなって・・
さぁ、みんなで真に自由な場所へ行ける。
これでやっと平和な家族が築けるだろう。
ずっと、ずっとそれが夢だったんだ。
夢がやっと叶うよ。
もう頭は空っぽになってしまったままで、何故か涙が溢れ出て、ついに意識を失った。
殺人がテーマでも何でもないんですが、結果的にそういった大きな事件化としたわたしの筆の至らなさをお許しください。この話は、ホラーとかいうつもりでも何でもなく中学のときに書いて、いままで温めて(?というか半ば放っておいたものです。中学生の世界観ですが、読んでくださってありがとうございました。あと、個人的には主人公は二重人格であったと思ってます。