表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第8話

「でも俺、練習着なんてもってないですよ」

「なに?今日からいっしょに練習するって言うとったやろうが。・・・じゃあしょうんなか(しかたがない)。ちょっと待っちょれ」

そういうと、その部員、梶山治は監督の方へ走っていった。

そして二言三言会話をした後、監督がこう言った。

「練習着がないんなら今日は練習せんでよか。でもせっかく来たとやけん、ピッチングは見せてもらうぞ。動きやすか服装ばしちょるけんね。まあ、ちょっと肩ば温めちょけ。梶山、キャッチボールばしてやれ」

「はい」

梶山は早速部室からグローブを持ってきて、一虎に渡した。

「ほら、キャッチボールばするぞ」

「はあ」

一虎は仕方なくグローブをはめた。

左利き用のグローブを。


「まあ、一虎君がグラウンドに入って、キャッチボールばはじめたよ」

駐車場で道子が驚きの声を上げた。

「もしかしたら、竜一君と間違われているんじゃないだろうか。ほら、左手で投げている。さしずめ、期待のルーキーの腕前を拝見しようってとこだろうな」

雅彦はニコニコしながら見ている。

「あなた、竜一君と勘違いされているんなら、わけを話してやめさせた方がいいんじゃない。左手で投げるなんて。竜一君ががっかりされてしまうに違いないわ」

洋子は心配そうに雅彦の目を見つめた。

「でも見ものだぞ。トラは小学生の時から左でもよく投げている。ほら、練習試合が1日に2試合あるときなんか、2試合目は右肩に負担をかけないように左で投げていたじゃないか。あいつ、結構器用なんだよな。」

「そうはいっても、最近は左で投げているところ見たことがないわよ。ねえ、大丈夫かしら」

「ははは。そんな心配することじゃないだろ。ちょっと投げてみせるだけだよ」

雅彦だけでなく、道子も興味津津という顔をしている。


「どうだ、肩は温まったか?」

「はい、大体は」

「よし」

梶山はノックを続けている監督へ向けて大きな声を発した。

「監督、肩が温まったみたいなので、そろそろどうでしょうか」

「よし、いいだろう。じゃあみんな、こっちに集まれ!」

野村監督は全員を集合させた。

誰もがそわそわしている。

ずっとこの時を待っていたようだ。

「金沢、受けてやれ」

「はい」

金沢は3年生の正捕手。

眉毛が太く体格はがっちりしている。

「遠慮しないで思いっきり投げていいぞ。」

「はい」

一虎は勢いよく返事をするとマウンドへ軽く走った。

途中、駐車場の雅彦達の方を見て笑みを浮かべた。

(父さんが笑っている。今の俺と同じでワクワクしているんだ)

金沢がホームベースの後ろに座ってミットを構えた。

「ストレート、いきます。」

一虎が振りかぶって投げた。

パン!

ボールがミットに収まると、おお~という声が回りから沸き起こった。

「次カーブ、いきます。」

もう一度振りかぶる。

パン。

またもおお~という声が回りから聞こえた。

「俺が構えているミットめがけて投げてみろ。まずストレートだ。」

金沢はコントロールをチェックするようだ。

右打者のインコース低めに構える。

一虎が投げた。

パン!

高さはよかったがコースが甘く入った。

「次、カーブ」

今度は右打者のアウトコース低めにミットを構えている。

一虎が投げた。

パパン!

ボールはワンバウンドしてミットに収まった。

その後5球金沢の指示通りに一虎は投げた。

「どうだ金沢。」

終始無表情の金沢に野村監督が尋ねた。

「今日はコントロールがいまいちみたいですけど、球は結構速いです。カーブの曲がりもまあまあ。中学生としてはすごいと思います。」

「うん、そうだな。よし、黒瀬君、今日はもういいぞ。明日からは練習着を持ってこいよ。さあ、他のみんなも元に戻ってノックの続き・・・・ん?どうした黒瀬君、もういいんだぞ?」

一虎はマウンドから降りようとせず、右手にはめていたグローブをはずし、右肩をぐるぐるとまわし始めた。

「おい、黒瀬君、もう・・・」

「俺は」

野村監督の言葉を遮るように一虎が凛とした声で続けた。

「俺は黒瀬ではありません。金沢先輩、すみませんが構えていただけませんか」

金沢は有無を言わせないような一虎の雰囲気に眉をひそめながら、もう一度ミットを構えた。

グローブをプレートの横において一虎が大きく振りかぶる。

(ん?なんかさっきよりも迫力があるな。しかも・・・!)

「おっ、ぐ・・・」

思わずもれた金沢の驚きの声。

パン!!

大きな音とともにボールがミットに吸い込まれた。

一瞬の静寂。

続いてうお~という低い声がみなの口から洩れる。

「右・・・、聞き腕は右だった!」

金沢はぽかんと口を開け、信じられないものを見るかのように、マウンドの一虎をじっと見つめ続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ