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第7話

「へぇ~、五島ってかなり遠いと思っていたけど、すぐに着いちゃったね。」

一虎は隣に座っている母・洋子の方を向いた。

「電車や船を使えば1日がかりの旅になるけど、飛行機ならあっという間だもんね。」

「さあ、降りようか。」

後ろの席に座っていた父・雅彦が立ち上がりながら洋子の肩をたたいた。


羽田から福岡までは1時間40分、福岡から五島市の福江空港までは45分、乗り継ぎの時間を合わせても約3時間しかかかっていない。

三人の乗った飛行機はたった今、福江空港に着いたところだ。


荷物を受け取り到着ゲートに立つと、ドアの向こうでこちらに小さく手を振っている女性がいた。

洋子が一虎に頷きほほ笑む。

(あれが、本当のおばあちゃん・・・)

白髪交じりの長い髪。

額や目じりに刻み込まれた深いしわ、そしてやせ細っている体型がこれまでの苦労を感じさせる。

表情はほがらかで、目はとても優しそうだ。


「ご無沙汰しています。すみません空港まで出迎えに来ていただいて。あの・・・。」

ゲートを出た3人の方へ、黒瀬道子はゆっくり近づいてきた。

話しかけてきた雅彦には目もくれず、一虎の前に立つ。

何も言葉を発しない。

一虎を頭からつま先までゆっくりと見た後、今度は目線を足から上の方へ移した。

目線が再び顔に戻ったとき、道子の目からぼろぼろと涙がこぼれていた。

「一虎・・・くんね、よく・・・来てくれたわね。大きく・・・なって・・・。」

道子は右手で両目の涙を拭き、他の二人へ目を移した。


「失礼しました。高山さん、よく五島に来てくれました。」

「洋子です。今まで何の連絡もしてこなかったのに急に来てしまいましてすみません。トラちゃんが夏休みが終わる前に五島に来たいっていうもんですから。あの・・・竜一君は?」

「竜一は今日、五島高校の野球部に行っちょっとですよ。今日からいっしょに練習ばしようって高校の監督に誘われたもんで。」

「あのう、その高校って遠いんですか?」

突然一虎が口を開いた。

道子はにこ~っとほほ笑み、首を横に振った。

「ううん、割と近くにあるとよ。車で5分くらい。」

一虎は訴えかけるように雅彦を見た。

「相変わらずだなあ。五島に来てまで野球を見たいとは。きれいな砂浜がたくさんあるのに。」

「二人ともちょっと待ってよ。今から海に行くって計画していたじゃないの。日本一美しいって言われている高浜に。」

洋子が口をとがらせる。

「でも俺、ここの高校がどんな練習しているか、どのくらいのレベルなのかちょっと興味があるんだ。ね、いいでしょ、少しだけ練習をのぞいてみても。」


「じゃあ行きましょうか。私が案内するから。」

道子はもう決まったといわんばかりに歩き出した。


「ちょっと窮屈ですけど、我慢してくださいね。」

道子の白い軽乗用車は後部座席の右側の窓が半分しか開かない。

かなり使い古した感じがした。

エアコンも効かないらしく、運転中はすべての窓を開け放している。

日差しは強く汗が止まらないが、車内に吹き込んでくる風は自然の息吹を感じるようなさわやかさを覚えた。


「さあ、着いたわよ。竜一はいるかしらね。」

グラウンドの脇の駐車場で車から降りた4人は、練習中の野球部員の中から竜一の姿を探した。

「あら?おらんごちゃっね(いないようね)。」

「俺、マウンドがよく見える方に行ってみる。」

そう言うと一虎は足早に歩き出した。


野球部員は25人ほどいるようだ。

「ナイスキャッチ!ナイス送球!」

球拾いの1年らしき部員たちが大きな声を出している。

マウンドでは、ピッチャーが投げ込みをしていた。

右のオーバーハンド、高校生らしく体つきはしっかりしている。

球威もそこそこあるようだ。

(でも、俺の方がスピードもコントロールも上だな。変化球は、カーブよりスライダーのほうが切れがありそうだ。)


「おい、竜一!来てたのか!」

ノックをしている人にボールを渡していた部員が、一虎に向かって話しかけてきた。

「監督、黒瀬竜一です。」

「ほー、あれが。なかなかしっかりした体つきだな。早速着替えさせろ。早く投球を見てみたい。」

「はい。」

監督の名前は野村泰之という。

中学生のときに野球部だったことから、この学校に赴任した2年前から監督を任されている。

はつらつとした感じで、部員や父兄から厚い信頼を受けている。


その部員は一虎の方へ走り寄ってきた。

「竜一、部室に案内するよ。」

「いえ、あの俺、竜一じゃないですから。」

「何言っているんだよ。記憶喪失にでもなったつもりか?みんなお前の投球が見たくて楽しみにしているんだ。何でもいいから早く来い。」

一虎は腕を掴まれ、強引にグラウンドへ入れられた。

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