第6話
リリリリーン。
リリリリーン。
電話が鳴った。
昔懐かしい黒電話。
「はいはい、だれじゃろうかねえ。」
黒瀬道子は台所からエプロンで手を拭きながら出てきた。
白髪交じりの長い髪の毛を無造作に頭の後ろで縛っている。
疲れているのがはっきりとわかるほど重い足取りだ。
「はい、黒瀬ですが。」
「もしもし、大変ご無沙汰しています。私、高山雅彦です・・・13年前、一虎君を引き取った・・・」
「かずとら?・・・は、はい、高山さん。・・・あの高山さんですか!」
道子の声が1オクターブほど上がった。
「ご無沙汰しています。お話するのはあの日以来ですね。」
「まあ・・・、まあ・・・」
竜一の祖母、道子はかなり戸惑っている様子だ。
「突然電話してすみません。実は・・・あの、聞いてますか?」
「は、はい聞いてます。ただもうびっくりしてしまって・・・あの、一虎は、一虎君は元気ですか。」
「元気ですよ、とっても。」
「まあ、そうですか。元気ですか。それはよかった。大きくなったでしょうね。竜一も大きくなりましたよ。私の背丈はとうに追い越されていましてね、あの、今部活で野球をやっていまして、ついこの間全国大会に行ったりして、とっても元気なんですよ。」
道子は大きな声で矢継ぎ早に話す。
「そうですか。・・・あの、実は、私と家内、それから一虎の3人で五島の方に行ってみようかと思いまして。」
「・・・・・」
「あの、聞いてますか?」
「はい、聞いてます!・・・ただもうびっくりしてしまって。・・・そうですか、五島に!で、いつですか。」
「3日後です。」
「ええっ!!」
道子がさらに大きな声を出したため、雅彦は電話の子機を落としそうになった。
「3日後・・・しあさってですか?」
「本当に突然ですみません。夏休みが終わってしまう前にどうしても行きたいと一虎が言うもんですから。」
すると、道子の声が急にか細くなった。
「・・・あのう、実は竜一には一虎君のことを話していないんです。兄弟は誰もいないってずっと教えていたものですから。」
「私もそうですよ。一虎には竜一君のことやご家族のことを伏せていたんです。つらく悲しい出来事ですから。でも、先ほどおっしゃられた野球の全国大会。あれに一虎も出場していまして、しかも偶然にも一回戦で対戦しているんですよ。」
「まあ・・・、そう言えば、竜一が自分にそっくりな選手がいたって言っていたけど・・・まさか、それが一虎君だったってことでしょうか。」
「そうです。」
「まあ、なんという・・・」
「ものすごい偶然ですね。」
少しの間会話が途切れた。
おそらく道子は今、頭の中を整理しているのだろう。
雅彦は道子が話し出すのを待った。
「あの、それで、お泊まりはどうされますか。こんなボロ家でよければぜひ泊まっていただきたいのですが。」
「あ、それは気になさらずに。どこかホテルとか民宿とか適当に探しますから。」
「そうですか・・・」
道子は少しがっかりした。
「でも、しあさってには一虎君と会えるんですね。大変だわ、早速今晩、竜一に話さなきゃ!」
「ええ、そうしてください。それでは3日後にお訪ねしますので、よろしくお願いします。」
「はい、3日後に。」
チン。
受話器を下し、しばらく電話を見つめる道子。
はぁ~と大きな息を吐くと、家の中を見回した。
(こりゃ大変だわ。家の中をきれいにしなきゃ。いやそれよりも竜一になんて話そう?そうだ
、あの子たちが赤ちゃんの時の写真がどこかにあったはずだわ。)
道子は眼をらんらんと輝かせ、いそいそと家の中を動き回った。