第3話
「相手のピッチャーはなかなかいい球を投げていたようじゃないか。」
ここは全国大会が開催されている和歌山市の旅館。
夕食を終えた一虎は、両親の部屋に来ていた。
父、雅彦は缶ビールを飲み、母、洋子は大浴場に行っている。
「すごいピッチャーだったよ。信じられない球を投げるし・・・。でも、ピッチャーだけじゃ勝てないからね。チームの総合力からいったら俺たちの方が一枚上手だったってことかな。」
「おっ、なかなか言うじゃないか。」
「でも俺、あのピッチャーの球をシンでとらえきれなかったんだ。ヒットにはなったけどたまたま野手のいないところに飛んだだけでさ。いつか、もう一度対戦したいな。」
「最後の打席は三振した後、どうしてすぐに走らなかったんだ?」
「ああ、あれね。びっくりしたんだよ。そう、びっくりして振り逃げに気付かなかった。思い出すと今でも鳥肌が立つよ。だって、明らかに低いと思って見送ったら急に浮き上がってきたんだから。あんな球、絶対に打てないよ。そうだ、もう一度対戦したいってさっき言ったけど、あれは取り消すよ。よく考えたら同じチームの方がいい。」
「トラがそこまで相手のピッチャーをほめるとはなあ。長崎県の五島だろ?あんなちっぽけな島によくそんな逸材が現れたもんだ。」
「父さん、五島を知っているの?」
「ああ、一度行ったことがある。母さんと一緒にね。あれは・・・そう、トラが生まれて間もない時だから、13年前くらいかなあ。」
「何をしに行ったの?」
雅彦は一虎の質問に少し動揺した。
言わないでよいことを言ってしまったと反省したが、今さらどうしようもない。
「それは・・・そう、母さんのお姉さん、トラにとっては伯母さんになる人が住んでいたからね。」
「えっ?五島に伯母さんが?初めて聞くと思うんだけど。」
「そうか、言っていなかったか・・・。」
雅彦は持っていた缶ビールをソファの前のテーブルに置いた。
「父さん達が五島に行ったのは、その伯母さんの葬式があったからなんだよ。」
するとその時、部屋の扉が開いて、母、洋子が入ってきた。
「あら、トラちゃんが来てたの?母さんもビールを飲もうかしら。・・・どうしたの二人とも神妙な顔をして。」
洋子は中3の一虎をいまだにトラちゃんと呼んでいる。
「今日の相手が、長崎県の五島のチームだったろ?だから良美姉さんのことを少し話していたんだ。」
「・・・・・。姉さんのことって?」
洋子が一瞬雅彦を睨んだように一虎には見えた。
「何も。ただ亡くなったってことだけさ。」
「そう・・・。まあ・・・そんな話は今はいいじゃない。せっかく一回戦を勝って祝杯をあげるところなんだから。」
そう言うと洋子は冷蔵庫からビールを出してコップに注いだ。
「勝利を祝してかんぱーい!」
ごくごくっとコップの半分くらいまで飲むと、一虎を夫婦の間に挟むように、洋子もソファーに座った。
一虎は三人兄弟の末っ子で、長男は都内の大学の3年生、長女が高校2年生だ。
二人とも一虎の応援に来たかったのだが、学校や部活が忙しく同行することができなかった。
「あ~おいしい~。ねえ、トラちゃん、体の調子はいい?肩やひじは痛くない?」
「大丈夫だよ。それよりさ、今日の相手のピッチャーなんだけど、母さん達、顔見た?」
「顔?さあ、スタンドからじゃよく見えなかったわ。顔がどうかしたの?」
「それがさ、そっくりなんだよね、この俺と。拓巳もびっくりしていたよ。」
「えっ・・・?」
「うわっ!母さんこぼれてるよ、ビール!」
「えっ?あら、やだ。」
洋子は手に持っていたグラスをひざの上に落してしまっていた。
「私としたことが、パジャマを着替えなくちゃ。」
そう言うと洋子は立ち上がり、着替えが入っているバッグの方へ向かった。
「で?そのピッチャー、名前は知ってるのか?」
雅彦が尋ねる。
「名前ねえ、確か・・・くろ・・・、そう、黒瀬だ。」
そのとたん、雅彦と洋子はお互いの顔をじっと見つめた。