第2話
「ストライク、バッターアウト。ゲームセット!」
田尾は心配していた通り最後のバッターになった。
両チームと審判がホームベースを挟んで整列する。
「4対1で、奥浦中学校の勝ち」
「ありがとうございました!」
帽子を取ってあいさつした両チームの選手たちは、相対する選手と握手をした。
竜一と一虎はどちらもキャプテンなので審判側の一番前に並んでいる。
「あれ、君左利きだろ?」
左手を差し出した一虎が、右手を出した竜一に尋ねた。
「え?そういう君は右利きでしょ?」
二人は同時に別の手を出した。
一虎が右手を、竜一が左手を。
「ぷっ。あははは。」
思わず一虎が笑う。
竜一は「ふっ。」と軽く笑って手のひらを相手の肩口に挙げた。
一虎はその手のひらに出していた手のひらをパチンと当てた。
ハイタッチ。
「後で話せないか?」
一虎は自分が三振にとられた最後のボールのことを問いただしたかった。
「え・・・?う、うん、わかった。後で。」
竜一はそう言うとチームメートに続いて相手のベンチに走った。
相手のベンチに挨拶した後、自分たちのベンチ裏スタンドに挨拶。
その後監督から長話を聞くのがいつものパターンだ。
だがこの日の監督の話は極端に短かった。
「夢にまで見た全国大会。1回戦で敗退したとはいえ、名門の奥浦中学校と互角に渡り合った。まあ、点差は3点も付いてしまったが、内容は互角だ。胸を張って帰っていいと俺は思う。技術的なことや、今後のことは今晩の打ち上げ・・・いや、反省会で話す。じゃあ、後片付けをして帰るぞ。」
竜一は奥浦中のベンチへ走った。
一虎がすぐに気付き迎える。
二人はベンチ裏に歩いた。
「ごめんな。あんまり時間ないんだろ?」
ベンチ裏にある階段に腰掛けながら一虎が言った。
隣に腰掛けながら竜一がうなづく。
「最後の球だよ。」
「え?」
「あんな変化球は見たことがないし、聞いたこともない。落ちる球じゃなくて浮かび上がる球なんてさ。いったい・・・」
「ライズ。」
「え?」
「変化球の名前、ライズっていうとさ。ほら朝日のことをサンライズっていうやろ?サンは太陽、ライズは上るってことやけん、浮かび上がるあの球をライズって名づけたとよ。」
言いながら竜一は吹き出したくなるのをこらえていた。
あの玉はあの時だけ偶然に投げられたもので、もちろん名前を付けてなどいない。
ライズというのは9回裏の攻撃のとき、ベンチでふと思い浮かんだものだった。
おそらくはもう二度と会うことはない、自分とそっくりな顔のエリート野球少年をからかってみたくなったのだ。
「ライズか。すごい球だった。なあ、どうやって投げたんだ?握りは?それにどうして最後の一球だけしか投げなかったの。」
「投げ方は企業秘密。一球しか投げなかったのは・・・キャッチャーも捕れんからさ。捕れんってわかっていたけど全国大会の記念に一球だけ投げてみたかったとやもん。」
「そうか。そうだよな。苦労して身に付けた新しい変化球を、そう簡単に教えられないよな。」
竜一は一虎の感心する表情を見て、笑いだしたい衝動を抑える限界を感じ、いきなり立ち上がった。
「俺もう行かんば。」
「あ、うん。なあ、俺は日大三高に行くんだけど、君はどこに行くんだ。」
「俺、五島高校。」
「ごとう高校?聞いたことがないな。長崎では強いの?」
「いや、たぶん一度も甲子園に行ったことがなかろうね。」
「なんだって!」
急に一虎が大声を出したので、ほほが緩みがちだった竜一の顔が引き締まった。
「なんでそんな無名校に行くんだよ。有名校から誘いはないの?いや、誘いがなくったって君の力なら有名校のエースになって甲子園で活躍できるかもしれないのに。」
「俺、五島っていう小さな島におばあちゃんと暮らしているけん、簡単には島を離れられんとよ。でも五島高校にでん野球部はある。甲子園も夢じゃなかよ。じゃあ、もう俺行く。奥浦中の全国優勝祈ってるけん。」
竜一は一虎に手を振りながら走っていった。
後ろ姿を眉をひそめながら見つめる一虎。
「こっちが本物のトラ、だよなあ・・・」
一虎の前に奥浦中で1番セカンドの荒川拓巳が現れた。
荒川はパワーこそないがミートがうまく、俊足でその上守備もうまい、いわゆる天才肌の選手で一虎の親友だ。
トラは一虎のニックネーム。
「あたりまえだろ。確かに似ていたけどね。」
「どうしたの?深刻そうな顔しちゃって。」
「もったいないと思わないか。あれほどのピッチャーなら、甲子園でも活躍できそうなのに五島高校っていう無名校に行くんだってさ。」
「ふ~ん、でもそれもちょっとおもしろそう。」
「えっ?」
「五島って長崎県の離島だろ。島の無名校が甲子園で旋風を起こす。日大三校を破って全国制覇!とかね。・・・でもまあ、あり得ないか。そんなに高校野球は甘くないってね。」
荒川は笑いながら一虎を見た。
(離島の高校が甲子園全国制覇・・・か。そんなことができるんなら、確かに面白そうだ。)
深刻そうな顔をしていた一虎が一瞬ほほ笑んだ。