第1話
「高山先輩、ピッチャー疲れてますよ。長打狙っていきましょう。」
三塁側のベンチから大きな声が高山一虎に届いた。
(確かに疲れているみたいだが、球は走っている。一回戦からこんなすごいピッチャーと対戦できるなんて思ってもみなかった。)
西東京都代表、町田市立奥浦中学校のエースで4番の一虎は、この勝負を楽しんでいた。
最終回の7回表2アウト、ランナー1塁、2ボール1ストライク。
相手は長崎県代表、五島市立富江中学校のエース、黒瀬竜一。
(しかもあの顔、あの体型・・・、みんなが言うとおり瓜二つだ、この俺と!・・・なんて、感心している場合じゃないぞ。必ず長打を決めてやる!)
ゲームは4対1でリードしているが、相手のピッチャー黒瀬竜一を打ち崩したわけではない。
フォアボールや盗塁、送りバントなど、エラーを誘うような駆け引きのうまさで積み上げた4点だった。いかにも試合慣れしている東京都のチームらしい。対する富江中学校は一虎の速球に散発4安打に抑えられていた。
竜一が振りかぶって投げた。
カキーン!
打球は三塁ベースよりもわずかに左。
竜一はふぅっと息を吐いた。
(よし、追い込んだ。次は高めの速球で空振りだ。)
キャッチャー田尾のサインも「高めの速球」。
バッターボックスの一虎の顔が目に入る。
(でも、こいつ本当に似とるな、この俺と。)
サインにうなずいた竜一が高々と両手を挙げて振りかぶった。
(俺にそっくりなこいつを三振に取って・・・、9回裏に同点、いや逆転だ。)
右足が上がる。竜一はサウスポーだ。
(まずい、ボールが!)
左の腕がしなる。だが、ボールが少し滑って握りが浅くなってしまった。
(何とかまっすぐ飛んでくれ!)
竜一は渾身の力を込めて投げた。
ガッ!
ボールがキャッチャー田尾のマスクを直撃した。
田尾がすぐにボールを追う。
ボールは一塁側のベンチの方へ。
「ストライク!」
審判がコールしバッターの一虎を見た。
ファーストに走れば振り逃げが成立するからだ。
しかし一虎はバットを構えたまま力なく虚空を見つめていた。
田尾がボールに追いつきファーストへ放る。
「アウト、スリーアウトチェンジ!」
一虎は三塁側のベンチに帰る竜一の後ろ姿を見送りながら、ゆっくりと一塁側ベンチへ向かった。
「どうした一虎、あんなど真ん中を見逃すなんて、おまえらしくないな。」
監督が、控え選手からグローブを受け取った一虎に話しかけた。
「はい、その、なんていうか・・・、びっくりしたものですから。」
「びっくりした?」
「あんなボール、今まで見たことないんで。」
「何?いったい・・・」
一虎は不思議がる監督の言葉を最後まで聞かずにマウンドへ走った。
「あーびっくりした!何かあのボールは。バウンドしそうなくらい低いち思ったとに、すごか勢いで浮き上がったぞ!」
ベンチに戻った田尾が竜一に詰め寄る。
「うん、はっきり言って俺も驚いた。何ちいうか・・・、まさに魔球やな。」
そう言うと竜一は奥の方のベンチに腰かけた。
「一体どうやって投げたっか?」
「さあ。」
「さあって、覚えとらんの?」
「・・・そんなことより、ネクストバッターズサークルに行けよ、ワンアウトぞ。」
「おっ、そうやった。くそ、最後のバッターになってたまるかっての。」
田尾がバットをつかんでベンチを飛び出した。
(本当に、一体どうやって投げたとやろう・・・)
竜一は腕組みをしてベンチの天井を仰いだ。