7 悪戯
朝食を終えたリトは、図書館に来ていた。
読み終えた本を返却し、新しく本を借りるためだ。
今度は何を借りようか。
地理の本は確定だと、本棚に手を伸ばした時だった。
「ベルとヴィーレに会ったそうだね」
リトは手を止め、後ろのテーブルにいたヴァンを振りかえった。
「あー、会ったわね。それがどうかしたの?」
「側室候補が集められ始めて数か月、王子3人ともが複数回接触しただなんて初めてなんだ」
「へぇ……ヴィーレとは一回しか会ってないけどね」
接触も何も、ヴァン以外とはほとんど話もしていない。
ベルは2度部屋に来たが、短い時間だった。
しかしそれも、周りから見れば詳細はわからない、か。
「だから僕のところにも噂が届いた」
「噂?」
「そう……ご婦人方の情報網はすごいよ。気を付けて」
何を気をつけろと。
あれか、部屋にこっそり鍵を付けて、図書館もまとめて本を借りて、部屋に籠るか。
「何もないと良いんだけど」
「あぁ、そう言えば」
今朝あったことを思い出す。
気にしていなかったのだが、それを聞けばもしかして、と思う。
「部屋の前に、ねずみの死体があったの」
そしてそれはトーカの腹に収まった。
トーカは体内で毒を分解するので、たとえ薬殺されたネズミを食べても支障がない。
「嫌がらせだったのかしら?」
「………………」
ヴァンの目が点だ。
口もぽかんと開いている。
と思った次の瞬間、笑い出した。
何というか、うん、笑いが取れたようで良かったわ。
しかし、そうか、あれは嫌がらせか悪戯か、とにかく悪意のあるものだったのね。
しっぽ掴んで部屋の中に放り込んだところ、見られたかしら。
だって部屋の外でトーカに食べさせるわけにはいかないじゃない。
「落ち着いた?」
「何とかね」
しかし本当によく笑っていた。
何というか憂いを帯びた微笑みのイメージしかなかったから、ちょっとびっくり。
勝手なイメージだけど、声を荒げたり取り乱すこともなさそうだ。
いつも何かを諦めて暗い気分に浸ってそうというか。
それはちょっとひどいかな。
まぁ本人に言わなければ大丈夫だろう。
「今回はそれくらいですんでるからいいけど……気を付けて」
「そうね、気をつけるわ。ありがとう」
側室ってそんなにいいものなんだろうか。
嫉妬で嫌がらせをするくらいなんだから、その人物にとってはいいものなんだろう。
リトには何ひとつ魅力を感じない。
いや、図書館は非常に魅力的である。
しかしそれだけだ。
側室になってまで手にいれたいものではない。
王宮内であまり目立つ行動は取らないと思うが、油断大敵。
気を抜いて大惨事だなんて笑えない。
夜は部屋に結界を忘れないようにしよう。
「リトはおもしろいね」
「……普通よ」
「少なくとも僕にとっては面白いよ」
「………………」
「それでそのネズミ、どうしたの?」
「食……片付けてもらったわ」
「そう、良かった。そのまま置いてあるのかと思ったよ」
「…………」
トーカが食べられないものだったら、そのまま放置していた可能性が高い。
だってそのまま置いておけば片付けてくれると思うし。うん。
「とにかく、これくらいの悪戯ならかわいいものね」
「そうだね。だけど本当に気を付けて。それだけですむとは思えないし……」
その言い方に違和感を覚える。
リトが初めてというわりには、心配が過ぎるのではないか。
気を付けてって3回目だし。
「前例があるの? それとも要注意人物がいるの?」
「……側室候補と同じで、正室候補がいる」
「へぇ」
「血を濃くするために、僕らの従姉妹は王位継承した誰かの正妃になるんだ」
意外と普通だ。
確かに外から側室を貰っていれば王族の血は薄くなってくる。
「あの子には気を付けて。ちょっと、その……悪戯好きだから」
「気を付けるわ」
別にどんな悪戯でも構いはしないが。
どうせ大した悪戯はないだろう、とリトは思った。