6 トーカと再会
リトは小走りにベッドまで行き、リュックを下ろした。
白蛇がひょこりと顔を出す。
「トーカ、良かった」
元気そうだ。
元々魔物なので餌の心配はないが、人間に遭遇した場合、討伐されかねないので注意が必要だ。
「今魔術を掛けるからね」
魔物除けをしている王宮で、自由に動けるための魔術だ。
結界除けの一種である。
元々リュックの中なら魔術が掛かっているので大丈夫だが、さすがにずっとこの中というわけにもいかないだろう。
窮屈すぎる。
掛け終わると、トーカがリュックからするりと出てくる。
腕に伝い、頬をちょろりと舐められた。
「ふふ、ごめんね。油断しちゃったわ」
おそらく眠り粉か魔術を使われたのだろう。
そうでなければ、さすがに途中で目が覚めるはずだ。
リュックの中身を物色する。
その時々によって入れ替えるのだが、最後に使ったのが山登りのため、大したものは入っていない。
ブリキの水筒、小型の万能ナイフ、ハンカチ、投薬瓶、はさみ、麻袋、愛用の武器。
しかしアデルは本当に中身を見なかったのだろうか。
いくら何でも警戒心が無さ過ぎる。
トーカは二重底の下にいたので気付かれなかったとしても、万能ナイフが入っているのは明らか。
それとも刃物を持ったところで、とでも思っているのだろうか。
実際の用途は武器ではなく道具としてのナイフなため、そうそう危険はないと判断されたか。
まぁ実際、魔法があるのだから刃物云々はあまり関係がない。
刃物なんてなくても、才能のある人間は魔法だけで戦える。
リトは両親譲りの才能で、魔法も魔術もそこそこの腕前だ。
リダインの人間がそれを把握しているかと言えばしていないのだろうけど。
そうでなければ魔封じもなしにリトを野放しだなんて、阿呆すぎる。
自国でなら絶対にありえない。
備え付けのティーセットでお茶の準備をする。
軽くつまめるものも用意されているので、トーカとお茶だ。
トーカ用のお茶はよく冷ます。
「んー……、このクッキー甘すぎるわね」
父親の作るお菓子は甘さ控え目なため、市販のものを買うと甘すぎると感じる傾向にある。
一人暮らしを始めてからは大抵自分で作っていたので、気にならなかったのだが。
「好きな組み合わせなんだけど」
ヘーゼルナッツとチョコチップが入っている。
もう少し甘さを控えめにしてくれれば美味しいのに。
他にも日持ちする焼き菓子や果物が置いてある。
至れり尽くせりってやつね。
三食昼寝付き。
必要なものは与えられる。
本読み放題、ドレス着放題。
うん、それだけ聞くと破格の待遇だわ。
実際は好きでも何でもない男の側室になるかもという条件付きだけど。
三人とも見目は悪くないし、普通の女性にとってはそれもありなのかしら。
仲の良い両親を見ているせいか、一夫多妻制というものが気に食わない。
王家の血筋を絶やさないため、というのは理解出来るのだが。
頭で理解出来ても、感情はついていかない。
どちらにせよ、側室なんてお断りだ。
「リト様。ベル様がお見えです」
「は?」
ベル様ってナルシーか。
何の用?
とりあえずトーカには隠れてもらおう。
アデルを伴いベルがやって来た。
輝く金髪を右手で掻き上げる。
美形はいいな、様になる。
ただし、様になるだけで好感はもてない。
「何の用?」
「わざわざ会いに来てやったんだ、喜べよ」
ベルがふっと笑う。
何だその笑い方は。
「嬉しくない頼んでない会いたくない」
本が読みたい。
さっさとカエレ。
「…………兄上には会ってるんだろう」
コイツもか。
「兄上兄上って、アンタら”兄上”が余程好きなのね」
ヴァンがそんなに好きなヴァンに絡め。
私に絡むな。
「アンタら?」
「アンタとヴィーレよ」
眉を顰めたベルに、リトはうんざりと吐き捨てた。
「ヴィーレにも会ったのか」
「図書館の帰りに絡まれたのよ。アンタと同じで、兄上兄上って」
「………………」
ベルは何か考え込んでいるようだ。
ヴァンを意識しているのはわかる。
単純にヴァンを慕っているという雰囲気ではない。
しかし嫌っているとかそういうことでもなく。
……まぁ私には関係ない。
「どうでもいいわ。私は本が読みたいの、帰って下さるかしら?」
「……今日は帰る。また近いうちに会いに来てやろう」
「激しく遠慮するわ」
二度と来ないで欲しい。
本を読む時間が減ると逃亡も遅くなるではないか。