3 図書館
よし、逃げよう。
帰してくれないのならば逃げればいい。
簡単なことではないか。
リトの与えられている部屋は、側室候補がわんさかいる別宮だ。
城の本宮には立ち入り禁止らしいが、他の場所はどこにでも行って良いらしい。
甘い。
甘すぎる。
これならいつでも逃げられそうだ。
城は高い塀に囲まれており、城門には常に兵がいる。
だがしかし、城の周り結界があるわけでもなく、どうにでもなりそうだ。
人目のない夜がいいだろう。
昼間のうちにルートを確認しておくか。
別宮の2階角。
それがリトの部屋である。
窓からでも脱出出来そうな位置で大助かりだ。
よほど高くない限り、魔術を使えばどうとでもなるのだが。
用意された簡易ドレスを着て、外に出る。
春の花が咲き乱れる花壇、噴水、白いベンチと綺麗な中庭。
誘拐でなければ楽しめたかもしれない。
家で参考に出来そうな可愛い寄せ植えもある。
中庭をぐるりと取り囲むように、使用人の部屋や図書館などの施設がある。
リトは迷わず図書館に足を運ぶ。
城の図書館だし、読んだことのない本がありそうで楽しみだ。
もうこの瞬間に下見のことなど忘れている。
凄い、この本の数!
一日中読んでも一月以上持ちそうだわ。
リトは本が好きだ。
何の専門書でも楽しんで読むことが出来る。
たとえいらぬ知識でも、詰め込んでいくことが楽しい。
知的好奇心が旺盛なのだ。
ああ、これは読みがいがあるわ……!
でも、今晩帰るんだっけ。
読めないじゃない。
……そうよね。
側室候補って側室じゃないもの。
ないと思うけど、万が一側室にされそうになったら逃げればいいのよ。
この蔵書を全制覇してからでも遅くないわ。
幸い雑貨作りは締切や数が決まっているわけでもない。
お金もそんなに必要なわけでもないし、ここにいる間は特に必要ないだろう。
心配なのはトーカのことだ。
山には食べ物もあるし、というか元々魔物だし。
大丈夫だとわかっているのに不安だ。
荷物を持って来て欲しいと頼んでみようか?
革のリュックに入り込んで来てくれれば、城の中にだって入れるはずだ。
そうね、それが良いわ。
そうと決まればこの蔵書、読み尽してしまいましょう。
部屋に持ち帰ってもいいのかしら?
辺りを見回すと、いたのは青年一人だけ。
テーブルで専門書を読んでいるようだ。
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですが」
青年が顔を上げた。
栗色の髪に鳶色の瞳。
良く言えば優しそうな、なんというか軟弱そうな青年。
骨と皮しかなさそうっていうか、きっとリトより筋肉も脂肪もない。
「ここの本って部屋に持ち帰ってもいいのかしら?」
「……側室候補の人?」
「そうなるわね」
不本意だけど。
とっても不本意だけど。
「それなら大丈夫だよ」
「そう。ありがとう」
良かった良かった。
部屋で読めるなら夜でも読めるわね。
なるべく早く読んで帰らないと。
隣の山に住む家族にこのことが知られたらどうなることやら。
……とても不安だ。
だって、ねぇ?
「それ、君が読むの?」
「えぇ」
それが何か?
リトが持っている本の一番上は中級程度の魔術書だ。
レベルはそう高くないが、読んだことのない本はできるだけ読みたい。
「魔術に興味が?」
「魔術にも興味があるけど、基本的に本が好きなの。何でも読むわ」
その証拠に魔術書の下は建築書、その下は薬物辞典。
見事にジャンルがばらばらだ。
「気が合いそうだ」
図書館にいるだけあって、本が好きなのだろう。
気の弱そうな微笑みだが、ほんわかしていて好感が持てる。
あまり人と関わりたくないが、別に人嫌いなわけではない。
「そう。貴方は何を読むの?」
「何でも読むよ。身体があまり丈夫でないから、時間がたくさんあるんだ」
見たまんまなのね。
「僕はヴァン。君は?」
「リト」
「リトね。これからよろしく。僕は大抵図書館にいるから、良かったら声を掛けて」
そうね、ずっと図書館にいるなら詳しいでしょ。
気になることがあったら聞いてみることにしましょう。
3冊本を抱いて、軽い足取りで部屋に戻る。
相変わらず豪華な部屋。
天蓋付きのベッドだなんて、おじさまのお屋敷に行って以来だわ。
テーブルや椅子、ドレッサー、どれをとってもすごい飾り細工。
木彫りや銀細工は好きだけど、金細工はあまり興味がない。
本をベッド脇の棚に置く。
運ばれてきた夕飯を食べる。
うん、豪華だし、美味しい。
だけど国が違うからか、父親が料理好きで、小さい頃から世界各国の料理を食べているからか。
何というか家の味が恋しい。
この分だと3日もしないうちに飽きそう。
部屋にキッチンがあれば自炊も出来るが、さすがにそんな設備はない。
使えそうなものは魔動力式のポットくらいか。
これは一刻も早く、図書館を攻略しないとならないようだ。