2 人違い
人が寝ている間に断りもなく移動。
しかも他国。
これって完全に誘拐よね、拉致よね。
訴えていいわよね。
「はぁ……」
腹が減っては戦は出来ぬ。
父さんの口癖を思い出し、リトは運ばれて来た朝食をたいらげた。
料理自体はごく普通。
しかし珍しい果物の数々に、リトの気分は上昇した。
果物はリトの大好物。
町にあまり出ないため、山で採れる果物以外滅多に口に出来ないのだ。
紅茶を飲みながら先ほどの騎士を待つ。
朝食の後詳細を説明します、と早々に退室してしまったのだ。
あっけにとられている間にメイドが朝食の準備を淡々と行い、これまた早々に退室してしまった。
程なくして、足音が廊下に響く。
先ほどの騎士だろうか。
足音が一つ多い気がするけど。
部屋の前で止まったかと思うと、扉が勢いよく開かれた。
騎士の胸当てよりも華美な細工が施された白銀の鎧。
金色の刺繍が全体的に入ったマント。
靡く金髪、切れ長の青い目。
どことなく偉そうな青年がこちらを見下ろしている。
「……並みだな」
「は……?」
何だコイツ。
「絶世の美女だと聞いていたのに、大した顔ではないではないか」
「はぁ!!??」
絶世の美女って単語にも驚きだけど、大した顔ではない、に反応する。
失礼な!
そういうことは思っても言っちゃいけないことだろう!
いくら自分の顔立ちが整っているからって、人を貶していい理由にはならない。
「どうせ私の顔は大したことないわよ! だけどねぇ、アンタにそんなこと言われる筋合いはない!」
怒鳴り付けたリトに、青年が楽しそうに笑う。
何コイツ……。
「おもしろい。お前、名前は?」
「アンタに名乗る名前はない」
「名前がないのか? それなら俺がつけてやろうか」
コイツ、鼻で笑いやがった。
気に食わない。
「……リト」
「リトか。俺のことはベルと呼べ。……アデル、コイツは逃がすなよ」
「はっ」
逃がすな、だって?
眉を顰めているリトを一瞥し、ベルはマントを翻した。
金色の刺繍が目にちかちかする。
何というか、行動が一々気障ったらしい。
よし、ナルシーと呼ぼう。
心の中で決意していると、騎士と目が合った。
「それでは、詳細を説明させて頂きますね」
にこりと笑った騎士に思った。
胡散臭い。
騎士が着席し、説明とやらが始まった。
「先程の方は第二王子のベル様です」
王子か。
それであんなに偉そうなのね。
「王子は全員、何というか……女性の好みが……難しくて」
言葉を大分選んだわね。
何でも良いわ、我儘でも理想高いでも。
「王家の血筋は中々御子が出来ず、より多くの側室が必要なんですが……あの通りですので、側室一人選ぶにも難儀しまして」
だから何だ。
「そこで、側室候補です」
胡散臭い笑顔がより一層輝く。
大げさな身振り手振りが殊更ウザい。
「数多くの女性を招き、その中で王子が気にいった女性を側室に上げるという制度をとっています」
隣国のことなのに、全然知らなかった。
いや隣国だから当たり前なのか?
どちらにせよ興味ない。
「その女性の中に、リト様が選ばれました。あの山に絶世の美女が住むという噂を聞いた王子たちが」
「ちょっと待って」
再び絶世の美女という単語を耳にし、堪らず制止をかける。
「人違いよ」
「え?」
「人違いよ」
「え?」
「人違いだって言ってんのよ! その耳は飾りなの? 切り落とすわよ!」
「…………」
「わかったなら、さっさと家に帰しなさい」
言い放ち、冷めたお茶で喉を潤す。
普段声を荒げることなどないので、何だか疲れてしまった。
「それは出来ません」
「はぁ?」
「ベル様が逃がすなとおっしゃっていたでしょう? 最初が人違いでも、王子が気に入ったというのなら問題ありません」
「逃がすなとは言ってたけど、気に入ったとは言ってないわよ」
人の顔貶しておいて、気に入るわけがないだろう。
どちらかといえば褒められる容姿に分類されるので、貶されることに耐性がない。
いや耐性があろうがなかろうが、女性の顔立ちを貶すのは良くない。
「理由は何であれ、ベル様の命令は”逃がすな”です。家に帰すことは不可能です」
「何阿呆なこと言ってんのよ。誘拐は犯罪よ? 訴えられたくなかったら今すぐ帰して」
「阿呆なことですか。……ふふ、一体どこに訴えるというのでしょう?」
小首を傾げてにっこりと笑う。
騎士なだけあってがっしりと体つきをしている男の仕草じゃない。
似合わないっつうの。
「は?」
「ここから逃げないと訴えることも出来ませんね?」
「…………」
言っていることはもっともだ。
こいつ性格悪い。
最、悪!