22 別れ2
後ろから石が飛んでくる。
避けたり鞭で捌いたりと一度も当たってないが鬱陶しいことこの上ない。
振り返ると物陰にさっと隠れるが、ばればれである。
ドレスの裾、見えてますけど。
どうせあと少しだしと放置して、部屋に戻る。
罵詈雑言が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
気のせい気のせい。
「帰るって本当か!?」
部屋に戻った途端、ヴィーレが駆け込んで来た。
縋る様な表情、潤んだ瞳。
何だか小動物みたい。
自分より背は高いけど。
「本当よ。ずっと家を開けているし、そろそろ帰らないと」
考えない様にしていたが、ひどいことになっていそうだ。
まず魔動石はきれているだろうし、食料庫の中身が怖い。
「また、戻って来るよな?」
黙って首を横に振る。
側室にも正室にもならない。
ならないのに戻って来るのはおかしい。
「嫌だ……!」
抱きしめられる腕は思ったより力強い。
子供っぽく見えるが、むしろかなり年下に見えるが、一歳しか変わらない男である。
「ごめんなさい」
この髪に触れるのも最後だろうか。
ひとりになって考える。
もしもこのままここにいたら、ということを。
側室になる?
それは無理。
側室でもいい、他のひとを愛していてもいい、などといった深い愛などない。
たとえ好意があっても、自分だけを見ていてほしいし、他にも誰かいるだなんて無理だ。
私が子供っぽいのだろうか?
見た目はだアレだが子供と称して問題ない年齢ではある。
「トーカ」
冷たい感触。
慰めてくれてるのかしら。
「このままいたらよくないわね」
感情を抑え込み、悟られないようにすることは得意だ。
芽生えた感情を無にすることも。
寂しくなることは確実。
ちょっと暗くて大人げないところもあるけど、優しくて話の合うヴァン。
うざいけど、ナルシーだけど……あ、いいところ思い付かない。まぁ、見てると(行動が)面白い……ベル。
子供っぽくて俺様とかいっちゃう阿呆だけど、かわいらしいヴィーレ。
胡散臭いけど(食べ物の)趣味が合うアデル。
ダニエル料理長は愛想がなくて強面だけど、本当は優しい。
コーダはちょっと変わってるけど素直で元気でかわいらしい。
側室候補の3人も、もっと話してみたかった。
「お茶を淹れて本でも読みましょう」
「中々優雅な生活を送っているな」
一人しかいないはずの部屋に、突然の声。
びくりとして振り返る。
気配がなかった。
冷汗が伝う。
「リ、ゲル……どうしてここに……」
「貴方のお父様に頼まれた」
淡々と発される言葉。
銀色の髪を一つに束ね、エトランの騎士団の礼服を身に纏った少女。
騎士団の礼服なのは忍びこんで来たからだろうか。
少女という年齢ではないが、外見上は少女にしか見えない。
「貴方がここで暮らしたいというのならそれはそれでかまわん。しかし、何も言わずに帰って来ないとなれば話は別だ」
「……ごめんなさい」
自分の意志でここに来たわけではないが、帰ることが出来るのに帰らなかったのはリトの意思だ。
「どうするんだ?」
「明後日、帰ります」
明日はコーダと約束しているし、本もまだ読んでいない。
「そうか。では明後日、迎えに来る」
「はい」
城下町に宿でも取る気だろうか。
姿はもう見当たらなかった。