19 城下町
アデルから明日の昼から時間が取れたという知らせが来た。
仕事が長引いたらしく、遅い時間の訪問だった。
約束は昼からなので午前中は図書館に行くことにした。
魔術関連の本を数冊と庭作りの本を借りる。
ふといつもの席を見ると、ヴァンとヴィーレが向かい合って座っていた。
ヴァンの表情が柔らかい。
そしてヴィーレはすごく嬉しそう。
いまなら髪の毛抜いてもわらってそうだわ。
「リト!」
ヴァンが手を振ってきたので、近寄る。
楽しそうだし、声を掛ける気はなかったのだが。
ヴァンはリトの手を取り、包み込んだ。
「ありがとう」
何のことだ。
リトは怪訝そうにヴァンを見た。
うわぁ、蕩けそうな笑顔ってこういうことか。
「何が?」
「リトのおかげで、吹っ切れたんだ」
「そう……よくわからないけど良かったわね」
ベルも言っていた件だろう。
よくわからないがヴァンもヴィーレも嬉しそうだし、良いか。
「リトも座って。話したい」
「あ……今日はあまり時間がないの。ごめんなさい、また今度」
「あぁ……厨房に行くの?」
「いいえ、今日はアデルと城下町に行くの」
「「え?」」
何故2人してそんなに驚くの?
「城下町って、2人で?」
「そうだけど?」
「へぇ……」
あれ笑顔どこにいった。
ヴァンが珍しく眉間に皺を寄せている。
「そういうわけだから、また今度話しましょう」
「はいはい」
「夜食とお菓子、用意しておけよ」
「わかったわよ」
拗ねているヴィーレの髪をくしゃくしゃと撫でまわした。
されるがままだな。
城下町は人で溢れていた。
「多いわね、人……」
うんざりしつつ、吐き捨てる。
人混みは苦手だ。
山暮らしで慣れないからだろうか。
「逸れますよ」
アデルがリトの手首を掴む。
そのまま掌を握りこまれ、何となく気恥しい。
身内以外と手を繋ぐのは初めてだ。
アデルお勧めの店で昼食をとり、デザートにジェラートを食べる。
レモン味がさっぱりしていて美味しい。
「お嬢様? リトお嬢様じゃありませんか!!」
「え?」
聞き覚えのある声に振り返ると、昔祖父の屋敷でメイドをしていたマチルダがいた。
息子夫婦と同居することになり辞めたのだが、そうか、この町だったのか。
「久しぶりね、マチルダ。元気そう」
「えぇ、元気ですとも。それよりもリトお嬢様はどうしてここに?」
「観光……かしら?」
「そうですか、観光! お連れ様もいらっしゃるようですし、今日はこれで。ぜひお店の方にいらしてくださいな」
「えぇ、また近いうちに」
逃亡後に寄ることにしよう。
マチルダは息子夫婦と食堂を営んでおり、店の名前は聞いている。
「お知り合いですか」
「えぇ。彼女、祖父の屋敷の使用人だったの」
「てっきり平民かと思っていましたが」
そういえばそうだった。
「家名を名乗ると面倒だから名乗らないことにしているの」
自身に敵はないが、余計なとばっちりは避けたい。
良くも悪くも有名な家だ。
「そうですか……」
何やら思案顔だ。
お願いだから何も企まないでほしい。
「さ、次はどこに行きましょうか。そうだ、美味しい果物専門店があるんですよ」
部屋の果物の消費率が高いので、果物が好きだよ知っているのだろう。
たしかに果物は好きだが、消費量の半分はトーカである。
そこのところ勘違いしないでほしい。
果物専門店はその名の通り果物が豊富に揃っていた。
果物そのもの、その場でジュースを作ってくれるサービス、ジャムなどの加工品もある。
リトはその中の拳大の果物を手に取った。
家の近くでも取れる、薄い紫の実。
「そういえばそんな時期ね」
攫われる数日前、小さな実が出来ていたことを思い出す。
きっと家の近くでは食べきれないほどの実が熟していることだろう。
トーカの大好物なので、旬を逃すのは勿体ない。
……そろそろ、帰ろう。