12 部屋訪問2
「来てやったぞ」
誰も頼んでないから。
予告通りアデルがヴィーレを連れてやって来た。
昼間にコーダたちと作った搾り出しクッキーとシュークリームを差し出し、紅茶を淹れる。
クッキーは生地を冷凍してあるので、焼けばいつでも食べられる。
シュークリームはとにかく大きく作ってみた。
片手を大きく広げれれば何とか乗る、そんな大きさ。
味は普通だ。
カスタードクリームに生クリームを混ぜ、それをたっぷりと詰めた。
「大きいな! こんな大きなシュークリーム、初めてだ!」
子供か。
ヴィーレがシュークリームを頬張る。
クリームが口の端についているのはお約束。
いや拭ったりはしないけど。
自分で拭いなさい、年齢だけは大人なんだから。
夜食は魔術で石鍋を熱し、シンプルな焼き飯を入れ、魚介のあんをかけた。
途端にじゅうじゅうと音が鳴り香ばしい匂いが広がる。
紅茶の香りが死ぬ?
知ったことではない。
リトのメインはあくまで夜食にあるのだ。
「へぇ……、これは面白いですね」
アデルが感嘆の声を漏らし、嬉々として石鍋を覗きこむ。
元々この石鍋は西よりも東で普及しているものと聞いている。
リト自身も家でしか見たことがないので、割と珍しい道具なのだろう。
「音も香りも見た目も、味のうちね」
アデルはよく食べるので石鍋一個分、そのまま渡す。
鍋を触ると熱いので気をつけるように言う。
お菓子もあるヴィーレとリトは半分ずつだ。
「面白いし、美味しいですね」
ご機嫌だな、アデル。
調子にのって次の夜食も石鍋にしよう。
石鍋料理のレパートリーを開拓だ。
「ふん、中々やるな」
「生意気いうなら召し上がらなくてよろしいですわよ?」
「くっ……!」
ハッ。
私に勝とうなんざ30年早いわ!
30年後くらいならきっと丸くなっているだろうから、相手を立てることが出来るだろう。きっと。
「そもそも貴方、何し来たの?」
「それは……」
ヴィーレが言い淀む。
あれか、またヴァンのことか。
どれだけ兄上大好きなの……。
「私が先日、貴方に馳走になったと話をしたら、大変興味を持たれまして」
「なっ! アデル!? それは秘密だとっ!」
「あぁすいません、ついうっかり口が滑りました」
にやにやと意地悪そうに笑うアデル。
「貴方たち、仲が良いのね」
「私も一応王族の端くれでして。王子たちの従兄弟でもあり幼馴染みでもあります」
あぁそれで側室だなんだと気にしているのね。
「ふぅん。それで貴方は、異国の料理に興味があるの?」
「まぁ……なくはない」
ヴィーレがそっぽを向いて呟く。
「まどろっこしいわね。はっきりなさい」
「きょ、興味ある……」
「よく出来ました」
意外と素直に答えたわね。
リトの言い方に威圧されたなどとは考えまい。
リトはヴィーレの柔らかい黒髪をくしゃりと撫でた。
「だけど甘いものはさほど変わらないのよね」
「……珍しいものでないが、旨い。その……また来ても、いいか?」
あら素直。
何だろう、こんなに素直になられると不気味なんだけど。
「えぇ、いいわよ。ただし出来るだけ、人目につかない様に気を付けて頂戴」
「わかった」
「素直なヴィーレ様なんて、珍しいものが見れましたね」
アデルは相変わらずにやにや笑っている。
害はないので別にいいけど。
「くっ……いいか! 俺様は旨いものが食べたいだけなんだからな! 調子に乗るんじゃないぞ!!」
言い捨てて部屋を飛び出した。
ちょっと、目立つ言動するんじゃないわよ!
しかもアイツどさくさにまぎれてクッキー掴んで行ったし。
「懐かれましたね」
「あれって懐かれたの?」
随分とわかりにくい懐かれ方ね。
「ともあれ、後はベル様だけ。貴方は誰の側室になりたいのですか?」
ヴィーレがいなくなった途端、寛ぎ始めるアデル。
ここはアンタの部屋じゃないわよ。
こら、何装備外してるの。
「え、もしかして全員と接触させようとしてるの? 何企んでるのよ」
「企んでなんかいませんよ。まだ誰1人側室がいませんので、急いているだけです」
「…………」
何かあやしいのよね。
本人があやしいからか、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。
「一応、側室候補の件は担当者ですからね。いくら乗り気じゃないとはいえ、仕事は仕事。完璧に遣り遂げなくては」
うわぁ、怪しい笑顔。
……とりあえず、油断しないにしよう。