10 厨房
鉄製の片手鍋を大きく振るう。
リダインでは煮込む・焼くが主流で炒めるという調理法は珍しいようだ。
片手鍋の中の食材が宙を舞うたび歓声が起こる。
遣り難い。
遣り難いから見ないで欲しいんだけど。
アデルに用意してもらったのは、スパイス一式。
こちらの国ではあまり刺激物が使われないため、厨房にも数種類しかなかったのだ。
ほんの少し加えるだけで味がぐっと良くなるものもあるのに、なんてもったいないのだろう。
「おお……」
出来あがった異国の料理に、皆興味津津だ。
しかしこれは異国ではなく、父親の故郷の料理である。
「この、オムレツの下の赤いものは?」
「米よ」
米はリダインでも使われている食材だ。
ただし煮込み料理でしか見たことはない。
米は独特の臭みがあるので、そのまま食べるよりも味付けを濃くした方が美味しいと思う。
これはトマトとスパイスをふんだんに使い、刺激のある味付けに仕上げてある。
米を炊いてなおかつ炒めるという調理法は珍しく、概ね好評だった。
アデルの分に一人前、容器に入れてもらう。
魔術を使えば温め直すことが出来るので大丈夫だろう。
「エトランの料理っておもしろいですね! また作って欲しいです!」
「いくらでも」
厨房を貸してもらっている身である。
それくらいお安い御用だ。
「あれ……? リトさん、今、カバンが……」
革のリュックから、するりとトーカが現れた。
匂いに釣られたのかもしれない。
「トーカ、お腹が空いたの?」
皿を差し出すと勢いよく食べ始める。
悲鳴を上げるかと思ったが、コーダはぽかんとトーカを見つめているだけだ。
「へ、び……?」
「えぇ、私のペットなの」
「はぁ……変わったご趣味なんですね」
それで済ませてくれるならありがたい。
魔物だということには気付いていないようだし、助かった。
「トーカというの。他の人達にばれると厄介だから、よろしくね?」
ここの厨房の人たちは何故かリトに好意的なので、悪いようにはならないだろう。
「しかし興味深いな」
ダエニル料理長が顎に手をあて、呟く。
一瞬トーカのことかと思ったが、料理の方らしい。
「異国とはいえ隣の国で、こうも味付けが変わるとは……」
「あぁ……いえ、エトランよりも遠い国の料理です」
「ほう?」
「父の出身国ですので、大陸すら違います」
他にもスパイスの遣い方や炒めることに関して話が盛り上がる。
リダインには炒めやすい鉄製の片手鍋もないらしく、珍しがられた。
アデルに頼めば数を増やしてもらえるだろうか。
「他にも色々食べてみたいな。また来るんだろう?」
「えぇ、そのつもりよ。お邪魔じゃなければお願いしたいわ」
「邪魔だなんてとんでもない! ぜひまた来てくれよ!」
「トーカちゃんも連れて来てね!」
いつの間にか、コーダはトーカと仲良くなったらしい。
蛇が好きという人は珍しいので吃驚だ。
身内ですら一部はトーカに近付かないというのに。
「それじゃあ、また。今日はありがとう」
トーカがリュックに入るのを確認して、厨房を後にした。
アデルが頼んでおいたものを持って、訪ねて来た。
約束通り昼間に作った料理を差し出す。
魔術で温めたので味はあまり落ちていないだろう。
「美味しいです!」
「そう? それは良かったわ」
今のところ、スパイスが苦手という人はいないようだ。
リダインの味付けとはかなり違うため、好き嫌いが別れるかと思ったのだが。
夢中になって頬張るアデルを見て不思議に思う。
……もっと上品に食べそうなイメージだったんだけど。
いつもと違い猫背気味だし、掻き込むし。
「いつもと違うわね」
「貴方の前で格好付けても意味ないですし」
「……いつも格好付けてんの?」
「格好付け、というより、騎士ですからね。それなりには」
そうね、確かに騎士は見られる仕事だし。
「いつもより、こっちの方がいいわね」
胡散臭くないし。
え、何でそんな目で見るの。
鳩が豆鉄砲というやつね。
アデルが何故か固まったままだ。
「何?」
「……何でもありません」
変なの。
まぁいいけど。