9 外出希望
「ちょっと質問なんだけど」
「何でしょう?」
アデルが届け物を持って来た。
届け物は雑貨作りに使う道具で、以前頼んでおいたものだ。
今日は道具もだけど、調味料やスパイスの類を頼む。
それから気になっていたことを聞く。
「この国のネズミは、何か特別な意味がある?」
「ネズミはネズミですけど……?」
「呪いをかけるとか、果たし状とか……暗喩の類はない?」
「はぁ……存じません」
「そう……」
おかしいわね。
ただネズミの死体を置いただけ?
なんてつまらない。
「ネズミが何か?」
「部屋の前にネズミの死体があったの」
「え?」
アデルの目が点だ。
普段の嘘臭い笑顔はどこへいった。
「別にネズミの死体くらい、どうでもいいのだけど」
害はないので問題ない。
ただ意味があるのなら知りたかっただけだ。
「それでそのネズミの死体はどうしたのですか?」
「……勿論、片付けてもらったわよ」
「そうですか。それならいいのですが」
「だから、何か意味があるのかと思って」
「そういう意味ですか。私の知る限りそういった意味はないですね」
「そう……まぁいいわ。気にすることでもないし」
気にしたところで何も変わらない。
図書館通いは頻度が減っても続けるつもりなので、ネズミの死体は続く可能性がある。
「ところでこのスパイスは何に使う気ですか?」
「何って料理に決まってるじゃない」
スパイスを料理以外の何に使うというのだろう。
リダインでは他の用途があるのだろうか。
「料理って、ここでですか?」
「まさか。使用人用の厨房を少し借りることにしたの」
ここだと設備が整っていない。
整えてくれるのならここで料理が出来るのだが。
「へぇ……異国の料理ですか……」
「興味あるの?」
意外だ。
アデルが興味深そうにリトを見た。
「えぇ。食べることは好きですよ」
「意外だわ」
「そうですか? よく食事に出かけたりしますけど」
アデルは騎士なだけあって、立派な身体つきをしている。
身体が資本な仕事なので、食は大事だ。
しかし食べることが好き、という感じには見えない。
「私が作る料理はエトランのものとは少し違うけど……材料はそっち持ちなんだし、興味があるなら食べるといいわ」
「ぜひ」
返答早い。
即答だし。
「……そういえば、アナタ何歳なの?」
年上だということは見ればわかる。
地位からもそれは窺える。
「21です」
「21……王子たちもそれくらい? あぁ、そもそもリダインの成人はいくつなの?」
「成人は男女ともに16です」
自国と同じだ。
成人前は酒や煙草、買春、結婚など規制がかかっている。
「ヴァン様は22歳、ベル様は19歳、ヴィーレ様は16歳ですね」
「あら……意外と皆若いのね」
ヴィーレは成人していないと思っていたのだが、違ったらしい。
若く見えるというか幼く見えるのだ。
「そういう貴女は……と、女性に年齢を聞くのは失礼でしたね」
リト自身はあまり気にしないのだが、母親は怒る。
怒るというかにっこり笑って答えないので、怖いのだ。
「それから外出してみたいのだけど」
「それは……」
アデルが言い淀む。
「駄目なの?」
「難しいですね。一応、王子に掛け合ってみましょう」
決定権は王子にあるのか。
リトは誘拐されてここにいるわけなのだが、まだ逃亡する気はない。
外出は単なる観光だ。
戻ったらまた山に籠もるので、この際他国の街を楽しんでみようかという気まぐれにすぎない。
「お願いね。せっかくだから色々見てみたいし、食べてみたいわ」
「……許可がおりたらいい店に案内しますよ。王都は私の庭ですから」
「期待して待ってるわ」
リトの応えを聞いて、アデルは珍しく胡散臭くない笑顔を見せた。