邪竜転生
「ジャスミン、お前との婚約を破棄し、この国から追放とする!!お前のような腹黒女、とっとと出て行け!!」
華やかな王宮の舞踏会。きらびやかなシャンデリアの下で、王太子アドニスの怒声が響き渡った。
周囲の貴族たちは、息を呑みポカンと光景を見守っている。
王太子の指差す先にいたのは、漆黒のドレスに身を包んだ、儚げで可憐な美少女だった。
「そ、そんな……アドニス様、嘘でしょう……? 私は、あなたをこんなに愛しているのに……っ!」
ポロポロと大粒の涙が、少女の頬を伝い落ちる。
「一方通行なんだよ……」
アドニスは吐き捨てるように言い放った。
ジャスミンは信じられずに聞いた。その瞳を大きく揺らしながら。
「う、うわあああん!!氷の王子様なんて、もう大嫌いーーーっ!!」
ジャスミンは両手で顔を覆い、文字通り「泣きながら」走り出した。
しかし、その一歩一歩が地響きを起こす。
どがぁぁぁん!!!
「ひえっ!?」と誰かが悲鳴を上げる。少女がぶつかった王宮の豪奢な大門が、まるで紙粘土のように粉々に吹き飛んだのだ。
ジャスミンは止まらない。涙涙で前が見えず、そのまま直進し、王宮を取り囲む頑強な外壁をも「ズガガガガアン!!」と豪快にぶち破って。
「うわあああん! 恋なんて大嫌いだあああ!!」
悲痛な乙女の叫びが遠ざかっていく。
城壁にポッカリと開いた巨大な穴の向こう、土煙を上げながら猛スピードでどこかへ走り去っていく少女の背中を、誰もが呆然と見送るしかなかった。
◇
「アドニス様。一体、今の彼女?は誰ですの?」
婚約者の公爵令嬢リリアンは、城壁にぽっかり開いた大穴を見つめながら小首をかしげた。
「リリアン……。彼女は、この国に数百年居座り毎年生贄を要求する、恐ろし山の邪竜なんだ。今年はよりによって私の最愛の妹・ジゼルを指名した。だから追放した!」
リリアンは更にポカンとした。
「……アドニス様。申し訳ありませんが、シスコンが行き過ぎて少々お狂いになられたの?」
「違う! 信じてくれ!」
アドニスは額から大量の冷や汗を流し、ガクガクと膝を震わせながら必死に弁明した。
騎士団にもギルドにも見捨てられ絶望していた時に、転移者の元ロマンス詐欺師『鷽吹』が現れたこと。
奴のスキル『詐術』で、邪竜に「自分は悲劇の公爵令嬢ジャスミンだ」と思い込ませて国から自主退去させたこと。
「本当に邪竜か疑わしかったが……あの壁の穴を見て確信した。人間じゃない」
「まあ」
リリアンは納得した。なるほど、このシスコン王子なら妹のためにそこまでやりかねない。
「でも、その詐欺師への報酬は? 騙されているわけではありませんの?」
「報酬は、恐ろし山に落ちている邪竜の鱗だ。明日の昼過ぎに調査隊を向ける手筈だから、それまでに好きなだけ回収して派手に売るな、と話はついている。……嘘か本当かは、明日の報告でわかるさ」
リリアンは溜息をつき、座り込んだままのアドニスに手を差し伸べた。
その手をアドニスはすがるように握り、引っ張り上げられる。
「助かったよリリアン。恐怖で腰が抜けていたんだ」
「頼りにしておりますわよ、王子様」
リリアンは思った。もし私がピンチの時も同じぐらい戦ってくれるのかしらと。
彼女は呆れつつも、小さく微笑んだ。
その瞳は、恋する乙女の色を少しだけはらんでいた。
◇
翌朝、恐ろし山に立ち込めていたどす黒い雲は嘘のようになくなり、その頂を初めて人目にふれさせた。
調査隊の報告では、邪竜は確認できず。あれほど落ちていた鱗は数えるほどしか見つからなかったと書いてあった。
アドニスは拳を握り「ヨッシャー!」と王子らしくない叫びを上げた。
数百年居座り、生贄を要求し続けた邪竜はいなくなったのだ。これで王国に真の平和が訪れた。
◇
荷車に入りきらないほどの鱗を載せ、その上からボロ切れで覆い、鷽吹は荷車を引いていた。
邪竜に詐術をかけ、鷽吹が詐欺のネタに使おうと昔読んだ、ハーレクイーンロマンスのヒロインだと邪竜に思い込ませたのだ。
このあと『ざまぁ』は、なしで、隣国の王子や攻めてきた更にその隣国の王子に浚われ溺愛され、また浚われるドロドロの筋書きだったが、どうなるんだろうな?
鷽吹は「クックック」と笑った。
その頃、ジャスミンは「待っててねスパダリ!今行くわ!」と荒野を疾走していた。
◇
アドニスは、ジゼルを膝に乗せ読み聞かせをしていた。
そして、あの邪竜は変身前は完全におっさんの声だったと報告にはあったのに、メスだったのかなと少しだけ不思議に思った。




