その植物は魔物につき、栽培は違法です
サルディア地区の端っこの街、その中でもさらに西の端の森の近くにある場所で、薬師フレデリカは初めて自分の店を持った。
格安で借りた古い家は元々薬屋で、井戸も、薬を作るための釜もあり、雑草だらけだが、かつては薬草畑だったと思われる裏庭もある。
店を貸してもらえたのは、孫が食あたりを起こし助けを求めていた老人に薬を渡し、それがよく効いたおかげだ。礼を言いに来た老人に聞かれ、街に来たばかりで宿で暮らしていることを話すと、管理している家を「感謝を込めて」安価で貸してくれたのだが、そこには薬師に街に定住してもらいたいという下心もあったようだ。
店を始めるに当たり、まずは需要の多い熱冷まし、鎮痛剤、咳止め、下痢止め、虫刺されや湿疹、傷薬などをとりそろえ、石鹸や軟膏なんかも作って売ってみた。このあたりには医者も薬屋も少なく、ごくごくありふれた薬を作ってもそれなりに商売が成り立ち、元手の少なかったフレデリカでも何とか軌道に乗せることができた。
薬の素材は半分は自家栽培の薬草で、近くの森や野山に取りに行くこともある。手に入れにくいものはギルドに発注することもあるが、まだ高価な素材は手が届かなかった。それでも次はあの素材を試そうと希望を持てるくらいの収益はあった。
薬の評判は悪くなく、そのうちわざわざこんな街の端まで買いに来てくれる常連客も出てきて、物々交換で上等な素材を分けてくれることもあり、フレデリカの中で定番以上の何かを求める悪い虫がじわじわとうごめき始めていた。
古い文献を読み返し、いろいろ想像してみる。忙しすぎない今の環境は妄想を広げるにはうってつけだった。
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「ここに薬師がいると聞いてきたんだが」
その日店に現れたのは、いかつい格好をした街の警備隊の男二人だった。どう見ても薬を買いに来たようには見えなかったが、
「何かお求めでしょうか」
と一応聞いてみた。
「この向こうの森で魔草が見つかってな、その処分の仕方を知っている者を探している。何でもまん…マンドラゴン、…マンダラゲン? …」
首をかしげながらうろ覚えの名を口にする年長の警備隊の男。魔草と言うことは、
「マンドラコラ、…マンドレイク、ですか? 南方の魔物植物ですよね?」
「知ってるのか?」
「見たことはないですけど、一応知識としては」
見たことはないと言う言葉に少々落胆を見せながらも、警備隊員はなお希望を持って
「知識としてでもいい、あれを退治する方法を知らないか」
と聞いてきた。
マンドレイクと言えば、ここよりずっと南の国の奥深い森に生える魔草で、根菜に似た根茎は人の形をしていて、抜かれる(=殺される)と判断すると絶叫して絶命する。その断末魔を聞くと人は発狂あるいは死に至ると言われる、死なば諸共、道連れ系の魔物だ。
昔、干物になったマンドレイクを「珍素材」として見せてもらったことがあるが、土に埋まったままの生体は見たことがない。干物でも薬効はあるようなので、生ならさぞかし…
フレデリカは新たな素材に思わず口元が緩み、目をキラキラと輝かせていた。そのわくわくは警備隊員にも伝わっていた。
「森でキノコ狩りをしていた奴があれを抜いて、未だに意識が戻らない。同行願いたいのだが……、好奇心はほどほどに、くれぐれも実害のないようお願いしたく…」
フレデリカはニヤけ顔を隠し、すっと無表情になると、
「わかりました。同行させていただきます」
と答え、急ぎ店じまいをした。
フレデリカの家の近くにある森の入口にはいつの間にか「魔物出現 立入禁止」と書かれた立て札が設置されていた。
張られたロープをくぐって歩くこと一時間。
「この付近だ」
警備隊員が足を止めると、その先は空から光が差していた。空気が澄んでいる。
木々が数本倒れているが、自然に倒れたのではなく切り倒されている。切り株の根元が耕され、畑のように等間隔で植物が八株生えていて、そのすぐそばに掘り返した穴がいくつかと、すでに絶命したと思われる人型の根菜っぽいものが干からびて転がっていた。
「自生ではなく、誰かがここで育てていたみたいですね」
「魔草は許可のない人間には栽培禁止だ。こんな異国の魔草を、森の中で隠れて…」
フレデリカは用意しておいた耳栓を同行した人達に配った。
「私も初めてなので、失敗するといけないので念のためこれを耳につけてください。多分耳栓をつけておけば何とかなると思いますけど、音波以外の波動だと脳に直接影響が出るかも…」
「ま、まて! まてまてまて! まさか今からこれを抜いてみようってんじゃ」
おびえる警備隊員に対し、フレデリカは至って平然と、
「そのまま抜きはしませんよ? さすがに力業でいきなりは危険度高いので、手始めに…」
フレデリカはブラッククロコダイルの革で作った手袋をつけて持参のナイフを取り出すと、一株の葉をそっと持ち上げ、根元をためらいなくスパンと切り落とした。切れ味は鮮やかだった。
マンドレイクは切られたことに気付いていないのか、何も起こらなかった。
「葉の部分を切っても根はすぐには死にませんが、光を受ける葉がなくなれば自然に根も弱るはずです。…何日かかるかはわかんないですけど」
肉厚の根を持つ植物は土に残ればまた生長する可能性もあるので、いずれは抜かなければいけないだろう。
切り口から水分が染み出てしたたっていた。フレデリカはナイフを軽く当てて水分を集め、持ってきていた小さな瓶にすくい取った。瓶が当たると根の部分がピクリと動き、ブルブルと震えだした。今にも悲鳴を上げそうだ。
これはなだめなければ。
「静かにしてようねー、おりこうさんねー」
フレデリカはにっこり笑って優しく話しかけたが、ナイフを押しつけたままだ。葉を切り落とされたマンドレイクはピタリと動きを止めたが、たらたらと流れる液が汗のようで、緊張感が伝わってきた。
マンドレイクの切り口からしたたっていた液は無色透明ながら、堅牢さが自慢のブラッククロコダイルの皮で作った手袋がシュワシュワと音を立てていた。
「叫ばなくなるほど弱るのに何日かかるかわからないので、これはこれで様子を見ることにして、今後のために安全に退治する方法をいくつか試させてもらってもいいでしょうか? ここにあるのは残り七つですが、掘り返した跡があるということは、以前からここで育てていた可能性もあります。周りに種が飛んでいたらまた生えてくる可能性もあるので…」
「ああ、一ヶ月を目途に何とかしてくれ。どうにもならんようなら、王都から魔法使いを派遣してもらうことにする」
魔法使いを派遣?
それを聞いたフレデリカは眉をひそめた。
脳筋の魔法使いなら一帯を焼き尽くしておしまいだろう。素材としてマンドレイクに興味を持たれれば、今あるのはもちろん、落ちた種があれば土ごと根こそぎ持っていかれる可能性もある。こんなレア素材、みすみす持って行かれてなるものか。
フレデリカは笑顔を作り、
「承知しました。一ヶ月以内になんとかしてみます」
と答えた。
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許可をもらい、放置されていた干からびたマンドレイクと、切りたての葉の部分を持ち帰った。
南の国の薬草辞典や魔物図鑑をめくり調べてみた。春咲きマンドレイク、秋咲きマンドレイク、種類はいくつかあるが、抜けば絶叫する攻撃法は同じだ。
葉は切ってから時間が経ち、しなしなとしなびているがまだ緑色をしている。小さな皿に水を入れ、切り口を下にしてそのまま浸すと、魔法をかけたように葉がシャキンと伸びた。魔物とはいえ植物には水は不可欠だ。水だけで根まで太るとは思えないが、葉が水栽培でどれくらい成長するか見てみたいところだ。
干からびた方は皮は黄色くしわしわになっていた。上から五分の一ほどを輪切りに切ってみたが、一見ショウガに似ているが匂いはショウガのようではなく、少々金属臭がする。おろし金でおろし、これも蓋付きの瓶に入れておいた。
軟膏を一さじ分取り出し、おろし金に残っていた破片をパラパラパラとまき、指先で練って手にあった小さな傷に塗ってみたが、はじめは少々しみたがやがて痛みやかゆみが和らぎ、化膿しかかっていた部分の毒気が減っている。人体に使うならもっと少量で効きそうだ。
残りはざるの上に置いて、風通しのよいところでさらによく乾かすことにした。
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翌日以降は午後から店を開けることにし、張り紙をして夜が明けるとすぐに例の森の中に行ってみた。
昨日葉っぱ部分を切り落としたマンドレイクの根のほうは断面が乾いてでこぼこになっていた。手袋をして軽くつついてみるとまだ生きているようで、抜いたら即声を出してやろうとする意気込みを感じ、そのまま放置した。
耳栓をつけてその隣の株の葉を手でつかみ、遠慮なくズボッと引き抜くと、耳栓をしていてもなお聞こえる猛烈な悲鳴はやはり音波だけでなく音を超えた波動をまき散らしていた。その振動は人の脳に影響を与え、頭痛と共に危うく意識を飛ばされそうになったが、フレデリカは薄目を開けて耐え、マンドレイクの大口に魔物封印の呪文を書いた紙を貼って口を閉じ、さらにその上から呪文入りの布を巻きつけて完全に口を封じた。マンドレイクからは何の音も振動も感じなくなった。
最終攻撃の絶鳴を途中で封じられたマンドレイクは自分の放った攻撃を内に蓄え、手足のような分岐をバタバタと動かしていたが、白色の体が葉に近い部分から紫に変色し、やがて脱力するように動きを止めた。
フレデリカは残りのマンドレイクの根元に粘膜の調子をよくし喉の炎症や痛みを抑える薬を水に混ぜてふりかけ、瘴気を吸い込む魔石を地面に埋め込んだ。
手を広げ周囲の魔力を測ると、思った通りわずかに魔力を帯びた種が周囲に散らばっていた。やはり予備軍が埋まっている。種は小さく既に発芽しているものもあるが、小さな芽から感じられる魔力はわずかで、魔力探査の魔法をかけながら一つ一つ回収するのは面倒そうだ。かといって放っておくとやがてこの森中に広がってしまうだろう。
何の目的で植えたのやら。
一ヶ月で何とかしなければいけないが、それは全滅させる方法か、安全に刈り取れる方法を見つけるか、それとも…。何とも悩ましい。
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その日は半分紫になったマンドレイクを持ち帰り、店を閉めた後で楽しい実験をすることにした。
昨日水につけておいた葉の部分は生き生きとしていた。内側の小さかった葉が少しだけ伸びていて、まだまだ生長する気満々だが、根の部分に変化はなかった。水栽培で増やすのは難しそうだ。
今日拾ってきたマンドレイクも葉から1センチのところで切り落とし、同じように水を張った皿につけて並べておいた。切り口はシュワシュワと音を立てていたが、やがて収まった。なんとなくだが部屋にこもっていた匂いが薄くなっているような気がした。
とりたてマンドレイクを紫の部分と白色の部分に分け、それぞれをすりおろして絞り汁を瓶に取り置いた。
紫の方は神経毒があるようだ。しかし毒と薬は裏表。これも何かに使えるだろう。絞り汁もちょっと紫に濁っていたが、そのまま置いておくとやがて透明になった。瘴気よりも絞り汁の方が強いようだ。
白い部分は紫に比べて神経毒は少ない。
絞りかすをさらにすりおろしてなめらかにし、何種類かの薬草を入れてさらにすりつぶすと、薬草の周りに泡が出てきて変色し、やがて真っ白になった。
今回の採集に使っているブラッククロコダイルの手袋も、液がかかったところが白くなり、堅牢が売りなのに毛羽立ち、繊維がもろくなっている部分もある。このままだと穴があくかもしれない。結構高価な素材なのだが。
搾り汁を拭き取った雑巾もまだらに色が抜け、布が少しパサついている。魔物の血がついてとれなくなっていたが、水で洗い流すとシミがとれて臭みもなくなっている。
「ふうん?」
漂白、脱臭効果あり。これは使えるな、とフレデリカはにんまりと笑った。
自分の手を見ると、昨日薬を塗った部分の皮膚が白くなっていた。少し白くなりすぎだが、調整すると痣やシミを薄めることができるだろうか。白斑になるかもしれないが…。薬としてはきつく、人に使うには配合に注意する必要がある。
まずは漂白効果を試してみよう。小さな布に鶏の血、果汁、泥をつけ、水に絞り汁を数滴入れて浸してみた。
絞り汁を煮立たせてさらに濃くしてみるとどうだろう。少量の絞り汁を小さな鉄の容器の中に入れ、火をかけてみたところ、わずかに傾いて薪の上にポトリと一滴落ちたとたん、突然炎が勢いよく燃えあがり、危うく天井に届くところだった。
「うわあ、やっばーーーーい」
火炎と呼ぶにふさわしい激しい炎にフレデリカは驚きはしたが、慌てるどころかむふふと笑っていた。炎は一時的なものですぐに収まり、抜かりなくきちんと消火を確認した。借りものの家をなくしては大変だ。
一晩経って汚れをつけた布を見てみると、血や果汁、泥の跡はきれいになくなり、生成り色だった生地も白くなっている。
物を白くする力は尊い方々から好まれる。真っ白な糸、真っ白な布、真っ白な紙。晒したり、魔法を使って脱色したりしているが、この魔物の絞り汁、安全に収穫できれば高く売れるのではないだろうか。駆除を求められているが、魔物を素材として活用するのも魔物との付き合い方の一つだ。とはいっても命に関わる攻撃性を持つ魔物は安全性を高めなければ一般の人々には受け入れ難いだろう。
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周辺に散らばっている種も何とかする必要がある。土に混ざり込んだ細かな種を拾うのは面倒だ。小さいからわかりにくいのなら、大きくしてしまえばいいのでは?
思い立ったまま、植物の生長を促進する薬を作り、少々生育魔法も使いながら水に混ぜてふりかけると、翌々日、薬を撒いたところだけ草がぼーぼーに生えていた。所々に見えるマンドレイクの葉。しかしまだ根は太っておらず、抜くとかすかに悲鳴を上げたが、耳元を飛ぶ蚊程度の不快さを残しただけだった。紐にも至らない太さの魔物は小さすぎて目や口があるかもわからない。
これならこのまま抜いてしまえる。
そう思って葉をつかんでみたものの、素材としてまだいろいろと試したいことがある。全部抜いて処分してしまうのはもったいない。
フレデリカはすぐ近くの土を耕し、種から芽吹いた生長途中のマンドレイク達の葉の根元を握り、静かにするようできるだけ優しく声をかけてから服従の魔法を施し、周りの土を残した状態でそっと掘りあげて耕した場所に植え直した。
耕したばかりの畑は肥料に加えて魔素まで施されていて、土はふかふかだ。植え直されたマンドレイク達は、新たな生育場所に喜び以上に不安を覚え、身を寄せ合ってブルブル震えていた。
数日前に喉に効く薬を撒いた大株の一つを抜いてみると、多少悲鳴のえげつなさはましになっていたが、まだまだだ。悲鳴を上げているマンドレイクの口を大きく開けて覘き込み、発声器官がどうなっているのか確認してみたが、ちょっと力を入れすぎて口の裂け目からポキッと折れ、そのまま絶命してしまった。
まだ悲鳴を上げ足りなかっただろうに。しっかり断末魔を吐き出してくれた方が体内の毒素が残らないのだが、まあ仕方がない。
折れた部分をほじくってみて大体の構造はわかった。人にとって有害なこの声を何とかできれば共存(?)できる未来はある。
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その日の午後、フレデリカは教会に薬を納めに行き、山と積まれていた包帯の洗濯を申し出た。慈善活動の一環だが、実験目的も兼ねているのは言うまでもない。
汚れた包帯を水につけて例の絞り汁を数滴入れ、しばらく待つ。たらいを分けて条件を変えてみて、絞り汁を使う時はお湯を使った方が効果的なことがわかった。ある程度つけ置きしたら石鹸を使って汚れを落とし、沸かした湯に突っ込んでぐつぐつ煮て消毒し、太陽の光を当てて乾かす。後はくるくると巻けば終わりだ。
思った通り、あれを使えば血や体液などの汚れがきれいに落ちた。少々まだらではあるが白さもアップしている。しかし素手で扱うには効果が強すぎる。手袋など誰でも持っているものではないので、扱いやすい程度に適度に薄め、教会に薬の納品の時にお試しで渡すと、早速洗濯屋や医者からどこで手に入れのかと聞きに来たらしい。量がとれるようになれば応じたいところだが、今の段階では難しいだろう。
量産…。やってみたい気もする。あの断末魔さえなければ、ちょっと不気味な形の植物に過ぎない。
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一週間経ち、あの最初に葉の部分をカットされたマンドレイクは土の中で縮こまってはいたが、まだ死んではいなかった。
つかむ葉がなかったので、上から棒を突き刺して引き抜いてみたが、弱々しい声は多少の頭痛と吐き気を起こす程度だった。美声になると噂の飴玉を口に放り込んでみたが、勢いよくペッと吐き出された飴がガツンとフレデリカの額に当たった。
「痛っ!」
その飴玉を拾って怒りのまま指ではじき返したら、威力が強すぎて当たった衝撃でマンドレイクが砕け散った。
ああ、素材が…。もったいないことをしてしまったと思えど、時既に遅し。
フレデリカは砕けたマンドレイクを拾ってみたが、マンドレイクは水分がなくなって破片はもさもさし、軽く絞っても水分はあまり出てこなかった。
すぐそばの畑にいた種から育った連中はそのやりとりを怖々と見ていたが、フレデリカが近づくと即座にふかふかの土の中を移動して等間隔に並び、直立不動になった。
「番号っ!」
「うぃ」「にゅぃ」「しゅぃ」…
号令に合わせて左端から順番に番号らしき雑音を口にし、続いて発声練習。発声時に魔力や瘴気を含まないよう指導され、うっかり混入させてしまうとさらに厳しい特訓を受けた。訓練後は甘い水をもらって後はおとなしく土の中で眠り、根を太らせた。
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いざという時の対策も検証しなければいけない。
元々植えられていたマンドレイクの一体に自家製の聖水もどきを入れた水をかけてみた。すると翌日には葉が黄色くなってしおれていて、そのまま抜いてみたが悲鳴は上がらず、しわしわになっていた。既に死んでしまっていたようだ。本物の聖水だったら即死だったかもしれない。やはり魔物には聖水か。
切って断面を拭ってみても水分は少なく、シュワシュワ感も薄い。この方法だと薬効も落ちるということだ。
素材として使いたいフレデリカが目指すところではないが、魔法を持たない者が安全に退治する方法としては効果的だ。
結局、力尽くで土から抜き、充分絶叫させたマンドレイクほど素材として活用できる。第二世代なら絶叫の安全対策も徐々にできているし、なかなか優れた素材だと思うが、人は不安に弱いものだ。
期限の一ヶ月を前に人々を説得できるかと言われれば、ままならないのが人の心。
魔物を受け入れてもらうには、何か愛嬌があった方がいいのだろうか。
曲芸飛行をする龍を思い出したフレデリカは、マンドレイク達にも何か芸をさせることはできないか考えてみた。
若いマンドレイク達は、発声練習の効果もあって人に有害な波動はずいぶん抑えられるようになった。
しっかりしつけたマンドレイク第二世代を一本抜いてみたが、素晴らしい高音を響かせて絶命した。少し耳障りなところは残っているが、長時間聞かなければさほど害はなさそうだ。しかし見た目は人型根菜、見慣れぬ魔草を不気味に思い、それだけで拒絶してしまうことも考えられる。
コーラス隊として売り込むか、あるいは手足もあることだ、並んでダンスでもさせてみるか。
その日から第二世代のマンドレイクに芸を仕込んでみた。
土が固まってなければ奴らはある程度動くことができる。しかしダンスとなれば体、つまりは根を見せなければ様にならない。本来土にしっかりと根付いていてこそ栄養がとれ、丸々と太れる。土から根を出し過ぎると緑色に変色しやすくなり、体を動かせば動かすほど痩身効果も出てみずみずしい太さになってくれない。一方で引き締まった組織がしっかりと水分を保てば漏れ出る水分は減り、扱いやすくなることも期待できる。
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葉は土に潜らせることはできなかったが、毎日の厳しい指導の甲斐があって足さばきはよくなり、足先を土から出して、音楽に合わせて足でそろいの美しいポーズをとらせたり、20秒くらいなら並んでラインダンスもこなせるようになった。
これならきっと世間に好意的に受け入れてもらえるはず。
期限の一ヶ月を前に、それなりの成果を出せたとほくそ笑んでいたフレデリカの後ろで、何やら声が聞こえてきた。
「右奥だ! 狙え!」
人声と魔物の咆哮に、マンドレイク達はすぐさま土の中に引っ込み、ただの植物のふりをした。
何かが走ってくる。まだ距離はあったが、魔熊だとわかった。片目と肩を矢で射貫かれ、よりにもよって畑に向かって逃げてきている。それを追うハンター達。どちらもこんなところに人がいるとは思いもしないだろう。
魔熊に向けた矢がすぐ近くの木に当たった。
「わっ」
思わず声を上げたフレデリカに気付いた魔熊が立ち上がり、威嚇してきた。
おまえの敵は後ろの連中なのに。こっちも敵に回すのなら仕方ない。
フレデリカはしっかり太ったマンドレイクをつかむと、一気に引き抜いて魔熊に向けて投げつけた。
絶叫しながら飛んでいくマンドレイク。魔熊はその悲鳴に威嚇を忘れてのたうち回っている。マンドレイクの声はハンター達にも届いたのか、遠くで人の叫び声が聞こえた。
声だけでは終わらせない。
フレデリカはマンドレイクが魔熊に当たると同時に雷の魔法をかけ、わずかにタイミングをずらして雷に巻き付きながら落ちる炎の魔法を放った。
雷で砕けたマンドレイクから滴る野菜汁に炎が当たると、威力を増して火柱があがった。森の木を突き抜け天まで届きそうな勢いだった。
激しい炎は数秒だったが、魔熊は黒焦げになっていた。
周りに延焼しないように魔法で雨を降らせると、両足で立ち上がった姿のまま燃えた魔熊は崩れ、元の姿を残さない灰の山になっていた。
フレデリカはハンターに見つからないよう自分と畑の周辺に目くらましの術をかけた。
マンドレイクの声で一人が失神、一人が発狂、声に耐えた者も突然の火柱に呆然となっている。
一足先に薬屋に戻ったフレデリカは、森から出てきたハンター達に偶然を装って薬を処方した。
死人は出なかったが、発狂した男はまともになるのに数日かかるだろう。下手したら完全には元に戻らないかもしれない。フレデリカは男にこっそりと治癒の魔法を施した。あまり治癒の魔法は得意ではないので、どの程度効果があるかわからないが…。
「すまねえな、今手持ちがこれしかない」
リーダーの男が代金の代わりに魔熊の魔核を差し出した。あの炎の中でも魔核は燃えなかったようだ。
「これじゃ多過ぎですよ」
「魔熊の肝でもありゃよかったんだろうが、とんでもねえ雷が落ちて燃え尽きちまってよ」
魔熊の肝…。ほしい素材だったのに、残念なことをしてしまった。しかしそれは自業自得。フレデリカは魔熊の核をリーダーの男に返した。
「しばらくお仲間を休養させないといけないでしょうし、物入りでしょう? 元気になったら、いい素材でも持ってきてください」
「…悪いな」
リーダーの男は神妙な顔で魔核を受け取った。
よもや目の前の薬師が炎の魔法と魔材で自分たちの魔熊を黒焦げにしたなどとは思いもよらないだろう。
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マンドレイクが見つかってちょうど一ヶ月後に、フレデリカのもとに警備隊の男とギルド長がやってきた。
「駆除はできたか?」
当然の質問に
「先日生えていたものは全て抜きました」
と答えた。嘘は言っていない。これで引き下がってくれればよかったのだが、
「では一体も残っていないんだな?」
そう言われると、後の管理のことを考えると嘘をつくわけにもいかない。
「周りに種が飛んでたようで…、芽吹いてるものもいくつかあったんですが…、駆除方法は見つけましたが…」
中途半端な報告に、
「見に行くか」
と、結局現場に行くことになった。まあ警備隊としても自分の目で確認しないわけにはいかないだろう。
フレデリカ達は連れだって森の中に入っていった。
道中、ギルド長の話によると、ここにマンドレイクを植えた犯人がわかったらしい。
商用で南国に行ってマンドレイクを知り、その実を食べると恋が実るなどといううたい文句に踊らされて、魔草と知りながら種を持ち帰ったそうだ。
マンドレイクの実には興奮や錯乱作用のある毒が含まれていて、量を調整して媚薬に配合されることもあるとか。この男、「実を食べる」ということしか知らず、自分が誰かに使う前にどれくらいの効果があるのか試したくなり、占いばあさんを通して人に売ったらしい。
おまじないにでもすがりたい年頃の女の子は、勧められるままその実を買い、他にも恋に効くとか言われた名も知らぬ果実と一緒に甘く煮込んでケーキの中に入れ、意中の男の子に食べさせたところ、相手は食中毒を起こした。それがフレデリカの大家の孫だったそうだ。
その男は植物の違法栽培で捕まり、罰金を払って釈放されたが、どこかに逃げてしまったらしい。興味で育てて後はほったらかしとは、無責任甚だしい。
警備隊の男は一月ぶりにマンドレイクが不法栽培されていた場所に行き、目を丸くした。
確かに元々植えられていたマンドレイクは一体もなくなってはいたが、新たに畑ができ、そこにマンドレイクが以前より大量に、きれいに並んで植えられている。
「マンドレイクを調べていたら、実は、マンドレイクの絞り汁が、しみ抜きや消毒なんかに役に立つことがわかりまして…。素材として役立ちそうだったので、もうちょっと研究したいな、と…」
フレデリカの言葉に、ギルド長が
「ああ、最近洗濯屋から問い合わせがある、あれか…。森の近くの薬師が変な素材を仕入れてないかと聞かれることもあるが…」
洗濯屋にも絞り汁を少しだけ譲ったが、製法を秘密にしていたらギルドに探りを入れたようだ。やはり需要はあるのだ。
「確かに危険な魔物ですが、このまま退治してしまうのはどうかと…。もちろん、そのまま育てるには危険なので、安全対策を施しました」
半信半疑な警備隊員とギルド長を前に、フレデリカは
「整列!」
と号令をかけた。畑のマンドレイク達の葉がシャキンと立ち、前後左右等間隔になった。
植物が自ら動き整列したのを見て、二人はこれが魔物なのだと実感したが、フレデリカは何の躊躇もなく一体の葉をつかみ、目の前でサクッと抜いた。
二人は慌てて両耳を手で押さえた。マンドレイクの悲鳴が手で押さえたくらいでどうこうなるものではないが、聞こえてきたのは天使のような歌声だった。麗しのスキャットは長くは続かず、徐々に音階は乱れ、拍を崩してダミ声になり、ん? と思うより早く、マンドレイクは脱力し、息絶えていた。
チリチリとこめかみのあたりに痛みを感じはするが、それも数分で消えた。
「…何だ、これは…」
「無害とまではいきませんでしたが、命に関わらない程度の悲鳴でこのように抜くことができるようになりました。それに、はい、ポーズ!」
フレデリカのかけ声で一斉に残りのマンドレイク達が足を土から出し、ポーズをとった。右足はまっすぐ上に、左足は斜めに、長さはまちまちだが、タイミングと言い角度と言い、見事にそろっている。
「このように私の指示に従いますし…。街の中で育てることはしませんので、このまま飼育許可をいただきたく…」
フレデリカが手を叩くと、マンドレイク達は一斉に足を土に戻し、今度は体を傾けて右手を高く上げた。これまた出すタイミングも角度も申し分ない。
「退治方法を周知しますし、素材の安全な使い方が確かめられたら、街の薬師に提供してもいいかと…」
ギルド長はうーん、とうなりながら、考え込み、改めて畑を見てみた。
森の中、人里から離れているとはいえ相手は魔物だ。柵もなく、後ろをついて行けば誰でもたどり着けるだろう。魔物だってじっとしているとは限らない。
「歩いて逃げ出すなんてことは…」
「動けるのは耕した土の中だけです。植物に近いので、命令しない限り動きません」
「…おまえが動かしているのか」
「ご心配なら、この周辺に結界の護符を貼ります。マンドレイク達や種が結界の外に出ないように、それに許可のない人が入り込まないように、双方向の護符を用意しますので」
ギルド長はマンドレイク以上にフレデリカに興味が沸いてきた。
堅気の薬師ではない。魔物を自在に操るなど魔女の所業だ。結界の護符も買うのではなく自作しそうだが、ここはお互いのために深掘りしないほうがいい。
「魔物素材だからな、売買はギルドを通してもらうことになるが」
「もちろんです。安全な扱い方はもちろん、新たな効能を見つけたら、その情報も提供しましょう。実や種もきちんと管理し、私がここを離れる時には放置することなく、必ず引き継ぎします」
「ふむ…。よし、では申請書を出してもらおう」
この後フレデリカは八枚にわたる申請書を書き、これで通らなかったらマンドレイクを鉢植えにしてギルドに送り込み、目の前で抜いてやろうかなどとと考えながらも、笑顔でギルドに提出した。
数日後、無事許可が出て、マンドレイク達はこの森の中で栽培されることが決まった。
フレデリカは薬屋経営の傍らマンドレイクの実験にいそしんだ。絞り汁はもちろん、絞りかすも葉も実も皮も有効に活用できるいい素材だ。特に皮はこの素材を扱うのに安全な手袋や容器を作ることができ、ずいぶん重宝した。
水栽培のマンドレイクの葉は根っこは太らなかったが、花が咲き、やがて実をつけた。さすが魔物、しぶとく生き残ろうとする力は半端ない。この実や種は自分専用の魔材として取り置いた。
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マンドレイクの実験を充分に楽しんだフレデリカだったが、半年後、この町を離れることになり、約束通りギルド長に安全なマンドレイクの栽培方法を引き継いだ。
ギルド長は魔法使いと薬師を雇ってマンドレイク畑の安全管理に力を入れた。
フレデリカがいなくなった後もフレデリカが育てたマンドレイクの子孫達はその特性を受け継ぎ、身は細めではあったがダンス好きで美声の養殖マンドレイクはこの街の重要な特産物になったとか。
注意事項: 火気厳禁
お読みいただき、ありがとうございました。
記念すべき100作品目。
新しい短編を書こうとして長くなり、そのまま書いていたらどよーーんと暗い話の展開に筆が止まってしまいました。
もう少しライトな感じで何か書けないかと妄想してたら、
ラインダンスする人型大根 → ラインダンスするマンドラコラ
魔物=フレデリカ登場
となった次第です。
月隠の魔女がキリ番に来るとは想定外でした。
本物のマンドレイクはナス科らしいですが、別物として扱わせていただきました。
水分たっぷりにしたかったので、大根っぽく、体液は過酸化水素水をヒントにしてます。
毎度のごとく予告なく手直しします。
誤字ラ出現ご容赦のほど…。




