↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

132/180

第100話 「“境界の崩壊”と、選ばれる現実と――ふたりの“もも”のこれから」


■夕方・大学の帰り道


講義が終わり、夕焼けがキャンパスをゆっくりと包んでいた。


オレンジ色の光が、建物の影を長く伸ばしている。


水上颯太は、その中を一人で歩いていた。


人の流れはあるのに、どこかだけ切り離されたような感覚。


頭の中には、先ほどの会話が残っている。


桜井陽菜とのやり取り。


⸻


「昨日さ、本当に“ただのファン”だった?」


あの問いは、軽いようで鋭かった。


颯太は一瞬も迷わなかった。


「違うわけないだろ」


即答。


嘘ではない。

でも、すべてを説明した答えでもない。


(あれでよかった)


何度も心の中で繰り返す。


あの場で“本当のこと”を言う選択肢は、最初から存在していなかった。


関係を壊す。

桃華を巻き込む。

今の生活が崩れる。


それだけは、避けるべきだった。


⸻


■揺れない選択


夕暮れの空を見上げる。


薄くなっていく青と、濃くなる夜の境目。


颯太は小さく息を吐いた。


(俺はちゃんと選んだ)


誰に見せるためでもない。


正しさの証明でもない。


ただ、自分の中で“筋”を通しただけ。


それだけでいいと思っている。


それ以上の説明は、もう必要なかった。


⸻


■帰宅


夜。


住宅街は静かで、街灯の光だけが道を照らしていた。


玄関の前に立つ。


鍵を回す音。


ドアが開く。


その瞬間、部屋の柔らかい明かりがこぼれてくる。


そしてそこにいたのは――桜井桃華。


眼鏡をかけたまま、静かにこちらを見ている。


(……ああ、いる)


その一瞬だけで、颯太の中の緊張が少しほどける。


⸻


■報告


「……否定してきた」


短い言葉。


それだけで十分だった。


桃華は一瞬だけ目を細める。


理解のための間。


それから、何も言わずにゆっくりと立ち上がった。


⸻


■距離


一歩。


また一歩。


足音は小さいのに、なぜか近づくたびに空気が変わる。


桃華は颯太の前に立つ。


何も言わない。


説明もしない。


ただ――


自然な動作のように、唇が重なった。


⸻


■キス


長く、静かなキス。


押しつけるような強さはない。


でも、逃げ場もない。


呼吸の間隔が少しだけ乱れる。


時間の感覚が曖昧になる。


(……ああ、これや)


言葉の代わり。


感情の整理。


確認と安心、その両方。


離れるまでに、少しだけ時間があった。


⸻


■桃華の声


「……ありがとう」


小さな声だった。


でも、その一言には余計な装飾がなかった。


まっすぐな本音。


沈黙が一度落ちる。


空気が変わる。


桃華の表情が、ゆっくりと“真剣な顔”に変わっていく。


⸻


■決断


「ねえ、颯太」


声のトーンが少しだけ変わる。


「ちゃんと聞いて」


その瞬間、部屋の空気がわずかに締まる。


颯太は何も言わず、ただ視線を向ける。


逃げない。


そのまま、桃華は言う。


「私、決めた」


短い言葉。


なのに重い。


⸻


「大学……辞める」


一瞬、世界の音が消えたような気がした。


静けさが深くなる。


桃華は続ける。


「中途半端にやるの、もう無理だと思った」


「どっちも大事にしようとしてたけど……限界だった」


言葉は落ち着いている。


でも、その裏には長い時間の迷いがある。


⸻


■“選択”


少しだけ間を置いてから、桃華は続ける。


「今は“こっち”を選びたい」


その“こっち”は、明確だった。


斉藤ももとしての仕事。

AV女優としての生き方。

そして、母としての日常。


桃華は颯太をまっすぐ見る。


「大学生じゃなくて」


「AV女優と、ママと……」


一度だけ息を吸う。


そして、はっきりと言う。


「颯太の奥さんとして、生きる」


その言葉に迷いはない。


捨てるのではなく、選び直すという意思。


そして少しだけ続ける。


「これからはね」


「“もも”として接する時間の方が、多くなると思う」


⸻


■颯太の反応


驚きはある。


でも、それは崩れる驚きではない。


理解しようとする静かな驚き。


颯太はゆっくり息を吐く。


「……いいのか?」


それだけ。


問いは一つだけ。


桃華は即答する。


「いい」


間がない。


揺れもない。


「もう決めたから」


⸻


■理由の核心


桃華は少しだけ視線を落とす。


そして、静かに続ける。


「中途半端が一番嫌なの」


「だったら、ちゃんとやる」


それは誰かに説明するためではない。


自分の中の迷いを切るための言葉だった。


颯太は小さく頷く。


「……そうか」


それ以上は言わない。


いや、言えないのではなく、必要がなかった。


⸻


■沈黙


部屋には静けさが戻る。


時計の音が少しだけ聞こえる。


外では、まだ世界が動いている。


SNS。

噂。

誰かの勝手な想像。


でもここだけは違う。


決断が終わった場所。


⸻


■最後のキス


桃華がもう一度、颯太に近づく。


今度は短いキス。


柔らかく、でも確かに重い。


(終わりじゃない)


(ここから)


そんな意味が含まれている。


離れたあと、桃華は小さく言う。


「これからも、よろしくね」


颯太は少しだけ間を置いてから答える。


「ああ」


ただそれだけ。


でも、それで十分だった。


⸻


■締め


“境界”はもう意味を持たない。


桜井桃華。

斉藤もも。


その二つの名前は、分かれるためのものではなくなった。


それを受け入れた男がいる。


それを自分で選んだ女がいる。


誰にも整理できない関係が、

静かに、しかし確かに続いていく。 



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。